ダンシング・オメガバース

のは

文字の大きさ
上 下
17 / 42
オートモード

7 根に持ってる

しおりを挟む
 非常に現金な話だけど、僕は先生の前ではこの世界の仕組みがどうとか、そういう面倒なことは考えない。
 先生の発するローズマリーの香りに癒され、彼のリズムを感じ取れば自然と体を揺らしている。

 ミラロゥと会うために異世界からやってきて、オメガになったんだとしたら、ほ、ほかに理由なんっ……、あぶばばぼば。

「ルノン?」

 ソファーでミラロゥに肩を抱かれながら、一緒にスマホを見ていたところだった。
 急にクッションに顔をうずめた僕を見て、ミラロゥは変に思ったことだろう。
「どうしたんだ? そんなに言いづらい台詞なのかい、これ」
 声を聞いた限りでは、僕の奇行に驚いている様子はない。そろりと顔をあげれば、ミラロゥはスマホを覗き込んで首を傾げていた。

 画面にはマンガが表示されている。もちろんいかがわしくない奴だ。
 日本語をこちらの言葉に翻訳して、ときには文化の説明なんかも交えつつ、一緒にマンガを読んでいるのだ。
 説明と言っても日本の学校に飛び級はなくて留年も理由がない限りないとか、作中で食べているものの解説とか、そんなんだけど。

 それでも、この勉強方法を始めてから言葉がメキメキ上達した気がする。好きなことを語りたいという気持ちは、すさまじいエネルギーになるのである。

 おかげで違和感なくこちらの言葉で会話を続けることができた。
「ごめん、べつの理由」
「別の?」
「こうしてふたりでいると……、すごくしあわせだなって、思って」
「今の、そういう反応だったか?」
 ものすごく怪訝な顔をされてしまった。
「こっちの人にはない感覚かもね。しあわせって、照れ臭いだけじゃなくてちょっと、うしろめたいんだよね」
「うしろめたい? どういうことだ」

「ええーと、ちょっと待って」
 混乱すると、やっぱりまだうまく話せない。僕は日本語に切り替えて話を続けた。

「お国柄のせいかな。日本という国は、しあわせであることをあまり、周りにアピールしないんだよ。しちゃいけないみたいな空気すらある」
「……なぜ?」

 ミラロゥは思い切り顔をしかめた。そうだよね、訳がわからないよね。

「みんなで手を繋いで大きな輪を作ったとする。僕が幸せだって飛び跳ねることで輪にうねりができて、対岸の誰かが叫ぶんだ。私は今とっても悲しいのに! って。そしたら周りの人たちが、人が悲しんでいるのに喜ぶとはけしからんとか言い出して、嬉しい人、幸せな人は口をつぐまなきゃいけない。そういう空気みたいなものが、日本にはある」

 言い過ぎかなって反省して、僕は「といっても」とミラロゥに首を振って見せた。

「僕が感じ取った、日本の一部に過ぎないんだけどね。どこにいようと幸せな人は、幸せだし。不幸な人は不幸だし」

 ヤバい、なんか暗くなっちゃった。絶対困ってるな、ミラロゥ。
「あ! つづき、続き読もう」
「ルノン」

 ミラロゥが顔を近づけるので、キスをする気かと僕は目をつぶった。
 期待は外れて、額同士がコツンとぶつかる。

「ごめん、気にしないで。文化の差だし、僕だってふだんそれほど気にしているわけじゃない」
「ルノン」
 もう一度、今度はさっきよりもハッキリと、ミラロゥは僕の名を呼んだ。彼は青灰色の瞳で静かに僕を覗き込んだ。
 ローズマリーの香りが強くなり、僕は知らず、全神経を彼に向けてしまっていた。

「一つ確認なんだが、君はいま、幸せなんだな?」
「うん。そうだよ」
「だったら、どうして謝るんだ?」
「あ……」
「君の幸せが、私の幸せなのだから、君がそうして隠してしまうのは困るな。もっとも、君は良くも悪くも隠し事があまり得意ではないようだから、不安も苦しみも喜びも、滲みだしてしまうだろうけど」

「そ、それは……。素直であろうとしてるからってのもあるんだよ。揉めるのイヤだし。けど、――そんなに僕、わかりやすい?」
「ああ」
 だから、とミラロゥは僕の耳元でささやいた。
「いつもみたいにハッキリ言ってくれないか? 今さらだろ?」
「好きだって?」
「よろしい」

 先生が、先生みたいな口調で頷くから、僕もたまらず笑ってしまった。
 先生のフェロモンのせいかもしれない。彼の前では僕、いつも必要以上に甘えてしまう。

「じゃあ教えちゃおうかな。僕ね、最近とっても調子に乗ってるんだよ」

 僕は、先生のつがいの座は渡さないと脳内でダンスを決めてることとか、先生のためにこの世界に来たのかもなんて浮かれてること。こうして一緒にいるだけで、ものすごく幸せなんだってことをすなおに全部しゃべってしまった。

 気持ちがすごくすっきりしたけど、今度は逆に、先生がソファーに突っ伏してしまった。

「……君が怪我さえしていなければ、いますぐダンスに誘ったのに」
「ダメなの?」
「激しい運動はダメだと言われているだろ」
「激しくしなきゃいいんじゃない?」
「無理だな」

 ミラロゥは犬歯が覗く、ちょっと荒っぽい笑い方をした。そんな顔もするんだと見とれていたら、僕の頬に手をかけて触れるだけのキスをした。

「ルノン、私も。――君と出会えて幸せだよ。けれどまだ、満ち足りているとは言えないな」
「え?」
「もっと、もっと君を愛したい。不安なんて感じる暇がないくらい君を幸せで満たしてしまいたい。大事にするよ、ルノン。これからもずっと」

 変なうめき声をあげそうになって、僕はミラロゥの胸板に額を押しつけた。

「お、踊りたいね……」
「ああ」

 こんなバカみたいな根競べある?
 だけど、大事にされてるっていう、この上もない証拠でもある。



 ……あの日は、あんなにいい感じだったのに、いま僕とミラロゥは静かな攻防を繰り広げている。

「明日出かけるって言うのに、先生のフェロモンをたっぷりまとっちゃうってのは、どうなんだろう」
「だからだよ。ダンス大会の期間中に求愛ダンスを仕掛けてくるのはマナー違反だが、それでもまったくないとは限らないし」

 でた。ダンスに係わる謎マナー。

「で、でもビィくんと会うんだよ。子供の前でそんな」
「子供なんだろ? だったら問題ない。フェロモンを感知する力もそれほど育っていないだろうから」

 ビィくんと出かける三日前にはもう怪我もすっかり良くなっていた。こらえていたぶん、もちろん二人でイチャイチャしまくった。
 なのにミラロゥはまだ足りないらしかった。

 明日からはダンス大会に合わせて学校もお休みだ。学校だけでなく、ほとんどの店や会社が休みになるというから驚きだ。ダンスにかける情熱がすごい。

「本当なら、保護者同伴と行きたいところなんだ。それを向こうの都合で私についてくるなというのだから、虫よけは念入りにしておいたほうがいいだろう?」
「でも、今日踊ると三日連続だよね。ヒートでもないのに爛れてるよ!」
「このくらい普通のことだよ」

 本当かなあ!?
 微妙にうさんくさい笑顔に見えるのは気のせいだろうか。
「も、もう、充分しみ込んだんじゃない?」
「まだだ、ルノン。君が誰のつがいなのか、ハッキリわからせないといけない」

 ミラロゥの目がすっと細められ冷気が漂い始める。僕はようやく気がついた。
 ミラロゥは、僕が「デート」って言ったこと根に持っているんだって。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

美形×平凡の子供の話

めちゅう
BL
 美形公爵アーノルドとその妻で平凡顔のエーリンの間に生まれた双子はエリック、エラと名付けられた。エリックはアーノルドに似た美形、エラはエーリンに似た平凡顔。平凡なエラに幸せはあるのか? ────────────────── お読みくださりありがとうございます。 お楽しみいただけましたら幸いです。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

【完結】I adore you

ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。 そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。 ※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

婚約者に会いに行ったらば

龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。 そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。 ショックでその場を逃げ出したミシェルは―― 何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。 そこには何やら事件も絡んできて? 傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

今夜のご飯も一緒に食べよう~ある日突然やってきたヒゲの熊男はまさかのスパダリでした~

松本尚生
BL
瞬は失恋して職と住み処を失い、小さなワンルームから弁当屋のバイトに通っている。 ある日瞬が帰ると、「誠~~~!」と背後からヒゲの熊男が襲いかかる。「誠って誰!?」上がりこんだ熊は大量の食材を持っていた。瞬は困り果てながら調理する。瞬が「『誠さん』って恋人?」と尋ねると、彼はふふっと笑って瞬を抱きしめ――。 恋なんてコリゴリの瞬と、正体不明のスパダリ熊男=伸幸のお部屋グルメの顛末。 伸幸の持ちこむ謎の食材と、それらをテキパキとさばいていく瞬のかけ合いもお楽しみください。

【旧作】美貌の冒険者は、憧れの騎士の側にいたい

市川パナ
BL
優美な憧れの騎士のようになりたい。けれどいつも魔法が暴走してしまう。 魔法を制御する銀のペンダントを着けてもらったけれど、それでもコントロールできない。 そんな日々の中、勇者と名乗る少年が現れて――。 不器用な美貌の冒険者と、麗しい騎士から始まるお話。 旧タイトル「銀色ペンダントを離さない」です。 第3話から急展開していきます。

【完結】ここで会ったが、十年目。

N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化) 我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。 (追記5/14 : お互いぶん回してますね。) Special thanks illustration by おのつく 様 X(旧Twitter) @__oc_t ※ご都合主義です。あしからず。 ※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。 ※◎は視点が変わります。

処理中です...