13 / 42
オートモード
3 わがまま
しおりを挟む
バスが走り出した。排ガスが遠ざかるのを見送って、僕はそろりと振り向いた。背中がすごく温かい。ミラロゥが僕を抱きすくめているのだ。
乗る気はなかったと言って、信じてもらえるだろうか。
「せ」
先生と呼びかけようとしたのだが、あまりにきつく抱きしめられて、僕は再び口を閉ざす。
「――こんなに冷え切って」
つぶやくミラロゥのほうこそ、凍えているようだった。
「いま、スープを温めるから」
ミラロゥは僕をダイニングの椅子に座らせると、鍋に火をかけた。食事を二人でとるあいだも、彼はなにも言わない。横顔を盗み見てもなんの表情も読み取れなかった。怖いくらいに。
片付けがひと段落すると、ミラロゥは僕の背を押しソファーに導いた。ミラロゥの大きな体がソファーに沈み込む。いつもなら見とれてしまう光景だが、落ち着かなくて目をそらしてしまった。手が伸びてきて頬をなでるので、ようやく僕はミラロゥに顔を向けた。
「うん。すこしは温まったみたいだな。――じゃあ、聞こうか。釈明を」
急に声が低くなった。思わず体をこわばらせてしまった。
「やっぱ、怒ってる?」
「怒る?」
意外なことを聞いたとばかりに、先生は眉をあげ、それから、手のひらに顔を押し付けた。
「違うな、聞くのが怖いんだ。君は……、誰に会いに行くつもりだったんだ?」
「誰? 違うよ、僕はただ。これの中身を入れたくて」
スマホをかざしてみせると、ミラロゥは陰鬱に頷いた。
「ああ、コレクションを作りたいとか言ってたな」
「コレクション? マンガはそんなんじゃなくて、もっとこう」
「マンガ?」
「あれ? 前に見せたことあったよね。ほら、これ!」
僕はスマホを取り出して、中身もろくに確認しないまま先生に画面を見せる。
「これが、足りなくて!」
「……コレが?」
「そうだよ。本当は、毎日でも欲しいんだ。足りないというかもう、中毒だから! その……。先生?」
僕はようやく、先生の様子がおかしいことに気がついた。なんか、目を見開いたまま固まってるんだけど。手首をくるりと回して画面を見て驚いた。どエロいシーンがそこに表示されていた。
「う、うわっ! 違っ! 違うんだって、こういうのばっかり読んでいるわけじゃないからっ」
ううう。ここで疑いのまなざしは、止めてほしい。
「なるほど、ルノン。それが足りないと?」
「いや、だから、誤解っ」
うわあ、メチャメチャ恥ずかしい。僕は顔を覆った。だが、その手はミラロゥによりあっけなく退けられる。ハッと気がつけば、彼の顔が思いがけず近くにあって、すぐに唇が重なった。
シャツの下から、するりとミラロゥの冷たい手が潜り込む。
「せ、先生。まだ踊ってないのに……」
「あとで」
「あとで!?」
する前に踊るのは、てっきり決まりかなんかだと思っていたのに。前戯的な?
混乱していた僕だが、熱く柔らかなキスの感触に、そんなことどうでも良くなってくる。このままするのかなと期待したところで、ミラロゥは僕から体を離した。
たぶん、僕は物欲しげな顔をしていたと思う。ミラロゥは苦笑して額にキスをした。
「そう。あとで。いまからドライブに行くんだから」
「ドライブ?」
「放っておけば、また君はこっそり出かけようとするだろう?」
「え、そんなことは……」
いや、ないとは言えない。今日はさすがにダメだと思ったが出直そうという気持ちがないわけではなかった。
「ルノンが行きたいなら、真夜中だろうが仕事中だろうがどこにだって連れて行く。私がそうしたいんだ。私のわがままを聞いてくれるかい?」
「それはわがままとは」
「いいや、こんなのはただの独占欲だよ。頭で理解できても結局、一人で出かけて欲しくないんだから」
わがままなんかじゃないよ。僕は心の中でつぶやいた。それは僕のほう。
先生をこんなふうに困らせて、喜んでいるんだから。
「さあ、行こうルノン」
「うん」
マンガを買いにいけるのは嬉しい。だけどすこしだけ残念だ。もうすこしキスをしていたい気持ちもあったから。
乗る気はなかったと言って、信じてもらえるだろうか。
「せ」
先生と呼びかけようとしたのだが、あまりにきつく抱きしめられて、僕は再び口を閉ざす。
「――こんなに冷え切って」
つぶやくミラロゥのほうこそ、凍えているようだった。
「いま、スープを温めるから」
ミラロゥは僕をダイニングの椅子に座らせると、鍋に火をかけた。食事を二人でとるあいだも、彼はなにも言わない。横顔を盗み見てもなんの表情も読み取れなかった。怖いくらいに。
片付けがひと段落すると、ミラロゥは僕の背を押しソファーに導いた。ミラロゥの大きな体がソファーに沈み込む。いつもなら見とれてしまう光景だが、落ち着かなくて目をそらしてしまった。手が伸びてきて頬をなでるので、ようやく僕はミラロゥに顔を向けた。
「うん。すこしは温まったみたいだな。――じゃあ、聞こうか。釈明を」
急に声が低くなった。思わず体をこわばらせてしまった。
「やっぱ、怒ってる?」
「怒る?」
意外なことを聞いたとばかりに、先生は眉をあげ、それから、手のひらに顔を押し付けた。
「違うな、聞くのが怖いんだ。君は……、誰に会いに行くつもりだったんだ?」
「誰? 違うよ、僕はただ。これの中身を入れたくて」
スマホをかざしてみせると、ミラロゥは陰鬱に頷いた。
「ああ、コレクションを作りたいとか言ってたな」
「コレクション? マンガはそんなんじゃなくて、もっとこう」
「マンガ?」
「あれ? 前に見せたことあったよね。ほら、これ!」
僕はスマホを取り出して、中身もろくに確認しないまま先生に画面を見せる。
「これが、足りなくて!」
「……コレが?」
「そうだよ。本当は、毎日でも欲しいんだ。足りないというかもう、中毒だから! その……。先生?」
僕はようやく、先生の様子がおかしいことに気がついた。なんか、目を見開いたまま固まってるんだけど。手首をくるりと回して画面を見て驚いた。どエロいシーンがそこに表示されていた。
「う、うわっ! 違っ! 違うんだって、こういうのばっかり読んでいるわけじゃないからっ」
ううう。ここで疑いのまなざしは、止めてほしい。
「なるほど、ルノン。それが足りないと?」
「いや、だから、誤解っ」
うわあ、メチャメチャ恥ずかしい。僕は顔を覆った。だが、その手はミラロゥによりあっけなく退けられる。ハッと気がつけば、彼の顔が思いがけず近くにあって、すぐに唇が重なった。
シャツの下から、するりとミラロゥの冷たい手が潜り込む。
「せ、先生。まだ踊ってないのに……」
「あとで」
「あとで!?」
する前に踊るのは、てっきり決まりかなんかだと思っていたのに。前戯的な?
混乱していた僕だが、熱く柔らかなキスの感触に、そんなことどうでも良くなってくる。このままするのかなと期待したところで、ミラロゥは僕から体を離した。
たぶん、僕は物欲しげな顔をしていたと思う。ミラロゥは苦笑して額にキスをした。
「そう。あとで。いまからドライブに行くんだから」
「ドライブ?」
「放っておけば、また君はこっそり出かけようとするだろう?」
「え、そんなことは……」
いや、ないとは言えない。今日はさすがにダメだと思ったが出直そうという気持ちがないわけではなかった。
「ルノンが行きたいなら、真夜中だろうが仕事中だろうがどこにだって連れて行く。私がそうしたいんだ。私のわがままを聞いてくれるかい?」
「それはわがままとは」
「いいや、こんなのはただの独占欲だよ。頭で理解できても結局、一人で出かけて欲しくないんだから」
わがままなんかじゃないよ。僕は心の中でつぶやいた。それは僕のほう。
先生をこんなふうに困らせて、喜んでいるんだから。
「さあ、行こうルノン」
「うん」
マンガを買いにいけるのは嬉しい。だけどすこしだけ残念だ。もうすこしキスをしていたい気持ちもあったから。
39
お気に入りに追加
66
あなたにおすすめの小説
【完結】もう一度恋に落ちる運命
grotta
BL
大学生の山岸隆之介はかつて親戚のお兄さんに淡い恋心を抱いていた。その後会えなくなり、自分の中で彼のことは過去の思い出となる。
そんなある日、偶然自宅を訪れたお兄さんに再会し…?
【大学生(α)×親戚のお兄さん(Ω)】
※攻め視点で1話完結の短い話です。
※続きのリクエストを頂いたので受け視点での続編を連載開始します。出来たところから順次アップしていく予定です。
君のことなんてもう知らない
ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。
告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。
だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。
今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが…
「お前なんて知らないから」
イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話
タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。
瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。
笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。
漆黒の瞳は何を見る
灯璃
BL
記憶を無くした青年が目覚めた世界は、妖、と呼ばれる異形の存在がいる和風の異世界だった
青年は目覚めた時、角を生やした浅黒い肌の端正な顔立ちの男性にイスミ アマネと呼びかけられたが、記憶が無く何も思い出せなかった……自分の名前すらも
男性は慌てたようにすぐに飛び去ってしまい、青年は何も聞けずに困惑する
そんな戸惑っていた青年は役人に捕えられ、都に搬送される事になった。そこで人々を統べるおひい様と呼ばれる女性に会い、あなたはこの世界を救う為に御柱様が遣わされた方だ、と言われても青年は何も思い出せなかった。経緯も、動機も。
ただチート級の能力はちゃんと貰っていたので、青年は仕方なく状況に流されるまま旅立ったのだが、自分を受け入れてくれたのは同じ姿形をしている人ではなく、妖の方だった……。
この世界では不吉だと人に忌み嫌われる漆黒の髪、漆黒の瞳をもった、自己肯定感の低い(容姿は可愛い)主人公が、人や妖と出会い、やがてこの世界を救うお話(になっていけば良いな)
※攻めとの絡みはだいぶ遅いです
※4/9 番外編 朱雀(妖たちの王の前)と終幕(最後)を更新しました。これにて本当に完結です。お読み頂き、ありがとうございました!
恋した貴方はαなロミオ
須藤慎弥
BL
Ω性の凛太が恋したのは、ロミオに扮したα性の結城先輩でした。
Ω性に引け目を感じている凛太。
凛太を運命の番だと信じているα性の結城。
すれ違う二人を引き寄せたヒート。
ほんわか現代BLオメガバース♡
※二人それぞれの視点が交互に展開します
※R 18要素はほとんどありませんが、表現と受け取り方に個人差があるものと判断しレーティングマークを付けさせていただきますm(*_ _)m
※fujossy様にて行われました「コスプレ」をテーマにした短編コンテスト出品作です
【完結】ただの狼です?神の使いです??
野々宮なつの
BL
気が付いたら高い山の上にいた白狼のディン。気ままに狼暮らしを満喫かと思いきや、どうやら白い生き物は神の使いらしい?
司祭×白狼(人間の姿になります)
神の使いなんて壮大な話と思いきや、好きな人を救いに来ただけのお話です。
全15話+おまけ+番外編
!地震と津波表現がさらっとですがあります。ご注意ください!
番外編更新中です。土日に更新します。
今夜のご飯も一緒に食べよう~ある日突然やってきたヒゲの熊男はまさかのスパダリでした~
松本尚生
BL
瞬は失恋して職と住み処を失い、小さなワンルームから弁当屋のバイトに通っている。
ある日瞬が帰ると、「誠~~~!」と背後からヒゲの熊男が襲いかかる。「誠って誰!?」上がりこんだ熊は大量の食材を持っていた。瞬は困り果てながら調理する。瞬が「『誠さん』って恋人?」と尋ねると、彼はふふっと笑って瞬を抱きしめ――。
恋なんてコリゴリの瞬と、正体不明のスパダリ熊男=伸幸のお部屋グルメの顛末。
伸幸の持ちこむ謎の食材と、それらをテキパキとさばいていく瞬のかけ合いもお楽しみください。
噛痕に思う
阿沙🌷
BL
αのイオに執着されているβのキバは最近、思うことがある。じゃれ合っているとイオが噛み付いてくるのだ。痛む傷跡にどことなく関係もギクシャクしてくる。そんななか、彼の悪癖の理由を知って――。
✿オメガバースもの掌編二本作。
(『ride』は2021年3月28日に追加します)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる