美味しいだけでは物足りない

のは

文字の大きさ
上 下
26 / 49

◆反撃してやる

しおりを挟む
 幼いころの夢を見た。

 ヤランが施設にやってきて半年ほど経った時のことだ。ナジュアムは七歳になっていた。
「こんなもの食べられるか!」
 そう叫んで、ヤランはカボチャのリゾットを床にぶちまけた。

 よりによってそれは、まだ馴染めずにいる彼のために、彼の好きなものだからと他の子たちよりも多く盛り付けていた時のことだった。
 施設の予算は潤沢とは言えず、子供たちはいつもお腹を空かせていた。
 年少の子たちは怖がって泣きわめき、それ以外の子たちは彼を一斉に詰った。
 もちろんナジュアムも腹は立ったが、子供たちを慰めるのに忙しかったから、彼を責めることはしなかった。

 ヤランは孤立した。
 もともと「こんなところでおまえら相手に慣れ合うつもりはない」などと言ってしまうような子だったし、仕方のないことだと思った。けれど院長先生は、ナジュアムを呼び出して言った。

「ヤランと仲良くしてあげて、ナジュアム。あの子はまだ、両親との別れを認められずにいるのです。きっと期待してしまったんでしょうね。自分の食べ慣れた、懐かしい味が出てくるのを。期待と違ったから、悲しくてああしてしまったの。あなたにもわかるでしょう」
「俺は、あんなことしない」
「そうねだけど、期待した味と違って、がっかりしたことはあるはずですよ」
「……うん」

 院長先生と約束したから、というだけではない。
 彼のことが気になったから、ナジュアムは自発的にヤランに声をかけた。彼が好きだというリゾットには、カボチャの他に何が入っていたのか、どんな味がしたのか根気強く聞きだした。
「俺が、ヤランの好きなリゾットを作ってやるよ」
 ナジュアムが笑いかけても、ヤランはムッとするだけだったけど、それから彼の態度は少しずつ軟化していった。
 施設の外に出て活動する『手伝いの日』に二人で競い合うように一生懸命働いて、お小遣いをためて少しずつ材料を買い集めた。
 そして院長先生に頼み込み、二人でリゾットを作った。

 出来上がるまでは、キラキラしていたヤランの瞳は、皿に盛った時点で曇っていった。
「やっぱ、全然違うじゃねえか。あのときのより、マズいし」
 煮崩れてべちゃっとしたリゾットは、確かにお世辞も美味しいとは言い難かったけれど、それでもナジュアムは悔しくてボロボロ泣いた。
 するとヤランは、慌ててナジュアムを慰めた。

「味は全然違うけど、これはこれで悪くねえよ」
「マズいって言った」
「忘れろ」
「忘れないよ。いつか絶対、ヤランに美味しいって言わせてやるんだからな」
「そうかよ、楽しみにしてる」

 その時ヤランは初めて笑った。
 あの頃は、まだ可愛かったんだけどな。
 どうして今頃こんな夢を見るんだろう。罪悪感だろうか。

 だとしても、ナジュアムはすでに決意した。彼がまたナジュアムの前に現れるのなら、オーレンや彼の周りの人を傷つけるつもりなら――。

「反撃してやる」

 いつだってナジュアムは、誰かを守るためなら、戦える。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

婚約者に会いに行ったらば

龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。 そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。 ショックでその場を逃げ出したミシェルは―― 何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。 そこには何やら事件も絡んできて? 傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

愛などもう求めない

白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。 「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」 「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」 目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。 本当に自分を愛してくれる人と生きたい。 ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。  ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。 最後まで読んでいただけると嬉しいです。

真夜中の仕出し屋さん~料理上手な狛犬様と暮らすことになりました~

椿蛍
キャラ文芸
「結婚するか、化け物屋敷を管理するか」 仕事を辞めた私に、父は二つの選択肢を迫った。 料亭『吉浪』に働いて六年。 挫折し、料理を作れなくなってしまった―― 結婚を断り、私が選んだのは、化け物屋敷と父が呼ぶ、亡くなった祖父の家へ行くことだった。 祖父が亡くなって、店は閉まっているはずだったけれど、なぜか店は開いていて―― 初出:2024.5.10~ ※他サイト様に投稿したものを大幅改稿しております。

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

処理中です...