7 / 9
七.
しおりを挟む
伊助が持参した刀袋を渡すと、鍛冶平は慎重な手つきで刀袋から刀を取り出し、鞘から刀身を引き抜くと、相模屋で番頭がそうしたように光を当てながらじっくりと観察した。
「もしや……これは、清麿か? 素晴らしい。名刀だ」
鍛冶平もまた、感嘆の声を上げた。
「これに虎徹の銘を切って、家綱公の時代の刀に見えるように仕上げてほしい」
「おいおい。何て勿体ねぇこと言いやがる」
鍛冶平は、そう笑って言いながら鞘に納めた。
ちなみに、家綱公とは四代将軍、徳川家綱のこと。幕府の基盤を確固たるものにするため戦国の名残を残した武力に頼る政治――所謂、武断政治に一つの区切りがつき、理によって統治を行おうという文治政治に方針を転換した時期の将軍である。大規模な騒乱が起きる世の中ではなくなったことを誰もが実感し“刀”というものの価値が大きく変わった時代でもある。
「ま、旦那の依頼とあれば引き受けないわけにもいかねぇや。で、一体どこのお旗本からの依頼だい?」
「いや、多摩の田舎の小道場の主の依頼でね」
「なんだとぉ!」
伊助の返答を聞いた鍛冶平は目をむいて、
「冗談じゃねぇ!」
不快さを顔いっぱいに広げて吐き捨てるように怒鳴ると立ち上がった。
「旦那の頼みなら、多少の事は引き受けるがね。そんな田舎者に売りつける刀の偽銘を俺に切れっていうのかい?」
鍛冶平はもう一度、「冗談じゃねぇ!」を繰り返した。
「そこをなんとか、引き受けてはいただけませんか?」
「なぁ、相模屋さん。アンタとは短くない付き合いだから、いまさらこんなことを言いたくはないんだが……」
鍛冶平は再びどさっと座布団の上に胡坐を組んで座り込んだ。顎に手を受けて、伊助に対して睨むような目を向けた。
「俺が銘を切るってことは、価値のない刀を、例えば虎徹と同じ価値を持たせるってことだ。何の価値もないもんが、俺の手で価値のあるものに生まれ変わるってことだ。だから、俺が銘を切った刀を持つ人間にも、同等の“格”を求めてぇんだよ。……なぁ旦那。俺のこの腕を、屑刀の値の桁を一つ増やす材料くらいにしか思っていねぇっていうのなら、もう金輪際、旦那の仕事は出来ねぇよ。これは、俺の美学で、哲学で、意地ってもんだ。それを分かってもらえない相手とは仕事は出来ねぇ」
そう言うと、ぎっちりと両腕を組んで、ぷいっと横を向いてしまった。
正直、鍛冶平の美学は、伊助には分かりかねるものではあった。分かりかねるものではあったが、引き受けてもらわなければ刀を近藤に渡すことができない。
「そこを曲げて……お願いいたします。細田殿」
伊助は両手をついて深々と頭を下げた。
「お、おいおい、よしてくれよ」
伊助は、理屈で相手を説き伏せるよりも、時には正直に何もかも包み隠さずに伝える方がうまくいくこともあることを知っていた。そして、鍛冶平の慌てふためいた反応をみたところ、どうやら今回は正直に話す方がいい結果が出る場合のようだった。
「どうやら、よっぽど大事な客のようだな。よほどの上客なのかい?」
「いえ、今日初めて会った客ですよ」
「分からないねぇ。そんな客相手に、旦那が何でそこまでしなけりゃならねぇ?」
呆れたような口調で問う鍛冶平に、伊助は、先ほど会ったばかりの近藤について、詳しく語って聞かせた。
「もしや……これは、清麿か? 素晴らしい。名刀だ」
鍛冶平もまた、感嘆の声を上げた。
「これに虎徹の銘を切って、家綱公の時代の刀に見えるように仕上げてほしい」
「おいおい。何て勿体ねぇこと言いやがる」
鍛冶平は、そう笑って言いながら鞘に納めた。
ちなみに、家綱公とは四代将軍、徳川家綱のこと。幕府の基盤を確固たるものにするため戦国の名残を残した武力に頼る政治――所謂、武断政治に一つの区切りがつき、理によって統治を行おうという文治政治に方針を転換した時期の将軍である。大規模な騒乱が起きる世の中ではなくなったことを誰もが実感し“刀”というものの価値が大きく変わった時代でもある。
「ま、旦那の依頼とあれば引き受けないわけにもいかねぇや。で、一体どこのお旗本からの依頼だい?」
「いや、多摩の田舎の小道場の主の依頼でね」
「なんだとぉ!」
伊助の返答を聞いた鍛冶平は目をむいて、
「冗談じゃねぇ!」
不快さを顔いっぱいに広げて吐き捨てるように怒鳴ると立ち上がった。
「旦那の頼みなら、多少の事は引き受けるがね。そんな田舎者に売りつける刀の偽銘を俺に切れっていうのかい?」
鍛冶平はもう一度、「冗談じゃねぇ!」を繰り返した。
「そこをなんとか、引き受けてはいただけませんか?」
「なぁ、相模屋さん。アンタとは短くない付き合いだから、いまさらこんなことを言いたくはないんだが……」
鍛冶平は再びどさっと座布団の上に胡坐を組んで座り込んだ。顎に手を受けて、伊助に対して睨むような目を向けた。
「俺が銘を切るってことは、価値のない刀を、例えば虎徹と同じ価値を持たせるってことだ。何の価値もないもんが、俺の手で価値のあるものに生まれ変わるってことだ。だから、俺が銘を切った刀を持つ人間にも、同等の“格”を求めてぇんだよ。……なぁ旦那。俺のこの腕を、屑刀の値の桁を一つ増やす材料くらいにしか思っていねぇっていうのなら、もう金輪際、旦那の仕事は出来ねぇよ。これは、俺の美学で、哲学で、意地ってもんだ。それを分かってもらえない相手とは仕事は出来ねぇ」
そう言うと、ぎっちりと両腕を組んで、ぷいっと横を向いてしまった。
正直、鍛冶平の美学は、伊助には分かりかねるものではあった。分かりかねるものではあったが、引き受けてもらわなければ刀を近藤に渡すことができない。
「そこを曲げて……お願いいたします。細田殿」
伊助は両手をついて深々と頭を下げた。
「お、おいおい、よしてくれよ」
伊助は、理屈で相手を説き伏せるよりも、時には正直に何もかも包み隠さずに伝える方がうまくいくこともあることを知っていた。そして、鍛冶平の慌てふためいた反応をみたところ、どうやら今回は正直に話す方がいい結果が出る場合のようだった。
「どうやら、よっぽど大事な客のようだな。よほどの上客なのかい?」
「いえ、今日初めて会った客ですよ」
「分からないねぇ。そんな客相手に、旦那が何でそこまでしなけりゃならねぇ?」
呆れたような口調で問う鍛冶平に、伊助は、先ほど会ったばかりの近藤について、詳しく語って聞かせた。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説

永き夜の遠の睡りの皆目醒め
七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。
新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。
しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。
近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。
首はどこにあるのか。
そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。
※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
命の番人
小夜時雨
歴史・時代
時は春秋戦国時代。かつて名を馳せた刀工のもとを一人の怪しい男が訪ねてくる。男は刀工に刀を作るよう依頼するが、彼は首を縦には振らない。男は意地になり、刀を作ると言わぬなら、ここを動かぬといい、腰を下ろして--。
二人の男の奇妙な物語が始まる。

新選組徒然日誌
架月はるか
歴史・時代
時は幕末、動乱の時代。新撰組隊士達の、日常を切り取った短編集。
殺伐とした事件等のお話は、ほぼありません。事件と事件の間にある、何気ない日々がメイン。
基本的に1話完結。時系列はバラバラ。
話毎に主人公が変わります(各話のタイトルに登場人物を記載)。
土方歳三と沖田総司が多め。たまに組外の人物も登場します。
最後までお付き合い下さると嬉しいです。
お気に入り・感想等頂けましたら、励みになります。
よろしくお願い致します。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
幕末レクイエム―士魂の城よ、散らざる花よ―
馳月基矢
歴史・時代
徳川幕府をやり込めた勢いに乗じ、北進する新政府軍。
新撰組は会津藩と共に、牙を剥く新政府軍を迎え撃つ。
武士の時代、刀の時代は終わりを告げる。
ならば、刀を執る己はどこで滅ぶべきか。
否、ここで滅ぶわけにはいかない。
士魂は花と咲き、決して散らない。
冷徹な戦略眼で時流を見定める新撰組局長、土方歳三。
あやかし狩りの力を持ち、無敵の剣を謳われる斎藤一。
schedule
公開:2019.4.1
連載:2019.4.19-5.1 ( 6:30 & 18:30 )

新撰組のものがたり
琉莉派
歴史・時代
近藤・土方ら試衛館一門は、もともと尊王攘夷の志を胸に京へ上った。
ところが京の政治状況に巻き込まれ、翻弄され、いつしか尊王攘夷派から敵対視される立場に追いやられる。
近藤は弱気に陥り、何度も「新撰組をやめたい」とお上に申し出るが、聞き入れてもらえない――。
町田市小野路町の小島邸に残る近藤勇が出した手紙の数々には、一般に鬼の局長として知られる近藤の姿とは真逆の、弱々しい一面が克明にあらわれている。
近藤はずっと、新撰組を解散して多摩に帰りたいと思っていたのだ。
最新の歴史研究で明らかになった新撰組の実相を、真正面から描きます。
主人公は土方歳三。
彼の恋と戦いの日々がメインとなります。

政府の支配は受けぬ!日本脱退物語
田中畔道
歴史・時代
自由民権運動が盛り上がる明治時代。国会開設運動を展開してきた自由党員の宮川慎平は、日本政府の管理は受けないとする「日本政府脱管届」を官庁に提出し、世間を驚かせる。卑劣で不誠実な政府が支配するこの世の異常性を訴えたい思いから出た行動も、発想が突飛すぎるゆえ誰の理解も得られず、慎平は深い失意を味わうことになるー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる