ダンシング・オメガバース

のは

文字の大きさ
上 下
41 / 42
文筆業とか言ってみたり

15 きっと満喫したはずだ

しおりを挟む

 そして迎えた当日、僕はチェルト君に肩を揺さぶられていた。
「なんでアルファばっかりなの⁉」

 味噌汁パーティーの会場、いつものカフェの裏口で、チェルト君は目を見開き、小声で叫ぶという器用なことをした。

「知り合いを呼べっていうから」

 バース研究所のイケオジたち、スイカ男とそのお仲間。あ、でも、編集長とか担当さんとか、ジェラート屋のオーナーさんはベータだろ。
 目に入っていないのかな。内心で首を傾げていると、チェルト君が今度は大声で叫んだ。

「ハーレムだなんて聞いてないよ!」
「違うからね⁉」
 焦るあまり僕まで大きい声を出しちゃったじゃないか。

 そりゃ、こっちの世界に来たばかりのころは道を歩けばダンスの申し込みがあったけど、あれはフェロモンの漏れ方が異常だったからだし、異世界人に対する物珍しさもあったんだと思うし。

 もにょもにょと言い訳する僕。チェルト君の目がらんらんと輝いているのが怖い。
 そこへ裏口が開いて、ミラロゥがカフェの中から顔を出した。助かった!

「ルノン、子供たちが来たぞ」
「ルノーン!!」

 ミラロゥの言葉を遮る勢いで、スクールで出会った子供たちが僕を見つけて騒ぎ立てた。久ぶりに会ったけど、相変わらず元気だ。
 そんでこっちの返事も待たず、彼らはキョロキョロとカフェの中を見回した。

「ねえ、ビィは? 来てないの?」
「あれ、一緒じゃなかったんだ?」
 噂をすれば、ドアベルを鳴らしてすらっとした少年が入って来た。

 子供たちはわーっと騒いで一斉に彼の方へ駆け寄る。誰が目当てで集まったのかハッキリとわかるね。
 君たち、僕に対する態度と違い過ぎない?

「……誰?」
 少年たちが挨拶を交わし合うのを遠巻きに眺めていると、となりでコソっとチェルト君が聞いた。

「スクールで友達になった子だよ。途中でアルファだってわかって転校してったんだけど」
「ルノン!」
 呼ばれて振り向くと、ビィくんが急ぎ足で僕の方へ歩いてくるところだった。そして、僕の鼻先にふわっとチューリップのブーケを差し出した。

「これ、パーティーだって聞いてたから」
「うお」
 さすが、子供とはいえアルファだ。粋なことをする。
「ありが――」

 両手を差し伸べた僕だが、目の前からすっと花束が奪われる。見るとミラロゥが代わりに受け取っていた。
「ありがとう、飾らせてもらうよ」

 そのとき僕の横でチェルト君がヒュウッと息をのんだ。
 彼は口元を手で覆い隠し、目をキラキラさせている。視線の先には火花を散らすミラロゥとビィくんの姿があった。
 明らかに楽しんでいる。

「君、質問いいかな。僕はルノン君の友達でチェルトと言います。いつからルノン君のこと好きなの⁉」

 暴走するチェルト君。
「最初から」
 僕を見て答えるビィくん。
 子供たちと一緒になって囃し立てるイケオジ達。
 ミラロゥは怖い笑顔を浮かべているし、ダメだコレ、誰か味方はいないのか!

 あわあわしながら僕はカフェの中を見回した。
 すると意外なことに、助け舟を出してくれたのはスイカ男だった。苦笑しながらだったけど。

「そろったんなら、乾杯すれば?」
「それだ!」

 僕がみんなにお酒やジュースを配り始めると、ミラロゥとビィくんも諍いをやめて手伝ってくれた。
「今日はお集りいただきありがとうございます! 味噌汁は豚肉のものと白身魚のもの、二種類用意いたしました。また、醤油を使った料理もありますのでご堪能ください! カンパーイ!」

 なし崩しに始めてやった。
 チェルト君から企画を奪い返した形だ。

「なーなー」
 子供たちは、手にしたスープカップを不審げに見おろしていた。
「これルノンが作ったの?」
「調味料を渡してカフェで作ってもらいました!」

 胸を張って言い切ると、子供たちも安心したようだった。
 わいわい食べ始めた子供たちの中で、ビィくんだけはふとこちらを見て「残念だな」と呟いた。

「ルノンの手料理食ってみたかった」
 なんてモテそうな答えなんだ。
 正直悪い気はしないけど、返事をする前に口を塞がれてしまった。もちろんミラロゥの仕業だ。彼は鼻で笑ってドヤっている。

「本当に残念だな。まあそんな機会は今後もないだろう」
 大人げないなあ。
 止めたほうがいいのか、放っておけばいいのか迷うところだけど、僕の元にはパーティーに招いた人が次々挨拶にくる。

 ミラロゥの腕から抜け出して僕はペコペコした。
 チェルト君が招待した人までこっち来ちゃってるし。

 チェルト君の友人は、オメガかベータの女性ばかりだった。お洒落で華やかで、僕はすっかりたじろいでしまった。可愛いとか言われてる。また子供と間違えられてるな。

 チェルト君はご両親も呼んでいて、チェルトがお世話になっていますなんて、しきりにお礼を言われるので恐縮した。

 ちなみに当の本人は興が乗ったらしく、赤ちゃんをつがいに任せて隅の方で猛烈な勢いでメモを取っている。
 あーあ。ビィくん、ネタにされちゃうぞ。

 次に来たのは、スイカ男とその恋人さんだ。
 『鳩ぽっぽ』を日本語で歌ってくれた人だ。
 彼女は日本の歌だけでなく、言葉にも興味があるそうだ。

 僕は遊び心から、エッセイのイラスト部分に漢字やひらがなを紛れ込ませていたんだけど、それを気に入ってくれたんだって!
 今度日本語を教えて欲しいと言われて、嬉しくなった。
 僕にわかる範囲でと、答える。

 話の途中だったけど、スイカ男は子供たちにワーッと囲まれて連れ去られた。
 踊ってくれとせがまれている。

 すっかり忘れていたけど、ああ見えて人気のダンサーなんだよな。
 彼らが外に飛び出すのをなんとなく眺めていたら、次に声をかけてきたのは担当さんだった。

「フォノムラ先生」
 いつ聞いても慣れない呼びかけだ。それでも僕はペコっと頭を下げた。

「どうも、楽しんでますか」
「そりゃもう。こりゃうまいもんですね。ミーソと言いましたか。次回特集を組みましょうや、増ページしましょう」
「だったら、もう一人の異世界人についても書きたいです。今これが食べられるのはその人のおかげなんで」
「いいですなあ」
 ほろよいなのか、それとも味噌の効能か、いつもよりも朗らかだ。

 そこへミラロゥが、スープカップを二つ持ってやって来た。
「主役が食べてないんじゃないのか」
 ふわりと味噌の匂いが鼻をくすぐり、僕は急に空腹を自覚した。
 お礼を言って、一つ手に取る。

「いただきます!」

 カフェの店主が作った味噌汁には、オリーブオイルが加わっている。こちらの人の舌にも馴染むスープに進化していた。
 口当たりがまろやかになって、魚のうま味と調和して、これはこれですごく美味しい。

 お腹がポカポカと温まり、僕はホッとして会場内を見回した。
 みんな楽しそうだ。
 もちろん、隣にいるミラロゥも。
 うん、いいパーティーになったんじゃないかな。

 出会うことのなかった同郷の友に、僕は心の中で感謝し、思った。

 彼もこうして、異世界ライフを楽しんだりしたのかな。
 いや、きっと満喫したはずだ。いろんな人と鍋を囲んだはずだ。
 だから、味噌や醤油が受け継がれた。

 ああ、僕いま、ものすごくエッセイを書きたい気分だ。
 書くのが楽しい。

 僕はその日のうちに筆を走らせた。もしかしたらこれ、今までで一番面白いんじゃないかな。
 気づけば一人でニヤニヤしていてちょっと危ない。

 僕は今、文筆業を営んでいる。

 なんて、やっぱり言い過ぎかな。




   おしまい
しおりを挟む

こちらもおススメ

『ド天然アルファの執着はちょっとおかしい』
一嶌はそれまで、オメガに興味が持てなかった。彼らには托卵の習慣があり、いつでも男を探しているからだ。だが澄也と名乗るオメガに出会い一嶌は恋に落ちた。その瞬間から一嶌の暴走が始まる。
感想 10

あなたにおすすめの小説

夢では溺愛騎士、現実ではただのクラスメイト

春音優月
BL
真面目でおとなしい性格の藤村歩夢は、武士と呼ばれているクラスメイトの大谷虎太郎に密かに片想いしている。 クラスではほとんど会話も交わさないのに、なぜか毎晩歩夢の夢に出てくる虎太郎。しかも夢の中での虎太郎は、歩夢を守る騎士で恋人だった。 夢では溺愛騎士、現実ではただのクラスメイト。夢と現実が交錯する片想いの行方は――。 2024.02.23〜02.27 イラスト:かもねさま

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

「恋みたい」

悠里
BL
親友の二人が、相手の事が好きすぎるまま、父の転勤で離れて。 離れても親友のまま、連絡をとりあって、一年。 恋みたい、と気付くのは……? 桜の雰囲気とともにお楽しみ頂けたら🌸

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

【完結】オーロラ魔法士と第3王子

N2O
BL
全16話 ※2022.2.18 完結しました。ありがとうございました。 ※2023.11.18 文章を整えました。 辺境伯爵家次男のリーシュ・ギデオン(16)が、突然第3王子のラファド・ミファエル(18)の専属魔法士に任命された。 「なんで、僕?」 一人狼第3王子×黒髪美人魔法士 設定はふんわりです。 小説を書くのは初めてなので、何卒ご容赦ください。 嫌な人が出てこない、ふわふわハッピーエンドを書きたくて始めました。 感想聞かせていただけると大変嬉しいです。 表紙絵 ⇨ キラクニ 様 X(@kirakunibl)

恋した貴方はαなロミオ

須藤慎弥
BL
Ω性の凛太が恋したのは、ロミオに扮したα性の結城先輩でした。 Ω性に引け目を感じている凛太。 凛太を運命の番だと信じているα性の結城。 すれ違う二人を引き寄せたヒート。 ほんわか現代BLオメガバース♡ ※二人それぞれの視点が交互に展開します ※R 18要素はほとんどありませんが、表現と受け取り方に個人差があるものと判断しレーティングマークを付けさせていただきますm(*_ _)m ※fujossy様にて行われました「コスプレ」をテーマにした短編コンテスト出品作です

今夜のご飯も一緒に食べよう~ある日突然やってきたヒゲの熊男はまさかのスパダリでした~

松本尚生
BL
瞬は失恋して職と住み処を失い、小さなワンルームから弁当屋のバイトに通っている。 ある日瞬が帰ると、「誠~~~!」と背後からヒゲの熊男が襲いかかる。「誠って誰!?」上がりこんだ熊は大量の食材を持っていた。瞬は困り果てながら調理する。瞬が「『誠さん』って恋人?」と尋ねると、彼はふふっと笑って瞬を抱きしめ――。 恋なんてコリゴリの瞬と、正体不明のスパダリ熊男=伸幸のお部屋グルメの顛末。 伸幸の持ちこむ謎の食材と、それらをテキパキとさばいていく瞬のかけ合いもお楽しみください。

婚約破棄したら隊長(♂)に愛をささやかれました

ヒンメル
BL
フロナディア王国デルヴィーニュ公爵家嫡男ライオネル・デルヴィーニュ。 愛しの恋人(♀)と婚約するため、親に決められた婚約を破棄しようとしたら、荒くれ者の集まる北の砦へ一年間行かされることに……。そこで人生を変える出会いが訪れる。 ***************** 「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく(https://www.alphapolis.co.jp/novel/221439569/703283996)」の番外編です。ライオネルと北の砦の隊長の後日談ですが、BL色が強くなる予定のため独立させてます。単体でも分かるように書いたつもりですが、本編を読んでいただいた方がわかりやすいと思います。 ※「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく」の他の番外編よりBL色が強い話になりました(特に第八話)ので、苦手な方は回避してください。 ※完結済にした後も読んでいただいてありがとうございます。  評価やブックマーク登録をして頂けて嬉しいです。 ※小説家になろう様でも公開中です。

処理中です...