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九.(最終)
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「素晴らしい! これが長曽根虎徹か! これは間違いなく……斬れる!」
近藤が挙げた声は、番頭や鍛冶平が初めてこの刀を見た時に上げた声と同じ――いや、それ以上に心底感嘆したような声だった。
偽物と気付かれたわけではなかったようで、少しほっとした。
「まさか長曽根虎徹とはこれほどのものだったとは! この刀があれば、京の不逞浪士どもを一掃するのも容易かろう」
うんうん、と目を細めて子供のように嬉しそうにしている近藤を見ていると、伊助もまた自然と目尻が下がっていくのを覚えた。
「しかし、これほどの名刀を、本当に20両でよいのか?」
「もちろんでございます。この刀が手に入ったのは本当に偶然のことでございました。きっと近藤様の手に渡るべき運命だったのでございましょう」
最後に少しばかりのおべんちゃらを追加して、伊助は深く平伏した。
平伏しながら伊助は心の中で付け加えた。
……近藤様。その刀は“本物”の虎徹ではございません。しかし、刀身は紛れもなく一級品。偽の銘を切った者も、紛れもなく一級品でございます。近藤様自身が一級品であれば、きっとその“偽物”の虎徹は“本物”になってくれることでございましょう。
* * *
座敷には刀が無くなり、近藤が置いた和紙にくるまれた20両の小判が残されていた。番頭と一緒に表で近藤を見送り、同じ座敷に戻ってくるととても静かに感じた。
近藤がいた時と同じように座布団に正座し、しばらく目を閉じる。
「しかし、目の利かない客でございましたね」
と番頭が伊助に声をかけてくるまでのしばらくの間、少し放心していた。その間、何を考えていたのか、自分でもよくわからない。
偽物だと気付かれなくてほっとしたのか。近藤のこれからの活躍に期待を膨らましていたのか。ひょっとしたら、偽物だと気付かれなかったことに少しの失望もあったのかもしれない。
「まぁ、ああいう客がいるから、我々のような店が儲かるというものですが」
「本当にそうでしょうか?」
揶揄するような番頭の物言いに対して、伊助は静かにそう言った。
「近藤様は、一番大切な所はしっかりと見ていらっしゃいましたよ。刀にとっては、斬れることが何よりも一番大事でしょう?」
「……そうでしょうか? 旦那様は、少々あの近藤という人物を過大評価しているのではございませんか?」
「さて……そうかもしれませんね」
目が利かなったのは、伊助だったのか、番頭だったのか。それは、今この時点ではお互いに分かりかねることである。
「まぁ、そういうことですから、再び近藤様の名を聞く日を楽しみにしておきましょう」
それで近藤の話は終わりだった。店先の喧騒は、微かに伊助の耳にも届いていた。人物はさておき、刀を買い求める者は、次から次へとやってくるのである。
「これを片付けておいてください」
伊助は小判の包みを取り上げ、番頭にしまっておくように命じた。番頭はそれを一礼して受け取り、部屋を出て行った。その背中に、小僧に新しいお茶を淹れてくるように伝えるように、と声をかけた。
……刀身は一級品。偽の銘を切った人間も一級品。その刀を持つことになった人間も一級品。
……ならば自分は何級品なのだろう。
そんなことを考えながら、再びまた、隠れた一級品の人物が店を訪れるのではないかと密かに期待していた。
* * *
ふた月後の文久三年二月二十七日。近藤をはじめとした天然理心流の門弟を含めた二百余名の浪士組は江戸を発った。偽物の虎徹を腰に下げ、意気揚揚と京へと向かうこの男が、後に新撰組局長・近藤勇として、混乱する京の治安を担う存在になろうとは、この時は誰も知る由はなかったのである。
近藤が挙げた声は、番頭や鍛冶平が初めてこの刀を見た時に上げた声と同じ――いや、それ以上に心底感嘆したような声だった。
偽物と気付かれたわけではなかったようで、少しほっとした。
「まさか長曽根虎徹とはこれほどのものだったとは! この刀があれば、京の不逞浪士どもを一掃するのも容易かろう」
うんうん、と目を細めて子供のように嬉しそうにしている近藤を見ていると、伊助もまた自然と目尻が下がっていくのを覚えた。
「しかし、これほどの名刀を、本当に20両でよいのか?」
「もちろんでございます。この刀が手に入ったのは本当に偶然のことでございました。きっと近藤様の手に渡るべき運命だったのでございましょう」
最後に少しばかりのおべんちゃらを追加して、伊助は深く平伏した。
平伏しながら伊助は心の中で付け加えた。
……近藤様。その刀は“本物”の虎徹ではございません。しかし、刀身は紛れもなく一級品。偽の銘を切った者も、紛れもなく一級品でございます。近藤様自身が一級品であれば、きっとその“偽物”の虎徹は“本物”になってくれることでございましょう。
* * *
座敷には刀が無くなり、近藤が置いた和紙にくるまれた20両の小判が残されていた。番頭と一緒に表で近藤を見送り、同じ座敷に戻ってくるととても静かに感じた。
近藤がいた時と同じように座布団に正座し、しばらく目を閉じる。
「しかし、目の利かない客でございましたね」
と番頭が伊助に声をかけてくるまでのしばらくの間、少し放心していた。その間、何を考えていたのか、自分でもよくわからない。
偽物だと気付かれなくてほっとしたのか。近藤のこれからの活躍に期待を膨らましていたのか。ひょっとしたら、偽物だと気付かれなかったことに少しの失望もあったのかもしれない。
「まぁ、ああいう客がいるから、我々のような店が儲かるというものですが」
「本当にそうでしょうか?」
揶揄するような番頭の物言いに対して、伊助は静かにそう言った。
「近藤様は、一番大切な所はしっかりと見ていらっしゃいましたよ。刀にとっては、斬れることが何よりも一番大事でしょう?」
「……そうでしょうか? 旦那様は、少々あの近藤という人物を過大評価しているのではございませんか?」
「さて……そうかもしれませんね」
目が利かなったのは、伊助だったのか、番頭だったのか。それは、今この時点ではお互いに分かりかねることである。
「まぁ、そういうことですから、再び近藤様の名を聞く日を楽しみにしておきましょう」
それで近藤の話は終わりだった。店先の喧騒は、微かに伊助の耳にも届いていた。人物はさておき、刀を買い求める者は、次から次へとやってくるのである。
「これを片付けておいてください」
伊助は小判の包みを取り上げ、番頭にしまっておくように命じた。番頭はそれを一礼して受け取り、部屋を出て行った。その背中に、小僧に新しいお茶を淹れてくるように伝えるように、と声をかけた。
……刀身は一級品。偽の銘を切った人間も一級品。その刀を持つことになった人間も一級品。
……ならば自分は何級品なのだろう。
そんなことを考えながら、再びまた、隠れた一級品の人物が店を訪れるのではないかと密かに期待していた。
* * *
ふた月後の文久三年二月二十七日。近藤をはじめとした天然理心流の門弟を含めた二百余名の浪士組は江戸を発った。偽物の虎徹を腰に下げ、意気揚揚と京へと向かうこの男が、後に新撰組局長・近藤勇として、混乱する京の治安を担う存在になろうとは、この時は誰も知る由はなかったのである。
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