ダンシング・オメガバース

のは

文字の大きさ
上 下
39 / 42
文筆業とか言ってみたり

13 僕以外にいたんだ

しおりを挟む


 店の中には、味噌のほかにも醤油、米や日本酒らしきものまであった。
「え、すご。なんで? この店はヤマトリーノと取引してるんですか!」

 僕の勢いに、店番らしき若い男性がのけぞった。
「ヤマトリーノ? いや違うよ」

 店員さんが答えると同時に、ミラロゥが距離感を間違えた僕を引き戻す。ミラロゥの体温を背中に感じたことで、僕も落ち着きを取り戻した。

 彼の説明によるとなんと、この辺の食べ物は昔やってきた異世界人が伝えたものらしい。
「いたんだ! 僕以外の日本人が!」
 僕は驚いて声をあげた。
 そりゃ確かに、異世界転移の前例はあると聞いていたけど、こんな近くにいるとは思ってなかった。

「その人はいま、どうしてますか」
「もう百年以上前のことだからなあ」
 残念ながら、男性だったってことと、見たこともないような食べ物を次々作ったっていう、伝説めいたことしか知らないらしい。

「そうですか……」
 会えなかったのは残念だが、彼のおかげで味噌や醤油にありつける。そう思えば落ち込んでもいられない。
 たくさん買って帰ろっと。

 気を取り直して商品をよくよく見て、僕はうなった。
 探しても見つからないわけだ。
 商品名には、こちらの国の言葉でもヤマトリーノの言葉でもなく、むしろ日本語に近い名前がつけられていたのだ。
 ミーソとか、ショーユとか。

「あ、そうだ! この店のこと、エッセイに書いてもいいですか」
「エッセイ?」
「地方紙なんですけど」
 念のために持ってきていたバックナンバーを初老の男性に押し付けて、いくつか追加で説明してOKを貰う。

 よし、これでこのプチ旅行もネタになるぞ!
 いろんな意味で大収穫だ。

 帰りのフェリーの中で、ミラロゥは呟いた。
「あの村に住んでいた異世界人というのは、おそらくベータだったんだろう」
「だから、記録にも残っていなかった?」
「そうだな」

 ミラロゥは何か考え込んでいるけど、ベータだったんならミラロゥにとっては研究対象外だ。別に気に病むことでもないと思う。

「バース研究所に記録がなくても、郷土資料になら残っているかもしれないよ」
 思い付きでものを言ったあと、僕は改めて出会えなかった日本人に思いをはせた。

 記録なんてなかったとしても、存在しないはずの食文化を後世に残したんだからそっちの方がすごいことだよな。

「それでも足りないって言うのなら――、僕が書くよ。僕のほかにも異世界人がいたってこと」
 なんて、ちょっとカッコつけすぎだな。
 街を出てしまえば、僕のエッセイは届かない。いや住民にだって読み飛ばされているかも。

 だんだん恥ずかしくなってきた。
 顔を覆おうとしたところで、ミラロゥがそれを阻んで僕にキスした。
 口の端にほんの少し、触れるだけのやつ。

「ルノンのそういうところが好きだよ」
 どんなところだって?
 聞き返すよりも、彼の柔らかくて甘い微笑みに対して、キスが淡すぎることのほうが不服だった。
 思わず唇を尖らせると彼は笑い、僕をギュッと抱きしめた。

 帰って来たぞ!
 さっそく調理だ。
 マンガのレシピを参考に鍋でお米を炊いて、味噌汁も作る。
 おかずまではがんばれなかったので、バター醤油ごはんにした。

 ミラロゥも今回は試食に付き合ってくれるらしい。
 僕はホカホカと湯気を立てる白米を見てゴクンと喉を鳴らした。
 いや、味噌を買いに行ったはずなんだけど、白米のインパクトには勝てないよね。

 一口食べた瞬間、脳が喜んだもん。
 日本の食べ物なんてなくても平気。強がりでもなく本気でそう思っていた。
 でももうダメかも。白米、めっちゃうまい。
 てかこんなにうまかったっけ。

 味噌汁はどうだろう。
 一口飲んで、足をバタバタしそうになった。つま先丸めて堪えたけど。
 え、美味しい。

 思わずミラロゥを見ると、彼は僕の様子をじっと観察していたらしくニコリと微笑み、フォークを手に取った。
 彼の一口目を、僕はドキドキしながら見守った。
 ゆっくり噛んで、飲み込むまで。

「悪くないな」
「よ、よかった~!」
 ホッとして、僕ももう一口食べ進める。
 なんだかさっきよりもおいしく感じた。
「でもさ、やっぱり、ならなかったな」

「うん?」
「帰りたくなんて、ならなかった! 懐かしいのはもちろんなんだけど、僕、この味をミラロゥと分かち合えたことのほうが嬉しいんだ」

 するとミラロゥはフォークを置いて、口元を隠した。
「まったく君は、食事中だっていうのにどうしてそう、――口づけしたくなるようなことを言うんだ」
「どうぞ? 納豆は食べてないよ」
 身を乗り出した僕の鼻をミラロゥがギュムっとつまんだ。

「あとで。せっかく君ががんばって作ってくれたんだ。ちゃんと味わいたい」

 ミラロゥこそ、僕の喜ぶことばかり言う。
 なんかもう、これが僕の世界の食べ物だよって、出会った人にも教えて回りたい気分だ。
 テンションがぶちあがった僕は、ろくでもないことを考えた。

「そうだ、味噌汁パーティーしよう!」
「パーティー? もうすぐ冬なのに?」
「あ」

 確かに、いくら温かい食べ物で釣ろうが、この国の人々を真冬に集めるのは難しそうだ。
 ひとまずは、味噌を気にしていたチェルト君にお裾分けするくらいかな。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

その溺愛は伝わりづらい!気弱なスパダリ御曹司にノンケの僕は落とされました

海野幻創
BL
人好きのする端正な顔立ちを持ち、文武両道でなんでも無難にこなせることのできた生田雅紀(いくたまさき)は、小さい頃から多くの友人に囲まれていた。 しかし他人との付き合いは広く浅くの最小限に留めるタイプで、女性とも身体だけの付き合いしかしてこなかった。 偶然出会った久世透(くぜとおる)は、嫉妬を覚えるほどのスタイルと美貌をもち、引け目を感じるほどの高学歴で、議員の孫であり大企業役員の息子だった。 御曹司であることにふさわしく、スマートに大金を使ってみせるところがありながら、生田の前では捨てられた子犬のようにおどおどして気弱な様子を見せ、そのギャップを生田は面白がっていたのだが……。 これまで他人と深くは関わってこなかったはずなのに、会うたびに違う一面を見せる久世は、いつしか生田にとって離れがたい存在となっていく。 【続編】 「その溺愛は行き場を彷徨う……気弱なスパダリ御曹司は政略結婚を回避したい」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/962473946/911896785

完結·助けた犬は騎士団長でした

BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。 ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。 しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。 強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ…… ※完結まで毎日投稿します

俺にとってはあなたが運命でした

ハル
BL
第2次性が浸透し、αを引き付ける発情期があるΩへの差別が医療の発達により緩和され始めた社会 βの少し人付き合いが苦手で友人がいないだけの平凡な大学生、浅野瑞穂 彼は一人暮らしをしていたが、コンビニ生活を母に知られ実家に戻される。 その隣に引っ越してきたαΩ夫夫、嵯峨彰彦と菜桜、αの子供、理人と香菜と出会い、彼らと交流を深める。 それと同時に、彼ら家族が頼りにする彰彦の幼馴染で同僚である遠月晴哉とも親睦を深め、やがて2人は惹かれ合う。

番の拷

安馬川 隠
BL
オメガバースの世界線の物語 ・α性の幼馴染み二人に番だと言われ続けるβ性の話『番の拷』 ・α性の同級生が知った世界

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

異世界転移で、俺と僕とのほっこり溺愛スローライフ~間に挟まる・もふもふ神の言うこと聞いて珍道中~

戸森鈴子 tomori rinco
BL
主人公のアユムは料理や家事が好きな、地味な平凡男子だ。 そんな彼が突然、半年前に異世界に転移した。 そこで出逢った美青年エイシオに助けられ、同居生活をしている。 あまりにモテすぎ、トラブルばかりで、人間不信になっていたエイシオ。 自分に自信が全く無くて、自己肯定感の低いアユム。 エイシオは優しいアユムの料理や家事に癒やされ、アユムもエイシオの包容力で癒やされる。 お互いがかけがえのない存在になっていくが……ある日、エイシオが怪我をして!? 無自覚両片思いのほっこりBL。 前半~当て馬女の出現 後半~もふもふ神を連れたおもしろ珍道中とエイシオの実家話 予想できないクスッと笑える、ほっこりBLです。 サンドイッチ、じゃがいも、トマト、コーヒーなんでもでてきますので許せる方のみお読みください。 アユム視点、エイシオ視点と、交互に視点が変わります。 完結保証! このお話は、小説家になろう様、エブリスタ様でも掲載中です。 ※表紙絵はミドリ/緑虫様(@cklEIJx82utuuqd)からのいただきものです。

トップアイドルα様は平凡βを運命にする

新羽梅衣
BL
ありきたりなベータらしい人生を送ってきた平凡な大学生・春崎陽は深夜のコンビニでアルバイトをしている。 ある夜、コンビニに訪れた男と目が合った瞬間、まるで炭酸が弾けるような胸の高鳴りを感じてしまう。どこかで見たことのある彼はトップアイドル・sui(深山翠)だった。 翠と陽の距離は急接近するが、ふたりはアルファとベータ。翠が運命の番に憧れて相手を探すために芸能界に入ったと知った陽は、どう足掻いても番にはなれない関係に思い悩む。そんなとき、翠のマネージャーに声をかけられた陽はある決心をする。 運命の番を探すトップアイドルα×自分に自信がない平凡βの切ない恋のお話。

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。 任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。 快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。 アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——? 24000字程度の短編です。 ※BL(ボーイズラブ)作品です。 この作品は小説家になろうさんでも公開します。

処理中です...