あやかしの押しかけ婿と暮らしています!

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12◆ルラの逡巡

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 行久ハニーの先祖は、優しくて、ズルい人だった。
 彼女は誰かに嫌われることを極端に恐れていた。だから誰にでも優しかった。お世辞と笑顔と嘘で固めていた。

 僕は人間ごっこがしたくて学校まで通ったクチなので、それがコミュニケーションを円滑にすすめるためのひとつの手段だと、いまでは理解している。あの頃の僕には嘘でもあの優しさが必要だったんだってことも。

 それでも彼女の場合は、少々行き過ぎていたようにも思う。なんせ、あやかしにまでそれをやっちゃったわけだから。
 優しくしてくれる彼女に。僕はまあ、執着した。子供だったし、ほかに拠り所もなかったから。

 寂しい人や、あやかしはみんな彼女にすり寄った。それでもあの頃は、のどかだった。あやかし同士の無駄な諍いもなかったし、僕らが彼女に向けていた視線は、情欲なんかじゃなかったから。

 なでて欲しいとか、話がしたいとか、彼女に微笑みかけて欲しいとか。そういうささやかな願いがすっかり変わってしまったのは、彼女に恋する人ができたからだ。
 彼女の恋人は、あやかしを嫌った。彼女は僕らを遠ざけるために、あの約束を持ち出したのだ。子孫に丸投げしたアレだ。

『私の孫やひ孫たちのなかに十八歳をすぎても身も心も清いままの者、結婚する相手もいないような者がいたのなら、その人の婿になりなさい』

 清いとはどういうことなのか、なにをすれば、清らかじゃなくなるのか。彼女自身が教えてくれた。
 あやかしたちは彼女の目合いセックスを目にして、はじめてそれを知ったのだ。
 人間の婿になれば、あの男が彼女にしているようなことが許されるのだと。彼女を独占できるのだと。

 僕はと言えば、そのときには幼すぎてよく理解できなかった。見ていて面白いものだとも思えなかった。その意味を本当の意味で知ったのは、人間のフリをはじめてからだ。
 あんな行為をハニーに!?
 それにすぐ、問題に気がついた。僕も男で、彼も男だぞって。

 だったら、そんなハレンチなことは考えず、ただハニーを見守ろうと最初は考えた。
 彼が成熟してないことも、男女の違いも理解していないようなヤツらが、いかがわしい行為に及ぼうとしたときは、必死に戦った。

 僕は弱くていつもボロ負けで、結局ハニーを助けるのは、いつもハニーのとなりにいる男の子だった。それが悔しくてたまらなかった。
 あやかしたちに拳で勝てるようになってからも、ハニーを見守るって気持ちに変わりはなかった。

 転機が訪れたのは、彼がその手の店に誘われたときだ。
 僕が阻止するまでもなく、ハニーは店から追い出されたけど、問題はそのあとだった。
 ハニーが自分で慰めているところを、僕は目撃してしまったんだ。彼女のときは、なんか汚いなとまで思ったのに、ハニーから目をそらすことができなかった。すこし上気した頬や、次第にとろける瞳、重たく悩まし気な息とともに吐き出された白濁。

 こんなハニーは、誰にも見せたくない。
 見守るだけじゃ足りなくなった。長いあいだ彼を見つめ、彼を知るうちに、僕はとっくにハニーを自分のものにしたいって思ってたんだ。

 僕は婿として名乗りをあげることにした。
 作戦は練りに練った。断られないよう慎重に。
 そりゃ失敗する気はなかったけど、あまりにもあっさり受け入れられて、最初のうちは不安でたまらなかった。ハニーの優しさも、嘘や同情なんじゃないかって。僕はそれを利用しているだけじゃないかって。だけど、たとえ同情でも、もう離せないって思った。

 だいたい、無防備ですなおで優しくて、あんなにも可愛いハニーを周りがほっとくわけがない。案の定、あやかしだけでなく人間のオスからも狙われてるし。
 苫原さんが防波堤の役割をしてたけど、彼は彼で曲者だし。
 僕が婿なんだって、もっと知らしめてやるべきでは?

「ルラ、ルラ!」
「え?」
「なんか悩んでる? 眉間が大変なことになってるけど」
 不意打ちだった。
 ハニーに眉間をつつかれてしまった。なにやらハニーまで難しい顔をしている。いや、首と一緒にくちびるまで曲げて、難しい顔ってより、ただただ可愛いな!

 このあいだ、僕はハニーにキスをしてしまった。そして思った。早くあの行為をハニーとしたいって。
 でも、ハニーが結婚の許可をくれるまでは、ハニーは汚れちゃダメなんだ。そうじゃなきゃハニーと結婚できない。それが先祖との約束だから。

 それなのに――。

「ハニーが可愛すぎるっ」
「あー、うん。どうでもいいヤツだったか」
「どうでもよくないですよ! ものすごく困ってるんです」

 みんながハニーを狙ってる。そこに僕も含まれてる。彼を組み敷く妄想を、どうしたって振り払えない。
 僕は内心の絶叫を隠すため、両手で顔を覆った。チュッとかすかな音を立て、あたたかく湿った感触が僕の手の甲に押しあてられた。
 ぎょっとして顔を出すと、ハニーはニヤニヤしていた。

「ルラ、キスしよ」

 僕はふらついた。
 床に座って、上半身をのけぞらせた僕の上に、ハニーがいそいそ乗ってくる。声も口調も柔らかなのに、顔つきだけがオスのそれで、やたらとカッコいい。こういうとき、可愛いじゃなくてカッコいいを押し出してくるんだよ、ハニーは。反則だ。

 心臓が痛いくらいに高鳴って、断ることなんて不可能に思えた。
 ハニーが、……ハニーが変わってしまった。ハニーは怖がりで、泣き虫だ。だから守ってあげたかった。優しくて真っ正直だ。だから、すがってみたくなった。

 だけど、最近のハニーはなんというかすごく、えっちだ。もともと魅力的なのに、そんなものまで身に着けてどうしようって言うんだ。

「タガ、だから、タガが」
「うん。外しちまえば?」

 ハニーの吐息に、甘いくちびるに、イタズラな舌に、僕の心はぐるぐる回った。さんざん煽られて、それでも耐えた僕はすごいと思う。
 一時の劣情ですべてを失うのは嫌だった。僕はハニーの一生が欲しい。
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