復讐者は禁断魔術師~沈黙の聖戦~

黒い乙さん

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第6話 レイラとグレイブ

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 街道の町ウィルティア。
 この町は、隣国サイレント王国との国境から始まり、王都キリスティアをその中心として、港町ティアシーズまで抜ける中央街道の街道上に位置する小さな宿場町の一つである。
 場所的に王都からはサイレント側にあり、王都と国境の丁度中間に位置していた。
 その為、隣国との連絡路上に置いた中継地点としての意味合いにおいては重要な町であり、数ある宿場町の中では比較的規模な大きな部類であると言えるだろう。

 何よりも、旅を目的とする者としては、雨風の凌げる場所での宿泊ほど有難いものは無い。
 道無き道を切り開きながら歩き、野宿を繰り返しながら進んだ旅路。
 特に意思疎通の取れない幼女を伴っての行軍は想像以上に大変だった。
 雨の中、もしくは朝方の冷え込みの中を体を寄せ合って過ごした日々。
 自分の故郷が辺境だとは思っていたが、まさか、藪の中を突き進まなければたどり着くことすら出来ない程のド田舎だとは思いもしなかったのだ。
 通りで、領主様の視察もなにも無かったわけだ。

 そんなこんなで一週間。

 雑木林を抜けて街道を発見し、遠目に町のシルエットを見た時の感動たるや無かった。
 疲れているのに獣人の少女をおぶって駆け出して。
 近くの宿に飛び込んで判明したのは、自分達が無一文だという現実だった。
 まさか、町にだどりついてホッとしたのも束の間、再び野宿する羽目になるとは思いもしなかったものだ。

 そんな訳で、現在俺はこの町で冒険者まがいの仕事をしながら、次の町に行くまでの準備金を貯めている真っ最中だった。
 先立つ物は金という事を出発一週間で身を持って体験してしまった身としては、少し過剰でもいいから軍資金を蓄える必要があったというわけだ。
 とは言え、冒険者としての仕事など今まで一度もやった事の無い俺に出来る事などそう多くはなく、正直な話資金集めはあまり上手くいってはいなかった。

 季節は夏真っ盛り。
 既にこの町に辿り着いてから2ヶ月の期間が経過していた。




「ほら、これが今回の報酬だよ」
「ありがとうございます」

 俺は酒場の受付の人から銅貨3枚を受け取り短くお礼を言うと、その場を後にする。
 正直、ため息の一つでも付きたい心境ではあった。
 この町でかかる宿泊費用は最も安い所でも食事込みで一泊一人当たり銅貨1枚程掛かる。
 俺は同行人が一人いるので、実質一泊銅貨2枚が必要になる訳だが、今回の報酬は銅貨3枚。
 単純に1枚余る計算ではあるが、何も出費は宿泊代だけでは無い。
 俺だけではなく同行人の血や泥で汚れた服を買い換える必要があったし、冒険者の仕事をこなすにしても俺には既に武器もない。
 一応精霊魔術を使用する事も出来るが、精霊魔術に限らず魔術というものは魔力がなければ使えない。
 この町に着くまでの間も何度か魔力切れを起こして命の危険を感じた事も有る位なのだ。流石に武器くらいは持っておかないとこの先何が起こるかわかったものではないのだ。

 俺は腰に差したカットラスと、小銭入れの中身を確認して大きな息を吐く。
 正直な話。本来であればパッパと軍資金を稼いで、直ぐにでもこの町を出て行ってしまうつもりだったのだ。
 だが、現実として俺はこの町でその日一日を暮らす事で精一杯の最底辺であった。今の俺では次の町に移動する為の馬車代すら捻出することは出来ないだろう。

 再びため息。

 俺は酒場の入口に立てられている掲示板に目を向ける。
 そこには大小様々な紙が貼り付けてあり、一枚一枚にそれぞれ依頼が書き込まれていた。
 基本的に、冒険者とはこの依頼書を酒場に有る斡旋所まで持っていき、仕事を受ける事で報酬を得ている人達の事を言う。
 要するに、酒場で依頼を受けて、依頼を受けた人間が自身を『冒険者』だと口にすればその人は冒険者なのである。
 もはや自称だ。
 村にいた頃はすごいと思って聞いていた、アレックス先生の『昔は名の知れた冒険者だった』という言葉も、何とも痛々しく感じるようになった今日この頃であった。

「おーい、テオ。探したぞ」

 背後から掛けられた若い男の声に、俺は無言で振り向いた。
 そこに居たのは、この町に来てから2日目に合った男だった。
 町人風の安っぽい生地の服に、着ているものと全く釣り合いの取れていないロングソードを腰から下げた若い男。
 白味がかった短い茶髪に、人の良さそうな笑顔を浮かべているが、見た目だけではなく、中身も人の良いこの男は、俺と同じ理由でこの町に留まる負け組だった。
 名をグレイブといい、俺と同じ故郷をもつ。言ってみれば昔馴染みというやつだった。最も、俺はその全てを本人から細かく聞くまですっかり忘れてしまっていたのだが。
 何と言うか、気安く話しかけて来た所を「誰です?」と返した時に見せた表情は多分しばらく忘れないだろう。

「ああ、王都で名を上げようと故郷を飛び出したにも関わらず、こんな宿場町でその日暮しをしているグレイブさんですか。何か用ですか?」
「あれ? 何だかテオの言葉にトゲがあるように聞こえるぞ」
「気のせいでしょう」

 多少虫の居所が悪かった為、皮肉を持って返答した俺だったが、グレイブさんは不思議そうに首をかしげただけだった。
 この辺の頭の弱さが、この人がここに留まっている一番大きな原因だという気がする。

「それよりも俺を探していたんでしょう? 何かあったんですか?」
「ああ、そうそう。テオにいい話を持ってきたんだよ」

 話を促した俺に、嬉しそうに語りだすグレイブさん。
 しかし、俺はこの町に来て既に2ヶ月。当然この人とも同じだけの付き合いがある訳だが、この人の言う『いい話』がいい話がであった試しがないのを知っていた。

「……またですか?」
「ちょ、ちょっと。何その目。今回の話は本当だって」

 あからさまな疑惑の瞳を向ける俺に対して、グレイブさんは慌てたように両手を目の前に持ってくる。

「確かに今までは大した報酬のない仕事ばかりだったけどさ。今回は俺の知り合いからの依頼だから報酬の方は間違いないって。テオの‘特技’の話をしたら是非って頼まれたんだから」
「特技?」

 グレイブさんの言葉に眉を顰めた俺に対して、彼は俺の肩を抱きながら耳元でその単語を口にした。

「精霊魔術」

 そのままの表情でじっと彼の目を見つめる俺に対して、グレイブさんはニッと笑う。

「詳しい話は今夜食事でもしながら話そう。東の出口近くに有る夕暮れ亭は知ってるよね? 夕方頃『妹』君と一緒においで。待ってるから」
「そんな金持ってないんですけど」
「それ位奢るよ」

 ハハハと笑いながら立ち去る同郷のお兄さんの背中を見ながら、彼がこの町を中々抜け出せない理由を見たような気がした。
 まあ、奢ってくれると言うなら遠慮なく頂きますが。




 酒場の前でグレイブさんと別れた後、俺は一人街道を歩く。
 基本的に宿場町であるため、この町に最も多いお店は宿屋だ。
 ちょうど街道を挟んで向かい合うように店が並び、それが約1km程続いている。
 通りに面した店はそれなりに値が張る店が多く、商人や貴族の人間が使用する事が多い。
 その中には、王族御用達とかいう非常に大きな宿もあり、その一泊の値段たるや、グレイブさん曰く『俺達の10年分の年収だよ』との事。
 正直に言って、凄いんだか凄くないんだかよくわからない例えだった。超低賃金な我々と比較しないで欲しいものである。

 街道から外れて裏に回ると、そういった境遇の人間が利用している分相応な宿が立ち並んでいる。
 街道の双方の裏路地に並んでいるため、大体同じ位の数の宿が並んでいる筈だが、部屋数は圧倒的に裏路地の宿屋の方が豊富である。
 まあ、部屋の1部屋の広さは圧倒的に路地側の宿屋の方が広いのだろうが……。

 そんな低価格対応の宿屋が立ち並ぶ通りの一番奥。最も見窄らしい建物に足を向ける。
 その建物こそが、現在俺達が厄介になっている宿だった。
 価格はこの町での最安値である食事込みで銅貨1枚。素泊まりならば王国通過50枚の物件である。
 ちなみに、どの国でも共通して使用することの出来る通貨は金貨、銀貨、銅貨の三種類であり、それ以外の通貨としてそれぞれの王国独自の通貨が流通している。ちなみに、キリスティア王国で使用できる王国通貨は、100枚で銅貨一枚の価値がある。
 今回はグレイブさんが夕飯をご馳走してくれるという話なので、明日の支払いの時に夕食代分の減額を交渉しようと心に誓う。

 ともあれ、最も粗末な宿とは言え、雨風しのげる上に食事も不味くないし上等だ。
 二人して寒い中奥歯を鳴らしながら抱き合い、食事は動物の素焼きや木の実や虫だった事を考えると感動の余り涙を流してしまうほどだ。
 まあ、獣人の少女は平気な顔して口の中に放り込んではいたが。

 宿のおかみさんに帰宅の旨を伝えると、ギシギシと歩く度に悲鳴を上げる廊下を通って部屋へと向かう。
 場所は1階の一番奥で、日当たりも見晴らしも最下級の一品だ。
 いい所といえば人の目があまり来ないという部分か。だけど、実の所この長所が俺にとっては非常に重要な部分だったので、むしろ有難いくらいだった。

 部屋の前に立ち、ドアを開ける。
 部屋の中はもうお昼だというのに非常に暗い。
 窓はついているのだが、そこから見えるのは目の前にある宿屋の裏側で、食事の残渣物であろう生ゴミが積み上げられ荒れているのが見えた。
 その為、今の季節に窓を開けようものなら強烈な激臭に見舞われることであろう。現に、来たばかりの頃に窓を開けた所、それほど暑くない季節であるにも関わらず、同行人である獣人の少女が大きな悲鳴を上げた後、鼻を押さえて転げまわるというエピソードが生まれた程である。
 なので、真夏であっても窓を開ける事が出来ないというダイエットには打って付けのルームなのである。

 そんな事を考えながら部屋に一歩踏み入れた俺だったが、部屋の奥から飛び出してきた小柄な塊が腰に張り付いてきた所で思考と足を止めるに至る。

「おかり! にーちゃ!」

 小さな塊は元気な声を上げながら、スリスリとその頬を俺の腹の部分に擦り付ける。
 すぐ下に見えるのはグリーンのベレー帽。その下には綺麗な栗色の髪が顔の動きに合わせてふるふる揺れている。
 白いシャツに青いズボンというスタイルで、部屋着にしてはしっかりと着込んでいる方だろう。
 最も、それは俺が彼女に指示した事で、一人でいる時は必ず耳と尻尾を隠すように言い聞かせておいたのだ。
 元々獣人族は捕らえられて奴隷やペットとして売られてしまう事が多い。街に住んでいるだけの獣人族が捕らえられるという話はあまり聞かないが、用心に越したことはない。
 俺は腹に張り付いた少女を引き剥がすと、床の上に立たせて腰を落とす。ちょうど同じ高さに目線を合わせると、黄金色の瞳と目が合った。

「おしい。‘おかり’じゃない。‘お、か、え、り’だ」
「おか……え、り?」
「いい子だ」

 んー、と考えるように復唱した彼女の頭を軽く撫でると、彼女は「にゃう」と口にしてはにかんだ。
 獣人族の少女レイラ。
 名前は俺がこの町についてから付けた。
 彼女本来の名前も別にあるかもしれないが、言葉を喋ることができない以上本当の名前も聞く事ができない。それでも仮の名前として名付けたのは、先程のグレイブさんを始めとして、町で腰を落ち着ける以上名前というのは意外と必要になるからだ。グレイブさんに紹介する時に咄嗟につけたものだったので捻りも何もないが。
 ちなみに、レイラとの関係は妹という事にしている。
 最初こそ俺に妹? と首を傾げていたグレイブさんだったが、彼が村を出たのはもう6年も前の事だ。その1年後に生まれたと説明した所、納得したようだった。
 それに、俺自身レイラの本当の年齢を知らないし、見ようによっては5歳位に見えなくもない。レイラが殆ど言葉を発する事が出来ない事もこの場合は良かったと思う。

 レイラの背中を押して部屋に入り、荷物を片付けていると、帽子とズボンを脱いで、部屋の隅にある籠の中にポイッと投げているレイラが見えた。下は尻尾用に穴を開けたパンツ一つだが、レイラにはまだ羞恥心がないらしく、全く気にした様子はない。
 俺が帰ってきた事で耳と尻尾を隠す必要が無くなったからだろう。本来耳と尻尾は外気に晒されるのが当然らしく、自由になった耳と尻尾は、嬉しそうにパタパタと動いた。

 俺は壁際に置いてある机に近づくと、そこに積んである2冊の本に手を手にとった。
 一冊は精霊魔術に関する本。
 もう一冊は絵本だった。
 俺はこの町に来てから冒険者としての仕事は出来るだけ午前中で終わる仕事のみを引き受け、午後は俺とレイラの勉強の為の時間を作ることを一つの習慣として取り入れていた。
 俺が報酬の高い仕事を引き受ける事が出来ない理由だが、この町の出発を後回しにしてでもしなければならない事だと思ったのだ。
 俺は精霊魔術を使用する事が出来るようになりはしたが、その実よくわかっていなかった。村で勉強を教えてくれたアレックス先生は物質魔術師だったため、精霊魔術にはあまり詳しくなかったからだ。
 ある程度の基礎は教わってはいたものの、この町までの道のりにおいて、術の不安定さから何度も危険な思いをした。
 一応、精霊魔術は使用できる場合とそうでない場合があると先生から聞いていたからそれほど驚きはしなかったが、それにしてもその発動条件はマチマチだった。
 そういった体験があったからこそ、ある程度資金が集まった頃に本を購入してこうして勉強をするようになったという訳だ。

 レイラに関しては単純に言葉がわからないとこの先に大変になると思ったからだ。
 今の午前中もそうだが、これから先俺がいつでも傍にいられるわけじゃない。
 もしも俺がいない時に誰かと接触した時に言葉がわからなかったら、何も分らないままについていってしまうような気がする。食べ物でつられでもしたら一発だろう。
 字が読めないのも同様で、無いとは思うが、例えば奴隷の契約書みたいなものがあって、よくわからないままに契約してしまうとか。
 奴隷にされてしまったであろう仲間を助けに旅をしているのに、ミイラ取りがミイラになったら目もあてらない。

「レイラ」

 俺がベッドに腰掛けレイラを呼ぶと、耳をピンっと立てて振り向く。

「おいで」

 そして、てててっと俺の傍に近寄ると、そのまま膝の上に乗っかって俺が手にした絵本を手に取った。
 獣人族は知能が低いという話だが、彼女は言うほど頭は悪くないと思う。
 この2ヶ月あまりで、カタコトではあるが単語は結構覚えたし、俺が付けた「レイラ」という名も、自分の名前だと認識した。

 レイラがパタパタと足を前後に揺らしながら、分からない単語を俺に質問し、俺が魔術の本を読みながらそれに答えていく。
 既に日課となった二人だけの勉強風景がゆっくりと流れていく。
 何時もならば宿の夕食の時間まで二人でこうしているのだが、今日はグレイブさんと食事することになっている。

 俺がレイラの頭をポンポンと軽くたたきながら、「きょうは、ごちそう、だよ」と口にすると、レイラは嬉しそうに「にゃあ」と鳴いた。
 最も、意味を分かっての反応だったかどうかは疑わしいものではあったけど。
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