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6 デートみたい
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ルラが妙にしおらしい。
ごはん茶碗を手に、ルラはじっと玉子焼きを見つめていた。今朝は俺が焼いたから、きれいな黄色だ。
俺はホウレン草の胡麻和えを口にしながら、疑いのまなざしをルラに向けていた。いったいなにを企んでいるのやら。
「僕、夢だったんですよね。恋人とこうして一緒にごはんを食べたり、お風呂に入ったり、仲良く買い物したり。――おかしい、うまくいきすぎてる。え? ハニー、チョロすぎでは?」
「ケンカ売ってんのか」
軽くイラっとしてるのに、ルラときたらキョロキョロしているし。
「まさか、僕のほかにも拾ったあやかしが!?」
「いねーわ。おまえだけだよ!」
おまえだけ、なんて言ったら食いついてきそうなものなのに、ルラはわずかにホッとしたそぶりを見せるだけだった。
なんか調子狂うな。
朝、隣で目覚めたわけだよ? もっとこう、恋人面とかドヤ顔すんのかと、俺は思ったわけだ。でも違った。ルラときたら俺と目が合うと、顔を赤らめ、枕に顔を押し付けたのだ。
そしてチラッと顔をあげて、やたらと嬉しそうに微笑んだ。なんの演出だ?
人のこと、ピュアとか言っておきながら、なんなんだその態度はって思ったね。
今朝の笑顔が焼き付いているから余計、彼がいま不安そうな顔をする理由がわからない。
「えーと、なんだっけ。ごはんと風呂と? あと買い物だけじゃん。恋人じゃないけどそんくらいつきあうよ」
「え? 本当に?」
「なに驚いてんだよ。いまさらじゃね? さんざん図々しいマネしておいてさ。ルラの夢がささやかすぎて、俺ちょっと拍子抜けなんだけど」
「ささやか、でしょうか」
なんでコイツは、そんな頼りない顔をするんだろう。誰しもが一度は妄想したことのあるような、ごくごく普通の幸せを、ものすごく遠いことのように感じてる、みたいな。
そんなん、叶えてやりたくなるだろ。
笑えよ。また、今朝みたいに。
「よし! じゃさっそく今日遊びに行くか。休みだしさ。ルラ、行きたいところある?」
「え? え!? 急に言われても……」
「ないなら、俺が決めちゃうぞ。映画を見て、服とか見て、ごはんを食べる。マンガでよく見るコースに連れて行くぞ!」
ルラは、目を見開いて固まった。
「そんな、デートみたいな」
「そうか? でもさ、俺も地味にこういうの完遂したことがないんだよ。楽しんでるとあやかしに追いかけられっから。トマソンにはいっつも迷惑をかけた」
「……また、トマソン」
ルラがポツっとつぶやいた。絵にかいたようにむくれてる。
「まあ、あいつとは幼稚園のときからの付き合いだしな」
「そんな! 僕よりも、ストーカー歴長いじゃないですか」
「トマソンはストーカーじゃない。ただのイイ奴だ」
トマソンが聞いたら怒るぞ、たぶん。
「イイ奴ならいいです」
いいというわりに、まだ不満げなんだけど。
「食えよ。じゃないと置いてくぞ」
ルラは慌てて箸を動かした。
どうせならトマソンも呼ぼうかと言ったら、強硬に反対されたので、『普通の人みたいにお出かけできるか検証する会』を決行することにした。
デートみたいと言われようが、付き合ってないからデートじゃない。今日のこれは、えーと俺なんの会って言ったっけ? とにかくまあ、単に遊びに行くだけだ。
「なんかあの人って、見えづらいんですよね」
ルラがトマソンについて、ブツブツ言った。
「とくに、遠巻きに見ると存在がぼやけるというか」
「それ、トマソンに興味ないだけなんじゃないの? イイ奴だよ、トマソンは」
「それは、もう聞きました」
映画はハズレを引いて、つまんなかった。
それでも、さんざん文句を言い合ううちに、却って笑えてしまって、一周まわっていい思い出になりそうだ。
食事は見栄えはするけど味が今ひとつで、けどルラが「ハニーのごはんのほうが美味しいです」なんていうので、俺はまんざらでもなかった。
服屋では、ルラが俺の全身コーデをしてくれた。マンガでよく見るヤツ!
ルラが試着するときメガネを外して、店員さんどころか通りすがりの人まで色めき立つまでが様式美。はー、楽しい!
うすうす感じていたことだが、俺、コイツといるのイヤじゃない。
コイツがあやかしだってこと、うっかり忘れそうなとき、あるもんな。婿になりたいと言っても、一緒のふとんで寝るだけで満足しちゃうようなピュア小僧だし。デートだとか言いながら手を繋ごうともしない。
俺は気づけばチラチラとルラの長い指を見おろしていた。なんだろう。いたずら心というか。もしも、俺から繋いだら、ルラ、どんな顔すんのかな。
そろりと手を伸ばしかけたところに、ちょうどルラが振り返り、俺は慌てて紙袋ごと大きく伸びをした。
「あー! ほんと楽しいな!」
「はい、すごく!」
うん。ルラもすっかり元気になったみたいだ。よかった。
――っていうか。俺、コイツが楽しそうだと嬉しいのか。いつだったか言われた「ほだされてる」って言葉がスッと心に入って、顔が熱くなった。
ルラが不思議そうな顔で俺を見るので、俺は慌ててはしゃいだフリをした。
「プラン完遂どころか、追加できそうだな。ルラ、あとどこ行く? カラオケとか?」
「あ。僕、行きたいところがあります」
ホテルとか言われたら却下しようと思ったんだけど、ルラが向かったのは近所のスーパーだった。
「……なんでスーパー?」
こんなとこ、いつだって来られるのに。あ、わかった。新婚みたいとか言う気だろ。ちょっと警戒したのに、ルラは黙って野菜を選んでいる。
「スーパーで買い物って、家族みたいですよね」
すこし微笑んで、どこか寂し気で。見ていて不安になった。俺の視線に気づいたように、ルラが振り向いてニッコリと笑った。
「帰ったら、一緒にごはんをつくりましょうね」
いなくなってしまう。不意にそう感じた。いつもフッと消えるみたいに、俺との暮らしに満足したら、ある日突然コイツはいなくなっちゃうんじゃないのか。婿にしてくれなんて言ったくせに。
ルラ、呼びかけようとして胸が詰まった。
なんか、すごく、チリチリする。なんだよこれ、これじゃあまるで、俺――。
「ハニー?」
ルラの声がひどく遠く感じられた。そのときふと、店内の照明が揺らいだ。一瞬遅れて、真っ暗になった。
ごはん茶碗を手に、ルラはじっと玉子焼きを見つめていた。今朝は俺が焼いたから、きれいな黄色だ。
俺はホウレン草の胡麻和えを口にしながら、疑いのまなざしをルラに向けていた。いったいなにを企んでいるのやら。
「僕、夢だったんですよね。恋人とこうして一緒にごはんを食べたり、お風呂に入ったり、仲良く買い物したり。――おかしい、うまくいきすぎてる。え? ハニー、チョロすぎでは?」
「ケンカ売ってんのか」
軽くイラっとしてるのに、ルラときたらキョロキョロしているし。
「まさか、僕のほかにも拾ったあやかしが!?」
「いねーわ。おまえだけだよ!」
おまえだけ、なんて言ったら食いついてきそうなものなのに、ルラはわずかにホッとしたそぶりを見せるだけだった。
なんか調子狂うな。
朝、隣で目覚めたわけだよ? もっとこう、恋人面とかドヤ顔すんのかと、俺は思ったわけだ。でも違った。ルラときたら俺と目が合うと、顔を赤らめ、枕に顔を押し付けたのだ。
そしてチラッと顔をあげて、やたらと嬉しそうに微笑んだ。なんの演出だ?
人のこと、ピュアとか言っておきながら、なんなんだその態度はって思ったね。
今朝の笑顔が焼き付いているから余計、彼がいま不安そうな顔をする理由がわからない。
「えーと、なんだっけ。ごはんと風呂と? あと買い物だけじゃん。恋人じゃないけどそんくらいつきあうよ」
「え? 本当に?」
「なに驚いてんだよ。いまさらじゃね? さんざん図々しいマネしておいてさ。ルラの夢がささやかすぎて、俺ちょっと拍子抜けなんだけど」
「ささやか、でしょうか」
なんでコイツは、そんな頼りない顔をするんだろう。誰しもが一度は妄想したことのあるような、ごくごく普通の幸せを、ものすごく遠いことのように感じてる、みたいな。
そんなん、叶えてやりたくなるだろ。
笑えよ。また、今朝みたいに。
「よし! じゃさっそく今日遊びに行くか。休みだしさ。ルラ、行きたいところある?」
「え? え!? 急に言われても……」
「ないなら、俺が決めちゃうぞ。映画を見て、服とか見て、ごはんを食べる。マンガでよく見るコースに連れて行くぞ!」
ルラは、目を見開いて固まった。
「そんな、デートみたいな」
「そうか? でもさ、俺も地味にこういうの完遂したことがないんだよ。楽しんでるとあやかしに追いかけられっから。トマソンにはいっつも迷惑をかけた」
「……また、トマソン」
ルラがポツっとつぶやいた。絵にかいたようにむくれてる。
「まあ、あいつとは幼稚園のときからの付き合いだしな」
「そんな! 僕よりも、ストーカー歴長いじゃないですか」
「トマソンはストーカーじゃない。ただのイイ奴だ」
トマソンが聞いたら怒るぞ、たぶん。
「イイ奴ならいいです」
いいというわりに、まだ不満げなんだけど。
「食えよ。じゃないと置いてくぞ」
ルラは慌てて箸を動かした。
どうせならトマソンも呼ぼうかと言ったら、強硬に反対されたので、『普通の人みたいにお出かけできるか検証する会』を決行することにした。
デートみたいと言われようが、付き合ってないからデートじゃない。今日のこれは、えーと俺なんの会って言ったっけ? とにかくまあ、単に遊びに行くだけだ。
「なんかあの人って、見えづらいんですよね」
ルラがトマソンについて、ブツブツ言った。
「とくに、遠巻きに見ると存在がぼやけるというか」
「それ、トマソンに興味ないだけなんじゃないの? イイ奴だよ、トマソンは」
「それは、もう聞きました」
映画はハズレを引いて、つまんなかった。
それでも、さんざん文句を言い合ううちに、却って笑えてしまって、一周まわっていい思い出になりそうだ。
食事は見栄えはするけど味が今ひとつで、けどルラが「ハニーのごはんのほうが美味しいです」なんていうので、俺はまんざらでもなかった。
服屋では、ルラが俺の全身コーデをしてくれた。マンガでよく見るヤツ!
ルラが試着するときメガネを外して、店員さんどころか通りすがりの人まで色めき立つまでが様式美。はー、楽しい!
うすうす感じていたことだが、俺、コイツといるのイヤじゃない。
コイツがあやかしだってこと、うっかり忘れそうなとき、あるもんな。婿になりたいと言っても、一緒のふとんで寝るだけで満足しちゃうようなピュア小僧だし。デートだとか言いながら手を繋ごうともしない。
俺は気づけばチラチラとルラの長い指を見おろしていた。なんだろう。いたずら心というか。もしも、俺から繋いだら、ルラ、どんな顔すんのかな。
そろりと手を伸ばしかけたところに、ちょうどルラが振り返り、俺は慌てて紙袋ごと大きく伸びをした。
「あー! ほんと楽しいな!」
「はい、すごく!」
うん。ルラもすっかり元気になったみたいだ。よかった。
――っていうか。俺、コイツが楽しそうだと嬉しいのか。いつだったか言われた「ほだされてる」って言葉がスッと心に入って、顔が熱くなった。
ルラが不思議そうな顔で俺を見るので、俺は慌ててはしゃいだフリをした。
「プラン完遂どころか、追加できそうだな。ルラ、あとどこ行く? カラオケとか?」
「あ。僕、行きたいところがあります」
ホテルとか言われたら却下しようと思ったんだけど、ルラが向かったのは近所のスーパーだった。
「……なんでスーパー?」
こんなとこ、いつだって来られるのに。あ、わかった。新婚みたいとか言う気だろ。ちょっと警戒したのに、ルラは黙って野菜を選んでいる。
「スーパーで買い物って、家族みたいですよね」
すこし微笑んで、どこか寂し気で。見ていて不安になった。俺の視線に気づいたように、ルラが振り向いてニッコリと笑った。
「帰ったら、一緒にごはんをつくりましょうね」
いなくなってしまう。不意にそう感じた。いつもフッと消えるみたいに、俺との暮らしに満足したら、ある日突然コイツはいなくなっちゃうんじゃないのか。婿にしてくれなんて言ったくせに。
ルラ、呼びかけようとして胸が詰まった。
なんか、すごく、チリチリする。なんだよこれ、これじゃあまるで、俺――。
「ハニー?」
ルラの声がひどく遠く感じられた。そのときふと、店内の照明が揺らいだ。一瞬遅れて、真っ暗になった。
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