一級品の偽物

弐式

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七.

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 伊助が持参した刀袋を渡すと、鍛冶平は慎重な手つきで刀袋から刀を取り出し、鞘から刀身を引き抜くと、相模屋で番頭がそうしたように光を当てながらじっくりと観察した。

「もしや……これは、清麿か? 素晴らしい。名刀だ」

 鍛冶平もまた、感嘆の声を上げた。

「これに虎徹の銘を切って、家綱公の時代の刀に見えるように仕上げてほしい」

「おいおい。何て勿体ねぇこと言いやがる」

 鍛冶平は、そう笑って言いながら鞘に納めた。

 ちなみに、家綱公とは四代将軍、徳川家綱のこと。幕府の基盤を確固たるものにするため戦国の名残を残した武力に頼る政治――所謂、武断政治に一つの区切りがつき、理によって統治を行おうという文治政治に方針を転換した時期の将軍である。大規模な騒乱が起きる世の中ではなくなったことを誰もが実感し“刀”というものの価値が大きく変わった時代でもある。

「ま、旦那の依頼とあれば引き受けないわけにもいかねぇや。で、一体どこのお旗本からの依頼だい?」

「いや、多摩の田舎の小道場の主の依頼でね」

「なんだとぉ!」

 伊助の返答を聞いた鍛冶平は目をむいて、

「冗談じゃねぇ!」

 不快さを顔いっぱいに広げて吐き捨てるように怒鳴ると立ち上がった。

「旦那の頼みなら、多少の事は引き受けるがね。そんな田舎者に売りつける刀の偽銘を俺に切れっていうのかい?」

 鍛冶平はもう一度、「冗談じゃねぇ!」を繰り返した。

「そこをなんとか、引き受けてはいただけませんか?」

「なぁ、相模屋さん。アンタとは短くない付き合いだから、いまさらこんなことを言いたくはないんだが……」

 鍛冶平は再びどさっと座布団の上に胡坐を組んで座り込んだ。顎に手を受けて、伊助に対して睨むような目を向けた。

「俺が銘を切るってことは、価値のない刀を、例えば虎徹と同じ価値を持たせるってことだ。何の価値もないもんが、俺の手で価値のあるものに生まれ変わるってことだ。だから、俺が銘を切った刀を持つ人間にも、同等の“格”を求めてぇんだよ。……なぁ旦那。俺のこの腕を、屑刀の値の桁を一つ増やす材料くらいにしか思っていねぇっていうのなら、もう金輪際、旦那の仕事は出来ねぇよ。これは、俺の美学で、哲学で、意地ってもんだ。それを分かってもらえない相手とは仕事は出来ねぇ」

 そう言うと、ぎっちりと両腕を組んで、ぷいっと横を向いてしまった。

 正直、鍛冶平の美学は、伊助には分かりかねるものではあった。分かりかねるものではあったが、引き受けてもらわなければ刀を近藤に渡すことができない。

「そこを曲げて……お願いいたします。細田殿」

 伊助は両手をついて深々と頭を下げた。

「お、おいおい、よしてくれよ」

 伊助は、理屈で相手を説き伏せるよりも、時には正直に何もかも包み隠さずに伝える方がうまくいくこともあることを知っていた。そして、鍛冶平の慌てふためいた反応をみたところ、どうやら今回は正直に話す方がいい結果が出る場合のようだった。

「どうやら、よっぽど大事な客のようだな。よほどの上客なのかい?」

「いえ、今日初めて会った客ですよ」

「分からないねぇ。そんな客相手に、旦那が何でそこまでしなけりゃならねぇ?」

 呆れたような口調で問う鍛冶平に、伊助は、先ほど会ったばかりの近藤について、詳しく語って聞かせた。
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