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第二章 見知らぬ土地ですべき事

11 それが知っている言葉だったから

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「初めまして。フラヴィ」
「……よろしく」

 お互い自己紹介が終わり、改めて挨拶した俺だったが、フラヴィの返しは実にお座なりなものだった。
 ベッドの脇の椅子に座って向き合ってはいるのだが、膝の上に肘を乗せ、顎を手で支えるスタイルで完全に顔が明後日を向いている。どうやら、マイナススタートしてしまった評価はこの程度では覆らないようだ。

 ちなみに、さっきの「初めまして」は、俺が初めてここに運ばれてきた当時、自己紹介が終わった後にネヴィーさんが俺に向かってかけてくれた言葉だった。
 ……そう考えると、あまりにも性格が違いすぎるなこの姉妹。天使のネヴィーさんに対して天邪鬼のフラヴィといった所だ。

 そんな事を考えていた俺にフラヴィーが横目を向けてくる、……が、すぐに顔を顰めてそっぽを向いていしまった。
 おかしいな。口には出していなかった筈なのに伝わってしまったのだろうか?
 助けを求めるようにネヴィーさんに視線を向けるが、俺と目が合ったネヴィーさんは申し訳なさそうに首を横に振るだけだった。

 姉が諦めるとかどんな性格なんだよ。

「何※※※? ※※※※※※※※※※※※※※※※※※。※※※※※※※※※※※※※※※※※※、※※※※※※※※※※※※? ※※※※※※※※※、※※※※※※※※※? ※※! ※※※? ※※※※※※※※※※※※※※※※※※──」
「待つ。待つ待つ待つ待つ!!」

 そんな俺とネヴィーさんの無言のやり取りを見たからだろう。
 突然フラヴィーが俺の方に向き直ると、機関銃のように話し出す。当然早口な上に口調がネヴィーさんと違うものだから何を言っているのかさっぱりわからない。
 それでいて目が完全に敵を見るそれなので、俺は思わず両手を前に出してそれを止める。

「何?」
「早い。私は早い言葉知る出来ない。凄い遅いお願い」
「はぁ?」

 すげーな。「はぁ?」は異世界共通の呆れ声ですか? 
 いや、そうでなく、もっと遅く喋ってくれと言った俺に対する目つきの方が問題だ。
 俺、何かそこまでフラヴィを怒らせるような事をしただろうか?

「馬鹿?」
「フラヴィ!!」

 更に追加の暴言投下。
 これには流石にネヴィーさんも責めるような声を上げるが、本人に反省した様子は見られない。

「どうして※※※※。※※※※※※※姉※※※ベンズ※※※※? ※※※※※? ※※※※? ※※※※?」
「……それは……」
「私は※※姉※※※※※だけ。本当※※※※※嫌※※※※どうして※※※※馬鹿※※※?」

 ヤバイ。ホントに何を言っているかわからない。
 唯一わかるのはフラヴィが俺を罵りまくっているのだろうという事くらい。
 なにげに最後に馬鹿って言った時に俺の方見てたしね。

 フラヴィから何かを言われたらしく俯いてしまったネヴィーさんと、言葉がわからなくて無言の俺。
 そんな俺達を交互に見ると、フラヴィは立ち上がると、そのまま部屋を出て行ってしまった。
 ベンズさんは今は外出中だが、ひょっとしたら探しにでも行くのかもしれない。

「……ごめんなさい……」
「ネヴィーは悪いない。悪いの私」

 多分。

 正直会話が殆どわからなかったので判断が難しいが、多分、二人が揉めている原因は俺だ。
 ただ、今日からこの家を出るまでの間はネヴィーさんに悪口も教えてもらうことにしよう。
 流石に文句を言われているのがわかっているのに理解できないのは陰口を言われているかのような気持ち悪さがあったから。


◇◇◇◇


 結局、俺の怪我が完治したのはフラヴィが来てから3日後だった。
 そこから準備と、大事を取るという意味で4日を費やし、1週間後の今日、俺とフラヴィはこの家を出る事となった。

「…………」
「何?」
「いいえ。ただ、見た事ない、道具と思って」
「はぁ? どうして※※※※言う※※※? 頭悪い※※※※※※?」

 旅装束になったフラヴィの姿をぼんやり見ていた俺に対して因縁をつけてくるフラヴィ。
 言葉がわからない時は意味もなく罵られるのは嫌だと思っていたが、こうして多少でも内容がわかってくるともっとキツイ事に今更ながらに気がついて言葉を教わった事を後悔する。
 面と向かって向けられる悪意って想像以上にクるんだなぁ……。今までネヴィーさんが俺に悪口を教えてこなかった理由が分かった。

 ちなみに、今俺が着ているのはせっせとネヴィーさんが繕ってくれたコートのなれの果てでもある新しい服だ。以前着ていたコートと同じようにちゃんとポケットもついており、今ではそこにスマホをしまっている。太陽電池付きのモバイルバッテリーは腰だ。

 しかし、これからこの少女と一緒にどこか……確か、ランギストとか言っていただろうか。多分街の名前だと思うんだけど、そこに行くようにとネヴィーさんから言われて行かなくてはならなくなってしまった。
 俺的にはすぐにでも一人で海斗を探しに行きたかったのだけど、ネヴィーさん曰くその為に必要な準備で「どうしても必要」な事らしい。

「ソーマ」

 2人で外に出てそんな空気を出していた俺とフラヴィーに近づいてくる影が2つ。
 その内の1人であるネヴィーさんが俺に1つの布袋を両手でもって差し出してくる。
 ひょっとして餞別だろうか?

 布袋を受け取った俺に対して、ネヴィーさんが中を開けるようにとジェスチャーで示してくる。
 指示された通りに布袋を開けると、何かが入っている。
 取り出すと、そこにあったのは1つのネックレスだった。

「……これは……」

 それはとても簡素なネックレス。
 桃色に透き通った円形の石を、金属の留め具で固定して紐を通しただけのもの。
 しかし、俺にはこのネックレスに使われている石があの時のものだとすぐに気が付くことが出来た。

「ピュリデネビル?」

 俺の背後から聞こえた声はフラヴィのものだ。
 恐らくは彼女の位置からでも見えたのだろうが、何故かその声が震えているようにも聞こえた。
 まあ、それはどうでもいい。

 俺はネックレスを手にネヴィーさんを見ると、彼女は柔らかく微笑んだ。

「ソーマが拾う。私が作る、した。どう?」
「どう……て」

 俺は改めてネックレスに視線を落とす。
 陽の光に照らされた小さな石は、あの夜と同じように桃色の光を放っていた。

「綺麗。とても」
「良い」

 俺の答えに満足したのか、ネヴィーさんは両手を広げて俺に頭を軽く向けてくる。
 多分、首にかけてくれという意味なのだろうと思って、膝を曲げて目線をネヴィーさんに合わせると、ネックレスをネヴィーさんの首にかける。
 ネヴィーさんの胸元に収まった桃色の石は、まるでそこが本来収まるべき場所だったと主張するかのように陽の光を反射して淡く輝いていた。
 
「どう?」
「綺麗。とても」
「本当?」
「本当」
「良い」

 短いやりとりの後、ネヴィーさんは広げていた両手を俺の首に回し、抱擁する。
 その暖かみに、以前不安で眠れなかった夜に抱きしめてもらった事を思い出した。

「元気で」
「はい」
「無茶はしない」
「はい」
「怪我は駄目」
「はい」

 やがてネヴィーさんは俺を解放すると、両手でそっと胸を押し出す。

「いってらっしゃい」

 それは、俺が日課である薪拾いを行くときにいつも言ってくれていた言葉。
 笑顔で手を振るその姿があまりにもいつも通りだったから、俺は本当に今日でお別れなのかわからなくなってしまう。

 本当は最後の言葉は俺の知らない言葉・・・・・・・・になると思っていた。
 
 『さよなら』という言葉は教わっていない。

 だから、きっと俺の知らない言葉が俺達の最後のやりとりになるだろうと勝手に思っていたのだ。

「いってきます」
「良い」

 だから、俺も今までと同じ言葉を返す。
 そんな俺に、ネヴィーさんも満足そうに頷いた。

「ソーマ」

 そのやりとりを横で見ていただろう。
 見計らったように俺に声を掛けてきたベンズさんの声に、以前「殴る」と言われいたのを思い出して身構えたが、要件は別だったようだ。

 ベンズさんが俺に向かって差し出してきたのはいつか借りた剣帯と──50cm程の鞘に収まった一本の剣。

「……ベンズ……これ……」
「持つ※※行け。使う※※※出来ないでも、持つ※※※、ソーマを守る」

 恐らく、使えなくても護身用に持っていけ……という事だろう。
 地球でも使う使わないはともかくとして、護身用に銃を持つ国もあるくらいだから、常に危険なこの世界では必要なものなのかもしれない。
 たしかに、俺が盗賊だったと考えた場合、同じ旅人でも丸腰の旅人と剣を持った旅人がいたら丸腰の旅人を狙う。

「……ありがとう……」
「……貸すだけ※※。必ず、返す※※来い」
「はい」

 剣帯と剣を身に付けてくれた後、右手を差し出してきたベンズさんの右手を俺も握る。

「殴るのは、その時」
「…………はい」

 とても清々しい笑顔を向けるベンズさんにこれ以外の返答が果たして出来ただろうか。
 少なくとも、今殴られるわけではないだけ良かったと考えるべきか、殴られたくなければもうネヴィーに近づくなという意味なのかは判断が難しいところだが、ここはきっと良い方に取るべきなのだろう。

 手を振る2人に手を振り返し、俺とフラヴィは出発する。

 随分と長い時間をあの場所で過ごしてしまったが、俺はようやく海斗を探すための一歩を踏み出した。


◇◇◇◇


「ピュリデネビル」

 ひたすら無言で歩き続けたフラヴィとの旅路。
 そんな旅路において、フラヴィが口を開いたのは最初の休憩の時だった。
 お互い街道の脇にある石に腰を下ろし、水分補給をして一息ついていた所、誰にいうでもなくそんな事を呟いたのだ。

「あの石を※※姉※※※※、※※※贈る※※※※※※※※?」

 相変わらず何言っているかよくわからない。
 が、今回は多少こちらに合わせてくれたらしく、少しは分かる部分も合った。
 ようするにあの石をネヴィーさんにくれたのは誰か聞いたのだろう。

「あの石、贈る、したのは、私」

 あくまでこちらに視線すら向けず、独り言のようなフラヴィの呟きに俺は答える。

「……そう」

 フラヴィは立ち上がり、空を見上げる。

「赤い色……していた」

  フラヴィの呟きにどちらかと言えばピンクじゃないか? とは思ったが、まあ、赤と言えば確かに赤だ。俺は特に反論もせずに頷く。

「はい」
「※※※※※※は、ソーマが?」

 全然何言ってるかわからねえ。
 間違いなくこちらに合わせてくれているのはわかるのだが、根本的にこの子とネヴィーさんの口調は違うらしい。
 なんとなくだけど、ネヴィーさんはすごく丁寧な口調で、フラヴィは物凄く砕けた口調なんじゃないかという気がした。

「わからない」
「そう」

 素直にわからないと答えた俺に、フラヴィは非常に軽く返してくる。
 その様子に特に重要な事ではなかったのか? と思っていたのだが、フラヴィは腰から一本の棒──俺が出発する時に見ていた道具だ──を取り出すと空に向ける。
 その棒の先には俺がネヴィーさんに上げたような小石とは違う真っ赤な宝玉がついており、以前何かの漫画かアニメで見た魔法使いのロッドに似ていた。

「※※※※※※※※※。※※※※※※※※※※! ※※※!!」

 そのロッドのような道具を空に向けていたフラヴィは何やら大仰な口調で何かを叫んでいたが、言葉の終りと同時に道具の先端の宝玉が光り、大きな火の玉が空に向かって飛び出していった。

『な、なんだ今の……まさか……魔法……?』

 思わず日本語で呟いてしまった俺だったが、フラヴィは特に気にしなかったらしい。

 俺の方に振り向くと少しだけ得意げな笑顔を見せる。

「私は強い」

 そして、バトントワリングの選手のように器用にロッドを回した後に腰に差す。

「※※※※。好き※※違う※※けど、守る※※する※してもいい」

 少なくとも少し前までの敵意に満ち溢れた瞳ではなく、精々「少し嫌な奴」位の挑発的な視線を受けて、俺も苦笑しながら立ち上がる。

「助かる。ありがとう」
「※※※! ※※※役立たず※※※※良い。行く※※※※馬鹿」

 また馬鹿って言いやがった。
 つーか、この子は一々文句を言わなければ行動できないのだろうか?

 こちらの返答も待たずに歩き出したフラヴィの背を追うように俺も行く。
 空は雲ひとつない青空だったが不快な暑さはなく、夏の終わりを知らせてくれているようだった。
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