ダンシング・オメガバース

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2 栄養不足

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「ルノン、昨日言ってたダンス大会のことなんだけど。――俺と一緒に踊ってくれないか」

 登校するなりビィくんに捕まった。真剣なビィくんと、まわりでニヤニヤ見守るクラスの子たち。苦手な雰囲気だが、毅然とした対応をしなくては。おとなとして!

「あのね、ビィくん。昨日も言った通り僕はとてもダンスがヘタだし、それに」
「ヘタとかそんなん。どうでもいいから!」
 ビィくんは僕の言葉を遮るように大きな声を出した。そうかと思えばうつむいてしまう。
 え? 泣いちゃう? 泣かせちゃう?

「ビィくん、ごめんね。僕、つがいがいるんだよ。だから、踊るわけにはいかない」
「なんで?」
 まさかの外野からのツッコミが入った。

「つがいがいたって、ダンスくらいできるだろ」
「なんでって、ダンスは求愛なんだよね?」
 ミラロゥ以外と踊るなんて、僕には考えられない。だけど、周りの子を含め、ビィくんもポカンとしている。

「別に求愛だけじゃないだろ。お祝いだって、葬式だって、いや、なんにもなくても踊るだろ」
「そ、そうなんだ……」

 僕の中でダンスのハードルがすこし下がり、同時に難易度がギュンと上がった。
 それだけダンスが身近ということは、この子たちだってかなりの踊り手ということだろう。なおのこと気が引ける。

「つがいっていうけどさ」
「え?」
「それ、まさか昨日のおっさんじゃないよな」

 おっさん!? あんなイケメン捕まえてなんてことを。だが、ビィくんはまだ十二歳だ。大人はみんな大人だよな。

「おっさんではないけど、昨日一緒にいた人で間違いないよ」
「騙されてるんじゃないのか」
「なにが?」
「だってルノンはまだ子供じゃないか!」
「やっぱりかんちがいしてる! ビィくん僕、もうすぐ二十三歳になるんだよ」

 話を聞いてたほかの子たちまで「え!?」「うそだろ」とざわめいている。そんなにか。

「ごめんね、紛らわしいことして。十八歳くらいに見えてたんだろうけど」
「いや、ビィと同じくらいだと」
「なあ」
「んなわけないだろ!?」

 ガバッと外野に突っ込むが、当のビィくんにまでショックを受けてる。
「二十三歳? 十三歳じゃなく?」
「え? ちょっと待って。じゃあ先生ってショタコン疑惑かけられてんの!?」

「ルノン! 百歩譲ってそれが本当だとして」
 ショタコンが!?
「やっぱりルノンにあの人は似合わないよ」
 ビィくんは言い捨てて、教室に入ってしまった。すぐに教師もやってきて、授業が始まるが、さすがにぜんぜん集中できなかった。

 僕の感覚からすれば、僕のほうこそミラロゥのイケメンぷりに釣り合わないと思うのだけど、そこはアルファとオメガのことなんだし、他人にどうこう言われる筋合いはないと思うんだ。
 それに僕はもう、誰が相手だろうが譲る気はない。先生のつがいの座は僕のものだ!

 脳内で華麗にダンスを決めて、僕はたちまち恥ずかしくなった。



「とにかく一度、俺のダンスを見てくれないか」
 放課後、僕は再びビィくんに捕まっていた。
 見てもわからないと思うけど。――という気持ちは胸に収める。僕の気持ちはどうあれ、このままでは彼も引くに引けないのだろう。
「わかった。見るだけなら」

 子供たちは、狭い校庭にプレーヤーを持ち込んだ。男性ボーカルの伸びやかな歌声が流れ出す。
 外野の子たちが「わあ!」「俺もこれ好き!」などと盛り上がっている。

 それに合わせて踊るビィくんは、とにかく可愛かった。子供らしいキビキビした動きとか、ちゃんと僕が見てるかどうか、チラチラ確認してくるところとか。

「わー! カワイイ!」

 喜びのあまり拍手をしてしまった。どよめきが聞こえて、僕は我に返る。
 この国で拍手と言えば、お断りの意味だ。
 音楽がまだなっている中、ビィくんが棒立ちになって僕を見ていた。彼の口元がわずかに震えているのに気づいた僕は、「違うんだ!」と叫んだ。

「ごごごごごめんビィくん」
「いいんだルノン。途中で遮っちゃうくらい、俺のダンスがイヤだったってことだろ?」
「違うんだって! 僕の住んでた国じゃ、拍手の意味が違うんだ。称賛なんだよ!」

 気をつけてはいるんだけど、興奮に紐づいた衝動はなかなか抜けてくれない。僕は大いに焦った。

「だから、つまり、ダンスは良かったよ。うん、とってもカワ、カッコよかった!」
 ビィくんは泣きそうなのを必死でこらえている。
 いままで何度も、拍手で求愛を断ってきたのに、僕は本当に浅はかだ。

「本当にごめん。許さなくていい。ただ、わざとじゃないってことだけでも、信じてほしいんだ」
「……いいよ、許しても」

 呆れたようにビィくんがため息をつく。ホッとしたのはつかの間だ。ビィくんは「そのかわり」と付け加えた。
「俺と踊ってくれるなら」
 おぐう。

 困ったことになった。ミラロゥにはダンス大会なんて出ないとキッパリ言ってしまい、なのにビィくんの誘いを断りそこねた。いわゆる板挟みというヤツだ。
 こんなとき僕はいつも、誰かに相談するよりもマンガに正解を求める。

 僕は家に帰るとゴロゴロしながらマンガと向き合った。だが、どうもいま持ってる分じゃ足りないみたいだ。
 そうやっぱり、新しい物語に出会うことでしか摂取できない栄養があるんだ! 

「ううう、新刊……」

 僕はふらふらと外に出て、バス停の前で佇んだ。
 間に合っちゃうんだよね、行くだけなら。だけど帰る手段がなくなる。
 あたりはすでに真っ暗だ。街灯も、車の数も僕の知っている街よりもずっと少ない。首筋をなでる風が思ったよりも冷たくて、帰らなきゃと思うのに、僕はその場から動けなかった。

 ミラロゥはかなりの心配性だ。バスに乗ることさえ嫌がるのは、正直いきすぎだと思う。
 この国で暮らしてみたからわかるんだ。ここは、そこまで危険じゃない。
 だって、揉めたらまずは踊ろうっていうんだよ? 陽気で温かくて、みんないい人だ。
 バスくらい、なんてことないはずだろ?

 スイカ男みたいに、ちょっとしつこい男もいるけれど、求愛を断るなら拍手をすればいいだけだ。
 ――拍手。で、ビィくんを連想してため息が出る。

 ぐるぐる迷っているうちに、バスが来てしまった。
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