ダンシング・オメガバース

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1 ダンス大会があるらしい

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「当校には十二歳から十八歳までのオメガやベータが通っています。中には、まだバース性の決まらない子もいますが、アルファとわかった時点で転校となりますので、ご安心いただけるかと」

 校長先生は穏やかに説明してくれたけど、心配したのはそこじゃない。
「あの僕、もうすぐ二十三歳になるんですけど……」
 ああ、と校長先生は頷いて笑顔で請け負った。
「ルノンさんは異世界のかたということで、特例です。それに……、問題なくなじめると思いますよ」

 どういう意味だよ。って突っ込んでやりたいのは山々だけど。口を引き結んだ。
 日本に住んでいたころ、童顔なんて言われたことないんだけどね。彼女の目にはどうの十八歳くらいに映るらしい。

 とはいえ僕は大人なので、そんなことでは怒らないのだ。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
 僕は日本式に深々と頭を下げた。

 異世界転移した僕は、この国の言葉を聞き取れるし読むこともできる。だけど、書くまではサポートも適用外らしい。
 だったら、どうせだから歴史や文化も学んじゃおう。そんなわけで学校に通うことになったのだ。異世界人でありオメガでもある僕の就職先がなかなか決まらないという理由もある。

 つらいのは子供に混じることじゃない。僕がいちばん年上だと、誰からも思われてなさそうなところだ。
 高校卒業資格に当たるものを一刻も早く勝ち取らなくては。

 やる気を燃やして教科書をパラパラめくっていたら、クラスで最年少のビィくんが僕のノートをさっと取りあげた。

「相変わらず汚ねえ字だな、ルノン」
 彼は初日から、僕に対抗意識を燃やしている。可愛いなあと僕はニコニコしてしまう。十歳も離れていれば、なにを言われても可愛いしかない。

「そう? ビィくんのとそんなに変わらないと思うけど」
「んなわけないだろ! 俺のほうが上達した! ほら、見ろ!」
「そうだねえ、上達したねえ」
「ほ、本気で思ってねえだろ」

 疑いつつも、照れて黙り込んじゃうあたりがまたかわいい。ほわほわしてしまう。
 そんな彼も授業が始まると驚くほどの集中を見せる。ただ漫然と聞いているだけじゃない。「なぜ」「どうして」を突き詰めて、納得するまで考えるんだよ。地頭がいいってこういう子のことを言うのかな。僕もがんばろっと。

 授業が終われば楽しみも待っている。
 今日、ミラロゥは早上がりの日で、一緒に外食の約束しているのだ。
 僕のつがいであるミラロゥは当然のように料理が上手い。イケメンで、踊る姿が最高に格好良くて、面倒見がいい。

 そりゃもう理想的なスパダリ攻め様なのだ。そして彼が選ぶ店もまたクオリティが高い。楽しみだ。

「なにニヤニヤしてるんだよ」
 たまたま帰り道が一緒になったビィくんがイヤそうにつぶやいた。

「これからデートなんだ。今から楽しみで」
「は? なんだよそれ。冗談だろ?」
「なんで冗談なんだよ。あのね、ビィくん、恥ずかしいから言ってないけど、こう見えて僕は君が思ってるよりもずっと大人なんだよ。いや、鼻で笑わなくても……」

 え、ヤダなビィくん。まさか僕のこと同じ年くらいって思ってないよね?
 イヤな予感からそっと目をそらす。いやいや、十二歳はないよ。そりゃ身長差はそれほどないけど、ビィくんの発育が良すぎるだけだろ。

「それよりさあ」
「うん?」
「来月のダンス大会のことなんだけどさ」
「ダンス大会!? そんなものが……」

 僕は恐れおののいた。なにせダンスで求愛する国である。国民皆ダンサー。年がら年中踊っているような人たちがわざわざ大会と称すからにはすさまじいに違いない。

「ゆ、優勝者を決めたりするの? それともみんなで踊るの?」
「は? 知らねえの? ナンバーワンを決めるんだよ! あちこちから上手い奴がいっぱいくるんだぞ」
「ほああ。そうなんだ」

 僕は感心してみせたが、実のところ優劣なんてわかるはずもない。僕のジャッジじゃ優勝は先生って決まってるし。

 僕はじゃっかん引いてしまったが、ビィくんは興奮気味に色々教えてくれた。
 大会は予選、本選とあって、最終日にメインステージでファイナリストがダンスバトルをするそうだ。
 それ以外にも誰でも参加できるフリーステージが市内にいくつも設置されて、大騒ぎになるという。

「ルノンも踊るだろ?」
「いや、僕はせいぜい見学かな」
「なんで? ルノンってオメガなんだろ? めっちゃ踊れそうなのに」
「なに見てそう思ったの? 僕のダンスなんてこうだよ、こう」

 証拠を見せようと、僕は肘を折り曲げてくねくねして見せた。するとビィくんは顔を赤くして怒った。
「なんだよそれ、まじめにやれよ!」
 いたって真面目なんだけど。

 そのとき、「ルノン!」と背後から僕を呼ぶ声がした。やけに焦っている気がして、僕も慌てて振り返る。
「迎えが来たからもう行くね。またね!」

 ミラロゥのもとに駆け寄ると、彼はなにやら眉を寄せている。
 不思議に思って視線の先を追うと、ビィくんがまだこちらを見ていた。手を振っていたら、ぬっと長い指が僕の視界を遮った。

 場所をレストランに変え、ミラロゥはやんわりと切り出した。
「あの子となにを話していたんだ?」
「えと、だんす、たいかい?」

 僕はカタコトで答えた。
 僕が普段しゃべる言葉は、自動翻訳されている。別にそれで不便はないのだが、せっかく勉強を始めたわけだし、どうせならこっちの言葉で話したいと僕は考えた。翻訳じゃ、微妙なニュアンスが伝わらないように思うんだよ。

 だけど、意識的にこちらの言葉でしゃべろうとすると、すごく難しかった。「ミラロゥ」を「みらろ」としか呼べないのはつまりそういうことらしい。

 わけを話して、ミラロゥにはときどきこうして練習に付き合ってもらっている。快諾どころか、ほかの人を混乱させないように、こっそり二人だけで練習しようと提案までしてくれたから、やっぱり面倒なことが好きなんだろうな。

「ダンス大会か。言われてみればそんな時期か」
 ミラロゥは長らく踊れずにいたから、むしろ避けていた話題なのかもしれない。眉をよせ、微妙な顔をしていた。

「びぃくんが――」

 そのまま言葉の練習を続けようかと思ったが、ミラロゥの様子を盗み見た僕は、こりゃ早めに説明したほうが良さそうだなと、再び自動翻訳のお世話になることにした。
 なんか、冷ややかなんだよね。

「いま一緒にいた子なんだけど、僕のことダンスがうまそうだなんてヒドイ誤解をしてたから、ヘタだってこと早めに見せといたほうがいいかなって」
「……へえ?」

 なんでさらに不機嫌になるかな。子供相手に嫉妬しているわけでもあるまいし。
「踊るなんて言わないよな?」
「まさか! 先生は僕を笑いものにしたいの。先生が踊るんなら見に行くけど」
「それこそまさかだ」

 話はいったんそれで終了したのだが、次の日にフリースクールに行くと、ちょっと面倒なことになっていた。
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