ダンシング・オメガバース

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8 熱気がすごい

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 海沿いの公園に作られた野外ステージから、マイクテストの音が聞こえてくる。
 いよいよ今日はダンス大会が始まった。
 大会というから身構えてしまったが、要するにフェスだ。全国各地から凄腕のダンサーが集まって、それを肴にみんなで飲み食いするわけだ。それともスポーツ観戦のほうが近いのだろうか。
 いずれにしろこれまでの僕には縁のないものだった。なんせ、ヲタクの祭典ですら、マンガやアニメの中でしか見たことがない。


 ビィくんが指定した待ち合わせ場所は、学校の前だった。どうして直接会場に向かわなかったのか、会場に向かう行列を見てすぐに理解した。
 どの顔も興奮に満ち満ちているし、よく見なくてもすでに踊ってる。これでは巡り合うことも難しかったことだろう。

「ルノン、なんか今日雰囲気違うね」
「そう? 子供に見られないようにオフィスカジュアル目指したからかな」
 ちなみにビィくんは今日、ハーフパンツだった。膝小僧に絆創膏が付いている。パーカーといいキャップといい、いかにも踊り出しそうでなんともカワイイし、もじもじしていると年相応に見えた。
「格好もあるけど、その……」

 って待って。まさか、ミラロゥの大人げないフェロモンまぶしに気づいたわけじゃないよね。
 いや、落ちつけ。そもそもアルファ避けなんだし、あの学校にはベータかオメガしか通えないわけだし。
 僕は咳払いでごまかした。

「責任感だよ、ビィくん。子供を引率するのは初めてなんだ」
「なにが引率だよ。迷子になりそうなのルノンのほうだろ。手つないどく?」
 ニヤッとされてしまった。生意気な。
「必要ならね」
 僕はさりげなく断った。子供と手を繋ぐくらい、僕にはどうってことないことだけど、ミラロゥは嫌がりそうだ。
「あ、そうだこれ。うちの保護者から」
 僕はミラロゥから預かっていた手紙をビィくんに手渡した。

 出がけに、ミラロゥは僕にキスをしてくれた。「楽しんで」と声をかけてくれたところまでは甘いやり取りだったのに、この手紙を僕に押し付けて、くどくど注意事項を述べたあたりで一気に保護者になってしまった。

「五時には帰るように? 早っ。ルノンに無理をさせないように。なにかあったら、すぐにこの番号に連絡するように」
「声に出して読みあげないで!」
「まあ、過保護になるのもわからなくはないよな」
「……え? 納得するとこ?」

 ビィくんはチラッと僕を見て、深いため息をついた。
 僕はぜんぜん、呑み込めない。

 話をするうちに入場ゲートにたどり着き、チケットと入場バンドを交換した。これで今日一日出入り自由だそうな。
 中の混雑もすごかった。
 入ってすぐのところは屋台とかキッチンカーが立ち並ぶ飲食エリアになっていた。
 ダンスより商売って人も確実にいる。そりゃそうか。当たり前のことだけど、僕はなんだかホッとした。

「ルノン、あっちのほうで見よう。真ん中突っ込んでってもいいけど、ルノンが潰されそうだし」
 ビィくんに先導されて、比較的人の少ないエリアにたどり着く。
「ありがたいけど、ビィくんはそれでいいの? この辺いるから、見やすいとこ行ってきてもいいんだよ」
「それじゃ意味ないだろ。わかってないな。まあ、わかってたら、こんなところまでノコノコついてこないだろうけど」
「こんなとこって?」

 ビィくんは答えず、スンとした顔でステージを見つめた。屋根付きの仮設ステージに立つ人はまだいない。陽気な音楽だけが観客たちの期待を盛り立てている。

「いつか決勝戦も生で見てみたいな」
 ビィくんはポツリとつぶやいた。
 決勝戦だけは、野外ではなくアリーナで開催されるらしい。いちおうこの野外ステージでも中継が見られるらしいけど、やっぱその場で見るのとは臨場感が違うだろうな。

「ははっ。ごめんね、ルノン。ダンスあんまり興味ないだろうに」
 ビィくんがちょっと寂し気にそう言うので、僕はギョッとしてしまった。
 だけど僕が下手な否定をするまえに、舞台に司会者が立って、歓声がすべてをわーっとかき消してしまった。

 ダンサーらしき二人が壇上に現れて、挑発するようなポーズを取り合う。
 司会者が出場者の出身と名前を軽く紹介すれば、もうバトルの始まりだ。
 三分間のダンスバトルは人を変え、曲を変え、くるくると繰り返される。
 賞賛も罵倒もどちらにしても熱狂的だ。
 僕もいつしかその空気に呑まれていた。ダンスの見方なんてわからなくても、目を奪われる。
 体の端まで、軟体動物みたいになってる。あんなふうに自在に動かせるもんなんだ。重力を無視するようにゆったりと動く人もいれば、地面すれすれまで倒れて、そこからとんでもないジャンプをする人もいる。

 すごすぎて、目が離せない。
 目が慣れてくると、予想も楽しめるようになった。この勝負あっちが勝ちそうだ。ほら、当たった!

 だけど、ちょっと熱気がすごすぎるな。
 ダンサーが交代するわずかな合間にふっと気が抜けた。

「ルノン、すこし休もうか」
 僕がふらついたの、しっかり気づいてしまったらしい。
「うん。すこし、水分補給をしておきたいな」

 甘酸っぱいレモネードは、いっぺんに喉の奥へ消えていった。
 飲食エリアには少ないけれどイス席もあって、ありがたく座らせてもらった。

「ビィくん、さっきの話だけど」
「ん?」
「ダンスのこと。正直言うと、確かに興味は薄かったんだけど。――来てみたらさ、印象変わったよ。すごく楽しい」

 心臓がドキドキいってる。目を閉じれば色んな人のダンスが浮かぶ。すごいって言葉しか浮かんでこない。
 興奮をそのまま乗せて僕はビィくんに笑いかけた。
「ダンスって、すごいんだね」

 ビィくんは一瞬目を丸くして、それから体ごと顔をそむけてしまった。
「ま、まあ。楽しめたんなら、良かったんじゃねえの?」
 素直じゃないとこが、またかわいい。キャップをつついてやりたくなったけど、自重しとこう。怒られちゃいそうだ。

 そんなとき、子供たちのにぎやかな声が聞こえてきた。
「あ! ビィたちだ!」
「ホントにデートしてる!」
 ケラケラと笑いながらこちらを指さす子供たちに対し、ビィくんは照れるどころか「まあね」と勝ち誇って見せている。
 子供ってよくわからん。

「なあなあ、これから俺たち踊ってこようと思うんだけど、ビィたちも行かねえ?」
 踊るということは、フリーステージに移動するということかな。
 ビィくんが一瞬、ソワッとしたように見えたので、僕も頷いておく。

 移動はシャトルバスだという。僕は二の足を踏んでしまった。
「バスか……」
「なに? 酔うの?」
「いや……」
 子供たちみんなで乗るんだから、セーフかな?
 窓は全開。よし、アリだろう。
 乗り込むとき、視線を集めた気がするのは、たぶん、気のせい。
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