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文筆業とか言ってみたり
10 仕事モードになってしまった
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昨夜から微熱が出始めた。
発情期が始まるのだ。
すでに気だるくて、眠たくて、可能な限り動きたくない。
「じゃあ、行ってくるけど、十五時――いや、十四時には戻るから」
「無理しないで」
僕はミラロゥに微笑みかけた。いつもならここで行ってらっしゃいのキスをするところだが、今触れ合えば絶対に引き留めてしまう。
ミラロゥが仕事に行けなくなってしまうから、我慢だ。
彼は僕に「無理しないように」とか、「出歩かないように」とか再三注意を述べて、散々振り返りながら出かけて行った。
僕は玄関で彼を見送ったあと、寝室までのろのろと戻って、ミラロゥのパジャマに鼻を突っ込んでうとうとする。
昼過ぎに少しだけ起き出して、果物をもそもそ食べた以外はほとんどベッドで過ごした。
ミラロゥが返って来たのは十四時を少し過ぎたあたりだ。
ベッドからずり落ちるように降りて、ミラロゥのいるリビングを覗く。
「ルノン、待てそうもない?」
「うん」
頭の片隅で、ミラロゥは食事がまだなんじゃないかって思うけど、待てない。
ダンス部屋へ向かおうとするミラロゥを遮って、僕は寝室でピタリと立ち止まり、彼にくっついたまま無理やり踊り出した。
「ルノン」
咎めるように彼が名前を呼ぶ。
ダンスの場所を寝室と分けるのは、自分たちのフェロモンに酔ってしまわないようにするため。
ヒートでも踊るのは、一度体からフェロモンを出してしまう意味もある。
でも、ヒートだよ?
自分から甘いフェロモンが出てるんだっていう自覚は、今になってもやっぱりない。
だけど、ミラロゥのフェロモンが濃くなったのはわかる。
嬉しくて笑み崩れてしまう。
ミラロゥの喉仏が上下したと思ったら、すぐに口づけられる。
軽いキスはすぐに深いものに変わる。
反射的にのけぞっても、彼は背中を丸めて追いすがってくる。
僕のしたいこと、いつも彼は叶えてくれる。
何もかも忘れて抱き合う日があったっていいと思うんだ。
そして三日後、僕は体の痛みに苦しんでいた。
その割に最中のことは、断片しか覚えていない。
からめとられた手、ミラロゥの胸板をたどる汗、全身に降り注ぐキス。そしていつもよりSっ気のあるまなざし。
ものすごく残念だ。きっと普段の百倍色っぽいミラロゥが見られたんだと思うのに。
始まる前とは違った意味でベッドから起きられなくなってしまった僕だけど、ミラロゥは次の日にはもう仕事モードになってしまった。
そっちもカッコいいから、いいけどね。
僕はまだ休んでいたい。だけど、締め切りがヤバいかな。
なんて、僕も仕事モードになってしまった。
チェルト君と会えたのはそれから数日後のことだ。
彼の家に、ミラロゥとともに招かれている。
今日はチェルト君のつがいのディビットさんも一緒だ。
久しぶりの再会を喜んだあと、チェルト君は照れくさそうにもじもじした。
「ボクね、子供を産んだんだ」
僕はポカンと口を開けてしまった。
「生んだ……? 出来たとかじゃなくて」
「もう無事生んだよ。まだ安定しないから、会ってもらうことはできないんだけどね」
だって、前回チェルト君に会ったのは確か六月くらいだった。具合悪そうにしてたけど、あれがつわり?
そんで今は十月だよ。いくらなんでも早すぎない?
混乱する僕の頭をぽんとひと撫でしながら、ミラロゥが教えてくれた。
「説明したことはなかったかな。オメガの妊娠期間はベータやアルファの女性よりも短いんだよ。男性のオメガは特にね」
男性のオメガは肉体の構造上、子供をあまり体内で長く育てることができないんだそうだ。その代わり別の進化を遂げて、子供は卵のようなものに包まれた状態で生まれる。
そこから先は保育器へ移され、赤ちゃんが自ら殻を破るまで大事に見守るんだそうだ。
「ほ、ほえー」
「ほえーって、ルノン君だっていつかはお父さんだよ。そんなのんきでいいの?」
チェルト君はチラッとミラロゥのほうを見た。
「いいんだよ、ルノンはこれで」
「そうそう。僕のことはいいんだよ。それにしても赤ちゃんかー。おめでとうチェルト君、よかったねえ」
僕はしみじみと言い、彼らを祝福した。
と言っても実際赤ちゃんを見たわけじゃないから半信半疑なのは否めない。
ひとしきりおしゃべりしたあと、チェルト君はそういえばと切り出した。
「ルノン君のエッセイ読んだよ。今回もすっごく楽しかった。特にミソシル? あれに興味があるな。栄養たっぷりなんでしょう、飲んでみたい」
「あー、物語の中だと、高確率で日本に似た島や国があったりするんだけどね。さすがにこの世界にはないよね」
チェルト君はドールみたいな青い瞳でまばたきした。
「あるかも」
「そうだね」
ニコニコ話を聞いていたディビットさんも、笑顔を引っ込めて頷いた。
そしてミラロゥは……。
静かに僕から視線を外した。
「……ミラロゥ?」
発情期が始まるのだ。
すでに気だるくて、眠たくて、可能な限り動きたくない。
「じゃあ、行ってくるけど、十五時――いや、十四時には戻るから」
「無理しないで」
僕はミラロゥに微笑みかけた。いつもならここで行ってらっしゃいのキスをするところだが、今触れ合えば絶対に引き留めてしまう。
ミラロゥが仕事に行けなくなってしまうから、我慢だ。
彼は僕に「無理しないように」とか、「出歩かないように」とか再三注意を述べて、散々振り返りながら出かけて行った。
僕は玄関で彼を見送ったあと、寝室までのろのろと戻って、ミラロゥのパジャマに鼻を突っ込んでうとうとする。
昼過ぎに少しだけ起き出して、果物をもそもそ食べた以外はほとんどベッドで過ごした。
ミラロゥが返って来たのは十四時を少し過ぎたあたりだ。
ベッドからずり落ちるように降りて、ミラロゥのいるリビングを覗く。
「ルノン、待てそうもない?」
「うん」
頭の片隅で、ミラロゥは食事がまだなんじゃないかって思うけど、待てない。
ダンス部屋へ向かおうとするミラロゥを遮って、僕は寝室でピタリと立ち止まり、彼にくっついたまま無理やり踊り出した。
「ルノン」
咎めるように彼が名前を呼ぶ。
ダンスの場所を寝室と分けるのは、自分たちのフェロモンに酔ってしまわないようにするため。
ヒートでも踊るのは、一度体からフェロモンを出してしまう意味もある。
でも、ヒートだよ?
自分から甘いフェロモンが出てるんだっていう自覚は、今になってもやっぱりない。
だけど、ミラロゥのフェロモンが濃くなったのはわかる。
嬉しくて笑み崩れてしまう。
ミラロゥの喉仏が上下したと思ったら、すぐに口づけられる。
軽いキスはすぐに深いものに変わる。
反射的にのけぞっても、彼は背中を丸めて追いすがってくる。
僕のしたいこと、いつも彼は叶えてくれる。
何もかも忘れて抱き合う日があったっていいと思うんだ。
そして三日後、僕は体の痛みに苦しんでいた。
その割に最中のことは、断片しか覚えていない。
からめとられた手、ミラロゥの胸板をたどる汗、全身に降り注ぐキス。そしていつもよりSっ気のあるまなざし。
ものすごく残念だ。きっと普段の百倍色っぽいミラロゥが見られたんだと思うのに。
始まる前とは違った意味でベッドから起きられなくなってしまった僕だけど、ミラロゥは次の日にはもう仕事モードになってしまった。
そっちもカッコいいから、いいけどね。
僕はまだ休んでいたい。だけど、締め切りがヤバいかな。
なんて、僕も仕事モードになってしまった。
チェルト君と会えたのはそれから数日後のことだ。
彼の家に、ミラロゥとともに招かれている。
今日はチェルト君のつがいのディビットさんも一緒だ。
久しぶりの再会を喜んだあと、チェルト君は照れくさそうにもじもじした。
「ボクね、子供を産んだんだ」
僕はポカンと口を開けてしまった。
「生んだ……? 出来たとかじゃなくて」
「もう無事生んだよ。まだ安定しないから、会ってもらうことはできないんだけどね」
だって、前回チェルト君に会ったのは確か六月くらいだった。具合悪そうにしてたけど、あれがつわり?
そんで今は十月だよ。いくらなんでも早すぎない?
混乱する僕の頭をぽんとひと撫でしながら、ミラロゥが教えてくれた。
「説明したことはなかったかな。オメガの妊娠期間はベータやアルファの女性よりも短いんだよ。男性のオメガは特にね」
男性のオメガは肉体の構造上、子供をあまり体内で長く育てることができないんだそうだ。その代わり別の進化を遂げて、子供は卵のようなものに包まれた状態で生まれる。
そこから先は保育器へ移され、赤ちゃんが自ら殻を破るまで大事に見守るんだそうだ。
「ほ、ほえー」
「ほえーって、ルノン君だっていつかはお父さんだよ。そんなのんきでいいの?」
チェルト君はチラッとミラロゥのほうを見た。
「いいんだよ、ルノンはこれで」
「そうそう。僕のことはいいんだよ。それにしても赤ちゃんかー。おめでとうチェルト君、よかったねえ」
僕はしみじみと言い、彼らを祝福した。
と言っても実際赤ちゃんを見たわけじゃないから半信半疑なのは否めない。
ひとしきりおしゃべりしたあと、チェルト君はそういえばと切り出した。
「ルノン君のエッセイ読んだよ。今回もすっごく楽しかった。特にミソシル? あれに興味があるな。栄養たっぷりなんでしょう、飲んでみたい」
「あー、物語の中だと、高確率で日本に似た島や国があったりするんだけどね。さすがにこの世界にはないよね」
チェルト君はドールみたいな青い瞳でまばたきした。
「あるかも」
「そうだね」
ニコニコ話を聞いていたディビットさんも、笑顔を引っ込めて頷いた。
そしてミラロゥは……。
静かに僕から視線を外した。
「……ミラロゥ?」
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