ダンシング・オメガバース

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文筆業とか言ってみたり

8 ダンス大会当日②

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 僕らは用意されたに腰を落ち着けて、入口で貰ったパンフレットに目を通した。第一部が決勝戦、休憩を挟んで第二部が特別パフォーマンスと表彰式とある。

 ここは二階席のステージ正面側だから、客席もステージもよく見渡せた。
 会場にはノリのいい音楽がかかっていて、待ちきれない人々が今にも踊り出しそうだ。
 そう思っていたら放送がかかった。
『会場内では、選手以外のダンスはお控えください』

 繰り返されるアナウンスに、立ち上がりかけていた人々がすごすごと座りなおす。笑ったら悪いんだろうな。
 チラッと隣を見ると、ミラロゥもどこかソワソワしているように見えた。少し意外だ。

「ミラロゥも踊りたいの」
「いや、どちらかというと、君が踊り出さないか心配だな。案外楽しんでいるようじゃないか」
「まだ始まってないよ? けどまあ、そうかも。さっきの人のおかげでちょっと吹っ切れたってのもあるよ」

「うん?」
「あの人の席なら、取っちゃってもいいかってね」
 ミラロゥは苦笑交じりの息を吐いた。
「それに、ミラロゥとデートだって思ったら、それだけですごく楽しいよ」
 笑いかけると、彼は虚を突かれたようにまばたきした。そしてこっちまで温かくなるような柔らかい笑みを浮かべた。

「……いま、踊りたくなった」
 声を落として、額がゴツンとぶつかる距離で言われ、頬が熱くなる。
 それって絶対、みだらな方のダンスの方だよね。

 何も言い返せず、ただ口をパクパクさせるだけの僕を見て、ミラロゥは口元を抑えて笑いを堪えている。
 か、からかわれた……!
 公衆の面前だし、結構焦っちゃったじゃないか。恨めしく睨みつけるが効いているようには見えない。

「別に嘘じゃない。ただ、招待されたのに、まったく見ずに帰るのも失礼だろうな。だから、今はデートを楽しもうか」

 デートのところを強調して言うあたりズルいよね。さすがは僕のつがい。僕の扱いがうまい。彼の手の平でくるくる踊ってるみたいだ。
 喜びや恥じらい、あと、やっぱほんのり残念だなって気持ちが僕の脳内でもダンスしていた。

「ルノン、百面相してないで。ごらん、もうすぐ始まるよ」
 ミラロゥがステージを指し示すと、司会者がスポットライトに照らされた。観客たちが冷やかしっぽい歓声を上げる。
 長々しい挨拶は嫌われるのか、開催の挨拶はあっさりしたものだった。「一人持ち時間三分」とか、「曲は自由」とか簡単にルールを説明したあとは、さっそく一人目のダンサーの登場だ。

 さすがに一発目から『鳩ぽっぽ』ということもなく、普通にカッコイイダンスソングだ。
 ダンスの方は……なんかローキックみたいな足さばきがすごかった。
 僕、審査する立場じゃなくて本当によかった。
 ダンスの良し悪しを判断するには見る目が必要だ。スロー再生付きで解説が欲しいところだ。

 二人目はバレエのような軽やかなステップを踏み、三人目は逆に、ドンと響く足音をアクセントにしていた。
 そして五人目にしてついに出た。トゥルトートゥ!
 ちなみにこれ、こっちでの鳩の鳴き声らしい。

 曲名を言われて僕の声が聞こえやしないかとドキッとしたけれど、大丈夫だった。レゲエみたいなアレンジになってて面白かった。もはや原型がない。
 ダンスより、歌の方が気になってしまった僕はろくに見もせず、うっかり拍手をするところだった。危ういところで思い出し、誤魔化すために手を上下させる。

「う、うぇーい!」
 幸い、会場はすごい熱気に包まれていて、僕のノリきれてない合いの手も紛れてしまった。
 となりにいたミラロゥにはバレたみたいだけど。

 「今年は『トゥルトートゥ!』で踊る人が多いですね。様々なアレンジが会場を彩ります。さあお次も『トゥルトートゥ!』優勝候補の登場です」

 司会者の台詞に僕は白目をむくところだった。
「わあ、優勝候補まで。どんな曲に仕上がってんのかな~」
 現実逃避気味に呟いてしまった。

 今度はアップテンポの華やかなメロディだ。安心のボーカルオフ。
 あ、この人がスゴイのはわかる。いや、みんなすごいんだろうけど。

 でも、なんか違うんだよ。弾むような陽気なステップからの、ゆーーーーったりした足運び、やわらかな腕の振り。体全体を使った見事なダンスだ。
 会場からも賞賛の声が上がる。

 ダンサーは腰から肩にかけてのなめらかなに動かした。そうかと思うと、急にくいくいっと頭を振る。どこかで見たことのある動きのような……。
 そうか、鳩の首振りそっくりなんだ!
 音楽にもピッタリ合っていて、そのコミカルな動きにわっと笑いが巻き起こった。

 なんていうか、綺麗なだけじゃなく素早いだけでもなく、ユニークなんだ、この人のダンスは。

「ほあー、すごいね~」
 感心するあまり、まぬけな声が出た。
「ああ、そうだな」
 対するミラロゥは、機嫌を損ねた様子。でもこれ、きっと僕の気を引くためだぞ。

 保護者みたいに甘やかしてみたり、そうかと思えばこうして甘えてきたりする。これが彼の手管だとしても、駆け引き自体が嬉しくて、僕は彼の手を握ってしまう。

 ほんと年上の男はずるいな!
 わかってるくせに。たとえ世界一のダンサーが僕の前で踊ろうと、僕は気持ちを傾けたりしないって。
 そもそもが逆なんだ。ダンスがうまいからカッコいいんじゃなくて、ミラロゥのことが好きだから、彼の踊る姿を見て、陶酔してしまうんだ。
 ほら見ろ、ミラロゥの満足そうな顔。
 そうだよ、大事だよ。優勝候補のダンスよりミラロゥのことが。

 ダンスが終わり、ひときわ大きな歓声が上がった。
 この人で決まりだろなんて思ってたら、まだ甘かった。こっから先が本当のトップの戦いだったのだ。
 ……盛り上がり方からすると、たぶん。
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