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ガイル②

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『パトリック兄さん!!』


ガイルの目の前で炎に包まれながら、船が沈んでゆく。


『やめろ────!!』



(また、夢・・・か)


ガイルは瞳を開けた。汗が吹き出し、呼吸も荒い。落ち着こうと暗闇の中ベッドの頭に置いているウイスキーをとるため上半身を起こした。


(何かが、おかしい)


暗闇で視界はまだ暗いままであるが、鼻に、あのラベンダーの香りがほんのりと漂っている。カサリと絹の擦れる音がした。


「誰だ・・・」


明らかに感じる人の気配にガイルは緊張を走らせる。ガイルは今では落ちぶれているが、優秀な軍人であった。人の気配には敏感なのだ。


「誰だ、名乗れ」


徐々に暗闇に慣れた瞳に、女性のシルエットが映りだす。ギクリと体を強ばらせているのは、この屋敷に二週間程前に雇ったサラ・ノートンであった。


「先生が・・・こんな夜中に何の用ですか。レディとして人の寝室に勝手に入ってはいけないと習わなかったのでしょうかね」


ガイルは立ち上がる。


「言わなければ、不法侵入をしたとして、すぐにでもここを解雇しますよ」
「・・・すみませんシーガル伯爵・・・寝ぼけて部屋を間違えました」


彼女の明らかな嘘に眉をひそめる。


「蝋燭も点けずに寝室を出ていたのですか」
「え、ええ・・・」


ガイルは部屋の蝋燭を一つ灯し、彼女に近づいた。


「嘘をつけ!!」


──ドンッ──


ガイルは彼女に怒鳴り付け、右手を彼女の首にやり、壁に押し付けた。押し付けた衝動で彼女の眼鏡が滑り落ちる。怯えきった彼女の瞳から、ポロリと涙が一粒流れた。


(ぐっ・・・)


眼鏡が外れ、揺れるエメラルドグリーンの瞳が露になる。眼を潤ませ、ポロリと流れた涙は、まるで女神が落とした滴のようだ。



(彼女はいったい何をしに来たんだ・・・)



ギリギリと手の力を強めるが、彼女は男と違い、少しの圧力で苦しそうに顔を歪める。ガイルは焦って力を緩めた。彼女は軍人ではない、レディなのである。


「ゲホッ・・ゲホッ・・・」


彼女は胸に手を当て咳き込み息を整えている。


「・・・す、すみません、シーガル伯爵・・・もう絶対に間違えて部屋に入らないようにしますから・・・お見逃しください」


彼女の綺麗だった声は掠れ、小さな体を震わせてガイルに懇願している。ベッドで彼女を焦らせばこのようにガイルのものが欲しいと震えながら懇願するのだろうか、と考える。ガイルを求める彼女に許可を与え、ガイルの上を貪る彼女を想像するだけで下半身が熱くなっていく。


(なんてことを考えているんだ、私は)



この状況で下衆な考えをしたことに後ろめたさを感じる。ガイルは彼女から距離を取った。何にしろ軍人ではない、小柄な女性に力で圧力をかけるべきではない。しかしガイルは言葉で制圧する。


「今度変な動きをしたらすぐにここから追い出してやるからな」
「はい、申し訳ありませんでした」
「・・・待て」

そそくさと部屋を出ていこうとする彼女をガイルは引き留めた。


「私があなたの主人だ。私が部屋を出て良いと言うまで出てはいけない」
「・・・はい、申し訳ありませんシーガル伯爵」


小さくなる彼女を見てガイルはふとあることを思い付いた。


「毎日君の行ったことをレポートにしろ。それを私がいる晩に報告するんだ。君の休日を含めだ」
「レポート・・・ですか」
「ああ、起きたときから寝るまで全てだ。秘書のトムにも目を光らせるように言っておくから、もし君の行動とレポートの内容が違えば即解雇だ。推薦状も書かない」


彼女は迷いの表情を浮かべている。しかしこの屋敷の主人はガイルだ。彼に意見を言うことは許されない。


「分かったか」
「・・・はい」
「わかったらここを出ていけ」
「はい、失礼しました、シーガル伯爵」


普通より早い礼をして彼女は出ていった。





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