一級品の偽物

弐式

文字の大きさ
上 下
4 / 9

四.

しおりを挟む
 戦国の世においては、かつては弓が、時代を経ると鉄砲が、戦場の主役であった。足軽は槍を持ち、より長い距離で戦うのが戦であり、戦場での刀の役割は、せいぜいが首級を取るためか、護身用の武器にすぎず、戦場において、刀を抜いて名乗りあって斬り合うという戦い方は、鎌倉の時代になる前には姿を消していたのである。

 しかし、身分制度が確固たるものになった江戸の時代では刀は武士の魂。名刀を持つことが1つの社会的地位の証となっていたのだった。

「実は、来年の将軍上洛に合わせて、浪士隊が結成されることになったのだ。拙者を始め、天然理心流の門弟もこれに参加することとなった次第。畏れ多くも将軍警護の大役の末席に加わる以上、相応の刀を持たねばならぬ」

「あぁ、なるほど……」

 この浪士隊は、庄内藩士の清河八郎の建白によるものであった。

 江戸の無頼漢たちを集め、上洛する将軍・家茂公の前衛として京に乗り込もうという、奇想天外というべきか、卑しくも将軍警護をそのような輩に委ねるなど正気の沙汰かと呆れるべきか――という突飛なアイディアだったが、京での尊王攘夷派の志士達の狼藉に手を焼いていた幕府はこれを採用することにしたのだった。ところが、この清河八郎という男はとんだ奸物で意図するところは別にあり、幕府は一杯食わされることになるのはまた別の話である。

 それはさておき、これがくすぶっていた男にとって、千載一遇の好機と映ったのは当然のことであろう。目を輝かせ、身ぶり手ぶりを交えながら大望を語る近藤に、伊助も何とかしてやりたいと思うようになっていった。

「どころで、近藤様はどのような刀を御所望ですかな」

「うむ。出来れば長曽根虎徹ながそねこてつを手に入れたいのだが」

 長曽根虎徹は江戸時代の初めごろの刀工で、もとは甲冑師でありながら、50歳を過ぎてから刀工に転身した異色の人物である。そのために、遺作には兜や甲冑、籠手なども残っている。作刀をしていた期間は明暦二年(1656年)から延宝五年(1677年)ごろと言われるので、僅か20年ほどの期間である。

 生前から非常に人気があった虎徹の作刀は、その刀身の美しさもさることながら斬れ味に優れていたことから、武士にとっては垂涎の的となっていた。そのために、大名や直参といえどもなかなか手に入らない代物となっていた。いつしか贋作が非常に多く造られ出回るようになり、虎徹を見たら偽物と思え、と言われるほどになっていた。当然、そう易々と手に入るような代物ではない。

 虎徹……とは。

 伊助は顔にこそ出さなかったものの、さすがに困り果ててしまい、額に浮きだした汗を、そっと手拭いで拭きとった。

「失礼ながら、ご予算はどの程度でございましょう?」

「20両ではいかがでござろう?」

 近藤の提示した金額を聞いて伊助の額からさらに汗が吹き出した。もしも、本物の虎徹であったならば、その倍や三倍どころか、下手をすれば十倍を出してでも買うものはいるだろう。

 しかし、結局のところ伊助は、

「分かりました。何とか致しましょう」

 と、胸を叩いて、近藤の無謀な依頼を引き受けることにしたのだった。

   *   *   *
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】斎宮異聞

黄永るり
歴史・時代
平安時代・三条天皇の時代に斎宮に選定された当子内親王の初恋物語。 第8回歴史・時代小説大賞「奨励賞」受賞作品。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

永き夜の遠の睡りの皆目醒め

七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。 新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。 しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。 近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。 首はどこにあるのか。 そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。 ※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい

浅葱色の桜

初音
歴史・時代
新選組の局長、近藤勇がその剣術の腕を磨いた道場・試衛館。 近藤勇は、子宝にめぐまれなかった道場主・周助によって養子に迎えられる…というのが史実ですが、もしその周助に娘がいたら?というIfから始まる物語。 「女のくせに」そんな呪いのような言葉と向き合いながら、剣術の鍛錬に励む主人公・さくらの成長記です。 時代小説の雰囲気を味わっていただくため、縦書読みを推奨しています。縦書きで読みやすいよう、行間を詰めています。 小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも載せてます。

黒の敵娼~あいかた

オボロ・ツキーヨ
歴史・時代
己の色を求めてさまよう旅路。 土方歳三と行く武州多摩。

淡き河、流るるままに

糸冬
歴史・時代
天正八年(一五八〇年)、播磨国三木城において、二年近くに及んだ羽柴秀吉率いる織田勢の厳重な包囲の末、別所家は当主・別所長治の自刃により滅んだ。 その家臣と家族の多くが居場所を失い、他国へと流浪した。 時は流れて慶長五年(一六〇〇年)。 徳川家康が会津の上杉征伐に乗り出す不穏な情勢の中、淡河次郎は、讃岐国坂出にて、小さな寺の食客として逼塞していた。 彼の父は、淡河定範。かつて別所の重臣として、淡河城にて織田の軍勢を雌馬をけしかける奇策で退けて一矢報いた武勇の士である。 肩身の狭い暮らしを余儀なくされている次郎のもとに、「別所長治の遺児」を称する僧形の若者・別所源兵衛が姿を見せる。 福島正則の元に馳せ参じるという源兵衛に説かれ、次郎は武士として世に出る覚悟を固める。 別所家、そして淡河家の再興を賭けた、世に知られざる男たちの物語が動き出す。

愚鈍(ぐどん)な饂飩(うどん)

三原みぱぱ
歴史・時代
江戸時代、宇土と呼ばれる身体の大きな青年が荒川のほとりに座っていた。 宇土は相撲部屋にいたのだが、ある事から相撲部屋を首になり、大工職人に弟子入りする。 しかし、物覚えが悪い兄弟子からは怒鳴られ、愚鈍と馬鹿にされる。そんな宇土の様子を見てる弟弟子からも愚鈍と馬鹿にされていた。 将来を憂いた宇土は、荒川のほとりで座り込んでいたのだった。 すると、老人が話しかけてきたのだった。

鎌倉最後の日

もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!

処理中です...