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転生編

第8話 獣の本能

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  外は雨が降っているわけではない。

 だが、ソウタは体がビショビショに濡れていた。

 ソウタの潜んでいる岩の上に蠢く影は、

 何かを探すようにキョロキョロと首を動かしていた。

「なぁ、どうすればいいと思う?」

「戦うしかないだろうな」

「どうやってだよ!」

 ソウタは思わず大声を出してしまい、

 急いで岩の盾にして隠れる。

 影はソウタの声に反応して、

 動いていた影はいつの間にか消えてしまう。

 どこに行ったのか。

 ソウタは外の様子が気になって仕方なかった。

 このままでは外に出ることができなくなってしまう。

 それだけは避けたかったのだ。

「いなくなったか?」

 ソウタが外を覗こうとした瞬間、

 岩でできた天井が勢いよく崩れ去った。

 いや、何かの力で意図的に壊されたかのように、

 破壊されたのだ。

「うおぉ!」

 天井を壊して、

 ソウタの前に現れたのは、

 筋骨隆々とした肉体、

 四本足は太く、

 尻尾は人間の太ももほどもあり、

 体を覆う毛は顔までびっしりと生えている。

 何よりも特徴的なのは、

 20センチ近くもある牙だ。

 狼のような顔つきをしているこのモンスターは、

 明らかにソウタを狙っている。

「なんだよ、この化け物」

 ソウタは後ろにズルズルと後ずさりする。

 本能で後ろを向いて逃げたい気持ちを必死に抑えながら、

 目の前のモンスターから目を離さない。

「ワーウルフだ。戦闘能力がずば抜けてて人間の言葉を理解できるほど知性も高い。少なくとも今のソウタが出会わない方がいいモンスターだな」

「いや、そういったってもう出会ってるけど……」

 ワーウルフは目が狂気に満ちていて、

 涎が滴り落ちている。

 ジリジリとソウタとの距離を詰めながら、

 喉を鳴らしている。

 そして、

 ソウタの顔が簡単に入るぐらいに大きく口を開いた。

「グゥオォォォ!!!!!」

 体の髄まで響き、

 骨がギシギシと歪む。

 もの凄い咆哮だ。

 ソウタはあまりの迫力にその場にしり込みしたくなる。

 だが、

 ここでしり込みをすれば、

 おそらく瞬く間に食事に変わるだろう。

 ソウタは恐怖に打ち勝ち、

 しり込みをせずに戦闘態勢に入る。

「おい、まさか戦うつもりか? 相手はワーウルフだぞ?」

 神さまはソウタに戦いをしないように説得を試みる。

 相手は強敵のワーウルフ、

 分が悪いことはソウタは十分に理解していた。

「だからって、このまま黙ってやられるわけにいかな……ん?」

 ソウタは何かの異変に気付く。

 ワーウルフの様子がおかしい。

 こちらを威嚇し、

 圧倒的な恐怖を感じるが、

 どこか無理をしているようだ。

 後ろ脚はガクガク震えている。

「なぁ、コイツ、どこか怪我してるんじゃないか?」

「そうか?」

 神さまはワーウルフの異変に気づかない。

 ソウタはそっと近づいた。

 ワーウルフをなるべく刺激しないように、

 静かにワーウルフの背後に回る。

 ワーウルフはソウタの動きを警戒している。

 ソウタが後ろに回ろうとしてる時も、

 首を振ってソウタを威嚇するが、

 さっきまでの勢いはない、

 むしろ徐々に弱くなっていっている。

 体を支えている脚に力がなくなっていき、

 ソウタが後ろに回る頃には、

 ワーウルフの体はすでに前にのめりこむ様に倒れこんでいた。

 ソウタはワーウルフが怪我してそうな箇所をくまなく探す。

 右後ろ脚の付け根の部分、

 そこにソウタの腕程の太く巨大な木の枝が突き刺さっている。

「うわぁ、これはやばいだろ……」

「このワーウルフは助からないかもしれないな。」

 ソウタが木の枝にそっと触れてみる。

「グルゥルルル」

 体が動かなくとも、

 意識は抵抗しているのか、

 ワーウルフはこれ以上何もしてくれるなと言っているようにソウタには聞こえた。

「なにか巻くもの……あ、そうか」

 ソウタはおもむろに服の両袖を脇下あたりからビリビリっと破いた。

 2枚の布をギュッと固く結ぶと、

 ソウタは木の枝を両手で掴み、

 一呼吸おいてから一気に引き抜いた。

 ブシュッっとあふれ出る血をソウタは布で覆い隠し、

 血が出ないよう、

 ギチギチに結んだ。

「おい! ソウタそこまでしなくてもいいんじゃないか? 治ってワーウルフに襲われでもしたらどうするんだ」

「だからって戦う意思のない奴を俺はやれないよ……」

 ソフィアから渡されたバケツに水を汲み、

 近くに自生している木の実などを採取して、

 ワーウルフのそばに並べて置いた。

 ワーウルフは意識を失っている。

 もしかしたら助からないかもしれない。

 だが、そんなことはお構いなしにソウタはできる限りのことをした。

 眠たい体を奮い立たせ、

 枯葉や使えそうな木の枝をかき集めた。

 神さまに助言をもらいながら、

 薬草の見分け方や、

 火の起こし方を教わりながら、

 ワーウルフの治療をした。

 気づいた時には、

 かれこれ2時間が経過しているだろうか。

 すでに朝日は昇り始め、

 暗闇はすでに微かな光とソウタの意識と共に消え去っていた―――

 ―――朝日が差し込み、

 崩れた岩場に新しい陽が差し込む。

 ワーウルフはゆっくりと目を開く。

 意識を取り戻したのだ。

 脚の痛みをこらえながら、

 周りを見渡すため首を振る。

 目の前にはバケツの中いっぱいに入った水。

 木の枝からはプスプスと煙が立ち上る。

 木の枝を集めて火を起こしたのだろう、

 さっきまで火がついていた形跡があった。

 目の前にはたくさんの木の実が山盛りに盛りつけられ、

 枯葉を敷き詰めたベッドは、

 ワーウルフの体温で温かくなっている。

 崩れた天井の瓦礫は岩場の隅に追いやられている。

 怪我した傷口には薬草を挟んで布でグルグル巻きにされていた。

 肝心の人間は?

 周りを見渡すがどこにもいない。

 どこかへ行ったのだろうか?

 ふと気づくと、

 ワーウルフは腹部に人肌の温かさを感じた。

 目を向けると、

 そこには、

 クタクタにへばったソウタがワーウルフの腹を枕代わりにして、

 寝ていたのだ。

「グルルルゥ」

 ソウタの匂いを嗅ぐ。

 ワーウルフのこれは、

 生き物に見られる本能的な挨拶のようなものだ。

 匂いを嗅ぐことで、

 敵か味方を判断し、

 縄張りなどに敵が侵入してきたかどうかを確認するための判断材料になるのだ。

 ソウタの匂いを嗅いだ後、

 ワーウルフはソウタを襲うことなく、

 また眠りについた。
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