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5 決してのぞいてはいけません
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アパートのそばの公園で、俺はルラとベンチに並んで座っていた。俺は額に手を当てる悩みポーズ。ルラは長い足をブラブラさせていた。
ルラがうちに来て一週間が経ったけど、俺はいまだにこいつを追い払えずにいる。
「だいたい、ルラは婿にしてくれって言うけどさ、男同士だよ。まだ法律が許さない」
「あ、そこは大丈夫です。あやかし方式ですませればいいだけですから」
「あやかしにも結婚式があるのか」
「そりゃありますよ。狐だって嫁入りするでしょう?」
「それ、天気の話じゃないの? そっか。本当に嫁入りするんだ……」
パチパチと、音がしそうなまばたきをしたあと、ルラは顔を覆った。
「ピュア……!」
「冗談かよ!」
ルラはひとしきり笑い、目元をこすった。
「僕が嫌いだから、とは言わないんですね」
「別に嫌いじゃねえし。俺、人を傷つける嘘は嫌いだ」
「はい」
意外なほど真面目な顔つきで、ルラは頷いた。俺に嘘などつかないと、言ってくれてるみたいだった。これだから、憎めないんだよな。
「ま、プリンくれる奴に悪い奴はいないからな」
「いや、いますよ。たぶんいっぱいいますよ!」
急に焦り出して、世の中いかに危険な人でいっぱいか力説し出すから、俺はますます笑った。
「そろそろ帰ろっか」
「はい!」
「あれ? ちょっと待って。帰ろっかじゃねえよ。おまえはおまえんち帰れよ。親御さんが心配するぞ!」
「親は……、いません」
とっさにゴメンと言いかけたけど、違う。もともといないんだ。こいつ、あやかしなんだった。
「嘘は言ってませんよ」
そうだけど! なんでいま、しょんぼりして見せた。
結局、ルラは一緒に帰ってきちゃったし、夕飯も済ませてスマホ片手にくつろいでる。
「そういえばハニー、知ってました? ポマードって整髪料らしいですよ」
「ポマード? ああ、トマソンが言ってたヤツか」
「かつては豚の脂にリンゴの果肉をまぜて作ったらしいです」
「げっ。そのまま横で寝てほしくないな」
「はい。整髪料は落としてからにしますね。そもそもつけてませんけど」
俺は思わずルラを二度見した。
「んなモテそうな髪型しておいて? 自前かよ! 腹立つなあ。あ、ルラもお茶飲む?」
「いただきます」
あれ、いま……。さり気に横で寝るって宣言されなかった? いや、へたに藪はつつくむまい。
なんか俺、自爆しまくってるけどそろそろ穏当にお帰りいただかなくちゃだな。妖怪退治の定番と言えば酒を飲ませるとか。
ダメだ。中身はともかくルラは一応ハタチ前だからな。それに名刀も弓もうちにはない。そもそも首を落とすとか俺には無理だし。
「あ、そうだ。ルラ、アレやってよ。決してのぞいてはいけません」
秘密をのぞき見たら、たいていのヤツは帰ってくよな。イヤがると思ったのに、ルラはあっさりうなずいた。
「じゃあ、食後にちょっとやってみましょうか」
え、そんな気軽なもんなの?
「決してのぞいてはいけませぬ」
「風呂じゃん」
閉めたそばから扉を開けると、ルラは悲鳴じみた声をあげた。
「はやっ! まだ脱衣してませんよ?」
「そら脱ぐまえに開けたし。ってか、ここどこだ? 脱衣場?」
アパートのせまい洗面所のはずなのに、棚がずらりとならんだ光景になっている。温泉か、銭湯かって感じの。棚には脱いだ服の入ったカゴがあって、ほかの客がいることを示していた。
「なにこれ」
「てきとうに温泉につなげました。一緒に入ります?」
試しに内風呂と書かれたドアをあければ、広々とした浴槽にもうもうと湯気が立っていた。
「……入る」
体を洗ってるあいだ、ルラはチラチラとこちらを見ていた。なんなんだその、見たいけど直視できないみたいなポーズは。めんどうだな。
「おまえ、絶対に俺の風呂のぞいてるだろ」
「のぞきますけど、生は違うっていうか……」
「生って言うな」
しかも、これからものぞく気なの?
おもしろいかな、こんなん見て。俺は別に鍛えてるわけでもないし、華奢なわけでもない。背が低いことをのぞけば、フツーの体つきだ。最近ルラがいい食材買ってくるから、ちょっと太ったし。
「おなか……。お腹つまんでる。ハニーがおなかを」
「うるさいよ」
先客が洗面器を置く音が、カコーンと響いた。いいお湯だった。
「露天風呂まで堪能しておいてなんだけど、これタダ温泉だよ。ドロボーだよ!」
良くないよと俺はルラを諭した。彼はしょげかえった。俺だってしっかり楽しんだのに、ちょっと言い過ぎたかもしれない。
「ああ、だったらさ、正規のルートで行こう。な? 今度いっしょに温泉旅行しよう。日帰りでさ。なんならトマソンも誘って」
「日帰りはともかく、せめて二人でって言ってくださいよ! むしろ僕がお金払うんで泊りにしません?」
気の早いルラは、もうスマホで検索を始めている。
「こっちのホテルでもいいですよ。ほら、同性も大丈夫って」
「調子に乗るな。もう寝るぞ」
「え? 添い寝の許可が出た?」
俺はハッと口を押さえ、あわてて否定した。
「いや、今のなし。気をつけて帰れよ」
「言わなきゃバレなかった系ですね。あの、僕こっちで寝ますので」
「だから消えるなよ!? 添い寝のほうがまだいいよおっ」
泣き言をいうと、ルラはいそいそベッドに入ってきた。試しに手をにぎってみたら、ちゃんとあったかい。よし、これなら怖くない。もう寝ちまおう。
「……なんでいままで無事だったんですかね、ハニーって」
なんかブツブツ言ってるが、無視だ無視!
ルラがうちに来て一週間が経ったけど、俺はいまだにこいつを追い払えずにいる。
「だいたい、ルラは婿にしてくれって言うけどさ、男同士だよ。まだ法律が許さない」
「あ、そこは大丈夫です。あやかし方式ですませればいいだけですから」
「あやかしにも結婚式があるのか」
「そりゃありますよ。狐だって嫁入りするでしょう?」
「それ、天気の話じゃないの? そっか。本当に嫁入りするんだ……」
パチパチと、音がしそうなまばたきをしたあと、ルラは顔を覆った。
「ピュア……!」
「冗談かよ!」
ルラはひとしきり笑い、目元をこすった。
「僕が嫌いだから、とは言わないんですね」
「別に嫌いじゃねえし。俺、人を傷つける嘘は嫌いだ」
「はい」
意外なほど真面目な顔つきで、ルラは頷いた。俺に嘘などつかないと、言ってくれてるみたいだった。これだから、憎めないんだよな。
「ま、プリンくれる奴に悪い奴はいないからな」
「いや、いますよ。たぶんいっぱいいますよ!」
急に焦り出して、世の中いかに危険な人でいっぱいか力説し出すから、俺はますます笑った。
「そろそろ帰ろっか」
「はい!」
「あれ? ちょっと待って。帰ろっかじゃねえよ。おまえはおまえんち帰れよ。親御さんが心配するぞ!」
「親は……、いません」
とっさにゴメンと言いかけたけど、違う。もともといないんだ。こいつ、あやかしなんだった。
「嘘は言ってませんよ」
そうだけど! なんでいま、しょんぼりして見せた。
結局、ルラは一緒に帰ってきちゃったし、夕飯も済ませてスマホ片手にくつろいでる。
「そういえばハニー、知ってました? ポマードって整髪料らしいですよ」
「ポマード? ああ、トマソンが言ってたヤツか」
「かつては豚の脂にリンゴの果肉をまぜて作ったらしいです」
「げっ。そのまま横で寝てほしくないな」
「はい。整髪料は落としてからにしますね。そもそもつけてませんけど」
俺は思わずルラを二度見した。
「んなモテそうな髪型しておいて? 自前かよ! 腹立つなあ。あ、ルラもお茶飲む?」
「いただきます」
あれ、いま……。さり気に横で寝るって宣言されなかった? いや、へたに藪はつつくむまい。
なんか俺、自爆しまくってるけどそろそろ穏当にお帰りいただかなくちゃだな。妖怪退治の定番と言えば酒を飲ませるとか。
ダメだ。中身はともかくルラは一応ハタチ前だからな。それに名刀も弓もうちにはない。そもそも首を落とすとか俺には無理だし。
「あ、そうだ。ルラ、アレやってよ。決してのぞいてはいけません」
秘密をのぞき見たら、たいていのヤツは帰ってくよな。イヤがると思ったのに、ルラはあっさりうなずいた。
「じゃあ、食後にちょっとやってみましょうか」
え、そんな気軽なもんなの?
「決してのぞいてはいけませぬ」
「風呂じゃん」
閉めたそばから扉を開けると、ルラは悲鳴じみた声をあげた。
「はやっ! まだ脱衣してませんよ?」
「そら脱ぐまえに開けたし。ってか、ここどこだ? 脱衣場?」
アパートのせまい洗面所のはずなのに、棚がずらりとならんだ光景になっている。温泉か、銭湯かって感じの。棚には脱いだ服の入ったカゴがあって、ほかの客がいることを示していた。
「なにこれ」
「てきとうに温泉につなげました。一緒に入ります?」
試しに内風呂と書かれたドアをあければ、広々とした浴槽にもうもうと湯気が立っていた。
「……入る」
体を洗ってるあいだ、ルラはチラチラとこちらを見ていた。なんなんだその、見たいけど直視できないみたいなポーズは。めんどうだな。
「おまえ、絶対に俺の風呂のぞいてるだろ」
「のぞきますけど、生は違うっていうか……」
「生って言うな」
しかも、これからものぞく気なの?
おもしろいかな、こんなん見て。俺は別に鍛えてるわけでもないし、華奢なわけでもない。背が低いことをのぞけば、フツーの体つきだ。最近ルラがいい食材買ってくるから、ちょっと太ったし。
「おなか……。お腹つまんでる。ハニーがおなかを」
「うるさいよ」
先客が洗面器を置く音が、カコーンと響いた。いいお湯だった。
「露天風呂まで堪能しておいてなんだけど、これタダ温泉だよ。ドロボーだよ!」
良くないよと俺はルラを諭した。彼はしょげかえった。俺だってしっかり楽しんだのに、ちょっと言い過ぎたかもしれない。
「ああ、だったらさ、正規のルートで行こう。な? 今度いっしょに温泉旅行しよう。日帰りでさ。なんならトマソンも誘って」
「日帰りはともかく、せめて二人でって言ってくださいよ! むしろ僕がお金払うんで泊りにしません?」
気の早いルラは、もうスマホで検索を始めている。
「こっちのホテルでもいいですよ。ほら、同性も大丈夫って」
「調子に乗るな。もう寝るぞ」
「え? 添い寝の許可が出た?」
俺はハッと口を押さえ、あわてて否定した。
「いや、今のなし。気をつけて帰れよ」
「言わなきゃバレなかった系ですね。あの、僕こっちで寝ますので」
「だから消えるなよ!? 添い寝のほうがまだいいよおっ」
泣き言をいうと、ルラはいそいそベッドに入ってきた。試しに手をにぎってみたら、ちゃんとあったかい。よし、これなら怖くない。もう寝ちまおう。
「……なんでいままで無事だったんですかね、ハニーって」
なんかブツブツ言ってるが、無視だ無視!
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