一級品の偽物

弐式

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八.

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「これは、私の目利きなんですよ。私も刀商人を長くやっているから、それなりに人を見る目はついた気がするよ。私はね。あの男が、近い将来、私らには及びもつかぬほどの大人物になるような気がするんだ。世の中を、あっと言わせるようなことをしてのけるんじゃないかって、根拠はないけれど妙な確信を持ったんだ。私は、そんな男の為に、最高の一振りを用意してやりたいのさ」

 鍛冶平は腕を組み、天井を見上げてじっと考えていたが、やがてぶっきらぼうに「数日、時間を貰うぞ」と言った。了承をもらえたようだと、ほっと胸をなでおろした伊助に、鍛冶平はこうも続けた。

「人の目利きは難しいぞ。どんだけ人を見たって、これだ、って決め手はどこにもないもんだからな。才能なんてないくせに世渡り上手で上に行っちまったり分不相応な名声を手に入れちまう奴もいる。逆に才能があるのに運に見放されて、一生うだつの上がらない人生しかない奴だっている。それに大人物になったとしても、それはとんでもねぇ大悪党になる方に、その才能を伸ばしてしまうかもしれねぇ」

 鍛冶平は自分のことを言っているのだろうか、と伊助は思った。真剣に刀鍛冶としての腕を磨き、目利きの勉強に時間を費やしてきたしてきた鍛冶平が、どういう経緯をたどって、偽名を切るなどという悪しき行為に手を染め、ついさっき語ったような価値観を得るに至ったのか……。実際には、鍛冶平にしても“運”としか言いようのないことだったのかもしれない。

   *   *   *

 次に近藤が相模屋を訪れたのは年の瀬も近付いたころだった。近藤も、浪士隊に加わる準備でなど大忙しだったはずだが、連絡を入れるとすぐにやってきた。

 初めて会ってから半月ほどが過ぎ、その間に刀剣商の伊助の耳にも、浪士隊の話は色々と漏れ聞こえてきていたが、伝え聞いた噂はあまり芳しいものではなかった。腕に覚えのあるものは誰かれ構わず参加を許す、としているために、博徒が手下を引きつれて参加しているとか、素性に難がある者も大勢加わっているという噂である。これからひと騒動もふた騒動もありそうだと、内心伊助は不安を覚えていた。

 近藤はどうであろうかと思っていたが、刀を取りに来た近藤からは、子供が玩具を求めるような嬉々とした印象しか受けなかった。

「お忙しいところ、御足労いただきありがとうございます」

「うむ。刀の用意が出来たと聞いて、いてもたってもおられずに、取るものも取らずに駆けつけた次第」

 前回来た時と同じ部屋で、近藤は待ちきれないという態度を隠しもせず、挨拶もそこそこに刀を見せるように伊助に催促した。

「方々を探し回ってようやく手に入れた、長曽根虎徹の一振りでございます。2尺3寸と5分約71.2cmのこの刀は、まさしく近藤様が持つに相応しい逸品でございます」

 台の上に布を敷いて、その上に柄や鍔、鞘といった刀装一式が取り払われ、刀身のみが置かれていた。その台を、伊助は近藤の前に置いた。

 方々を探し回ったなどというのは、もちろん真っ赤な嘘。しかし、名工・源清麿の業物に、偽銘を切る達人・鍛冶平が銘を切った至高の一振りである。ある意味、虎徹よりも価値ある刀といえた。

 もっとも、近藤が求めているのは名刀、長曽祢虎徹である。求められたものを用意できなかったことに違いはない。

「これは……」

 刀を見た近藤は目を見開き、驚いたような声を上げて、しばらく次の言葉が出てこないという感じだった。伊助はその態度を一瞬、偽物と気づいたが故のものではないかと疑った。

 表情を変えないように気を付けながら、伊助は近藤の次の言葉を待った。
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