あやかしの押しかけ婿と暮らしています!

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番外編

夏祭り

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「うわ、今日祭りだっけ」
 普段よく使う道に、ずらりと屋台が並ぶのを見て俺はくるりと方向転換した。
「行かないんですか、いい匂いがしますよ」

 一緒に歩いていたルラが気を引かれているのを見て、さっさと通り過ぎようとした俺の足も鈍る。
 確かに甘い匂いや香ばしい匂いが漂ってきて絶妙に腹が空く。
 だけど俺は、屋台の隙間や人混みに紛れて、あやかしが潜んでいるんじゃないかってちょっと怖いのだ。いまはちょうど夕暮れ時で、ますますそんな雰囲気があった。

「うまそう……だけどさ」
 ふっと頭をよぎるのは子供のころのことだ。あやかしどもに足を掛けられ、親とはぐれて大泣きしたことがある。

「おや、誰かお忘れじゃないですか?」
「トマソン?」
「僕ですよ僕! なんでそんな意地の悪いこと言うんですか!」

「いや、親とはぐれてトマソンが見つけてくれたことあったなあって思いだして」
「そのときのことは、苫原さんに感謝しましょう。僕のいないとき、よくぞハニーを守ってくれました。ですが今、となりにいるのは誰です? この僕が! 幼いハニーの恐怖体験をよき思い出に上書きしたいと思うのです。いかが!」

「プレゼンされてる? まあ、そうだな。ルラがいるんだもんな」
「そうです。ハニーの身の安全は保障します」
「なら行ってみっか」
「はい! では、はぐれるといけないので」

 お決まりのセリフで手を握ったルラは、「点灯しておきますね」と付け加え、手をピカピカ光らせた。

 俺はあやかし全般が苦手だけど、ルラだけは特別だ。こいつは、面白いばっかでちっとも怖くない。
「なんでだよ」
 声を立てて笑ってしまえば、おどろおどろしく見えていた屋台の列も、ただただ面白そうとしか思えない。

「俺、フレンチドッグ食べたい」
「いいですね。あ、たこ焼きはどうですか?」
「食べる」
「ハニー、りんご飴似合いすぎますね」
「ルラは似合わない。アレとか、アレなら似合いそうじゃねえ?」

 俺が指さしたのは金魚すくいと射的で、ルラはどっちも笑えるほど下手だった。金魚には全力で逃げられるし、射的はかすりもしない。

「レバー引いてから、コルクを詰めるんだよ。そのほうが良く飛ぶ」
 通りすがりのトマソンが、サラッと景品とって俺の手に置いてったもんだから、ルラが悔しがって大変だった。

 けどまあ、こういう時の扱いは簡単。
「るーら。手が寂しいな」
 なんてひらひらして見せれば、ルラはすぐにライフルを放り出す。

 二人で回れば、作り置きの冷めたたこ焼きだっておいしく感じる。
 つまり、結構はしゃいじゃったってこと。

 七時から花火もあるっていうんで、せっかくだから人混みに突っ込んでみた。
 行列はじれったいほどゆっくり進むし、湿度は高いし、ぶつからないように気を張らなきゃいけなくて疲れる。軽率にやって来たことを少々後悔しかけた。

 河川敷にたどり着き、奥のほうまで進めばようやく落ち着ける場所を見つけた。このまま立ち見ならなんとかなりそうだ。
 足を止めて空を見上げていると、ルラは俺をうしろからすっぽり包み込んだ。
「絶対、はぐれたくないので」
「うん、まあな。冷えてきたしな」

 水辺ということもあるのだろう、日が落ちれば風が冷たい。それにこれほど人が多ければ逆に知り合いと会うこともないだろうとか、暗いから平気だろうとかこすからいことを俺とは違い、ルラはどことなく誇らしげに俺の頭に顎を乗せた。

「ハニー、僕、こんな近くで花火をみるのって初めてです」
「俺も」
「苫原さんとは来たことないんですか」
「俺、夜遊びしねえし」
「そうですか」
「こら、顎でゴリゴリすんな」

 じゃれているうちに花火が始まった。
 下から扇状に光の柱が上がった瞬間は歓声をあげたルラだったが、次第に様子がおかしくなる。
 菊や牡丹が咲き乱れると音に合わせてビクビク震え始めた。

「ルラ……?」
「な、なんかすごく、今すぐ逃げ出したいです」
「なんで? あ、花火って邪気払いか!?」

 ルラがおびえるのを見て、悪いが笑ってしまった。
 だって、ものすごく意外だ。

「まだ始まったばかりだぞ。たぶん、これからもっと大きいのが上がる」
「ヒエッ」
「離れよっか」
「い、いえ。ハニーにくっついていれば、大丈夫なんで」

 ルラは言葉通り、俺をギューッと抱きしめた。
 立場が逆転したな。
「じゃあ、無理だって思ったら帰ろうな」
 ルラは頷かなかった。変な意地を張ってんな。

 ルラは料理と射的と金魚すくいと、でかい花火が苦手らしい。
 イケメンのくせに、女の子にキャーキャー言われているくせに、できないことが結構あるよな。
 それでホッとしてしまうのは性格が悪いだろうか。だけどどうしても頬が緩んでしまう。

「しかたねえな。今夜は俺が守っててやるよ」

 背後でルラがのけぞったような気配があった。ムッとしたのか意外だったのか、どちらにしてもすぐ笑いを含んだ声で、俺を優しく包みなおした。
「ハニー、かっこいい」
「まあな」

 花火の音は腹にずしんと落ちてくる。光に目を奪われる。
 たしかにすこし怖いかもしれない。この世のことではないみたいで。

 ふと、ルラの力が緩んだ気がしてこっそり見上げれば、彼はぽかんと口を開け、夜空を染めては消えていく大輪の花に見入っていた。
 なんだかんだで、結構楽しんでるじゃねえか。

「よかったな」
「え? なにか言いましたか」
 返事は誰かの叫び声に遮られてしまったので、身をかがめるルラの頭をなでてやった。

 いくつもの花火が空を埋めつくす圧巻のグランドフィナーレでは、周りと一緒になって俺たちもうわーっと声をあげた。楽しかった。

 花火が終われば、夢から覚めたようにぞろぞろと帰途につく人々を横目に、俺はルラに声をかけた。

「楽しかったか」
「はい!」
「もう怖くねえ?」
「一人なら逃げ出しますね。だから――」
「仕方ないな。また一緒に来ような」

 顔をくしゃっと歪ませて、ルラは照れくさそうにその笑顔を手で隠してしまう。
 可愛いやつ。
 帰りは俺が手を引いてやろう。
 花火に驚いてあやかしはみんな隠れてしまっただろうから、今の俺に怖いものはない。

 まんざらでもないのか、ルラ。
 ま、俺もだよ。

 ぼうっとした様子のルラを連れて、彼が余韻にじっくり浸れるよう、まぶたに浮かぶ光の余韻を壊さぬよう、ゆっくりと歩いた。



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