美味しいだけでは物足りない

のは

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 来訪者

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 一日の仕事を終えたナジュアムは、いつものようにオーレンの用意した食事を静かに食べ終えた。
 この前、オーレンと多少なりとも話ができたことはよかった。
 ナジュアムも次の週末に、起きて待ってみようかと考える。楽しみができた。

 片づけも終えて、もう休もうかと思っていた時分だ。
 玄関から物音が聞こえた。

「オーレン?」
 そんなわけはないのだが、つい彼の名前を呼びながらドアを開けようとして、様子がおかしいことに気付く。

 鍵穴をガチャガチャさせてはいるが、彼ならそんな雑な扱いはしない。
 次いで、乱暴に扉を叩く音も。
 オーレンじゃない。
 なにより、酔っぱらってい毒づく声に聞き覚えがあった。けれど、すぐには信じられなかった。

「……ヤラン?」
 
 鍵は、彼が出ていった時のまま変えていない。ナジュアムは息を殺してその場に立ち尽くした。
 不思議なことにヤランは口汚く罵り、ドアを蹴るばかりで中に入ってくる様子はない。
 それでも、少しでも音を立てれば、ここにいると気付かれて、彼がもっと暴れるのではないかと恐れた。
 彼が諦めて立ち去って、ナジュアムはその場にしゃがみこんだ。心臓がいつまでたっても嫌な感じに高鳴っていた。

 ヤランが、ただ昔話をしに来たとは思えない。あの様子では、きっと、なにかむしゃくしゃするようなことでもあったのだろう。ナジュアムを抱いてその憂さを晴らすつもりだったのだ。
 諦めてくれてよかった。今はもう、あの手で触れられることに耐えられそうもない。



 ヤランが来たこと、オーレンには言えなかった。
 彼は仕事を始めたばかりなのだ。余計な心配をかけたくない。
 それ以前にヤランのことは自分で解決しなくてはならない問題だし、よく考えればあいつは既婚者なのだ。リスクを冒してまで頻繁に会いに来るとも思えない。

 アレが酔いに任せた失敗だとしたら、今頃、彼の中でなかったことになっている可能性だってある。
 そうだ、その可能性は大いに高い。
 そもそも、あちらが関係を秘密にしたいとか言い出したのに、どの面下げて来たのだろうか。
 恐れを感じてしまったことを恥じて、だんだん怒りまで湧いてきた。


 割り切れるまでかなり悩んでしまったじゃないか。休日も無駄にしてしまった。だが、これ以上は無駄だ。記憶の底に押し込もうとした。
 そして数日後、再び扉が叩かれた。


 帰宅してすぐのことだった。まだ着替えてもいない。またヤランが来たのかと身構えると、緊張感のない間延びした声が扉の向こうから聞こえてきた。

「おーい、ナジュアムいる?」
「ロカ? どうしたの」
 ナジュアムはホッとして扉を開けた。
「あれから全然こないから、また魔石を枯渇させてんじゃないか心配で。言っておくけど、魔石の心配だからな! 出張サービス」
 彼はナジュアムの鼻先にぐいっと指を突き付けた。
「――って思ったんだけど、魔法屋変えた?」
 ロカは不満そうに口元をひん曲げた。
「え? いや、変えてないよ」

 ナジュアムは首をかしげ、とにかくロカを中へ招き、フルーツジュースを振る舞った。
 もちろんオーレンが作りおいてくれたいたものだ。ナジュアムの飲酒をどうにか減らそうという魂胆なのか、このところ増えたメニューだった。別に彼に会えない寂しさを酒で癒したりはしないが、毎日味が変わるのでナジュアムも喜んでその罠に引っかかっている。
 今日は飲み損ねたが、その分効き目は充分だ。入ってくるときはむくれていたロカの表情がちょっと和らいでいる。

「ちょっと待っててね。魔石を確認してくる」
 ナジュアムはロカがジュースを飲んでいるうちに、家のあちこちを覗いたのだが、魔石が枯れている様子はない。
 ナジュアムの部屋で使っている魔石だけが唯一、元気をなくしていた。

「ごめん、ロカ。あんまり減ってないみたいだ。これくらいしかないや」
「やっぱり、魔法屋変えたんじゃないの。男の臭いがする」
「におい!? お、俺のじゃなくて?」
「俺がナジュアムの匂いと他の男の臭いを間違えるわけないだろ」
 なにやら自信ありげに言っているが、魔人は鼻もいいんだろうか。
 今も汗臭いのだろうかと腕のあたりを嗅いでみる。
 ロカがそれを見て、ふっと笑った。つられて笑いそうになると、次の瞬間には厳しい追及が待っている。

「で? どこの魔法屋だ」
「えっと、彼はオーレンといって。……料理人なんだ」
 よく考えたら、オーレンについて知っているのはその程度だった。これって――、と深く考える暇はなかった。
「オーレン?」
 ロカはギュッと眉を寄せ、そんなヤツいたかな、なんてぶつぶつ言っている。

「本当に、魔法屋じゃないんだよ。少し魔法が使えるらしいけど」
「そいつが魔人なら、俺が知らないわけないんだ。流れ者でもなきゃな。どこで拾った?」
「み、道で? ――いや、彼はまだ子供だし。その、行くところがなくて困ってたみたいだから」
「ふうん、子供ねえ。ナジュアム、おまえがそんな節操なしだとは知らなかったな」
「手は出してない!」

 慌てすぎて、聞かれてもないのに妙なことまで白状してしまった。そしてロカは、ナジュアムの一言でいろいろと察してしまうのだ。白い目で見られてしまった。
「帰るわ、俺」
 立ち上がりさっさと背を向けるロカに慌てて声をかける。

「ロカ、近いうち店に行くから」
「……もううちは必要ないんじゃねえの」
「いや。彼はずっとうちにいるわけじゃないから。いつまでも当てにできるわけじゃない」

 ナジュアムはきっぱりと言う。言っていて自分で傷ついてしまった。
 ロカは「ふうん」と小さく呟いた。納得したような、そうでもないような微妙な響きだった。
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