ダンシング・オメガバース

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ダンスのあとで

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 知らなかった。先生が、こんなキスをするなんて。
 いつもの余裕をどっかに置き忘れたみたいだ。玄関先でいきなりむさぼり食われてしまった。
 もっとこう、大人の余裕みたいな態度で優しくエスコートされるのかと思ってた。ラットを起こしたみたいと言えば、大げさかな。
 一応は手加減されているみたいだし。その証拠に、ミラロゥはキスをしながら時々、相手を確認するように僕を見おろす。

 でもその顔がダメなんだ。
 吐息が、頬を包み込む手のひらが、まなざしが熱い。色っぽすぎて、僕は抵抗する気をなくしてしまう。
 なんて、そんな気もともとないんだけど。

「好きだ、ルノン。こんな情けない私を好きになってくれてありがとう」
 すこし泣きそうな顔で、先生が僕に言う。

「もう逃げないでね。情けなくても、先生のこと嫌いになんてなれそうもないけど」
 僕の軽口にますます泣きそうな顔になったあと、ミラロゥは慈しむような柔らかなキスをした。とろけてしまいそうだ。






 いつのまにか眠ってしまっていたようだ。目が覚めると、僕はミラロゥの腕の中だった。
 彼はすぐに僕の目覚めに気付いて、優しく額に口づけた。
 うっとりとその口づけを受けていた僕だけど、途中でハッと我に返る。

「え!? いま何時? バスの時間!」
 身を起こそうとしたけれど、体に力が入らなかった。
 すこし焦る。

「……ルノン。まさかきみ、今日帰るつもりだったのか? バスに乗って?」
 ミラロゥの声がかすれていることには気づいたけれど、僕はバスのことに気をとられていた。
「うん。着替えもないし、薬も結局受け取りそびれたから。え、だって。日に二本しかないんだよね……?」
 しりすぼみになってしまったのは、ミラロゥがなにやら頭を抱えてしまったからだ。
「先生?」

「本当に、きみをあのまま一人にしないでよかった。死ぬほど後悔するところだった」
 具合が悪いのかと心配したがそうではないようだ。僕を見おろすミラロゥは、出来の悪い生徒に言い聞かせる教師みたいだった。

「いいかい、ルノン。きみは今日、求愛のダンスを踊ったんだ」
「うん」
「まだそのフェロモンが残っている。そんな状態でひとりでウロウロしてみろ。街中のアルファが踊り出すぞ」
「そんな大げさな」
「いや、きみがその様子ではベータだって踊りかねない」
「もう、先生の匂いが染み付いているんじゃない?」

「においだけで、牽制になんてなるもんか。――いまはまだ。むしろ、上書きしたくてたまらなくなるだろうな」
「うわがき……?」
 僕は青ざめた。ミラロゥは微笑んで僕の頭を撫でる。
「心配しなくても明日、責任を持って送っていく」
 なんでもミラロゥはこっちに越してきて車を買ったそうだ。少々自慢げだった。

「薬を受け取って、ついでに荷物も取りに行こう。ああ、そうだ。きみの着替えなら、さっき買っておいたから心配いらないよ」
「え?」
「ついでに役所にも、しばらくルノンを預かると連絡を入れておいたから」
「ん!?」
「暮らすだろ、このままうちで」
「先生って、決めたら早いよね!?」
「嫌か?」

 心配そうに、ミラロゥが僕の顔を覗き込む。
「嫌じゃないけど。先生ってやっぱアルファなんだなって、今ものすごく納得してるとこ」

 僕はあきれ顔をしたはずなんだけど、ミラロゥはなぜか誇らしげに、僕を抱き寄せた。
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