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第12話 初めての我が儘

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 出発当日は雲一つない青空が広がっていた。
 依頼を受けた日から数えて2日目の朝。
 俺たちは旅支度を終えた状態で姉さんの家の前で3人向かい合うように立っていた。

「気をつけてね。あまり危ない事しちゃダメだよ?」
「うん。出来るだけ気をつけるよ」

 かつて俺が怪我して治療してくれた後に必ず言っていた言葉。
 その時の俺は必ず「うん」と言っていたものだが、今回は約束は出来ない。
 そんな俺の言葉に姉さんは少し悲しそうな顔をしながら、俺の頭を強めに撫でた。

「レイラちゃんも。元気でね」
「うん。行ってきます。お姉ちゃん」

 膝を曲げて目線を同じ高さにしてそう言った姉さんに、レイラはここ最近で随分上達した言葉で別れを告げると、姉さんにギュッと抱きついた。
 姉さんはそんなレイラを抱きしめ返して、頭をゆっくりと撫でてあげている。

「あ、そうだ忘れるところだった」

 レイラを抱きしめていい子いい子していた姉さんだったが、直ぐに何かを思い出したように声をあげると、レイラを離し、足元に置いてあった袋から何か小物を取り出した。

「これ、レイラちゃんにあげる」

 そう言って、レイラの頭から帽子を取ると、その小物を頭に乗せた。
 それはリボンのようだが、形状はカチューシャにも似ていた。
 フリルのついたリボンの様なレース柄の布が、丁度耳を覆い隠すような作りになっていて、顎の下まで伸びたリボンで固定するようになっていた。

「何それ? ひょっとして手作り?」
「うん。可愛いでしょ? メイドさんみたいで」

 それは今レイラが着ている旅用の服装とのバランスを考えると浮いているように感じるものだった。
 でも、そのリボンは頭の耳と顎紐でしっかりと固定されている分、今までのどの帽子よりも運動に適しているように見えた。

「うん。いいと思う。多分、今まで姉さんが勧めてきたどの服なんかより」
「もうっ!」

 笑いながらも、姉さんは俺の頭をペシッと叩く。
 こうしたやり取りももう出来なくなるんだと考えると、それはそれで淋しいものだった。

「そんなこと言うと、テオにはこれあげないんだから」

 そう言って姉さんが出したのは、2枚のジャケットだった。
 大きさが違うから俺と、レイラに対してだろう。
 色が違うだけで形はそっくりの作りをしていた。

「もうすぐ寒くなるし、あった方がいいと思ったから」
「ありがとう。何から何まで」

 大きいサイズのジャケットはレイラの髪を思わせる栗色で、小さいサイズのジャケットは、俺の髪を思わせる薄いグレーの色合いだった。
 俺は二枚のジャケットを背に背負った袋に詰め込みながら苦笑する。

「でもこれ、色の選択逆じゃない?」
「いいのよそれで」

 そう言った俺に対して、姉さんは微笑む。

「これから先、決して二人が離れないように。そう、願いを掛けたから」
「……レイラは育ち盛りだから、直ぐに着られなくなるよ」
「それでも、よ」

 これから先も……か。
 姉さんの言葉に俺はどんな返事を返したらいいのか。
 元々レイラの両親を探すための旅だ。
 彼女の両親が見つかったら、果たして、その後も俺達は共にいるのだろうか?

「それからこれ」

 次に渡されたのは一枚の紙だった。
 そこに書かれていたのは、姉さんの家の住所と、「シグルーン」という人名。
 ふと。
 その名を見た時、物心ついた頃の微かな記憶が蘇った。
 まだ幼かった姉さんが、母親に呼ばれていた名前。それが、シグルーンだった筈だ。

「……あ」
「もう……忘れちゃ嫌だよ?」

 俺の微かな呟きに、姉さんが答える。
 驚いて顔を上げた俺だったが、姉さんは全て分かっているよ。とでも言うような笑顔で立っていて、そっと俺を抱きしめた。

「手紙。出してよね」
「うん」
「レイラちゃんのお父さん、お母さんが見つかったら、必ずここに帰ってくるんだよ」
「うん」
「その時は、村に皆のお墓参りしに行こう」
「……うん」

 朝日が照らすクロスロードの街の一角で、俺達は抱き合いながら一つの約束をした。
 この街には俺の家族が待っている。
 全てが終わったら。
 必ずこの人の元に帰ってこよう。




 姉さんと別れた後、俺とレイラはクロスロードの街の北門へと足を伸ばす。
 あの依頼を受ける時、俺は一度依頼主と契約する為にあっており、今日の朝に北門で落ち合う約束をしていたのだ。
 依頼主の名はエルネスト。
 何でも個人で貿易商を営んでいるという事で、サイレントから王都キリスティアまで商品を運び入れる途中だったらしい。
 初めは検問が解除されるまでクロスロードの街で待っているつもりだったが、まさかここまで長く足止めされるとは思っていなかった為、せめて、納期が迫っている商品だけでも王都に持ち込めないかと思案している時に王都に抜ける裏道の話を聞いたらしい。
 しかし、ガルニア風穴は馬車が通れない上に今では通行するものがいない危険地帯だ。
 そこで、とりあえず殆どの荷物はクロスロードに残し、持てるだけの商品をもって国境越えをすることに決め、その為の護衛を要請したとの事だった。
 俺の事は酒場の主人に聞いていたらしく、腕の心配はしていないと言われた。
 随分信頼されたものである。

「おーい。こっちこっち」

 北門に近づき、周りを見回している所で、門の影から一人の男が手を振りながら近付いてくる所だった。
 歳の頃は30代半ば位だろうか。やや老け込んだ印象を持つガッシリとした男だ。
 髪の色は濃い茶色で、青を基調とした服装に大きなザックを背負っていた。
 一応、腰にロングソードが下がってはいたが、このスタイルで使えるかどうかは疑問だ。
 そんな俺の視線に気がついたのだろう。
 エルネストはハハハと笑いながら、自らの腰に下げられた剣をぽんと叩く。

「はは。こいつは飾りみたいなものだよ。何しろ武芸にはとんと疎くて」
「いえ、その為の俺達です」
「そいつは心強い。しかし……」

 言いつつレイラへと視線を移すエルネスト。

「まさか、この子も一緒に行くのかい?」
「ご心配なく。自分の身は自分で守れる子です」

 知らない男から突然無遠慮な視線を向けられた為か、レイラは俺の横に張り付くと、裾をギュッと握った。
 そんなレイラの頭にぽんと右手を乗せた後、

「それでは出発しますか? 出来れば、日が落ちる前に洞窟までは行きたいので」
「ああそうだね。行こうか」

 俺達は北に向かって歩きだした。
 子供二人と一人の商人という出で立ちは、とてもこれから危険な場所に行く人間には見えなかっただろう。



 大荷物を持った商人を共にしての行軍という事でかなりの時間を使ってしまうかと思っていたが、年齢に似合わずエルネストは思いの外タフだった。
 聞いた所、若い時に行商をしながら各地を回って生活をしていた事があり、荷物を担いでの旅は慣れたものらしい。
 その頃は獣や野党に襲われたら逃げならも交戦するくらいはしていたという事で、全くの素人ではないという事だった。
 そんな話をしながら歩いていた所、俺の隣を歩いていたレイラが、鼻をクンと鳴らして2歩ほど前に進み出た。

「? どうかしたのか?」
「気をつけて。多分……狼です」

 俺はエルネストの前に出ると意識を繋げる。
 周りに森は存在しないが、ドライアドとの繋がりは悪くない。
 直ぐに周りに意識を飛ばすと、5つほどの気配を感じる。
 だが、都合のいい事に前方の岩陰に固まっているようだ。

「ドライアド!」

 魔術の展開と共に、目の前の岩が中央から割れながら辺りに飛び散る。
 その中心から成人男性3人分くらいの高さまで木が生成され、驚いた白い体毛の狼が左右からこちらに向かってきた。
 主に山岳地帯に生息すると言われている白狼だ。
 俺は右から迫る3頭の白狼に向かって魔術を展開。
 魔力でコーティングされた木の葉が数十枚現れると、回転しながら襲いかかる。
 2頭は脳天を木の葉に貫かれ絶命し、1頭は前足を負傷し頭から地面に突っ込んだ。
 その1頭を蔦で拘束すると、残りの2頭に目を向ける。
 すると、2頭の内1頭はレイラに蹴り飛ばされて吹っ飛んでいる所だったが、残り1頭がレイラの背後から襲いかかろうとしていた。

「させるか!」

 咄嗟に魔術を発動。
 多少アバウトな範囲展開だったが、4方から飛び出した木の蔦が飛び上がった白狼の腹と足に突き刺さって止まる。
 そこを、振り向き様のレイラの回し蹴りが綺麗に頭にヒットした。

「ギャン!!」

 蔦を引きちぎりながら吹き飛んだ白狼は、一度フラフラと立ち上がろうとしたようだが、直ぐにバタリと倒れて動かなくなった。

「ふう」

 何とかなった。
 小さく息を吐き、振り返ろうとした所で、

「うわあああああ!」

 エルネストの悲鳴に一度切ってしまった意識を咄嗟に繋げて、振り返る。
 すると、最初にレイラに蹴り飛ばされた白狼とその白狼に助けられた白狼がエルネストに襲いかかろうとしている所だった。

 即座に腰のブロードソードを引き抜く。
 さっきは準備する時間があったからドライアドに意識を繋げる事が出来たが、この短い時間で繋げる事が出来たのはもう1人の精霊だった。

「ゲルガー!」

 一瞬で視界が前方に移動し、エルネストに向かって走り出そうとしていた白狼の首を切り落とす。
 そして、残り1頭。と思った所で、最後の1頭の頭が1つの投石によってあっけなく割れた。
 振り返ると、丁度レイラが右腕を振り抜いた状態で前のめりになっている所だった。
 ……なるほど。あの剛速球はこういう場面で使うのね。
 広場で遊んだ時のレイラの投球を体験していたものだから、妙に納得してしまうと共に、背中に冷たいものが流れたのを感じた。
 今の、ちょっとずれてたら俺の後頭部に直撃だったんだけど。

「大丈夫ですか?」

 剣を鞘に戻しながら問いかけた俺に対して、最初は呆然と切り落とされた狼の首を眺めていたエルネストも、ハッとしたように顔をあげる。

「あ、ああ。少し驚いただけだ」

 そう言って立ち上がると、俺と俺の傍に歩いてきたレイラを見る。

「いや、疑っていたわけじゃないけど、すごいな。君は魔術師だったのか」
「ええまあ。駆け出しですが」
「いやいや、大したもんだ! そっちのお嬢ちゃんも!」

 ハッハッハと笑いながら俺の背中を叩くエルネストに、レイラは少し驚いたように俺の服の裾を握る。
 そう言えば、ウィルティアの町に着くまでの道中ではレイラの狩りを何度も目にしたけど、最近は部屋に押し込めていたり、馬車での移動だったりで全く見ていなかったな。
 そう考えると、3ヶ月近く実戦とは遠ざかっていた筈だが、逃げずに向かって行くとは無謀というかなんというか……。
 それか、獣が出たら狩るのはレイラにとっては日常の一部なのかもしれない。
 俺はレイラの体を細かくチェックして怪我が無いのを確認すると、直ぐにこの辺りを離れるよう二人を促す。
 白狼の死体に誘われて、新たな獣に襲われるのを避けたかったからだが、流石に旅慣れているだけあってエルネストは頷くと、俺の隣に来て歩きだした。
 一人レイラだけが獲物と俺を交互に見ながら物言いたげだったが、何も言わずに手を掴んで先に進んだ。
 全くこの子は……。
 出発前に姉さんのご飯をお腹いっぱい食べただろうに。




 その後は特に獣に襲われる事もなく進む事が出来たのだが、街道を外れた辺りから急に荒れた道、プラス急勾配の道無き道に切り替わり、そちらの方に苦戦することになった。
 もっとも、元々森育ちであるレイラや、森で体を動かす事が日課だった俺からすればそこまで苦労するような道ではない。
 しかし、背に大量の荷物を背負ったエルネストはたまったものではなかったろう。
 大きな荒い息を吐きながら、岩に手を付きながらやっと付いてきているという感じだった。

「あの。やっぱり荷物少し持ちましょうか?」

 まだ多少体力に余裕があった事もありそう声をかけた俺だったが、エルネストは右手で拒否の体を示した後、首を横に振った。

「いや、流石にこの荷物を子供に預けるわけにはいかないよ。それに、いざという時に君が動けなかったら誰が私を守るんだ?」
「はあ。まあ、そう言うなら」

 確かに戦力としては頭数に入れる事が出来ないエルネストの言っている事は間違っていないのだろうが、動けなくなったら戦い以前に進む事が出来なくなると思うのだが。 
 もちろん、急ぐ旅だというのはわかっているが。
 そんな俺達の会話がわかっているのかいないのか、一人レイラだけは軽やかな足取りで先に進んでしまっている。
 心なしか嬉しそうな表情をしているように見えるのは、久しぶりに自然に触れる事が出来たからかもしれない。




 目的の地にたどり着いたのは、もうだいぶ陽が傾いた頃だった。
それでも、当初は洞窟にたどり着いた所で野営をしようかと考えていた位だから、予定よりはだいぶ早く到着したとも取れる。
 ただ、その代償として、洞窟にたどり着くやいなや、エルネストは座り込むとザックを背中に預けてぐったりとしてしまった。

「はあ……はあ。おかしいなぁ……これでも旅には慣れていたつもりなのに」
「いや、すごいと思いますよ。予定よりも随分早く到着できたと思いますし」
「そうは言うが、君達のような子供が息も切らせていないのに、いい大人がこれじゃあね」

 ゴツゴツとした岩が所々に点在し、歩きにくい地面の中から比較的岩の少ない地面を探し出すと、周りの石を弾いて布を敷き、その上に流石にもうエルネストに慣れたらしく落ち着きのないレイラを座らせる。
 そんな俺達の様子を見ていたエルネストの言葉に、俺は苦笑しながら返事をした。

「俺とレイラは森のすぐ傍にある小さな村の出身ですからね。こういった荒れた場所は俺たちにとっての遊び場みたいなものですから」
「そうか。確か兄妹だったね」
「ええ」

 ここに来るまでの間、俺とエルネストの間で多少の情報交換はしていた。
 といっても、それは街道を進んでいた頃までで、本格的な山道になってからはそれどころでは無かったのだが。

「お兄ちゃん。お腹すいた」

 片膝をついて荷物を漁りながらエルネストと会話していた俺の服の裾を引っ張りながら、率直な要求をぶつけてくるレイラ。
 俺は荷物の中から水筒と保存食の入った袋を取り出しレイラに渡すと、元々出そうと思っていたグレーのジャケットをレイラの背中にかけてあげた。
 多少とはいえ標高の高い場所に来たことと、陽が落ちてきた事もあり、肌寒いと感じるくらいまで気温は下がってきていたからだ。
 姉さんもここまで考えて用意してくれた訳ではないだろうが、早速使わせてもらうことした。

「それにしても、中途半端な時間ですね」

 大分陽は傾いてきたとは言え、辺はまだ明るい。
 一休みした後、このまま洞窟に突入するか、今日の活動はここまでにして、明日の早朝に出発するか。
 俺はエルネストの意見を聞こうと話を振る。

「そうだね。気分的にはなるべく早くディスティアまで行きたい所ではあるけれど……」

 そこで一度言葉を切ると、申し訳なさそうにエルネストは苦笑する。

「流石にもうヘトヘトだよ。今日は早めに休んで明日の早朝出発しよう」
「分かりました」

 俺は頷くと立ち上がる。
 それに合わせて干し肉を齧ったままのレイラが俺を見上げてきた。

「なら、俺は下調べを兼ねて少し洞窟内を探索してきますよ」
「今からかい?」

 俺の言葉にエルネストは吃驚したように聞き返す。

「ええ。まだ陽が沈むまでには少し時間がありますからね。心配しなくても、護衛としてレイラは置いていきます」

 エルネストを安心させるための言葉だったが、驚いたのはエルネストよりもレイラだった。
 咥えていた干し肉をポトリと落とすと、俺の足にヒシッと抱きついた。

「こら。レイラ離れなさい」
「ヤダ」

 抱きついたままブンブンと首を振るレイラ。
 困ったな……。
 俺は一度エルネストさんに目を向けた後、諭すように話しかける。

「少しだけだよ。レイラももうエルネストさんの事は怖くないだろ? お兄ちゃんが戻ってくるまでの間、あの人を動物から守って欲しいだけなんだよ」
「ヤダ。お兄ちゃんと、一緒にいる」

 頑なに俺の言葉を聞こうとしないレイラの態度に、俺は少しだけ驚いた。
 今までは俺の言う事は素直に聞いてくれた子だ。
 それこそ、宿の部屋に一人留守番をお願いしても文句は言わなかったし、姉さんが居たとは言え、ほぼ一日いなかったクロスロードの街での生活でもこんな事はなかった。
 もっとも、ウィルティアの頃は言葉がよくわからなかった事や、姉さんと今日知り合ったばかりの大人の男では条件が違うのかもしれないが。

「連れて行ってもいいんじゃないか? 私も少しくらいなら自分の身は自分で守れるつもりだよ」
「駄目です」

 俺は足に引っ付いているレイラを引き剥がすと、同じ目線に合わせるようにしゃがむ。
 すると、今度はそのまま俺に抱きついてきた。

「ヤダ」

 一瞬、このまま三人で休んでから洞窟に入っていこうかという気持ちになる。
 しかし、俺がこの依頼を受けたのは、元を正せばエルネストをディスティアの町に送り届けることではない。
 言い方は悪いが、それはついでだ。

「レイラ」

 俺は努めて優しく話しかける。

「お兄ちゃんのお願いだ。少し、本当に少しの間だけ、ここでエルネストさんを守ってあげてくれないか? 大丈夫。お兄ちゃんはレイラを置いてどこかに行ったりしないよ」

 レイラの抱きつく力が強くなる。

「戻ってきたらいくらでもくっついていていいからさ。そうだ。次の町についたらレイラの好きな物を買ってあげるよ。何でもいいよ。美味しいもの一杯食べさせてあげる」

 最後は物で釣るような形になってしまったが、それでもレイラは離れない。
 どうやら、今日は洞窟の捜索は無理そうだ。
 出来れば、この場所をレアンドロ達が通ったという証拠を探しておきたいところだったが、仕方がない。
 俺は溜息を一つ付き、レイラに「もう行かない」と言おうとした所で、レイラが唐突に俺から離れた。
 突然拘束を解かれた事で驚き、レイラに視線を移すと、寂しそうな顔でこちらを見ているレイラの黄金色の瞳と目があった。
 レイラは少しの間何かを言いたそうに口元をモゴモゴと動かしていたが、うまい言葉が思いつかなかったのか、俺の口元をペロリと舐めた後、不貞腐れたように布の上にペタンと腰を下ろしてしまった。
 何だか、「もう、勝手にすれば?」と言われたような心境だった。

「……すいません。お騒がせしましたが、少しだけ洞窟の偵察に行ってきます」
「本当にいいのかい?」

 レイラに視線を向けながらそう言ってくるエルネストに対し、俺はレイラの頭に手を載せながら頷く。

「はい。少し調べたら直ぐに戻ってきますから。じゃ、レイラ。エルネストさんをよろしくな」

 返事はない。
 ただ、引き止める言葉もなかったから、俺はレイラに触れていた右手を離して洞窟の入口に向けて歩を進めた。

 何だか、後味の悪い探索になってしまったなと思いながら、俺はふと気が付く。
 そう言えば、レイラが我が儘を言ったのも、俺が言うことを無理やり聞かせたのも、これが出会ってから初めての事だった。

 思えば、これが俺達にとっての初めての『喧嘩』だったのかもしれない。
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