34 / 42
文筆業とか言ってみたり
8 ダンス大会当日②
しおりを挟む
僕らは用意されたに腰を落ち着けて、入口で貰ったパンフレットに目を通した。第一部が決勝戦、休憩を挟んで第二部が特別パフォーマンスと表彰式とある。
ここは二階席のステージ正面側だから、客席もステージもよく見渡せた。
会場にはノリのいい音楽がかかっていて、待ちきれない人々が今にも踊り出しそうだ。
そう思っていたら放送がかかった。
『会場内では、選手以外のダンスはお控えください』
繰り返されるアナウンスに、立ち上がりかけていた人々がすごすごと座りなおす。笑ったら悪いんだろうな。
チラッと隣を見ると、ミラロゥもどこかソワソワしているように見えた。少し意外だ。
「ミラロゥも踊りたいの」
「いや、どちらかというと、君が踊り出さないか心配だな。案外楽しんでいるようじゃないか」
「まだ始まってないよ? けどまあ、そうかも。さっきの人のおかげでちょっと吹っ切れたってのもあるよ」
「うん?」
「あの人の席なら、取っちゃってもいいかってね」
ミラロゥは苦笑交じりの息を吐いた。
「それに、ミラロゥとデートだって思ったら、それだけですごく楽しいよ」
笑いかけると、彼は虚を突かれたようにまばたきした。そしてこっちまで温かくなるような柔らかい笑みを浮かべた。
「……いま、踊りたくなった」
声を落として、額がゴツンとぶつかる距離で言われ、頬が熱くなる。
それって絶対、みだらな方のダンスの方だよね。
何も言い返せず、ただ口をパクパクさせるだけの僕を見て、ミラロゥは口元を抑えて笑いを堪えている。
か、からかわれた……!
公衆の面前だし、結構焦っちゃったじゃないか。恨めしく睨みつけるが効いているようには見えない。
「別に嘘じゃない。ただ、招待されたのに、まったく見ずに帰るのも失礼だろうな。だから、今はデートを楽しもうか」
デートのところを強調して言うあたりズルいよね。さすがは僕のつがい。僕の扱いがうまい。彼の手の平でくるくる踊ってるみたいだ。
喜びや恥じらい、あと、やっぱほんのり残念だなって気持ちが僕の脳内でもダンスしていた。
「ルノン、百面相してないで。ごらん、もうすぐ始まるよ」
ミラロゥがステージを指し示すと、司会者がスポットライトに照らされた。観客たちが冷やかしっぽい歓声を上げる。
長々しい挨拶は嫌われるのか、開催の挨拶はあっさりしたものだった。「一人持ち時間三分」とか、「曲は自由」とか簡単にルールを説明したあとは、さっそく一人目のダンサーの登場だ。
さすがに一発目から『鳩ぽっぽ』ということもなく、普通にカッコイイダンスソングだ。
ダンスの方は……なんかローキックみたいな足さばきがすごかった。
僕、審査する立場じゃなくて本当によかった。
ダンスの良し悪しを判断するには見る目が必要だ。スロー再生付きで解説が欲しいところだ。
二人目はバレエのような軽やかなステップを踏み、三人目は逆に、ドンと響く足音をアクセントにしていた。
そして五人目にしてついに出た。トゥルトートゥ!
ちなみにこれ、こっちでの鳩の鳴き声らしい。
曲名を言われて僕の声が聞こえやしないかとドキッとしたけれど、大丈夫だった。レゲエみたいなアレンジになってて面白かった。もはや原型がない。
ダンスより、歌の方が気になってしまった僕はろくに見もせず、うっかり拍手をするところだった。危ういところで思い出し、誤魔化すために手を上下させる。
「う、うぇーい!」
幸い、会場はすごい熱気に包まれていて、僕のノリきれてない合いの手も紛れてしまった。
となりにいたミラロゥにはバレたみたいだけど。
「今年は『トゥルトートゥ!』で踊る人が多いですね。様々なアレンジが会場を彩ります。さあお次も『トゥルトートゥ!』優勝候補の登場です」
司会者の台詞に僕は白目をむくところだった。
「わあ、優勝候補まで。どんな曲に仕上がってんのかな~」
現実逃避気味に呟いてしまった。
今度はアップテンポの華やかなメロディだ。安心のボーカルオフ。
あ、この人がスゴイのはわかる。いや、みんなすごいんだろうけど。
でも、なんか違うんだよ。弾むような陽気なステップからの、ゆーーーーったりした足運び、やわらかな腕の振り。体全体を使った見事なダンスだ。
会場からも賞賛の声が上がる。
ダンサーは腰から肩にかけてのなめらかなに動かした。そうかと思うと、急にくいくいっと頭を振る。どこかで見たことのある動きのような……。
そうか、鳩の首振りそっくりなんだ!
音楽にもピッタリ合っていて、そのコミカルな動きにわっと笑いが巻き起こった。
なんていうか、綺麗なだけじゃなく素早いだけでもなく、ユニークなんだ、この人のダンスは。
「ほあー、すごいね~」
感心するあまり、まぬけな声が出た。
「ああ、そうだな」
対するミラロゥは、機嫌を損ねた様子。でもこれ、きっと僕の気を引くためだぞ。
保護者みたいに甘やかしてみたり、そうかと思えばこうして甘えてきたりする。これが彼の手管だとしても、駆け引き自体が嬉しくて、僕は彼の手を握ってしまう。
ほんと年上の男はずるいな!
わかってるくせに。たとえ世界一のダンサーが僕の前で踊ろうと、僕は気持ちを傾けたりしないって。
そもそもが逆なんだ。ダンスがうまいからカッコいいんじゃなくて、ミラロゥのことが好きだから、彼の踊る姿を見て、陶酔してしまうんだ。
ほら見ろ、ミラロゥの満足そうな顔。
そうだよ、大事だよ。優勝候補のダンスよりミラロゥのことが。
ダンスが終わり、ひときわ大きな歓声が上がった。
この人で決まりだろなんて思ってたら、まだ甘かった。こっから先が本当のトップの戦いだったのだ。
……盛り上がり方からすると、たぶん。
ここは二階席のステージ正面側だから、客席もステージもよく見渡せた。
会場にはノリのいい音楽がかかっていて、待ちきれない人々が今にも踊り出しそうだ。
そう思っていたら放送がかかった。
『会場内では、選手以外のダンスはお控えください』
繰り返されるアナウンスに、立ち上がりかけていた人々がすごすごと座りなおす。笑ったら悪いんだろうな。
チラッと隣を見ると、ミラロゥもどこかソワソワしているように見えた。少し意外だ。
「ミラロゥも踊りたいの」
「いや、どちらかというと、君が踊り出さないか心配だな。案外楽しんでいるようじゃないか」
「まだ始まってないよ? けどまあ、そうかも。さっきの人のおかげでちょっと吹っ切れたってのもあるよ」
「うん?」
「あの人の席なら、取っちゃってもいいかってね」
ミラロゥは苦笑交じりの息を吐いた。
「それに、ミラロゥとデートだって思ったら、それだけですごく楽しいよ」
笑いかけると、彼は虚を突かれたようにまばたきした。そしてこっちまで温かくなるような柔らかい笑みを浮かべた。
「……いま、踊りたくなった」
声を落として、額がゴツンとぶつかる距離で言われ、頬が熱くなる。
それって絶対、みだらな方のダンスの方だよね。
何も言い返せず、ただ口をパクパクさせるだけの僕を見て、ミラロゥは口元を抑えて笑いを堪えている。
か、からかわれた……!
公衆の面前だし、結構焦っちゃったじゃないか。恨めしく睨みつけるが効いているようには見えない。
「別に嘘じゃない。ただ、招待されたのに、まったく見ずに帰るのも失礼だろうな。だから、今はデートを楽しもうか」
デートのところを強調して言うあたりズルいよね。さすがは僕のつがい。僕の扱いがうまい。彼の手の平でくるくる踊ってるみたいだ。
喜びや恥じらい、あと、やっぱほんのり残念だなって気持ちが僕の脳内でもダンスしていた。
「ルノン、百面相してないで。ごらん、もうすぐ始まるよ」
ミラロゥがステージを指し示すと、司会者がスポットライトに照らされた。観客たちが冷やかしっぽい歓声を上げる。
長々しい挨拶は嫌われるのか、開催の挨拶はあっさりしたものだった。「一人持ち時間三分」とか、「曲は自由」とか簡単にルールを説明したあとは、さっそく一人目のダンサーの登場だ。
さすがに一発目から『鳩ぽっぽ』ということもなく、普通にカッコイイダンスソングだ。
ダンスの方は……なんかローキックみたいな足さばきがすごかった。
僕、審査する立場じゃなくて本当によかった。
ダンスの良し悪しを判断するには見る目が必要だ。スロー再生付きで解説が欲しいところだ。
二人目はバレエのような軽やかなステップを踏み、三人目は逆に、ドンと響く足音をアクセントにしていた。
そして五人目にしてついに出た。トゥルトートゥ!
ちなみにこれ、こっちでの鳩の鳴き声らしい。
曲名を言われて僕の声が聞こえやしないかとドキッとしたけれど、大丈夫だった。レゲエみたいなアレンジになってて面白かった。もはや原型がない。
ダンスより、歌の方が気になってしまった僕はろくに見もせず、うっかり拍手をするところだった。危ういところで思い出し、誤魔化すために手を上下させる。
「う、うぇーい!」
幸い、会場はすごい熱気に包まれていて、僕のノリきれてない合いの手も紛れてしまった。
となりにいたミラロゥにはバレたみたいだけど。
「今年は『トゥルトートゥ!』で踊る人が多いですね。様々なアレンジが会場を彩ります。さあお次も『トゥルトートゥ!』優勝候補の登場です」
司会者の台詞に僕は白目をむくところだった。
「わあ、優勝候補まで。どんな曲に仕上がってんのかな~」
現実逃避気味に呟いてしまった。
今度はアップテンポの華やかなメロディだ。安心のボーカルオフ。
あ、この人がスゴイのはわかる。いや、みんなすごいんだろうけど。
でも、なんか違うんだよ。弾むような陽気なステップからの、ゆーーーーったりした足運び、やわらかな腕の振り。体全体を使った見事なダンスだ。
会場からも賞賛の声が上がる。
ダンサーは腰から肩にかけてのなめらかなに動かした。そうかと思うと、急にくいくいっと頭を振る。どこかで見たことのある動きのような……。
そうか、鳩の首振りそっくりなんだ!
音楽にもピッタリ合っていて、そのコミカルな動きにわっと笑いが巻き起こった。
なんていうか、綺麗なだけじゃなく素早いだけでもなく、ユニークなんだ、この人のダンスは。
「ほあー、すごいね~」
感心するあまり、まぬけな声が出た。
「ああ、そうだな」
対するミラロゥは、機嫌を損ねた様子。でもこれ、きっと僕の気を引くためだぞ。
保護者みたいに甘やかしてみたり、そうかと思えばこうして甘えてきたりする。これが彼の手管だとしても、駆け引き自体が嬉しくて、僕は彼の手を握ってしまう。
ほんと年上の男はずるいな!
わかってるくせに。たとえ世界一のダンサーが僕の前で踊ろうと、僕は気持ちを傾けたりしないって。
そもそもが逆なんだ。ダンスがうまいからカッコいいんじゃなくて、ミラロゥのことが好きだから、彼の踊る姿を見て、陶酔してしまうんだ。
ほら見ろ、ミラロゥの満足そうな顔。
そうだよ、大事だよ。優勝候補のダンスよりミラロゥのことが。
ダンスが終わり、ひときわ大きな歓声が上がった。
この人で決まりだろなんて思ってたら、まだ甘かった。こっから先が本当のトップの戦いだったのだ。
……盛り上がり方からすると、たぶん。
10
お気に入りに追加
66
あなたにおすすめの小説


完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
ふしだらオメガ王子の嫁入り
金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか?
お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。

婚約者に会いに行ったらば
龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。
そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。
ショックでその場を逃げ出したミシェルは――
何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。
そこには何やら事件も絡んできて?
傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。
わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない
鈴宮(すずみや)
恋愛
孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。
しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。
その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?

学園の俺様と、辺境地の僕
そらうみ
BL
この国の三大貴族の一つであるルーン・ホワイトが、何故か僕に構ってくる。学園生活を平穏に過ごしたいだけなのに、ルーンのせいで僕は皆の注目の的となってしまった。卒業すれば関わることもなくなるのに、ルーンは一体…何を考えているんだ?
【全12話になります。よろしくお願いします。】

今夜のご飯も一緒に食べよう~ある日突然やってきたヒゲの熊男はまさかのスパダリでした~
松本尚生
BL
瞬は失恋して職と住み処を失い、小さなワンルームから弁当屋のバイトに通っている。
ある日瞬が帰ると、「誠~~~!」と背後からヒゲの熊男が襲いかかる。「誠って誰!?」上がりこんだ熊は大量の食材を持っていた。瞬は困り果てながら調理する。瞬が「『誠さん』って恋人?」と尋ねると、彼はふふっと笑って瞬を抱きしめ――。
恋なんてコリゴリの瞬と、正体不明のスパダリ熊男=伸幸のお部屋グルメの顛末。
伸幸の持ちこむ謎の食材と、それらをテキパキとさばいていく瞬のかけ合いもお楽しみください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる