ダンシング・オメガバース

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Bonus track

ヒート

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 はじめての発情期ヒートはつらかったし、悲しい思いもした。先生が好きだと気づいたのに、失恋コース確定だったから。
 だけど色々あって、いまこうして、二度目のヒートをミラロゥと一緒にすごそうとしている。
 ときどきふわりと感じるローズマリーの香りに、不安よりも安心のほうが勝った。

 自分がドエロいフェロモンを出して、ミラロゥを誘っているなんて、イマイチ実感できなかったけれど、先生はいつになく落ち着かない様子だ。ときどき生唾を飲んだりするし、僕に視線をくれたあと、音を立てずにため息をこぼして、気まずそうに目をそらしたりする。本当なのかもしれない。だんだんとこっちまでソワソワしてきた。

 リビングのテーブルで、ミラロゥはカンパーニュサンドを食べていた。
 僕はもうあまり食欲がなくて、彼の作ったスムージーをちまちま飲みながら、彼の食べる姿を盗み見た。
 大きく口を開け、がぶりとパンにかじりつく。すごくいい食べっぷりだ。いつもより、どことなくワイルドに見える。レタスがシャキッと音を立て、ベーコンが吸い込まれていく。

 ミラロゥは指についたトマトの汁をぺろりと舐めとりながら、チラリと僕に視線を寄こした。
 ごきゅっと喉が変な音を立てたのは、完全に不可抗力だと思う。
 食べるかと尋ねるように、ミラロゥはサンドイッチを示した。むしろ食べられたいだなんて、口が裂けても言えない。
 僕は首をふり、スムージーをすする。顔が熱いから、冷たさが心地いい。

 やけに静かな昼下がりだ。世界に、僕とミラロゥしかいないみたい。

 ミラロゥが片づけをするあいだも、歯磨きするあいだも、なんとなく離れがたくて僕はピタリと彼にくっついていた。
 マンガを読もうという気にもならない。幼児退行でもしちゃったみたいだ。

「そろそろかな」
 額に手を当て僕の熱を測ると、ミラロゥはダンス部屋へ向かった。

「こんな日も踊るの?」
「こんな日だから、踊るんだろう?」
「離れたくない」
「じゃあ、このままで」
 頭がふわふわしすぎてて、物なんて考えられなかったので、僕はミラロゥの肩にピタッと頬をつけて言われるままに体を揺らした。

 静かだなあ。
 なんてぼんやりしていたら、ミラロゥの長い指がつつつと僕の頬から顎にかかった。つられて上向くと、くちびるを奪われてしまった。歯磨き粉はこちらでもミントの香りだ。そんなはずもないのに、今はじめて気づいたような気分になった。

 長いキスのあと、僕を見おろすミラロゥはなんだか気まずそうな顔をしている。もしかして、堪えきれなくなった? そう思ったら体がいっきに火照ってしまった。
 背伸びをするように僕も彼のくちびるに食らいついて、そのあとギュッと抱き着いた。

 いつものように、いや、いつもよりも苦し気に、ミラロゥがささやいた。
「……ベッドに行こうか」
「ここでも」

 ミラロゥは虚をつかれたように目を見開いて、髪をかきあげ苦笑した。
「ダメだよ。あとが大変だ」
 なんだ、まだ冷静じゃないか。僕はそれがちょっと不服だった。
 もっとこう、もっと僕に、溺れてくれればいいのに。

「ルノン!」
 ミラロゥが急に大きな声を出して、慌てた様子で僕を寝室に押し込めた。
 どうやら馬鹿なことを考えたせいで、フェロモンがどぱーっと出ちゃったっぽい。

 慌てているが、怒ってはいない。
 熱っぽい息を吐いて、僕をじっと見つめたあとキスをする。嬉しくてたまらなかった。ミラロゥは僕をふわりと抱き上げてベッドまで運んだ。不安はなにもない。ヒートの過ごし方は、きっと体のほうが良く知っている。
 




 昼過ぎの柔らかな光に目を覚ますと、ふと空腹に気がついた。
 ヒートが終わったんだ。
 隣で眠っていたミラロゥが僕の目覚めに気付いてまつ毛を震わせた。まぶたはまだ重そうだったが、彼は腕で頭を支えて僕をのぞきこんだ。

「おはよう、ルノン。なにか食べれそう?」
「食べる」
 即答してしまった。
 ミラロゥは身を起こして大きく伸びをしたが、僕のほうはまだ起きられそうもなかった。
「休んでて」
 ミラロゥは僕の額にキスをした。くすぐったいような、温かい気持ちになる。なんだかすごく、しあわせだ。
 いつもキチっとしているミラロゥだけど、さすがに疲れたのか下着にTシャツという格好で、キッチンに向かった。あ、あくびした。

 すごくレア。
 ゆるゆるのミラロゥを見て、僕はますますしあわせだなって思った。
 待つほどもなく、ミラロゥは戻ってきた。僕はのそのそと半身を起こす。ひどく気だるい。

「温めただけだが」
「うん。充分。ありがとう」
 僕にスープカップを手渡して、ミラロゥもベッドのふちに腰かける。
 すこしぬるめのスープをすすって、ふたりでしばらくぼんやりしていたのだけど、ふと、ミラロゥの首元が赤くなっていることに気がついた。

「先生、首のとこ、どうしたの?」
「うん? 覚えていないのか? 君が噛んだんだよ」
「え!」
 僕はサイドテーブルにスープカップを押しやって、ミラロゥの首筋を検分する。たしかに噛みあとのように見える。

「ご、ごめん。覚えてないや。痛かった?」
「まあ、な。……たしか、君のいた世界では、つがいになるとき、うなじを噛むんだったな。それを思い出したからすこし嬉しかった」
「普通は逆なんだけどね」

 どうやら僕はオメガのくせにアルファの首に噛みついちゃったらしい。
 恥ずかしさのあまり、顔を覆ってしまう。そんな僕の頭をくしゃくしゃと撫でて、ミラロゥはのんびりと言った。
「それでも、心から君に受け入れてもらえてようで、私は嬉しかったよ」
「先生……」
 先生の優しさに励まされるように、僕は顔をあげた。
「それに、私も君の体にたくさん痕をつけてしまったから」

 いたずらを打ち明けるようにミラロゥが言うから、僕もすっかり気が抜けて、声を立てずに笑った。



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