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第一章 心霊スポットと白い影
01 今日は家に帰りたくないらしい
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「心霊スポットに行ってみないか?」
大学時代の友人である中野総悟からそんな提案が出たのは、ネズミの国と呼ばれる某テーマパークに何故か男三人で遊びに行った帰り道。その途中で寄った全国にチェーン展開しているファミリーレストランにて夕食を食べ終え、ちょっとしたクールダウンをしていた時の事だった。
「いきなり何? ひょっとしてこれからか?」
俺は少し言葉の端に不満の色を滲ませた事を自覚しながらも窓の外に目を向ける。
視界の先に広がる光景は、まだうっすらと陽の光を残しつつも、確実に夜へと移行していっている様子であった。間違いなくもう夕暮れという時間帯ではない。
「当たり前だろう? 明るいうちに心霊スポットに行って何が楽しいんだよ」
俺の視線を追うように窓の外に目を向けつつも、「はんっ」と鼻を鳴らしながら中野は言う。
内心イラァッとしたものの、確かに一理あるとは言える。
言えるが……明るい時間帯に心霊スポットに行っても楽しくないという理屈と、今これから心霊スポットに行く事が楽しいという理屈はイコールではない。
「ばっかお前。今だからこそ……だろっ。態々男三人でディ〇ニー行って、見せ付けられるのは見てて不快なバカップルに偽りの幸せを満喫していそうな家族連れ。それをアトラクションに入れるまでの長時間延々と見せつけられて怒りと不快感で汚れちまった俺の心を癒すには、もう心霊スポットに行くしかねぇと思わねぇ?」
「取り敢えず中野の心が病んでいるって事はわかったけど、どうして心霊スポットに行く事でそれが癒えるのかがわからないな」
そもそも、今回の計画を立てたのは当の中野本人である。
ただ、これに関しては中野に対して若干哀れに思う理由があったのだが……。
「……くそっ。普通このタイミングで振るか? そもそも、最初に友達に男を紹介しろって言ってきたのは向こうだぞ? それが、友達に彼氏が出来てその紹介で新しい男が出来たからもう会わないって……。俺達の一年間は何だったんだよ!」
襟足まで伸ばした長めの茶髪を掻きむしりながら声を荒らげた友人に、俺は「そもそも、相手も遊びだったんじゃ?」とは思っても口にはしない。
中野の元カノとは何度か顔を合わせた事はあるが、正直あまりいい印象は残っていなかったので、こちらからすれば「やっぱりな」という感想しか出なかったからだ。
「やっぱり。元々遊びだったんじゃないかなって僕は思ってたんだよね」
そんな俺の心の声を代弁してしまったのは、俺の右隣の席についてスマホに視線を落としたままになっている幼馴染である木嶋海斗だった。
俺よりも頭一つ分背が低い上にスマホを覗き込んでいるせいで丁度下から声が届いてくる形だ。
黒髪短髪で見た目が幼く、パッと見では高校生位に見える男だが、間違いなく俺とタメである。若く見える顔立ちに可愛らしい見た目からそれなりに女の子に人気がある筈なのだが、未だに彼女がいた事もなく、今回のグループデートにもあまり乗り気でなかったのを思い出した。
「テメエ、木嶋ぁ……!! チッとばかり自分がモテるからって調子乗ってんじゃねえぞ!? けど残念だが彼女無しの時点でお前も俺と栗田と同じだから。モテねぇ野郎ってトコは同じだから!」
「いや。別に彼女とか欲しいとか思った事もないし」
「嘘つけ! 彼女が欲しくない男がこの世にいるはずがねぇ! どうせ負け惜しみだろ!」
「おいおい。近寄ってくる女の子を手当たり次第に切って捨ててた海斗にその理屈は……。って、今お前俺の事さりげなくディスらなかった?」
テーブルに乗り出すように海斗を睨みつけてくる中野を軽く睨みながら俺は呆れる。
茶髪のロン毛にピアス。服もブランド物に身を包み、乗ってる車も某有名メーカーのスポーツカー。
見た目から入る中野らしい出で立ちではあるものの、女の子を取っ替え引っ替え出来るくらいには悪くない容姿をしているのは確かだ。そこは、ガチで『ザッフツメン』──自己判断なので誇張の可能性有り──の俺に対して「自分はモテない」等とよく口に出来るものだと思ったけれど、自然体でモテている海斗相手には少なからず劣等感を抱いているのかもしれない。
「あの……お客様。あまり店内で大声は……」
「あ、すみません。もうすぐ退散しますので」
流石に声が大きすぎたのだろう。
申し訳なさそうに注意を促してきたウエイトレスさんに謝ると、俺は再び中野の方に目を向ける。
すると、先程までの勢いはなんだったのか、窓の方に顔を向けた状態でテーブルに突っ伏し、肩を震わせている哀れな友人がそこにはいた。
「…………頼むよぅ…………。こんな惨めな気分で真っ暗な部屋に帰りたくねぇ…………」
「……はあ。しょうがないな……。海斗も。それでいいか?」
「僕はどちらでも。相馬が行くならついて行くよ」
ため息一つ。
小さな嗚咽を溢し始めてしまった友人から、これまでのやり取りからここまで一度もスマホから顔を上げようともしない幼な馴染みの頭を見て。
更にもう一つため息をついて、俺は伝票に手を伸ばす。
栗田相馬26歳未婚彼女なし。
大学を卒業してからブラックではないけれどもホワイトとも言い切れないそれこそ日本に掃いて捨てるほど存在するグレーな会社に就職し、休日になれば幼なじみと共に過ごすか、偶に会う数少ない大学時代の友人、もしくは同じ会社の知人達と余暇を過ごしたりと山も谷もない日常を繰り返していた平凡な社会人4年生。
そんな詰まらない人生を送ってきた俺が、こんな下らないやりとりが如何に貴重で恵まれていたのかを知るのは、この少し後の事となる。
大学時代の友人である中野総悟からそんな提案が出たのは、ネズミの国と呼ばれる某テーマパークに何故か男三人で遊びに行った帰り道。その途中で寄った全国にチェーン展開しているファミリーレストランにて夕食を食べ終え、ちょっとしたクールダウンをしていた時の事だった。
「いきなり何? ひょっとしてこれからか?」
俺は少し言葉の端に不満の色を滲ませた事を自覚しながらも窓の外に目を向ける。
視界の先に広がる光景は、まだうっすらと陽の光を残しつつも、確実に夜へと移行していっている様子であった。間違いなくもう夕暮れという時間帯ではない。
「当たり前だろう? 明るいうちに心霊スポットに行って何が楽しいんだよ」
俺の視線を追うように窓の外に目を向けつつも、「はんっ」と鼻を鳴らしながら中野は言う。
内心イラァッとしたものの、確かに一理あるとは言える。
言えるが……明るい時間帯に心霊スポットに行っても楽しくないという理屈と、今これから心霊スポットに行く事が楽しいという理屈はイコールではない。
「ばっかお前。今だからこそ……だろっ。態々男三人でディ〇ニー行って、見せ付けられるのは見てて不快なバカップルに偽りの幸せを満喫していそうな家族連れ。それをアトラクションに入れるまでの長時間延々と見せつけられて怒りと不快感で汚れちまった俺の心を癒すには、もう心霊スポットに行くしかねぇと思わねぇ?」
「取り敢えず中野の心が病んでいるって事はわかったけど、どうして心霊スポットに行く事でそれが癒えるのかがわからないな」
そもそも、今回の計画を立てたのは当の中野本人である。
ただ、これに関しては中野に対して若干哀れに思う理由があったのだが……。
「……くそっ。普通このタイミングで振るか? そもそも、最初に友達に男を紹介しろって言ってきたのは向こうだぞ? それが、友達に彼氏が出来てその紹介で新しい男が出来たからもう会わないって……。俺達の一年間は何だったんだよ!」
襟足まで伸ばした長めの茶髪を掻きむしりながら声を荒らげた友人に、俺は「そもそも、相手も遊びだったんじゃ?」とは思っても口にはしない。
中野の元カノとは何度か顔を合わせた事はあるが、正直あまりいい印象は残っていなかったので、こちらからすれば「やっぱりな」という感想しか出なかったからだ。
「やっぱり。元々遊びだったんじゃないかなって僕は思ってたんだよね」
そんな俺の心の声を代弁してしまったのは、俺の右隣の席についてスマホに視線を落としたままになっている幼馴染である木嶋海斗だった。
俺よりも頭一つ分背が低い上にスマホを覗き込んでいるせいで丁度下から声が届いてくる形だ。
黒髪短髪で見た目が幼く、パッと見では高校生位に見える男だが、間違いなく俺とタメである。若く見える顔立ちに可愛らしい見た目からそれなりに女の子に人気がある筈なのだが、未だに彼女がいた事もなく、今回のグループデートにもあまり乗り気でなかったのを思い出した。
「テメエ、木嶋ぁ……!! チッとばかり自分がモテるからって調子乗ってんじゃねえぞ!? けど残念だが彼女無しの時点でお前も俺と栗田と同じだから。モテねぇ野郎ってトコは同じだから!」
「いや。別に彼女とか欲しいとか思った事もないし」
「嘘つけ! 彼女が欲しくない男がこの世にいるはずがねぇ! どうせ負け惜しみだろ!」
「おいおい。近寄ってくる女の子を手当たり次第に切って捨ててた海斗にその理屈は……。って、今お前俺の事さりげなくディスらなかった?」
テーブルに乗り出すように海斗を睨みつけてくる中野を軽く睨みながら俺は呆れる。
茶髪のロン毛にピアス。服もブランド物に身を包み、乗ってる車も某有名メーカーのスポーツカー。
見た目から入る中野らしい出で立ちではあるものの、女の子を取っ替え引っ替え出来るくらいには悪くない容姿をしているのは確かだ。そこは、ガチで『ザッフツメン』──自己判断なので誇張の可能性有り──の俺に対して「自分はモテない」等とよく口に出来るものだと思ったけれど、自然体でモテている海斗相手には少なからず劣等感を抱いているのかもしれない。
「あの……お客様。あまり店内で大声は……」
「あ、すみません。もうすぐ退散しますので」
流石に声が大きすぎたのだろう。
申し訳なさそうに注意を促してきたウエイトレスさんに謝ると、俺は再び中野の方に目を向ける。
すると、先程までの勢いはなんだったのか、窓の方に顔を向けた状態でテーブルに突っ伏し、肩を震わせている哀れな友人がそこにはいた。
「…………頼むよぅ…………。こんな惨めな気分で真っ暗な部屋に帰りたくねぇ…………」
「……はあ。しょうがないな……。海斗も。それでいいか?」
「僕はどちらでも。相馬が行くならついて行くよ」
ため息一つ。
小さな嗚咽を溢し始めてしまった友人から、これまでのやり取りからここまで一度もスマホから顔を上げようともしない幼な馴染みの頭を見て。
更にもう一つため息をついて、俺は伝票に手を伸ばす。
栗田相馬26歳未婚彼女なし。
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