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サラ⑥
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サラは来客に気づいた。窓から見えた豪華な馬車が、相手の身分の高さを表している。
(誰、かしら)
使用人たちがドタバタと忙しくなる。サラは急いでいる使用人に聞いた。
「ヴェール伯爵が急にいらっしゃったんです」
「ヴェール伯爵?」
元夫のトムが生前彼について話していたことを思い出す。
『俺の同僚がヴェール伯爵に反対する意見言ったんだけど、極寒の地に左遷させられちまったらしいんだ。あ~怖っ。俺も気をつけないとなぁ』
そんな男がガイルに何の用で来たのだろうか。チラリと見えた男は白髪で、片手に杖をついているようだ。ガイルの顔はここからは見えない。
(ここで働きはじめて、軍の人間が来たのは初めてだわ)
「あの人、私嫌いだわ」
レイラが小声で訴える。レイラが人の悪口を言ったことはないのでサラは驚いた。
「なんで・・・そう思うの?」
「だってパトリックお兄様が死んで、お葬式をしてたとき、彼笑ってたの。それで私聞いちゃったんだけど、パトリックお兄様はヴェール伯爵に逆らおうとしたから死んで当然だって・・・」
「なんてこと・・・」
パトリックはガイルのお兄さんで、戦争後、サラの元夫と同じ場所で亡くなったと聞いていた。まだガイルに会う前は兄も見捨てるような悪人であると考えていたが、今ではどう考えてもガイルはサラの義兄が言ったように、自身の兄を見捨てるようには思えない。
(義兄さんの、勘違いもありえるわ)
サラは一度冷静に考えてみた。戦争中は誰もが死と隣り合わせであり、戦場では誰が悪かも分からない世界である。サラの被害者感情は、とても自己中心的で、合理的ではない。
(病気に苦しみながら彼を憎む義兄の様子に、感情移入してしまったのだわ)
夫を亡くし悲しみに明け暮れている中、足を失った義兄の様子に負の感情が引っ張られ、冷静になることができなかったのだ。
(彼の、事情があると、私は信じてる)
毎日彼と過ごし、命令口調の傲慢さの中に優しさも備わっていることも知っている。一日中酒に溺れ現実逃避していたのも、彼が後悔で押し潰されそうになっているからだ。本当に悪人であれば、後悔さえしないであろう。
+
+
+
(何・・・)
午後四時頃に授業は終わり、秘書のダンに終了を告げようと彼を探していると、怒鳴り声とグラスの割れる音がした。
「ガイル様、落ち着いてください」
「うるさいっ!!お前は黙ってろ!!」
急にバン!とドアが空き、サラは身構えた。ガイルがフラフラと部屋を出ていくのだが、足は千鳥足で手に当たった花瓶やオブジェが壊れていく。彼一人では、どこにも行けないであろう。彼は階段で足を一段踏み外し、倒れてしまう。
「シーガル伯爵!!」
サラはガイルに駆け寄るも、彼はむくりと立ち上がり、前に進もうとする。ガイルはサラを認めると、顔をしかめた。
「俺に今、近寄るな!!お前に何をするか分からないぞ」
「でも、血が出ています・・・」
ガイルは階段から数段落ちた衝撃で唇を切ってしまったようである。サラはハンカチを取り出し、血の出ている唇にそっと当てた。
「やめろ!!・・・今日は、報告はいいから、俺の目の前から消え失せてくれ」
「っ・・・」
ダンに「後は私が面倒見ておきますから」と嗜まれ、自室に戻った。
+
+
+
(心配で・・・部屋の前に来てしまったけど・・・)
夜は更けサラは、報告は必要ないと言われたのだが、彼の寝室の前でサラは立ち止まった。あの後ガイルは廊下で眠り、男の使用人たち総出で彼を担ぎ上げ寝室に運んだそうだ。
(まだ、寝ているのかしら)
あれから数時間経つので酔いは少し覚めたであろうか。そんなことを考えていると、部屋の中から苦しみの声が聞こえた。ガイルは魘されているようだ。
(すごく・・・苦しそう)
部屋に入るなと言われているが、このまま苦しむ彼をほっとけない。サラは勇気を振り絞り部屋に入った。
「ぐあああああああ!!来るな、来るな!!」
(何の夢を・・・見てるの??)
(誰、かしら)
使用人たちがドタバタと忙しくなる。サラは急いでいる使用人に聞いた。
「ヴェール伯爵が急にいらっしゃったんです」
「ヴェール伯爵?」
元夫のトムが生前彼について話していたことを思い出す。
『俺の同僚がヴェール伯爵に反対する意見言ったんだけど、極寒の地に左遷させられちまったらしいんだ。あ~怖っ。俺も気をつけないとなぁ』
そんな男がガイルに何の用で来たのだろうか。チラリと見えた男は白髪で、片手に杖をついているようだ。ガイルの顔はここからは見えない。
(ここで働きはじめて、軍の人間が来たのは初めてだわ)
「あの人、私嫌いだわ」
レイラが小声で訴える。レイラが人の悪口を言ったことはないのでサラは驚いた。
「なんで・・・そう思うの?」
「だってパトリックお兄様が死んで、お葬式をしてたとき、彼笑ってたの。それで私聞いちゃったんだけど、パトリックお兄様はヴェール伯爵に逆らおうとしたから死んで当然だって・・・」
「なんてこと・・・」
パトリックはガイルのお兄さんで、戦争後、サラの元夫と同じ場所で亡くなったと聞いていた。まだガイルに会う前は兄も見捨てるような悪人であると考えていたが、今ではどう考えてもガイルはサラの義兄が言ったように、自身の兄を見捨てるようには思えない。
(義兄さんの、勘違いもありえるわ)
サラは一度冷静に考えてみた。戦争中は誰もが死と隣り合わせであり、戦場では誰が悪かも分からない世界である。サラの被害者感情は、とても自己中心的で、合理的ではない。
(病気に苦しみながら彼を憎む義兄の様子に、感情移入してしまったのだわ)
夫を亡くし悲しみに明け暮れている中、足を失った義兄の様子に負の感情が引っ張られ、冷静になることができなかったのだ。
(彼の、事情があると、私は信じてる)
毎日彼と過ごし、命令口調の傲慢さの中に優しさも備わっていることも知っている。一日中酒に溺れ現実逃避していたのも、彼が後悔で押し潰されそうになっているからだ。本当に悪人であれば、後悔さえしないであろう。
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(何・・・)
午後四時頃に授業は終わり、秘書のダンに終了を告げようと彼を探していると、怒鳴り声とグラスの割れる音がした。
「ガイル様、落ち着いてください」
「うるさいっ!!お前は黙ってろ!!」
急にバン!とドアが空き、サラは身構えた。ガイルがフラフラと部屋を出ていくのだが、足は千鳥足で手に当たった花瓶やオブジェが壊れていく。彼一人では、どこにも行けないであろう。彼は階段で足を一段踏み外し、倒れてしまう。
「シーガル伯爵!!」
サラはガイルに駆け寄るも、彼はむくりと立ち上がり、前に進もうとする。ガイルはサラを認めると、顔をしかめた。
「俺に今、近寄るな!!お前に何をするか分からないぞ」
「でも、血が出ています・・・」
ガイルは階段から数段落ちた衝撃で唇を切ってしまったようである。サラはハンカチを取り出し、血の出ている唇にそっと当てた。
「やめろ!!・・・今日は、報告はいいから、俺の目の前から消え失せてくれ」
「っ・・・」
ダンに「後は私が面倒見ておきますから」と嗜まれ、自室に戻った。
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(心配で・・・部屋の前に来てしまったけど・・・)
夜は更けサラは、報告は必要ないと言われたのだが、彼の寝室の前でサラは立ち止まった。あの後ガイルは廊下で眠り、男の使用人たち総出で彼を担ぎ上げ寝室に運んだそうだ。
(まだ、寝ているのかしら)
あれから数時間経つので酔いは少し覚めたであろうか。そんなことを考えていると、部屋の中から苦しみの声が聞こえた。ガイルは魘されているようだ。
(すごく・・・苦しそう)
部屋に入るなと言われているが、このまま苦しむ彼をほっとけない。サラは勇気を振り絞り部屋に入った。
「ぐあああああああ!!来るな、来るな!!」
(何の夢を・・・見てるの??)
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