ダンシング・オメガバース

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文筆業とか言ってみたり

1 文筆業とか言ってみたり

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 僕はいま、文筆業を営んでいる。
 とか言ってみたけど、それってかなり言い過ぎかもしれない。

 僕とミラロゥは今、高台の一軒家に住んでいる。この辺りは、つがいで暮らすアルファとオメガのための区画なんだって。
 二年前、日本からこの世界へやって来た僕は、もともとマンガやアニメが好きで、腐男子だったこともあり、オメガバースの世界へやってきたことを、むしろ喜んだ。
 自分がオメガになってしまったことと、ダンスで求愛されることには、少々とまどったけれど。

 なんせ僕の知っているダンスと言えば、アニメのオープニングかエンディングくらいだったから。
 そんな僕でも、つがいと出会い、それなりに踊れるようになったんだから、世の中不思議なもんだ。

「じゃあ、ルノン、行ってくるけど――」
 仕事へ向かうミラロゥを玄関先まで見送ったついでに、長々と注意を受けるのが日常だ。
 出かけるんなら戸締りはしっかり。知らない人にはついていかない。車には気をつけて。遠くには行かないこと。
 僕はひとつひとつにしっかり頷いて見せる。

「それから、なにかあったら仕事中でも構わないからすぐに電話すること」
「わかってるって。ほら、もう行かないと。遅刻しちゃうよ」
「そのくらいの余裕は残してる」
 ミラロゥは、知的な青灰色の瞳を自信たっぷりに細めてみせた。
 朝からカッコよすぎるよ。
 アルファは長身のイケメンエリートが多いけど、やっぱり自分のつがいが一番って思う。ゆるく巻いた髪、くっきりした二重、高くて形の良い鼻。それに唇は――。

 ぽーっと見とれていると、ミラロゥが身をかがめてキスをくれた。
 彼の唇は熱くて柔らかで、ちょっと困るくらい好き。
 僕からもキスを返したけれど、キリがないから無理やり体を引きはがしてミラロゥを送り出した。

 今日はオメガの友人とランチの約束をしている。
 待ち合わせの相手は大変おしゃれさんなので、僕も気を使うべきなんだろうけど、僕が目指しているのはシンプルなキレイめカジュアルなんだよね。言い訳めいたことを考えながらTシャツの上に、薄手のカーディガンを羽織る。

 高級住宅街を縫うように進むと、やがて明るい林にたどりつく。細道の先にあるのは、赤茶色の瓦屋根と白い壁が愛らしいカフェだ。

 ここまでは観光客なんかもめったに来ないし、変な客はマスターが追い払ってくれるから、オメガだけでも気兼ねなく長居できる。

 中で待っていたのは、金茶の巻き毛に青い瞳の男の子だ。
「チェルト君、ごめんね、待たせた?」
「体内時計で三分てとこかな」
 とろんとした顔で首を傾げる。今日の彼はライトグレーの短パンスーツに白のハイソックス。フリルたっぷりのブラウスだ。
 ほっぺがピンク色でまつげが長くて、ドールのように愛らしい。だけどこれでも彼は一応二十歳だったりする。

 彼と友達になったきっかけは、話すと長くなる。
……いや、そうでもないかな。
 あのころ僕は、こっちの世界を知るために学校へ通っていた。本来なら、十二歳から十八歳までの子供が通う場所に、異世界人ってことで特別に入れてもらった。ちなみに当時二十三歳だった。

 年少の子らに交じって学んでいることが、どことなくうしろめたかったし、僕という存在を、いったいどこから説明すればいいのかわからなかった。
 変に隠そうとして、しどろもどろになる僕。チェルト君は持ち前の好奇心で、それでもじっくり丁寧に聞き取った。問われるままに答えるうち、ミラロゥとのなれそめを全部ぶっちゃけていた。

 彼は、目をキラキラ輝かせた。
「じゃあルノン君は、つがいと会うために世界を渡って来たんだね」
 道行く人が振り返るくらいの大声で、大げさに喜んだ。
「うわあロマンチック! なんて素敵なんだろう!」
 自分のことだと思うと恥しくてたまらない。

 ともかく僕は、チェルト君の気をなんとか逸らそうと強引に話題を変えた。
 僕に話せること、そう、マンガだ!

 といっても現物があるわけでもないし、スマホも貸せない。だからあらすじとか、キャラの設定とかそのくらいだけどね。
 作戦は大成功。いや、それ以上だ。
 彼は出会うたびにマンガの話を聞きたがった。そして中途半端な情報を糧に自ら妄想をはじめ、そのうち小説を書き始めたのだった。
 ちょっと驚いたことに、それがハチャメチャに面白いのだ。

 この世界ではダンスで求愛するから、当然、物語の中でも登場人物たちはしきりに踊る。
 新作を読ませてもらうたび、僕はハイテンションで感想を述べた。すると彼の筆もどんどん乗る。
 それを繰り返すうち、チェルト君は小説家になっていた。すごいよね。
 で、今日は僕の卒業祝いと彼の二冊目の出版記念ってわけ。

 食事を終えたあと、いよいよ本題に入る。
 昼下がりのカフェはのんびりとした空気に包まれていたが、僕たちのテンションは高い。
 散々おめでとうを言い合ったあと、手渡されたばかりの新刊を開き、僕はほうっとため息をついた。

「やっぱ挿絵が付くといいね。魅力が倍増する」
「そうなんだよ。最初は反対されたけどね、結構好評なんだって」
「ふふん、そうだろうね」
 挿絵が付くのは児童書だけっていうのが、この国の常識だった。こっちの世界にはライトノベルに当たるジャンルがまだなかったんだ。
 だけど、必要だったからこそ彼の小説は若い世代の支持を受けている。イラスト付きの小説はこれから増えるんじゃないかな。

「アニメになったらもっといいだろうな。ダンスシーンがきっと映えるよ」
「アニメかあ、見てみたいな」
「僕のいた世界には、大人も楽しめるアニメがいっぱいっあったんだ。チェルト君もきっと気に入るよ。ジャンルもたくさんあってね、バトルもの、スポーツもの、ロボットものから日常ものまで。毎年新作が出るから全部見ようと思ったら時間が足りないくらいなんだ」

「いいなあ。ルノン君の世界の話、とっても面白い! ボクももっと知りたいし、きっとみんな知りたがるんじゃないかな」
「アニメやマンガを?」
「それもいいけど、暮らしとか食べ物にも興味あるんだよね。ルノン君も何か書いてみない?」

 そう言われても、はじめはピンとこなかった。
 けどチェルト君は乗せ上手だった。「とにかく書いてみなよ」「読んでみたいなあ」「急がなくていいからさ」なんて、ふわふわと夢見る瞳で言われると、なんとなく断りづらかった。
 そうかな、書いてみようかなって気分になっちゃったんだよ。

 学校は卒業したけど、就職先が見つからず無職だったってこともある。
 要するに少々暇だったわけだ。

 何を書くかはしばらく迷った。
 僕がこの世界に来て一番びっくりしたことは、やっぱりダンスで求愛するところだったので、プロポーズとか結婚するまでの流れを書こうと思った。

 日本では、プロポーズの時に踊る人は……いたとしても少数派だと思う。
 お見合いとか婚活パーティーとか、結婚相談所のことなんかは、こっちの人には却って珍しいんじゃないかな。
 だから僕は普通のことを書いた。レストランで指輪をプレゼントしたり、花束を送ったり特別感を演出したりする。そうかと思えば、道端とかで「結婚しようか」とポロっと漏らしたりする層もいる……。
 みたいなことをね。
 文章だけじゃ伝わらないかなと思って、マンガモドキも添えてみた。
 下手だけど、我ながら面白く書けたんじゃないかな。

 僕は出来上がったものを持って、さっそくチェルト君の家に向かった。
 彼は家でもフリフリのブラウスを愛用している、つがいさんと一緒に選んだという家具や壁紙もヤバいくらい可愛くて、ドールハウスにでも迷い込んだ気分になる。

 チェルト君は僕とミラロゥのなれそめをロマンチックと騒いだけれど、彼の方も相当だ。八歳の時に見初めた男性をひたすら口説き続けて、十八歳の誕生日、ようやくつがいにしてもらったとか言うんだから。しかも、相手は二十五歳年上だって!
 ちなみに彼のつがいさんは、ポッコリお腹と髭がチャーミングな普通のおじさんだった。
 なるほどね。

 チェルト君は、僕にフルーツたっぷりのアイスティーを振る舞ってくれた。
「ルノン君、これ本当に面白いよ。絵が独特だけど、それがいい!」
「そうかなあ」
 なんて首を描いたけど、まんざらでもない。チェルト君が大げさに喜んでくれるから、どうにも調子に乗らずにはいられないのだ。

「だけど、プロポーズなのに踊らないなんて」
「うん。踊らないね。ナンパもプロポーズも結婚式でも踊らないね。まあ、踊る人は踊るかもしれないけど、そうい時は事前に準備をするんだよ。いきなり踊り出したりは、まずない」
「結婚式ですら……。けど、じゃあ、どんなことをするの?」
「え? ケーキ入刀とか?」
「全然想像もつかないや。それも書いてよ」

 楽しそうに笑うチェルト君が愛くるしいので、僕はやっぱり逆らえない。
 結局追加で描いてしまった。
 その時はまだ、チェルト君との遊びの一環だった。

 それがある日二人してカフェではしゃいでいたら、僕の書いたらくがきがひらりと落ちて、それを拾ったのが地方紙の編集長さんで、
「これ面白いね、うちに掲載してみない?」
 なんて嘘みたいな展開で、エッセイスト・ルノンが爆誕しちゃったわけだ。

 僕の下手な絵と文でも、異世界の生活ってだけで、物珍しく楽しめるらしく、なんだかんだ続いている。
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