積極的にバラすタイプの鶴

のは

文字の大きさ
上 下
21 / 21
GWデート

記念日ほど仰々しくなくても

しおりを挟む


 旅のお楽しみと言えばもう一つあるよね。
 ベッドに横たわると、当然のように琉冬が布団をまくって入って来た。シングルだぞ。狭いっての。

「琉冬、おまえのベッドはそっちだよ」
 一応言ってみる。
 触れたいんだろうなっていうのは、わかっていたことだから、まあ無駄な抵抗だ。

「頃合いを見て移動しますので」
「おまえそれ、朝になってから頃合いですねとか言うつもりだろ」
 とはいえ今、彼が離れてしまったなら、俺のほうがくっついてっちゃいそうだけど。
 それに、旅先でイチャつくのはひとつのロマンだよな。現実問題としては、満腹すぎて無理だけど。
 宿側はイカガワシイ行為をされないように、限界まで客の胃袋を満たしておくのかもしれない。

 なんてバカなことを考えているあいだに、琉冬の手が浴衣の隙間から侵入してきた。俺はちょっと苦労しながら体の向きを変えて、彼の瞳に熱がこもる前に、背中を軽く叩いて合図する。
 今日はダメだよ。

「てか、おまえだって腹いっぱいだろうが」
「まあそうなんですけど、確かめたくて」
「俺の限界を?」
 言ってて自分で笑ってしまった。

 次の日は朝から貸切風呂を予約していた。
 そこで盛り上がっちゃうなんてこともなく、おとなしく風呂を堪能する。
「そんなタイムアタックみたいなことするほど、飢えていませんよ」
 肩まで湯につかった琉冬が、流し目をくれる。
 表情とセリフが合っていない気もするけど、俺も「まあな」と答えておく。

 多少ムラッと来てても、今すぐじゃなくても、琉冬は逃げないもんな。
 でもなあ、ちょっとだけ。
 俺はチラチラ琉冬を盗み見て、やっぱりこらえきれなくて均整のとれた体にのしかかった。
 少しぬるっとした泉質のせいか、腕も、胸元も、すべすべとして気持ちがいい。

「桂聖?」
 困ればいいのか喜べばいいのか迷ってるような顔を見て、俺は思わずニヤリとした。
 そのまま逃げようとしたら、捕まって首筋にキスされた。ダメだ、のぼせる前に上がってしまおう。
 胸に吸い付く琉冬の額をぺちぺちしてやると、彼はあからさまに口を尖らせた。

「そっちから誘ったくせに」
「時間ないのに乗るなよ」
 琉冬の方も本気ではなかったらしく、気の抜けた笑いでイチャつきは軽やかに終了。

 朝食は和食膳だった。バイキングもいいけど落ち着いて食べられるのもいいよな。
 琉冬と暮らすようになってから、朝食はめっきり和食派になってしまった。袋入り食パン数枚だけだった日々にはもう戻れない。
 琉冬が塩分過多を心配してて、それが妙におかしかった。

 お土産は昨夜買ってあるし、あとはもうバスを待つばかりだ。早く着過ぎたのかバス停の前には誰もいない。
 もう一度、はためく鯉のぼりを見られるかと思って、その辺をぶらついてみたけれど、どうやら今日は風が弱いらしい。鯉のぼりの群れは力なく垂れ下がっていた。

「昨日は、いいときに見て回れたんですね」
「そうだな」
「楽しかったですね……って、桂聖?」

 楽しかった。確かにそうなんだけど。
 ヤバい俺。旅の一番の思い出が、柏餅にうなだれる琉冬なんだけど。
 短い坂の途中、先に降り始めていた琉冬がこちらを振り返る。
 笑いを堪えてプルプルしてるとこ見られちゃった。
 ダメだ、無理、吹き出しちゃう。
 
「なあ琉冬、帰りにべこ――じゃなくて柏餅買って帰ろうぜ」
「蒸し返す気ですか?」
「じゃなくて。俺も呼ぶからさ、あいつのこと柏餅って」
「笑われますよ」

 琉冬は少し拗ねている。恥じ入る必要は――うん、どう考えてもない。

「笑わせねえよ。むしろ教えてやるんだ、歴史ってヤツを」
「昨日知ったばかりのくせに?」
「歴史ってのはそんなもんだろ。知らないことが降り積もる。で、興味のあることだけが記憶に残る」
 俺の興味はやっぱり琉冬に関することだから、忘れちゃうより笑って話したい。

「記念日ってほど仰々しくしなくても、この時期なんとなく食べたくなっちゃうくらいには、いい思い出になりそうだなって思ってさ」

 そりゃ嫌だって言うんなら、強制はしないけど。
 笑いを含んだまま、「どう?」と俺は首を傾げた。
 琉冬はぽかんとこちらを見たあと、きつく眉根を寄せた。でも、ぜんぜん目が怒ってない。むしろ潤んでいるように見える。間違いなく照れ隠しだ。

「いいですよ。食べましょう、柏餅」

 ちょうどその時バスが来て、琉冬は俺に背を向けた。でもこっちを気にしてるのはバレバレだ。
「うん、そうしような」

 狭いベッドで無理やり並んで寝たせいで、寝不足だった俺たちは、帰りは最後列に陣取ってぐっすり眠った。
 二人で、もたれかかるようにして。






       おしまい
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(5件)

まめ
2024.05.11 まめ

端午の節句に更新ありがとうございます。

べこ餅!
北海道ネタですね。
本州中央あたりにしか住んだことがないため、今回の話でその存在を知りました。
べこ餅と柏餅のくだりが笑えます。

桜餅、柏餅ときて、次は何が来るのでしょう。

柏餅回の続きお待ちしています!
まずは、お体大事にしてくださいまし。

のは
2024.05.12 のは

まめさん、感想ありがとうございます💕
べこ餅、あまり存在を知られていないだろうと予測して、イラストを描こうと思っていたんですが、うっかり寝込んでしまいました😅
もうだいぶ元気です。ご心配をおかけしました!
続きものんびりお待ちいただけると嬉しいです!

解除
もくれん
2024.05.05 もくれん

琉冬と桂聖にまた会えました!!嬉しいです!!
相変わらず何してても美しい琉冬さん✨
桂聖も愛されてる余裕がありますね!🤭

今日のお仕事頑張れます🥹ありがとうございます!!

のは
2024.05.05 のは

もくれんさん、お仕事お疲れ様です。
喜んでもらえてよかった!
こちらこそ、嬉しい感想ありがとうございます💕

解除
雷尾
2024.03.01 雷尾

小話ありがとうございます。
大好きな話すぎて何度も繰り返し読みしています。
鶴氏も本当は炊事の一回で恩返しに事足りただろうに、主人公の懐こさと人柄に惚れ込んだんだろうなと勝手に思っています。

のは
2024.03.02 のは

繰り返し読んでくださっているんですね、嬉しいです!
小話も読んでくださってありがとうございます!
そうですね、恩返しを終えて「この子大丈夫かな」から「俺の」に変わるまですごい早かったんだろうなって思います。捕まったのは琉冬の方だって思うとニコニコしちゃいますね。
雷尾さん、感想ありがとうございます!

解除
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

監禁小屋でイかされ続ける話

BL / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:38

窃盗犯君とサイコパス君

BL / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:22

連れ去り監禁生活から始まるファンタジーな日常

BL / 連載中 24h.ポイント:28pt お気に入り:145

俺はただ怪しい商人でいたかっただけ

BL / 連載中 24h.ポイント:298pt お気に入り:46

何にもしたくない俺はこの監禁生活をよしとする。

BL / 連載中 24h.ポイント:14pt お気に入り:34

贄婿ライフを満喫しようとしたら、溺愛ルートに入りました?!

BL / 完結 24h.ポイント:816pt お気に入り:1,514

スパダリヤンデレ?男と俺の話

BL / 連載中 24h.ポイント:63pt お気に入り:260

5人の幼馴染と俺

BL / 完結 24h.ポイント:99pt お気に入り:20

クラスまるごと転移したら、みんな魔族のお嫁さんになりました

BL / 連載中 24h.ポイント:1,569pt お気に入り:2,410

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。