クロガネはミスリルと踊る

神崎

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1章 新人冒険者とサポーター

01.出会い

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 ルシフェルム王国王都ルシフェン――その東区にある冒険者ギルドに、ディラルド・アッシュが足を踏み入れると、何やら揉めている声がした。
 そちらの方に目を向けると、自分より少し若い少女が数人の男に絡まれてた。


「えっと、あの……。通してください……」


 その少女は目の前にいる男たちに、うつむきがちに小さな声で訴えているが、男たちにやにやとするばかりで一向に彼女を通そうとしない。


「お嬢ちゃん、ギルドに依頼かい? それなら俺たちが格安で受けてやるよ?」
「なんなら無料でもいいぜ? 俺たちとデートしてくれるなら」

 男たちの下品な言葉にディラルドは顔をしかめる。周囲を見渡すと、遠目からその様子をみている冒険者はいるものの男たちよりランクが下なのか、止めようとしない。こういう時いつもは止めに入るギルドの受付も他の対応に忙しいようで、なかなか仲裁に入れない。


(仕方ないな……)


 ため息を一つ吐いてディラルドは彼らに寄っていく。ディラルドがそばに寄った時には、少女は目に涙を浮かべていた。その様子が男たちの劣情をさらに煽るのか、彼らの囃す声は大きくなり少女との距離も近くなっていく。


「はいはい。そこまでにしときなよ、お兄さんたち。その娘困ってるよ?」


 ディラルドのあげた声に男たちは、少女をに伸ばしかけていた手を止め振り返る。ディラルドは男たちの関心が少女から逸れたことを見て取ると、さらに男たちの方へと距離を詰めた。邪魔の入った男たちの目は、怒りをの色が浮かんでいた。


「何だてめえ。俺たちが、依頼を受けるのを邪魔しようってのか?」


 男のその言葉にディラルドはまたため息を吐く。


「別にあなたたちが依頼を勝手にうけることを咎めるつもりはないけど。でもその娘はギルドに来てるんだから、ギルドを通して依頼を受けるのがここのルールでしょ」

 

 実際にギルドは冒険者たちが、勝手に依頼を受けることを禁じてはいない。依頼人には様々な事情があり、中にはギルドまで足を運べないような人もいるからだ。もちろんギルドを通していない依頼は、依頼人と冒険者の間の個人的な契約になるので、その契約が履行されなかった場合でも、ギルドは何の介入もしないことになっている。
 一方、それに対してギルドを介された依頼は、ギルドが仲介人になるため、冒険者がその依頼を果たせなかった場合、その者たちには罰則が課される。また、逆に依頼人が最初に定めた適切な報酬を払わなかった場合にも、ギルドから強制徴収が行われる。
 そして、この『ギルドを介して』という言葉は、ディラルドが言う通り依頼人がギルドを訪れた時点で成立する、というのが暗黙の了解になっており、今回のように男たちが勝手に依頼を受けることは忌避されている。


「うるせぇなぁ……。わざわざギルドを通さずに、格安で俺たちC級パーティが受けてやるってんだから、そっちの方がいいだろうが?」


 しかし、男たちは悪びれることなくそんなことをのたまってくる。冒険者ランクはS級を最上としその下にA級からG級と続く。D級で一人前といわれる冒険者で、C級だとそれなりの実力を持っていると考えていい。
 男たちのランクを聞いて、ディラルドは厄介そうな表情をする。C級が五人もいるとなると、一筋縄では行かないだろうと思ったのだ。穏便に済ませたいディラルドとしては、そのランクはそれなりに厄介なのだ。
 

「この辺じゃ珍しい黒髪に黒眼……。お前、もしかしてディラルド・アッシュか?」


 どう言いくるめようかとディラルドが悩んでいると、男たちの一人が、ディラルドの名前をその容貌から言い当てた。それを聞いた他の男たちは、一斉に嘲笑を浮かべる。


「何だよ、ギルドの犬のサポーター様かよ」
「サポーターはサポーターらしくギルドからの命令に従っとけよ」


 そう口々に言って、大笑いをする。男たちの言葉に、ディラルドはまたため息を吐く。こうなってしまうと、男たちは自分の言葉を聞くことはないだろう、と。ちらりと、受付の方に目をやるが未だに受付は他の対応で忙しいらしく、こちらに人を遣る様子はない。


(どうしたものかな……。引き下がるわけにもいかないしなぁ)


 ディラルドが頬をかきながら思案していると――。


「ギルドの入り口で鳥みたいにぎゃあぎゃあと煩いわね」
「……それは鳥に失礼。この人たちの声は公害レベルの騒音」


 そんな声とともにギルドの扉が開いたので、その場にいた全ての目がそちらへと向く。そこいたのは、瓜二つの顔をした少女たちだった。最も、一人は紅毛灼眼、もう一人は蒼髪碧眼でそれぞれサイドテールを逆にしていたため、与える印象は大きく異なっている。


「イ、イニィル・ジェミナスとスティーリア・ジェミナス……」
「『炎の舞姫』と『氷の舞姫』……」


 二人はギルドのB級冒険者で、すぐにA級にも上がろうかと言われているほどの二つ名持ちの実力者である。そんな二人は迷うことなくディラルドたちの近くに寄ってくる。二人が放つプレッシャー絡まれている少女と同じくらいの年齢と平均よりもやや低いであろう身長からは想像もつかないほど大きい。それに当てられた男たちは、怖気づいたように後ずさる。


「イニィにリア……。帝国の方に出張ってたって聞いてたんだけど、帰ってきたんだ?」
「まぁね。ちょっと面倒な仕事だったけど、あたしたちには余裕だったわ。ね、リア?」
「……ん、余裕」


 男たちが怖気づいているのとは対照的に、ディラルドは気安げに声をかける。イニィルとスティーリアも嬉しそうにディラルドに報告する。報告を聞いたディラルドは、無事を喜びつつ二人の頭を軽くなでてやる。


「それで? この人たちは何をやっているわけ?」
「……わたしたちが外から聞いたのは、ディル兄を馬鹿にしているところだけ」


「ひっ……!」

 頭を撫でられて笑みを浮かべていた二人は、男たちの方に向き直るとまた殺気にも似たプレッシャーを放ち始めた。スティーリアとイニィルのランクはB級だが、もうすぐA級になるだろうことはギルド内でも確実視されている。そんな二人のプレッシャーは浴びた男たちは、まったく耐えることができない。


「こらこら。二人ともここでそんな喧嘩腰にならない」


 このままだと二人が手を出してしまいそうだと感じたディラルドは仲裁に入り、二人に事情を簡単に説明する。


「……だったら、この件はギルドのサポーターであるディル兄に任せるべき」
「そうね。ディル兄さんが適切に処理してくれるでしょ。それでいいわよね、あんたたち?」


 説明を聞いた二人は口々にそう言って、男たちを睨み付ける。


(まったく……。妙なところで喧嘩っ早いというか……)


 二人が自分のために怒ってくれているであろうことを理解しているディラルドは、内心で苦笑する。


「わ、わかった。わかったから、そんな目で睨まないでくれ!」


 男たちはイニィルとスティーリアの言葉に何度もうなずくと、我先にとその場から去っていく。後には、ディラルドたちと、男たちに絡まれていた少女が残った。その少女は、急な展開についていけなかったようで、茫然としている。
 そんな様子を横目でちらりと確認した後、ディラルドはこの場を収めた二人に改めてお礼を言う。お礼を言われた二人は、先ほどまでの様子とは打って変わって、笑みを浮かべて頷いている。


「ディル兄さんの役に立てたなら良かった。でも、ディル兄さんも本気を出せばあんな連中簡単に追い払えたでしょう?」
「いや、あれは奥の手みたいなものだし、そうそう出来るものじゃないからさ。後、別に兄妹じゃないんだし、その兄さんっていうのやめない?」
「……ディル兄はディル兄。……じゃあ、わたしたち報告に行ってくるから」
 

 後はよろしく、そういって双子の冒険者たちはその場を後にする。ディラルドは二人が受付に行くのを見送ると、一つ息をついて未だに茫然としている少女に声をかける。


「さて、色々あったけど、とりあえずあっちの方に行って依頼の受付をしようか?」


 少女はディラルドのその言葉で我に返ると、わたわたとし始める。ディラルドに聞こえるかどうかといった声で、お礼をしなきゃ、でも、などぶつぶつ呟いていたが、急に顔を上げ、ディラルドを見つめ、声を張り上げた。


「あの! 私、ギルドに依頼を申込みに来たんじゃないんです!」




ーーーーーーーーーーーーーーー




「フィオナ・セスタ、16歳……、登録ジョブは魔術師……と。じゃあ、魔術師ということなんで現在の魔力量の測定するわね。この水晶玉に手を置いてちょうだい」


 そう言って、受付の女性が小さめの水晶玉を受付カウンターの下から取り出す。フィオナが手を置くと水晶は淡い光を放ち、受けつに備え付けてあるモニターに数値が表示される。


「へぇ……。結構優秀な感じね。これなら無理をしなければ問題ないかしら。それじゃあ、登録はこれで終わりね。次に、ギルドについて説明するけど、大丈夫?」


 登録が完了したと言われほっとした表情を浮かべたフィオナだったが、女性のその言葉に表情を引き締めて、頷く。


「じゃあ、まず最初に一つ。このギルドでは新人さんにはサポーターについてもらうことになってるの」
「サポーター……ですか?」

 受付の説明に、フィオナは首をかしげる。大抵の新人はこのような反応とるため、受付も慣れたもので、軽く頷き説明を続ける。

「サポーターっていうのは、ギルドにおける活動についていろいろ補助してくれる人のことよ。彼らも冒険者は冒険者なんだけど、ギルド専属みたいな感じかしら? 新人だとパーティ組んでくれる人も少ないしね。戦闘とかでも一緒にパーティを組んで補佐をしてくれるわ」


 なるほど、とフィオナは思った。実際、外の街から王都にやってきたため、知り合いもおらず土地勘もないフィオナのような人間にとってサポーターという存在はありがたい。そう思いつつフィオナは、疑問に思ったことを尋ねる。


「えっと、サポーターさんについてもらうにはお金が必要なんですか? 後、期間はどうなってるんでしょうか?」


 もしお金が必要であるならほんの短い間しかお願いすることはできない、と自分の懐具合から考えたからだ。しかし、受付はフィオナのその質問に呆れた表情を見せる。


「あのね。新人が稼げるお金なんて知れてるんだから。そこからさらにお金をとろうなんて思ってないわよ。サポーターに対するお金はギルドが支払うから貴女は気にする必要ないわ」


 実際、最低ランクのG級の冒険者が受けられる依頼の報酬だと、一日にいくつか依頼をこなすことで何とか普通の生活を送っていけると金額の稼ぎしか得られない。そのため、G級の冒険者たちは依頼を多くこなすか、あるいは誰かに金銭の支援をしてもらうということをしない限り、装備を新調することもままならなかったりする。



「後、期間だけど、貴女次第ね。貴女が、サポーターを必要としないと感じた時点で、断ればいいわよ。極端な話、今日中に必要最低限のことだけ聞いて、それで終了ってしてくれても構わないわ」


 もっともそんな命知らずはほとんどいないけど、笑って答えながら、フィオナの表情を伺う。フィオナの表情に無理をしようとする様子はなく、安心したような表情を浮かべていた。


(……よかった。迷惑じゃなかったら、色々教えてもらおう)


「さて。早速、貴女についてもらうサポーターを呼ぶわね。と言っても、貴女は初対面じゃないみたいだけど」


 そう言って、受付に備え付けてある通信端末に向けて連絡を取り始める。フィオナが初対面じゃないという言葉に首を傾げていると――。


「ミラルドさん。仕事ですか?」


 受付の奥にある階段から黒髪の青年が下りてきて、受付の女性――ミラルドに声をかける。フィオナはそちらを見て、驚きの表情を見せる。下りてきた青年は先ほどフィオナが他の冒険者たちに絡まれていた時に、助けてくれた青年だったからである。


「あ、さっきの……!」
「ん? 君はさっきの……。そっか、この子のサポーターにつけばいいんですね?」


 青年――ディラルドは、フィオナの姿を確認すると、納得したような表情を浮かべた。フィオナの方は、先ほど助けてくれた青年が――実際に助けてくれたのは二人の少女だったが――これから補佐してくれると知り、ほっとしていた。
 やや人見知りしがちなフィオナだが、先ほどの件からこの青年が優しいだろうことは何となく感じており、安心できると思ったからだ。


「そ。で、後はディルに任せるわ。ギルドについての説明もまだしてないし、よろしくねー。じゃあ、次の人、どうぞー」


 フィオナがとりあえず挨拶と先程の礼をしようとすると、ミラルドがそんなことを言って次に待っていた
人を呼び出してしまった。
 ミラルドのその言動にフィオナは固まってしまう。その様子を見た、ディラルドは苦笑しながら、フィオナに声をかける。


「まったく、ミラルドさんは……。えっと、お昼も過ぎてるしとりあえず、あっちの食堂に行って話そうか? 僕がご飯おごるよ」
 



「なるほど。じゃあ、フィオナさんは王都の出身じゃないんだ」
「はい。今朝、王都にやって来て……。宿をとってからここに来ました」

 ギルドに併設されている食堂で遅めの昼食をとりながら、ディラルドとフィオナは会話している。お互いに簡単な自己紹介を済ませ、ディラルドがギルドについての基本事項を一通り説明し終わったところで、二人は自分たちが注文した料理を食べ始めた。ちなみにディラルドはオムライスを、フィオナはパスタをそれぞれ食べている。
 説明を聞いたフィオナに特に大きな疑問はなかったようで、今は雑談をしつつ、今後の方針を話し合っているところである。


「そっか。ちなみにどこの街の出身? フィオナさんの髪色とかだと、王国の西部の方?」


 ディラルドは、フィオナの肩より少し伸ばした栗色の髪とより深い茶色の瞳を見て尋ねる。


「えっと、そうですね。王国の西部の街です。その、街の名前は……」


 街の名前を告げようとしたところでフィオナは口ごもる。その様子に何かを察したディラルドは、軽く手を振って、


「あ、いいにくいなら全然言わなくていいよ。ほぼ初対面の男に故郷がどこかなんて言えないよねー」


 と、おどけながらフィオナに告げる。フィオナはディラルドがそうやって冗談のように言ってくれたことに、ありがたさと申し訳なさを感じながら小さく頷いた。


「さて。じゃあ、そろそろ今後の方針を決めようか。とりあえずは、僕がサポーターにつくということでいいんだよね?」


 ディラルドは空気を変えるように手を叩いた後、フィオナにそう確認した。


「はい。全然、こっちの方のことわからないですし、どれくらいやっていけるかもわからないので、申し訳ないですけど、よろしくお願いします」
「うん、オッケー。じゃあ、今日はあれだから、明日から依頼始めようか。とりあえず明日と明後日は、王都の案内も兼ねて王都内で受けられる依頼にしようと思うんだけど、どう?」


 ディラルドの提案に、フィオナは一瞬思案してすぐに頷く。流石に、いきなり最初の依頼で外に出て魔物と戦うのは怖いという思いがあった。さらに、王都についてからは冒険者ギルドに行くことへの不安と緊張とで王都の風景を楽しむ余裕が全くなかったため、そういう依頼のほうが楽しんで受けらるとも思ったのだ。


「じゃあ、決まり。そうだ、宿は何てとこにとってる?」


 フィオナの宿の近くで待ち合わせよう考えたディラルドはそう尋ねる。


「えっと、ウサギの憩い亭というところです」
「へ?」


 フィオナが今朝とった宿の名前を思い出しながら、ディラルドに伝えるとディラルドは驚いたような顔を見せる。


「あの……。どうかしたんですか?」
「いや……。僕が借りてる宿と同じだったから、びっくりしちゃって」
「え!?」

 新人冒険者にとって良心的な宿だしな、とディラルドはなおも呟いてるが、驚いているフィオナの耳には入ってこなかった。
 ディラルドは、そんなフィオナを見て悪戯っぽく笑みを浮かべると、手を差し出した。


「じゃあ、改めて。王都冒険者ギルドにようこそ! これからよろしくね、フィオナ!」

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