美味しいだけでは物足りない

のは

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◆いくら言い聞かせようとも

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「ナジュアムさん、食糧庫でこんなものを見つけたんですが、使っていいですか」
 
 休日、オーレンが持ち出してきたのは、一抱えもある長方形の物体だ。綺麗な赤色には見覚えがあった。あれはホットサンドを作る魔法道具だ。細長いパンをいっぺんに三本焼けるもので、卓上で使う。
 面白いのだが、使用するたびいちいち魔力を補給しなきゃいけないし、結構重くて邪魔なので、面倒がって食糧庫の奥にしまい込んで忘れていた。

「使うのは構わないけど、たぶん魔力が抜けちゃってるんじゃないかな」
「そうですね」

 オーレンは魔法道具をテーブルの上に乗せ、側面にはめ込まれた魔石を取り外した。ナジュアムの予想通り、魔石の光は頼りなく点滅していて、とても道具を動かせる状態には見えなかった。
「先に魔法屋へ行かないと」
「いえ、自分でやるんで」
 オーレンはそう言って、魔石をひょいと口元に持って行き、息を吹きかける仕草をした。

 まさかと目を見開くナジュアムの前で、みるみる魔石が本来の輝きを取り戻し、青い光を放った。
「嘘だろ……」
「嘘だろって、食糧庫のヤツだって、全部俺が込めましたけど?」

 つまりなにか、コイツは人たらしなだけじゃなく、料理がうまくて魔法まで使えると……。
「君、なんだって行き倒れてたんだよ!」
「いまそれ聞きます!? それは、その。あ、俺パンを買ってきますね!」
「ごまかした!」

 言い訳すら放棄して彼は逃げてしまった。
 しかしこうも言いたがらないということは、やっぱり女がらみなんだろう。
 くだらないと思ってしまったし、それにオーレンが着々と準備を進めるのを見ていたら、追及する気は徐々に薄れてしまった。

 パンがこんがり焼ける良い匂いを前にして、面倒な考え事なんてできるものか。
 今はこっちに集中するべきだろう。
 出来上がったのは、ハムとチーズを挟んだものと、卵を挟んだもの、それにパストラミビーフと細切りにしたキャロットラペを合わせたもの。どれも非常に美味しそうだった。

「うわ、全部食べてみたい」
「もちろんです。半分ずつにしましょうか」
 ナジュアムがコクコクと頷くと、オーレンはニコリと笑ってトングを構える。カッティングボードの上で切り分けられたそれは、断面までも美しい。
「どうぞ、お好きなものから」
「うん」

 子供みたいに頷いて、ナジュアムはまず定番のハムとチーズを手に取った。甘じょっぱい香りがしきりに誘いをかけてくる。
 口に入れれば、パンはサクッと香ばしくそれだけでもすでにうまい。薄く切ったハムは歯切れが良く、肉のうまみもギュッと詰まっている。チーズがとろりと絡まりさらに味わいは深くなる。
「ん!」
 思わず声が出て、目をパチパチさせながら、ナジュアムはホットサンドを口から離して観察した。
 定番の具材のはずなのに、ナジュアムが以前作ったときよりずっと美味しい。秘密はなんだろうか。焼き加減や具の量や配置、そういった違いなんだろうか。

 彼の方をチラッと見ながら、もう一口食べすすめる。
 オーレンは、大きな口でガブリと噛みついて、いい勢いで食べていた。ほれぼれするような食べっぷりだ。
「うん。いいですね」
 頷いて、もうひとつ手に取る。
 ナジュアムがようやくひとつ食べ終わった段階で、彼はもうすべて食べ終えて、口元に着いたソースをぺろりと舐めた。どうやらお腹が空いていたらしい。

「追加でもう一個作ろうかな。ナジュアムさんも食べます?」
「興味はあるけど、たどり着けないと思う」
「わかりました。食べているところすみません、ちょっと失礼しますね」

 オーレンはサッと立ち上がり、冷蔵庫に向かう。
 ナジュアムは次なる卵のホットサンドを手に取って、さりげなくオーレンの様子を眺めた。彼が取り出したのはマッシュしたジャガイモだ。
 嘘だろ、オーレン。違うのを作るのか。
 食べないと言ったことを後悔しそうになり、慌てて視線を手元に戻す。
 こっちだって充分すぎるほど美味しいのだから、欲張ってはダメだ。スクランブルエッグは舌触りが滑らかで、小さく切ったソーセージ隠されている。粒マスタードも良い仕事をしていた。ぷちぷちという食感と爽やかな辛みで飽きずに食べられる。
 
 お次はこれが一番うまそうだと狙っていた、パストラミビーフが挟まったものだ。
「あれ? まだ温かい」
 ほんのりと熱を持つ、どころではなく、まだ熱々というのはどういうことだろう。
「ご存じありませんでしたか? このテーブルの機能です。一時間くらいですが、出来立てを保ってくれるんです。ほら、ここに魔石が」

 オーレンが指し示したのはテーブルの裏側をナジュアムも一緒になって覗き込んだ。
「ぜんぜん知らなかった! 魔石、大丈夫だった?」
「ああ、灯りの魔石なんかと違ってコレは上物です。そう簡単には壊れませんよ」
「上物……」
「前の持ち家主はかなり魔法道楽ですね。食道楽でもある。食糧庫もすごいですよね」
 
 オーレンはしばし、うっとりするように頬を緩め、チラッとナジュアムを見た。
 それをこの人は、と言わんばかりの視線である。

「今、オーレンが活用してるんだからいいだろ」
 ナジュアムはホットサンドにかぶりついて、それ以上の追及を避けた。
「まあそうですね。……ところでこれは? 新しそうですけど」
 出来上がったらしいホットサンドを様子を見ながら、オーレンがひょいと尋ねた。鋭いな。ナジュアムは少し気まずい。

「これは俺が買ったんだ。面倒でしまい込んでたけど」
「これからはたまに使いましょうか」
「手間でなければ」
「全然。だって美味しかったでしょう?」
「うん」

 本当に美味しいし、それに――。
 コレを使えばオーレンが魔力を込めるところをまた見られるかもしれない。
 わずかにまつげを伏せ、魔力を吹き込む仕草には色気があった。

「そういえば、オーレンて魔人なの?」
「今聞くんですね。うーん、少し血が混じっている程度なので、魔人とまでは言えないと思いますよ。少なくとも魔法屋を営むのは無理です」
「やるなら料理屋だろ」

 ナジュアムが笑うと、オーレンは不思議そうにこちらを見下ろした。
「ナジュアムさんは、俺が魔人の血を引くと知っても怖くないんですか?」
「なんで? オーレンはオーレンだろ。それより、もっと早く知ってればなあ。魔力を込めるとこ見せてもらったのに」
「え、見たかったんですか?」

 オーレンは照れたように、目線をソワソワと動かした。
「だってすごく綺麗だし。ロカにはたまに見せて貰うんだけど」
「ロカ?」
「ああ、いつも行ってる魔法屋だよ」
「へ、へえ? そうですか、魔法屋」
「何、どうかした?」

 オーレンの反応がどうにも妙だった。先ほどまでの満更でもなさそうな態度が一変して、顔を引きつらせたかと思うと、今は口を尖らせている。
「オーレン?」
「いえ、なんでも。それよりこっちも食べてみますか?」
 作り笑顔のようにも見えるけど。

 ……好奇心より食い意地に負けてしまった。満腹だというのに。
 もちろん、すこぶる美味しかった。
 



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