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第11話 野生児のいる生活

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 次の日は約束通り買い物へと行く事となる。
 目的はレイラの服を買う為なので、大通りではなく2本目の道沿いにある服や装飾品の店が並ぶ通りへとやって来ていた。

「ねえ、これなんか可愛いと思わない?」
「え? ああ、うん」

 その中でも主に子供服が売っている店の中にいた俺達だったが、もはや着せ替え人形とかしているレイラとはしゃぎながら服を取っ替え引っ替えしては俺に感想を求める姉さん。
 そして、疲れ果ててもはや「うん製造機」と化している俺の姿があった。
 一応、最初の方は色々と真面目に感想を言っていたのだが、何かと理由を付けては違う服装に着替えさせられるし、早く終わらせたくて適当に答えると何故かそれを感じ取って「ちゃんと考えて!」と怒られる。
 もはや、「うん」と言い続けること以外に俺に出来ることがあるだろうか?

 例えば、今レイラが着せられている服の感想を真面目に答えるとするなら、そんなヒラヒラしたスカートではいざ実際に戦闘が始まったら足でまといになりそうだ。とか、そのフリルにどんな戦闘的効果があるのか? とか、色が目立ちすぎて敵に発見されやすいとか、そのように鍔の広い帽子ではちょっとした事で飛ばされて耳が見られてしまうじゃないか。それ以前に激しく動けなさそうだ。とか、そもそも肌が露出しすぎて道中怪我しちゃうだろ。とか、色々言いたい事はある。
 あるのだが、言ったら言ったで物凄く嫌そうな顔をされた後、次の服を着せ始めてしまうのだ。
 これって俺が居る意味あるの?

 ちなみに、等のレイラは意外と楽しんでいるらしく、姉さんのお褒めの言葉に嬉しそうにキャッキャと騒いでいる。
 今も「回ってみて」という姉さんのリクエストに答え、クルクルと回ってみせている。
 その拍子にスカートが捲れ上がってパンツが丸見えなんだが、特に気にしていないようだ。
 というか、上手く尻尾を隠しているな。その辺は流石と言えるだろう。

 そんなこんなでしばらく店の中でファッションショーをしていたレイラと姉さんだったが、結局は俺の意見とは関係のない服を4着買って店を出た。
 さっき着ていたようなフリフリの服が2着と、動きやすそうな女の子用の服を2着だ。
 姉さん曰く旅用の服と、町に着いた後のよそ行き用の服だとか。
 本当はもっと沢山買わされそうになったのだが、そこは俺が土下座して勘弁してもらった。
 値段を見てびっくりしたのだが、子供服って意外と高いんですよ。
 本当は目的の仕事が入ったらすぐにでも出発しようと思っていたのだが、多少はこの街で稼いで行かないとダメかもしれない。
 俺は結構軽くなってしまった財布を見ながらこっそり溜息を着いた。

「あっそうだ」

 そんな事を考えている時に、姉さんが何かを思い出したかのように声を上げた。

「今度はちょっとあそこ寄って行ってみない?」

 そう言いつつ姉さんが指を差した方向に目を向けると、どうやらアクセサリーショップのようだった。
 それを見た瞬間の俺の行動は早い。
 素早く膝を折ると、頭を地面に押し付け、両手を大地にひれ伏した。

「いや、もうホント勘弁してください」
「え、何? ちょっと、恥ずかしいから止めてよ……」

 時間帯も丁度沢山の人が活動する頃だという事もあり、沢山の視線が突き刺さる。
 それが姉さんもわかったのだろう。先程までの強気な態度はなりを潜め、オロオロとしはじめる。
 しかし、今の俺にとっては死活問題なので、ここは引くわけにはいかなかった。

「いやいや、流石にアクセサリーは……高い上に何の実務的効果もない無駄な──」
「違うから。買わないから。ちょっと説明したいだけなのっ」

 ゴリゴリと地面に頭を擦りつけながら許しを請う俺だったが、姉さんはそんな俺の腕を取って強引に立ち上がらせると、そのままアクセサリー屋の店舗に入っていく。
 その後を、所々にリボンがあしらわれ、小さなネクタイが付いている姉さん曰く旅用の動きやすい服をを着たレイラがトコトコと付いて来た。

「……はあー……」

 店に入った後に店の外を確認して、こちらに注目する人がいなくなっているのを確認すると、姉さんは深い溜息を吐いた。
 はっきり言って、ため息付きたいのはこっちなのだが。

 そんな俺の頭を姉さんはペチっと軽く叩くと、店の陳列棚の前に歩いていく。
 その後を、俺と、いつの間にか俺の手を握ってきたレイラと共に歩いていく。
 姉さんの傍に行くと、丸い何かを渡された。

「なにこれ?」
「首輪」

 非常に簡潔な返事が返ってくる。
 どうやら、少々機嫌が悪くなってしまったようだ。

「いや、それは見ればわかるけど……流石にこれは上級者すぎるアクセサリーじゃないか?」
「まあ……上級者かもね。ある意味」

 姉さんはレイラを見ながらそう答える。
 その視線は真剣で、先程までレイラを着せ替え人形にしていた人物とは別人のようだった。

「テオがさ。レイラちゃんの頭とお尻を隠すのは、この子の出自を知られたくないから……だよね?」

 「耳」と「尻尾」と口にしないのは、姉さんなりの心遣いだったのかもしれない。
 何しろ、ここは街中だ。誰に何を聞かれているかわかったものではない。

「まあ、そうだけど」
「なら、これを付けるのも一つの解決方法になるって事」

 そう言われて改めて手元の首輪を見る。
 至ってシンプルな首輪だ。
 ペットの犬に付けるような物とは違い、多少見た目にも気を使っているようだが、基本は一緒だ。
 あえて違いをあげるなら、首輪の内側に何やらプレートが打ち込まえれている位だろうか。

「この街には沢山の獣人がいるのは見たよね? その人達をを見て何か感じなかった?」

 はて。
 そう言われて思い出す。

「ああ、首輪だ。そう言えば、この街にいる獣人族はみんな首輪をつけてた」

 何で? と聞く俺に対して、姉さんは非常に簡潔な言葉で答えてくれた。

「私には飼い主がいます。という証明ね」
「……え?」

 姉さんの言葉に俺は思わず聞き返す。

「内側にプレートがあるでしょう? そこに‘飼い主’が触る事によって、飼い主しか外せなくなるの。そして、その首輪を付けている獣人に危害を加える事は、この国の法律で禁止されているわ」

 ……つまり。
 この首輪をレイラに付けることで、彼女が獣人族として周りから見られても、攫う人間はいなくなる。そう、姉さんは言っているのだ。
 しかし──。

「……それじゃ、ペットじゃないか……」
「……そうね」

 俺達二人から見下ろされたレイラは、不思議そうにこちらを見ている。
 窮屈な帽子とパンツに押し込まれた。彼女の大事な器官。
 それを白日の元に晒す事が出来る? これを付ける事で?

「どうするかはあなた次第よ。ただ、こういう物もあるんだって事を教えたかったの」

 確かに、それは魅力的な話だろう。
 現に、この街にいる獣人族は皆この首輪を付けている。
 つけていてもちゃんと生きているのだ。
 全ての獣人がそうだとは言わないが、幸せを感じている者もいるだろう。
 ……でも。

「やめとくよ」

 俺は首輪を棚に戻しながらそう答える。

「確かに、これも一つの選択かも知れない。でも、俺はどうしてもこれを付ける事が幸せだとは思えないよ。獣人族としての尊厳を、俺たち人間族が踏み躙るなんて間違ってる」
「……そっか」

 俺の答えを聞いた姉さんは、嬉しそうに微笑んだ。
 何故だろう。
 姉さんは俺に首輪を使わせたくてここに連れて来たのではないのだろうか?
 そんな俺の思いとは裏腹に、姉さんは俺の頭を少し乱暴に撫でる。

「よし、じゃあ、行こっか。ここから先の町外れに、レイラちゃんが遊べるような公園があるんだ」

 そう言って姉さんは俺とレイラの手を取って店を出る。
 何となくだけど。
 俺は姉さんに試されたんじゃないか。
 そんな風に思った。




「そーれ!」

 姉さんが投げたボールが大きな放物線を描きながら前方に向かって飛んでいく。
 それを、落下地点まで走って行ったレイラが、キャッチした。
 ここは外壁沿いにある公園……という話だったが、少し大きめの広場。もしくは草原といったほうが良かったかもしれない。
 俺はレイラが投げ返してきたボールを受け取ると、力を込めて遠くに投げた。
 流石にこれは無理かな? と思いながら投げた俺だったが、投げた瞬間その方向に向かって走って行ったレイラのスピードを見てその考えはすぐに消える。
 地面スレスレではあったが、レイラは投げられたボールを片手で取ると、体を反転させて投げ返してきた。
 ボールは唸りを上げて飛んできて、受け取った瞬間パーン!! と実に素晴らしい音を俺の右手があげてくれた。

「やったな!」

 俺は今度は距離と高さを変えて絶対に取れないような位置にボールを投げる。
 しかし、投げた瞬間走り出したレイラは、ボールが遠くに行く前に飛び上がると、頂点に到達する前にキャッチしてしまった。

「……嘘でしょ?」

 着地して直ぐに投げ返されたボールを受け取りながら、その痛みに顔をしかめる。
 そして、思い出す。
 そう言えば、初めてレイラと会った時、その運動能力に驚かされたものだ。
 慣れない縄張りの外での足の速さと、驚異的なジャンプ力。
 ここの所本当に小さな子供の様な扱いをしていたから、その事をすっかり忘れてしまっていた。

「すごいねー」

 再び投げたボールにやはり軽々と追いついてキャッチしたレイラを見ながら、姉さんも感心したように呟いた。

「まあ、元々野生児だからね」

 再び投げられた剛速球を受け取りながら、俺も答える。
 ていうか、手が痛い。
 流石にこうもバチンバチンと来られたらその内手の感覚がなくなりそうだ。
 元々森の中で暮らしていたわけだから、獲物を投石で狩っていたりとかしたのかもしれない。
 俺は最後とばかりに助走をつけて大きく振りかぶって投げる……と、俺に向かって猛スピードで走ってきていたレイラに、投げた瞬間にキャッチされてしまった。
 当然、走ってきたのだから勢いはすごくある訳で、走ってきた勢いのまま、レイラは俺の胸の中に飛び込んできた。
 一緒になってゴロゴロと転がる俺たち。
 ようやく止まり、仰向けに転がっていると、上に乗っていたレイラが俺の顔をぺろりと舐めた。

 ……何だかとても懐かしい気がした。

 あの時有った顔の傷は既に魔術で消している。
 胸の傷もだ。
 だから、今のレイラが俺の事を舐めるのは、傷を治す為ではないだろう。

「はあ、疲れた……」

 俺は顔を舐めているレイラの頭を抱き寄せると、大きく溜息を吐いて空を見上げた。
 そんな俺達を見ながら、優しく微笑んでいる姉さんをその視界の端に捉えながら。





 それから2週間程は特に何事もなく日々が過ぎていった。
 俺は酒場で割の良さそうな仕事を回してもらい、その依頼をこなしていく。
 最近では酒場の主人も俺の仕事ぶりをかなり評価してくれているらしく、他の冒険者が失敗した依頼なんかも回してくれるようになった。

 姉さんとレイラも相変わらず仲がいいようで、よそ行きの服を着たレイラが度々街中に出没しては、姉さんと‘会話’を楽しんでいた。
 姉さんは実地訓練だと言っていたが、その効果は確実に出ているようで、こちらの言っている事はよほど難しい言葉ではない限りは理解するようになっていた。
 ただ、伝える方はまだ少し難しいようで、時折考え込みながらも変な事を言ってくる事もあった。
 だが、基本的には殆ど会話に支障が無くなってきて、意思の疎通が取れるようになったのはとても大きな進歩だった。


 そんなある日の事。


「テオドミロ!」

 いつもの様に依頼をこなして、結果を報告しに酒場に足を踏み入れた俺を主人が大声で呼び止めた。

「来たぞ。例の依頼だ」

 近くに寄ってきた俺に主人が見せてきた依頼書に目を落とす。

 そこにはこう書かれていた。

『ガルニア風穴を抜けるまでの護衛を頼みたい。目的地はギルティア。報酬は銀貨1枚』

「……」

 それは酒場で話を聞いてからずっと待っていた依頼であり……。

 この生活が終わる合図とも取れる依頼書でもあった。
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