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文筆業とか言ってみたり
15 きっと満喫したはずだ
しおりを挟むそして迎えた当日、僕はチェルト君に肩を揺さぶられていた。
「なんでアルファばっかりなの⁉」
味噌汁パーティーの会場、いつものカフェの裏口で、チェルト君は目を見開き、小声で叫ぶという器用なことをした。
「知り合いを呼べっていうから」
バース研究所のイケオジたち、スイカ男とそのお仲間。あ、でも、編集長とか担当さんとか、ジェラート屋のオーナーさんはベータだろ。
目に入っていないのかな。内心で首を傾げていると、チェルト君が今度は大声で叫んだ。
「ハーレムだなんて聞いてないよ!」
「違うからね⁉」
焦るあまり僕まで大きい声を出しちゃったじゃないか。
そりゃ、こっちの世界に来たばかりのころは道を歩けばダンスの申し込みがあったけど、あれはフェロモンの漏れ方が異常だったからだし、異世界人に対する物珍しさもあったんだと思うし。
もにょもにょと言い訳する僕。チェルト君の目がらんらんと輝いているのが怖い。
そこへ裏口が開いて、ミラロゥがカフェの中から顔を出した。助かった!
「ルノン、子供たちが来たぞ」
「ルノーン!!」
ミラロゥの言葉を遮る勢いで、スクールで出会った子供たちが僕を見つけて騒ぎ立てた。久ぶりに会ったけど、相変わらず元気だ。
そんでこっちの返事も待たず、彼らはキョロキョロとカフェの中を見回した。
「ねえ、ビィは? 来てないの?」
「あれ、一緒じゃなかったんだ?」
噂をすれば、ドアベルを鳴らしてすらっとした少年が入って来た。
子供たちはわーっと騒いで一斉に彼の方へ駆け寄る。誰が目当てで集まったのかハッキリとわかるね。
君たち、僕に対する態度と違い過ぎない?
「……誰?」
少年たちが挨拶を交わし合うのを遠巻きに眺めていると、となりでコソっとチェルト君が聞いた。
「スクールで友達になった子だよ。途中でアルファだってわかって転校してったんだけど」
「ルノン!」
呼ばれて振り向くと、ビィくんが急ぎ足で僕の方へ歩いてくるところだった。そして、僕の鼻先にふわっとチューリップのブーケを差し出した。
「これ、パーティーだって聞いてたから」
「うお」
さすが、子供とはいえアルファだ。粋なことをする。
「ありが――」
両手を差し伸べた僕だが、目の前からすっと花束が奪われる。見るとミラロゥが代わりに受け取っていた。
「ありがとう、飾らせてもらうよ」
そのとき僕の横でチェルト君がヒュウッと息をのんだ。
彼は口元を手で覆い隠し、目をキラキラさせている。視線の先には火花を散らすミラロゥとビィくんの姿があった。
明らかに楽しんでいる。
「君、質問いいかな。僕はルノン君の友達でチェルトと言います。いつからルノン君のこと好きなの⁉」
暴走するチェルト君。
「最初から」
僕を見て答えるビィくん。
子供たちと一緒になって囃し立てるイケオジ達。
ミラロゥは怖い笑顔を浮かべているし、ダメだコレ、誰か味方はいないのか!
あわあわしながら僕はカフェの中を見回した。
すると意外なことに、助け舟を出してくれたのはスイカ男だった。苦笑しながらだったけど。
「そろったんなら、乾杯すれば?」
「それだ!」
僕がみんなにお酒やジュースを配り始めると、ミラロゥとビィくんも諍いをやめて手伝ってくれた。
「今日はお集りいただきありがとうございます! 味噌汁は豚肉のものと白身魚のもの、二種類用意いたしました。また、醤油を使った料理もありますのでご堪能ください! カンパーイ!」
なし崩しに始めてやった。
チェルト君から企画を奪い返した形だ。
「なーなー」
子供たちは、手にしたスープカップを不審げに見おろしていた。
「これルノンが作ったの?」
「調味料を渡してカフェで作ってもらいました!」
胸を張って言い切ると、子供たちも安心したようだった。
わいわい食べ始めた子供たちの中で、ビィくんだけはふとこちらを見て「残念だな」と呟いた。
「ルノンの手料理食ってみたかった」
なんてモテそうな答えなんだ。
正直悪い気はしないけど、返事をする前に口を塞がれてしまった。もちろんミラロゥの仕業だ。彼は鼻で笑ってドヤっている。
「本当に残念だな。まあそんな機会は今後もないだろう」
大人げないなあ。
止めたほうがいいのか、放っておけばいいのか迷うところだけど、僕の元にはパーティーに招いた人が次々挨拶にくる。
ミラロゥの腕から抜け出して僕はペコペコした。
チェルト君が招待した人までこっち来ちゃってるし。
チェルト君の友人は、オメガかベータの女性ばかりだった。お洒落で華やかで、僕はすっかりたじろいでしまった。可愛いとか言われてる。また子供と間違えられてるな。
チェルト君はご両親も呼んでいて、チェルトがお世話になっていますなんて、しきりにお礼を言われるので恐縮した。
ちなみに当の本人は興が乗ったらしく、赤ちゃんをつがいに任せて隅の方で猛烈な勢いでメモを取っている。
あーあ。ビィくん、ネタにされちゃうぞ。
次に来たのは、スイカ男とその恋人さんだ。
『鳩ぽっぽ』を日本語で歌ってくれた人だ。
彼女は日本の歌だけでなく、言葉にも興味があるそうだ。
僕は遊び心から、エッセイのイラスト部分に漢字やひらがなを紛れ込ませていたんだけど、それを気に入ってくれたんだって!
今度日本語を教えて欲しいと言われて、嬉しくなった。
僕にわかる範囲でと、答える。
話の途中だったけど、スイカ男は子供たちにワーッと囲まれて連れ去られた。
踊ってくれとせがまれている。
すっかり忘れていたけど、ああ見えて人気のダンサーなんだよな。
彼らが外に飛び出すのをなんとなく眺めていたら、次に声をかけてきたのは担当さんだった。
「フォノムラ先生」
いつ聞いても慣れない呼びかけだ。それでも僕はペコっと頭を下げた。
「どうも、楽しんでますか」
「そりゃもう。こりゃうまいもんですね。ミーソと言いましたか。次回特集を組みましょうや、増ページしましょう」
「だったら、もう一人の異世界人についても書きたいです。今これが食べられるのはその人のおかげなんで」
「いいですなあ」
ほろよいなのか、それとも味噌の効能か、いつもよりも朗らかだ。
そこへミラロゥが、スープカップを二つ持ってやって来た。
「主役が食べてないんじゃないのか」
ふわりと味噌の匂いが鼻をくすぐり、僕は急に空腹を自覚した。
お礼を言って、一つ手に取る。
「いただきます!」
カフェの店主が作った味噌汁には、オリーブオイルが加わっている。こちらの人の舌にも馴染むスープに進化していた。
口当たりがまろやかになって、魚のうま味と調和して、これはこれですごく美味しい。
お腹がポカポカと温まり、僕はホッとして会場内を見回した。
みんな楽しそうだ。
もちろん、隣にいるミラロゥも。
うん、いいパーティーになったんじゃないかな。
出会うことのなかった同郷の友に、僕は心の中で感謝し、思った。
彼もこうして、異世界ライフを楽しんだりしたのかな。
いや、きっと満喫したはずだ。いろんな人と鍋を囲んだはずだ。
だから、味噌や醤油が受け継がれた。
ああ、僕いま、ものすごくエッセイを書きたい気分だ。
書くのが楽しい。
僕はその日のうちに筆を走らせた。もしかしたらこれ、今までで一番面白いんじゃないかな。
気づけば一人でニヤニヤしていてちょっと危ない。
僕は今、文筆業を営んでいる。
なんて、やっぱり言い過ぎかな。
おしまい
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こちらもおススメ
『ド天然アルファの執着はちょっとおかしい』
一嶌はそれまで、オメガに興味が持てなかった。彼らには托卵の習慣があり、いつでも男を探しているからだ。だが澄也と名乗るオメガに出会い一嶌は恋に落ちた。その瞬間から一嶌の暴走が始まる。
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