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10 ルール

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「ルールを決めましょう。一緒に暮らすための大切なルールです」
「ルラ、ここが俺んちだって忘れてる?」
「ハニー、大切なことですよ!」

 ハニーに戻っちゃってるし。
 ムッとする俺に気付きもしないくらい、ルラは真剣に考え込んでいる。

「そうですね、まず、むやみに誘惑しないこと!」
「なにそれ」
「ハニー、僕はハニーと結婚したいんです」
「それは昨日も聞いたよ。けどさ、まずは恋人から始めねえ? いきなり結婚という話になるから、なんかとまどうんだよ。だけど、昨日のキスはその……、悪くなかったし」

 ガツン。ルラがテーブルに頭を打ち付けた。
「ルラ、テーブル壊すなよ?」
「あ、ごめんなさい!」
 顔をあげた隙に俺はルラの額に手をかける。
「ん。こっちも大丈夫そうだな」
「そういうとこですよ!」

 ルラはたちまち真っ赤になって、俺から逃げるようにのけぞった。

「ハニー! 人の理性にはリミッターがあるんです」
「おまえ、あやかしだろ」
「混ぜっ返さない!」
「お、おう。なんか怒ってる?」
「怒ってはいません。ですが危機感をつのらせています」

 いったいなんの話やら。さっぱりわからないが、ほかならぬルラのことだ。俺はルラの言いたいことをまあまあマジメに考えた。
「ユウワク……、キキカン……」
 ルラが来てからごはんが美味しいんだよあ。さすがにいい肉を日常的に食べてるわけじゃないけど、二人分て思えば食材も豊富になるし、予算も増える。
「あ、ルラも太った?」
「違う!」

 目をつぶって吠えたてるルラに、そっと近づいて彼の頬にキスをした。
「じゃ、こっち?」
 ルラは目を真ん丸にして俺を見つめ、次の瞬間、ふっと消えてしまった。
「え? おまっ、逃げんのかよ!」
 結局、ルラは大学へ行く時間になっても出てこなかった。

「ユッキー、どした。変な顔して」
 大学の友人たちに頬やらつむじやらつつかれながら、俺はむくれて答えた。
「好きだって言われて、その気になったら逃げられた」
「ユッキー、小学生はダメだよ。犯罪だよ」
「いくら見た目がセーフだからって」
「……真面目に言ってんのに」
 じっとりと目で訴えたら、友人たちは「うっ」と身を引いた。そのとき机に、トンと棒状のものが立てられ、全員の視線がそこに集中した。
「トーテムポール?」

 アルトリコーダーくらいのトーテムポールと、それを指で支えるトマソンを見比べる。
「トマソン、おはよ。どうしたのそれ」
「先週の授業で、トーテムポールを持ってる奴は持ってこいって言ってたよね」
「いや、持ってんのかよ」
 俺はもちろんスルーして、そのまま忘れてた。さすがトマソン。根が真面目だ。

 すっかり話題の主役がトーテムポールになってしまったため、俺の愚痴タイムも強制終了だ。かといって、考えることまではやめられなかったけど。
「――以上の観点から、トーテムポールからものがたりを読み取ったのではないかと考えられ……」
 授業の内容も、まったく頭に入ってこない。
 ようやく終了のチャイムが鳴って、俺はトマソンの袖をそっと引っ張った。

「悪いけど、ちょっと付き合って」
「コーヒーで手を打とう」
 俺とトマソンは食堂の自動販売機へ向かった。昼にはまだ早いから、席はガランとしている。
 カップ式の自販機が、ゆっくりとコーヒーを入れ終えるのも待てずに、俺は切り出した。

「結婚はしたいけど恋人になるのはイヤって、どういうことだと思う?」
「押しかけ婿から恋人では、レベルダウンだからでは?」
 なるほど? と思いかけたが本当にそうだろうか。トマソンは的確なことと適当なことを交互に言うからな。
 首を傾げていると、トマソンのほうから質問してきた。

「ユッキー、アイツと付き合うことにしたの」
「ってもいいかなと思ったんだよ。でも、逃げられた」
「そこにいるけど?」

 トマソンがノールックで指さす方向に、本当にルラがいた。柱の影から顔だけひょこっと出して、すぐにひっこめる。
「あ、ルラ!」
 だけど俺が柱まで走っていくと、すでに姿を消しているのだ。

「また逃げられた」
「どうせまだ近くにいるだろ」
 トマソンは、熱かったのかカップを近くのテーブルに置いて「ん」と手を差し伸べてきた。
「ん?」
 疑問に思いつつも、その手に手を重ねたところで奇怪な声と共にルラが駆けてくる。

「だ~る~ま~さ~んがっ!」
 それ、鬼が言う台詞だぞ。
「はい、切った!」
 手刀のようにビュッと手を振りおろすので、俺もトマソンも痛い思いをする前に手をひっこめる。
 するとルラは再び走って逃げていった。

「また懐かしい遊びを」
 トマソンはどこか感心するようにつぶやいていた。
「なんなのアレ」
 解説を求めて俺はルラを指さすが、トマソンはもうそちらを見ていなかった。熱さを確認するようにコーヒーを指先で弄んでいる。

「ユッキー」
「なんだよ」
「アイツ、ずっとユッキーのことストーカーしてたんだろ」
「うん」
「見てるだけで満足、なんて言ってた奴が急に変われるわけないよ」

 俺はハッとしてトマソンの横顔を見つめた。
 けれどトレードマークの丸眼鏡の奥で、彼の視線はコーヒーに向けられたままだった。
「待ってやったら?」
「う、うん……」

 なんだろう、気圧されてしまった。怒ってるわけではないと思うんだけど、見たことのない顔に見えた。それでつい頷いてしまった。
 だけど、すぐに気がかりむくむくと湧いてきた。

「けどさ、アイツの寿命に合わせて気長に待ってたら、俺の寿命終わっちゃうんじゃねえ?」
 ふっと、吐息で笑う音が隣から聞こえる。
「それはそれでいいかもな」
「他人事だと思いやがって!」
 俺は文句を言ったが、内心でホッとしてた。トマソンが、いつものひょうひょうとしたトマソンに戻っていたから。
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