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五.
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* * *
「虎徹を、20両で……ございますか?」
近藤が帰った後、同じ部屋に番頭を招き入れ、先ほど近藤から受けた依頼を話して聞かせると、番頭は嘲るような声を上げた。それは、おそらく近藤という男の無知に対してだろう。
「どういたしますか? 無銘の刀に銘を切って渡してやりますか?」
番頭がそう問うのに、伊助は即答せず小さく息を吐き出した。
所詮、刀剣商の世界とは偽物を掴ませたとしても、掴まされたとしても、目が利かぬ方が悪いと言われる世界である。
伊助だって、これまでの商いでそういったことを何度も繰り返していた。そういう行為に後ろめたさを感じたこともない。むしろ、そういう屑刀を法外な値段で売りつけられた客の方が伊助に感謝し、大事そうに帰っていくものだった。
しかし、今回ばかりはそんな阿漕な商売をしたくはないと考えていた。それは、近藤が自分に見せた誠実さに対しての、伊助なりの誠意であった。
「いえ、私はあの御仁に、そんな真似をしたくないのですよ」
伊助は内心を素直に口にした。
「しかし、現実に今、私どもの手元に虎徹などありませんよ。伝手を頼りに探そうにも、同業者の手に渡ったという話も聞きませんし……」
番頭は「無理です」と両手を上げた。
「……」
「まさか、本当に虎徹を探し出してくるつもりございますか?」
考え込んだ伊助に、番頭が驚いたように声を上げた。もちろん、それが出来っこないことは伊助だって分かっている。
伊助はおもむろに立ち上がり番頭についてくるように促した。小僧に履物を用意させると、手入れの生き届いた小さな庭を横切ったところにある蔵に向かう。番頭に鍵を開けさせてその中に入ると、売り物とは別に置かれた大きな黒塗りの箱があった。伊助がおもむろに蓋を持ち上げると、その中には刀袋に入れられた刀が一振りしまわれて
いた。
「これは……?」
「先日とある縁で手に入れた刀でね……黙っていたが、まぁ開いてみなさい」
伊助が刀袋を開くように促すと、番頭は刀を取り出した。番頭はすっと鞘から引き抜き、切っ先を、刃先を、反りを、それぞれ確かめ、「これは素晴らしい」と感嘆の声を上げた。その様子を見た伊助は満足してうなずいた。この刀は、この番頭のような普段から刀を見慣れている者でさえもなかなか目にすることのないレベルの名刀なのだから、このくらいは驚いてもらわないと張り合いがないというものである。
「まさしく長曽祢虎徹と比べても遜色ないほどの名刀。しかし、この刀は……」
「この刀は源清麿ですよ。あまりに素晴らしかったので、相応の御仁に持っていただきたいと思って、取っておいたのですよ」
「これが清麿でございますか……」
源清麿は8年ほど前に自殺した刀工である。生前は四谷に住居を構えていたので四谷正宗の異名を取るほどの名刀工だった。まだまだ42歳という年齢だったので、その死は非常に惜しまれた。ちなみに、正宗とは鎌倉時代の終わりごろから室町時代の初めごろにかけて活躍した刀工で、日本刀の代名詞とさえ言われる人物である。
「しかし、これでは虎徹の替わりにはなりますまい」
虎徹に勝るとも劣らぬ逸品といっても差し支えはなかったのだが、伊助はこの刀には重大な欠点があることを知っていた。番頭も、すぐにその事実に気付いたようだった。
そう、この刀はまだまだ新しすぎるのである。
「虎徹を、20両で……ございますか?」
近藤が帰った後、同じ部屋に番頭を招き入れ、先ほど近藤から受けた依頼を話して聞かせると、番頭は嘲るような声を上げた。それは、おそらく近藤という男の無知に対してだろう。
「どういたしますか? 無銘の刀に銘を切って渡してやりますか?」
番頭がそう問うのに、伊助は即答せず小さく息を吐き出した。
所詮、刀剣商の世界とは偽物を掴ませたとしても、掴まされたとしても、目が利かぬ方が悪いと言われる世界である。
伊助だって、これまでの商いでそういったことを何度も繰り返していた。そういう行為に後ろめたさを感じたこともない。むしろ、そういう屑刀を法外な値段で売りつけられた客の方が伊助に感謝し、大事そうに帰っていくものだった。
しかし、今回ばかりはそんな阿漕な商売をしたくはないと考えていた。それは、近藤が自分に見せた誠実さに対しての、伊助なりの誠意であった。
「いえ、私はあの御仁に、そんな真似をしたくないのですよ」
伊助は内心を素直に口にした。
「しかし、現実に今、私どもの手元に虎徹などありませんよ。伝手を頼りに探そうにも、同業者の手に渡ったという話も聞きませんし……」
番頭は「無理です」と両手を上げた。
「……」
「まさか、本当に虎徹を探し出してくるつもりございますか?」
考え込んだ伊助に、番頭が驚いたように声を上げた。もちろん、それが出来っこないことは伊助だって分かっている。
伊助はおもむろに立ち上がり番頭についてくるように促した。小僧に履物を用意させると、手入れの生き届いた小さな庭を横切ったところにある蔵に向かう。番頭に鍵を開けさせてその中に入ると、売り物とは別に置かれた大きな黒塗りの箱があった。伊助がおもむろに蓋を持ち上げると、その中には刀袋に入れられた刀が一振りしまわれて
いた。
「これは……?」
「先日とある縁で手に入れた刀でね……黙っていたが、まぁ開いてみなさい」
伊助が刀袋を開くように促すと、番頭は刀を取り出した。番頭はすっと鞘から引き抜き、切っ先を、刃先を、反りを、それぞれ確かめ、「これは素晴らしい」と感嘆の声を上げた。その様子を見た伊助は満足してうなずいた。この刀は、この番頭のような普段から刀を見慣れている者でさえもなかなか目にすることのないレベルの名刀なのだから、このくらいは驚いてもらわないと張り合いがないというものである。
「まさしく長曽祢虎徹と比べても遜色ないほどの名刀。しかし、この刀は……」
「この刀は源清麿ですよ。あまりに素晴らしかったので、相応の御仁に持っていただきたいと思って、取っておいたのですよ」
「これが清麿でございますか……」
源清麿は8年ほど前に自殺した刀工である。生前は四谷に住居を構えていたので四谷正宗の異名を取るほどの名刀工だった。まだまだ42歳という年齢だったので、その死は非常に惜しまれた。ちなみに、正宗とは鎌倉時代の終わりごろから室町時代の初めごろにかけて活躍した刀工で、日本刀の代名詞とさえ言われる人物である。
「しかし、これでは虎徹の替わりにはなりますまい」
虎徹に勝るとも劣らぬ逸品といっても差し支えはなかったのだが、伊助はこの刀には重大な欠点があることを知っていた。番頭も、すぐにその事実に気付いたようだった。
そう、この刀はまだまだ新しすぎるのである。
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