12 / 42
オートモード
2 栄養不足
しおりを挟む
「ルノン、昨日言ってたダンス大会のことなんだけど。――俺と一緒に踊ってくれないか」
登校するなりビィくんに捕まった。真剣なビィくんと、まわりでニヤニヤ見守るクラスの子たち。苦手な雰囲気だが、毅然とした対応をしなくては。おとなとして!
「あのね、ビィくん。昨日も言った通り僕はとてもダンスがヘタだし、それに」
「ヘタとかそんなん。どうでもいいから!」
ビィくんは僕の言葉を遮るように大きな声を出した。そうかと思えばうつむいてしまう。
え? 泣いちゃう? 泣かせちゃう?
「ビィくん、ごめんね。僕、つがいがいるんだよ。だから、踊るわけにはいかない」
「なんで?」
まさかの外野からのツッコミが入った。
「つがいがいたって、ダンスくらいできるだろ」
「なんでって、ダンスは求愛なんだよね?」
ミラロゥ以外と踊るなんて、僕には考えられない。だけど、周りの子を含め、ビィくんもポカンとしている。
「別に求愛だけじゃないだろ。お祝いだって、葬式だって、いや、なんにもなくても踊るだろ」
「そ、そうなんだ……」
僕の中でダンスのハードルがすこし下がり、同時に難易度がギュンと上がった。
それだけダンスが身近ということは、この子たちだってかなりの踊り手ということだろう。なおのこと気が引ける。
「つがいっていうけどさ」
「え?」
「それ、まさか昨日のおっさんじゃないよな」
おっさん!? あんなイケメン捕まえてなんてことを。だが、ビィくんはまだ十二歳だ。大人はみんな大人だよな。
「おっさんではないけど、昨日一緒にいた人で間違いないよ」
「騙されてるんじゃないのか」
「なにが?」
「だってルノンはまだ子供じゃないか!」
「やっぱりかんちがいしてる! ビィくん僕、もうすぐ二十三歳になるんだよ」
話を聞いてたほかの子たちまで「え!?」「うそだろ」とざわめいている。そんなにか。
「ごめんね、紛らわしいことして。十八歳くらいに見えてたんだろうけど」
「いや、ビィと同じくらいだと」
「なあ」
「んなわけないだろ!?」
ガバッと外野に突っ込むが、当のビィくんにまでショックを受けてる。
「二十三歳? 十三歳じゃなく?」
「え? ちょっと待って。じゃあ先生ってショタコン疑惑かけられてんの!?」
「ルノン! 百歩譲ってそれが本当だとして」
ショタコンが!?
「やっぱりルノンにあの人は似合わないよ」
ビィくんは言い捨てて、教室に入ってしまった。すぐに教師もやってきて、授業が始まるが、さすがにぜんぜん集中できなかった。
僕の感覚からすれば、僕のほうこそミラロゥのイケメンぷりに釣り合わないと思うのだけど、そこはアルファとオメガのことなんだし、他人にどうこう言われる筋合いはないと思うんだ。
それに僕はもう、誰が相手だろうが譲る気はない。先生のつがいの座は僕のものだ!
脳内で華麗にダンスを決めて、僕はたちまち恥ずかしくなった。
「とにかく一度、俺のダンスを見てくれないか」
放課後、僕は再びビィくんに捕まっていた。
見てもわからないと思うけど。――という気持ちは胸に収める。僕の気持ちはどうあれ、このままでは彼も引くに引けないのだろう。
「わかった。見るだけなら」
子供たちは、狭い校庭にプレーヤーを持ち込んだ。男性ボーカルの伸びやかな歌声が流れ出す。
外野の子たちが「わあ!」「俺もこれ好き!」などと盛り上がっている。
それに合わせて踊るビィくんは、とにかく可愛かった。子供らしいキビキビした動きとか、ちゃんと僕が見てるかどうか、チラチラ確認してくるところとか。
「わー! カワイイ!」
喜びのあまり拍手をしてしまった。どよめきが聞こえて、僕は我に返る。
この国で拍手と言えば、お断りの意味だ。
音楽がまだなっている中、ビィくんが棒立ちになって僕を見ていた。彼の口元がわずかに震えているのに気づいた僕は、「違うんだ!」と叫んだ。
「ごごごごごめんビィくん」
「いいんだルノン。途中で遮っちゃうくらい、俺のダンスがイヤだったってことだろ?」
「違うんだって! 僕の住んでた国じゃ、拍手の意味が違うんだ。称賛なんだよ!」
気をつけてはいるんだけど、興奮に紐づいた衝動はなかなか抜けてくれない。僕は大いに焦った。
「だから、つまり、ダンスは良かったよ。うん、とってもカワ、カッコよかった!」
ビィくんは泣きそうなのを必死でこらえている。
いままで何度も、拍手で求愛を断ってきたのに、僕は本当に浅はかだ。
「本当にごめん。許さなくていい。ただ、わざとじゃないってことだけでも、信じてほしいんだ」
「……いいよ、許しても」
呆れたようにビィくんがため息をつく。ホッとしたのはつかの間だ。ビィくんは「そのかわり」と付け加えた。
「俺と踊ってくれるなら」
おぐう。
困ったことになった。ミラロゥにはダンス大会なんて出ないとキッパリ言ってしまい、なのにビィくんの誘いを断りそこねた。いわゆる板挟みというヤツだ。
こんなとき僕はいつも、誰かに相談するよりもマンガに正解を求める。
僕は家に帰るとゴロゴロしながらマンガと向き合った。だが、どうもいま持ってる分じゃ足りないみたいだ。
そうやっぱり、新しい物語に出会うことでしか摂取できない栄養があるんだ!
「ううう、新刊……」
僕はふらふらと外に出て、バス停の前で佇んだ。
間に合っちゃうんだよね、行くだけなら。だけど帰る手段がなくなる。
あたりはすでに真っ暗だ。街灯も、車の数も僕の知っている街よりもずっと少ない。首筋をなでる風が思ったよりも冷たくて、帰らなきゃと思うのに、僕はその場から動けなかった。
ミラロゥはかなりの心配性だ。バスに乗ることさえ嫌がるのは、正直いきすぎだと思う。
この国で暮らしてみたからわかるんだ。ここは、そこまで危険じゃない。
だって、揉めたらまずは踊ろうっていうんだよ? 陽気で温かくて、みんないい人だ。
バスくらい、なんてことないはずだろ?
スイカ男みたいに、ちょっとしつこい男もいるけれど、求愛を断るなら拍手をすればいいだけだ。
――拍手。で、ビィくんを連想してため息が出る。
ぐるぐる迷っているうちに、バスが来てしまった。
登校するなりビィくんに捕まった。真剣なビィくんと、まわりでニヤニヤ見守るクラスの子たち。苦手な雰囲気だが、毅然とした対応をしなくては。おとなとして!
「あのね、ビィくん。昨日も言った通り僕はとてもダンスがヘタだし、それに」
「ヘタとかそんなん。どうでもいいから!」
ビィくんは僕の言葉を遮るように大きな声を出した。そうかと思えばうつむいてしまう。
え? 泣いちゃう? 泣かせちゃう?
「ビィくん、ごめんね。僕、つがいがいるんだよ。だから、踊るわけにはいかない」
「なんで?」
まさかの外野からのツッコミが入った。
「つがいがいたって、ダンスくらいできるだろ」
「なんでって、ダンスは求愛なんだよね?」
ミラロゥ以外と踊るなんて、僕には考えられない。だけど、周りの子を含め、ビィくんもポカンとしている。
「別に求愛だけじゃないだろ。お祝いだって、葬式だって、いや、なんにもなくても踊るだろ」
「そ、そうなんだ……」
僕の中でダンスのハードルがすこし下がり、同時に難易度がギュンと上がった。
それだけダンスが身近ということは、この子たちだってかなりの踊り手ということだろう。なおのこと気が引ける。
「つがいっていうけどさ」
「え?」
「それ、まさか昨日のおっさんじゃないよな」
おっさん!? あんなイケメン捕まえてなんてことを。だが、ビィくんはまだ十二歳だ。大人はみんな大人だよな。
「おっさんではないけど、昨日一緒にいた人で間違いないよ」
「騙されてるんじゃないのか」
「なにが?」
「だってルノンはまだ子供じゃないか!」
「やっぱりかんちがいしてる! ビィくん僕、もうすぐ二十三歳になるんだよ」
話を聞いてたほかの子たちまで「え!?」「うそだろ」とざわめいている。そんなにか。
「ごめんね、紛らわしいことして。十八歳くらいに見えてたんだろうけど」
「いや、ビィと同じくらいだと」
「なあ」
「んなわけないだろ!?」
ガバッと外野に突っ込むが、当のビィくんにまでショックを受けてる。
「二十三歳? 十三歳じゃなく?」
「え? ちょっと待って。じゃあ先生ってショタコン疑惑かけられてんの!?」
「ルノン! 百歩譲ってそれが本当だとして」
ショタコンが!?
「やっぱりルノンにあの人は似合わないよ」
ビィくんは言い捨てて、教室に入ってしまった。すぐに教師もやってきて、授業が始まるが、さすがにぜんぜん集中できなかった。
僕の感覚からすれば、僕のほうこそミラロゥのイケメンぷりに釣り合わないと思うのだけど、そこはアルファとオメガのことなんだし、他人にどうこう言われる筋合いはないと思うんだ。
それに僕はもう、誰が相手だろうが譲る気はない。先生のつがいの座は僕のものだ!
脳内で華麗にダンスを決めて、僕はたちまち恥ずかしくなった。
「とにかく一度、俺のダンスを見てくれないか」
放課後、僕は再びビィくんに捕まっていた。
見てもわからないと思うけど。――という気持ちは胸に収める。僕の気持ちはどうあれ、このままでは彼も引くに引けないのだろう。
「わかった。見るだけなら」
子供たちは、狭い校庭にプレーヤーを持ち込んだ。男性ボーカルの伸びやかな歌声が流れ出す。
外野の子たちが「わあ!」「俺もこれ好き!」などと盛り上がっている。
それに合わせて踊るビィくんは、とにかく可愛かった。子供らしいキビキビした動きとか、ちゃんと僕が見てるかどうか、チラチラ確認してくるところとか。
「わー! カワイイ!」
喜びのあまり拍手をしてしまった。どよめきが聞こえて、僕は我に返る。
この国で拍手と言えば、お断りの意味だ。
音楽がまだなっている中、ビィくんが棒立ちになって僕を見ていた。彼の口元がわずかに震えているのに気づいた僕は、「違うんだ!」と叫んだ。
「ごごごごごめんビィくん」
「いいんだルノン。途中で遮っちゃうくらい、俺のダンスがイヤだったってことだろ?」
「違うんだって! 僕の住んでた国じゃ、拍手の意味が違うんだ。称賛なんだよ!」
気をつけてはいるんだけど、興奮に紐づいた衝動はなかなか抜けてくれない。僕は大いに焦った。
「だから、つまり、ダンスは良かったよ。うん、とってもカワ、カッコよかった!」
ビィくんは泣きそうなのを必死でこらえている。
いままで何度も、拍手で求愛を断ってきたのに、僕は本当に浅はかだ。
「本当にごめん。許さなくていい。ただ、わざとじゃないってことだけでも、信じてほしいんだ」
「……いいよ、許しても」
呆れたようにビィくんがため息をつく。ホッとしたのはつかの間だ。ビィくんは「そのかわり」と付け加えた。
「俺と踊ってくれるなら」
おぐう。
困ったことになった。ミラロゥにはダンス大会なんて出ないとキッパリ言ってしまい、なのにビィくんの誘いを断りそこねた。いわゆる板挟みというヤツだ。
こんなとき僕はいつも、誰かに相談するよりもマンガに正解を求める。
僕は家に帰るとゴロゴロしながらマンガと向き合った。だが、どうもいま持ってる分じゃ足りないみたいだ。
そうやっぱり、新しい物語に出会うことでしか摂取できない栄養があるんだ!
「ううう、新刊……」
僕はふらふらと外に出て、バス停の前で佇んだ。
間に合っちゃうんだよね、行くだけなら。だけど帰る手段がなくなる。
あたりはすでに真っ暗だ。街灯も、車の数も僕の知っている街よりもずっと少ない。首筋をなでる風が思ったよりも冷たくて、帰らなきゃと思うのに、僕はその場から動けなかった。
ミラロゥはかなりの心配性だ。バスに乗ることさえ嫌がるのは、正直いきすぎだと思う。
この国で暮らしてみたからわかるんだ。ここは、そこまで危険じゃない。
だって、揉めたらまずは踊ろうっていうんだよ? 陽気で温かくて、みんないい人だ。
バスくらい、なんてことないはずだろ?
スイカ男みたいに、ちょっとしつこい男もいるけれど、求愛を断るなら拍手をすればいいだけだ。
――拍手。で、ビィくんを連想してため息が出る。
ぐるぐる迷っているうちに、バスが来てしまった。
30
お気に入りに追加
66
あなたにおすすめの小説
その溺愛は伝わりづらい!気弱なスパダリ御曹司にノンケの僕は落とされました
海野幻創
BL
人好きのする端正な顔立ちを持ち、文武両道でなんでも無難にこなせることのできた生田雅紀(いくたまさき)は、小さい頃から多くの友人に囲まれていた。
しかし他人との付き合いは広く浅くの最小限に留めるタイプで、女性とも身体だけの付き合いしかしてこなかった。
偶然出会った久世透(くぜとおる)は、嫉妬を覚えるほどのスタイルと美貌をもち、引け目を感じるほどの高学歴で、議員の孫であり大企業役員の息子だった。
御曹司であることにふさわしく、スマートに大金を使ってみせるところがありながら、生田の前では捨てられた子犬のようにおどおどして気弱な様子を見せ、そのギャップを生田は面白がっていたのだが……。
これまで他人と深くは関わってこなかったはずなのに、会うたびに違う一面を見せる久世は、いつしか生田にとって離れがたい存在となっていく。
【続編】
「その溺愛は行き場を彷徨う……気弱なスパダリ御曹司は政略結婚を回避したい」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/962473946/911896785
完結·助けた犬は騎士団長でした
禅
BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。
ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。
しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。
強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ……
※完結まで毎日投稿します
俺にとってはあなたが運命でした
ハル
BL
第2次性が浸透し、αを引き付ける発情期があるΩへの差別が医療の発達により緩和され始めた社会
βの少し人付き合いが苦手で友人がいないだけの平凡な大学生、浅野瑞穂
彼は一人暮らしをしていたが、コンビニ生活を母に知られ実家に戻される。
その隣に引っ越してきたαΩ夫夫、嵯峨彰彦と菜桜、αの子供、理人と香菜と出会い、彼らと交流を深める。
それと同時に、彼ら家族が頼りにする彰彦の幼馴染で同僚である遠月晴哉とも親睦を深め、やがて2人は惹かれ合う。
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
異世界転移で、俺と僕とのほっこり溺愛スローライフ~間に挟まる・もふもふ神の言うこと聞いて珍道中~
戸森鈴子 tomori rinco
BL
主人公のアユムは料理や家事が好きな、地味な平凡男子だ。
そんな彼が突然、半年前に異世界に転移した。
そこで出逢った美青年エイシオに助けられ、同居生活をしている。
あまりにモテすぎ、トラブルばかりで、人間不信になっていたエイシオ。
自分に自信が全く無くて、自己肯定感の低いアユム。
エイシオは優しいアユムの料理や家事に癒やされ、アユムもエイシオの包容力で癒やされる。
お互いがかけがえのない存在になっていくが……ある日、エイシオが怪我をして!?
無自覚両片思いのほっこりBL。
前半~当て馬女の出現
後半~もふもふ神を連れたおもしろ珍道中とエイシオの実家話
予想できないクスッと笑える、ほっこりBLです。
サンドイッチ、じゃがいも、トマト、コーヒーなんでもでてきますので許せる方のみお読みください。
アユム視点、エイシオ視点と、交互に視点が変わります。
完結保証!
このお話は、小説家になろう様、エブリスタ様でも掲載中です。
※表紙絵はミドリ/緑虫様(@cklEIJx82utuuqd)からのいただきものです。
トップアイドルα様は平凡βを運命にする
新羽梅衣
BL
ありきたりなベータらしい人生を送ってきた平凡な大学生・春崎陽は深夜のコンビニでアルバイトをしている。
ある夜、コンビニに訪れた男と目が合った瞬間、まるで炭酸が弾けるような胸の高鳴りを感じてしまう。どこかで見たことのある彼はトップアイドル・sui(深山翠)だった。
翠と陽の距離は急接近するが、ふたりはアルファとベータ。翠が運命の番に憧れて相手を探すために芸能界に入ったと知った陽は、どう足掻いても番にはなれない関係に思い悩む。そんなとき、翠のマネージャーに声をかけられた陽はある決心をする。
運命の番を探すトップアイドルα×自分に自信がない平凡βの切ない恋のお話。
モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中
risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。
任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。
快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。
アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——?
24000字程度の短編です。
※BL(ボーイズラブ)作品です。
この作品は小説家になろうさんでも公開します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる