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文筆業とか言ってみたり
13 僕以外にいたんだ
しおりを挟む店の中には、味噌のほかにも醤油、米や日本酒らしきものまであった。
「え、すご。なんで? この店はヤマトリーノと取引してるんですか!」
僕の勢いに、店番らしき若い男性がのけぞった。
「ヤマトリーノ? いや違うよ」
店員さんが答えると同時に、ミラロゥが距離感を間違えた僕を引き戻す。ミラロゥの体温を背中に感じたことで、僕も落ち着きを取り戻した。
彼の説明によるとなんと、この辺の食べ物は昔やってきた異世界人が伝えたものらしい。
「いたんだ! 僕以外の日本人が!」
僕は驚いて声をあげた。
そりゃ確かに、異世界転移の前例はあると聞いていたけど、こんな近くにいるとは思ってなかった。
「その人はいま、どうしてますか」
「もう百年以上前のことだからなあ」
残念ながら、男性だったってことと、見たこともないような食べ物を次々作ったっていう、伝説めいたことしか知らないらしい。
「そうですか……」
会えなかったのは残念だが、彼のおかげで味噌や醤油にありつける。そう思えば落ち込んでもいられない。
たくさん買って帰ろっと。
気を取り直して商品をよくよく見て、僕はうなった。
探しても見つからないわけだ。
商品名には、こちらの国の言葉でもヤマトリーノの言葉でもなく、むしろ日本語に近い名前がつけられていたのだ。
ミーソとか、ショーユとか。
「あ、そうだ! この店のこと、エッセイに書いてもいいですか」
「エッセイ?」
「地方紙なんですけど」
念のために持ってきていたバックナンバーを初老の男性に押し付けて、いくつか追加で説明してOKを貰う。
よし、これでこのプチ旅行もネタになるぞ!
いろんな意味で大収穫だ。
帰りのフェリーの中で、ミラロゥは呟いた。
「あの村に住んでいた異世界人というのは、おそらくベータだったんだろう」
「だから、記録にも残っていなかった?」
「そうだな」
ミラロゥは何か考え込んでいるけど、ベータだったんならミラロゥにとっては研究対象外だ。別に気に病むことでもないと思う。
「バース研究所に記録がなくても、郷土資料になら残っているかもしれないよ」
思い付きでものを言ったあと、僕は改めて出会えなかった日本人に思いをはせた。
記録なんてなかったとしても、存在しないはずの食文化を後世に残したんだからそっちの方がすごいことだよな。
「それでも足りないって言うのなら――、僕が書くよ。僕のほかにも異世界人がいたってこと」
なんて、ちょっとカッコつけすぎだな。
街を出てしまえば、僕のエッセイは届かない。いや住民にだって読み飛ばされているかも。
だんだん恥ずかしくなってきた。
顔を覆おうとしたところで、ミラロゥがそれを阻んで僕にキスした。
口の端にほんの少し、触れるだけのやつ。
「ルノンのそういうところが好きだよ」
どんなところだって?
聞き返すよりも、彼の柔らかくて甘い微笑みに対して、キスが淡すぎることのほうが不服だった。
思わず唇を尖らせると彼は笑い、僕をギュッと抱きしめた。
帰って来たぞ!
さっそく調理だ。
マンガのレシピを参考に鍋でお米を炊いて、味噌汁も作る。
おかずまではがんばれなかったので、バター醤油ごはんにした。
ミラロゥも今回は試食に付き合ってくれるらしい。
僕はホカホカと湯気を立てる白米を見てゴクンと喉を鳴らした。
いや、味噌を買いに行ったはずなんだけど、白米のインパクトには勝てないよね。
一口食べた瞬間、脳が喜んだもん。
日本の食べ物なんてなくても平気。強がりでもなく本気でそう思っていた。
でももうダメかも。白米、めっちゃうまい。
てかこんなにうまかったっけ。
味噌汁はどうだろう。
一口飲んで、足をバタバタしそうになった。つま先丸めて堪えたけど。
え、美味しい。
思わずミラロゥを見ると、彼は僕の様子をじっと観察していたらしくニコリと微笑み、フォークを手に取った。
彼の一口目を、僕はドキドキしながら見守った。
ゆっくり噛んで、飲み込むまで。
「悪くないな」
「よ、よかった~!」
ホッとして、僕ももう一口食べ進める。
なんだかさっきよりもおいしく感じた。
「でもさ、やっぱり、ならなかったな」
「うん?」
「帰りたくなんて、ならなかった! 懐かしいのはもちろんなんだけど、僕、この味をミラロゥと分かち合えたことのほうが嬉しいんだ」
するとミラロゥはフォークを置いて、口元を隠した。
「まったく君は、食事中だっていうのにどうしてそう、――口づけしたくなるようなことを言うんだ」
「どうぞ? 納豆は食べてないよ」
身を乗り出した僕の鼻をミラロゥがギュムっとつまんだ。
「あとで。せっかく君ががんばって作ってくれたんだ。ちゃんと味わいたい」
ミラロゥこそ、僕の喜ぶことばかり言う。
なんかもう、これが僕の世界の食べ物だよって、出会った人にも教えて回りたい気分だ。
テンションがぶちあがった僕は、ろくでもないことを考えた。
「そうだ、味噌汁パーティーしよう!」
「パーティー? もうすぐ冬なのに?」
「あ」
確かに、いくら温かい食べ物で釣ろうが、この国の人々を真冬に集めるのは難しそうだ。
ひとまずは、味噌を気にしていたチェルト君にお裾分けするくらいかな。
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