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後.
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王は、冥王のもとに行くのを恐れ、冥界の王のために立派な神殿を造り、巨大な石像を建てた。王は民から搾り取った金で、半年に一度、盛大に冥王を称える祭りを開いた。
腹を空かせた民衆は、自分たちの口には決して入らない大量の供え物を目の前に無理矢理参加させられ、冥王への捧げ物として毎回何十人もの奴隷が首を切られた。
冥王は公正である。
しかし、いかに公正な存在でも自分のためにここまでされて、悪い気はしない。この者には、もっと相応しい罰があるのではないかと考え始めた。
死者を、冥界のどこに送るかを決めることが出来るのは冥王だけである。一旦送られた魂を、別の場所へ送ることが出来るのも冥王だけである。冥王は、この人間の王を、冥界の中でも罪の軽いものが送られる、鬼も魔物もいないもっと浅い明るい場所へと送ってやろうと考えた。
* * *
冥界の奥深くで、鬼たちの槍でさんざんに突かれ、己と他の死者たちの血の色に変わった毒沼の中でのたうち回っていた人間の王だったが、鬼たちが槍を引くと傷はみるみるうちに回復していった。痛みも引いていく。しかし、これは救いではない。立ち上がれる程度に回復すれば、再び鬼どもが構える槍に貫かれる。こうやって、罪が償われ、魂が消滅するまで、延々と苦痛を与えられるのだ。
王はその苦痛を怖れていた。しかし、他の罪深い死人たちのように、生前の己の罪を振り返り後悔したりすることはなかった。死人となった王は、腹の中では自分は今でも王だと思っていた。
しかし体が回復しても、今度は槍は飛んでこなかった。趣向を変えて腹を鋸で裂こうか、背中に針を打ち込んでいこうかとでも考えているのだろうか。王は、自分が生きていたときに、気の向くままにそうやって罪人――その中には罪とも呼べない罪を着せられた者も多かった――を痛めつけて、なぶって、殺すのが好きだったのを思い返した。鬼どもをぐるりと見渡して立ち上がって叫んだ。
「愉しいか? 冥王よ!! あれだけのことをしてやったのに!!」
ここに来てから、何度も何度も叫んだ台詞であった。
いつだって、その後に残るのは静寂だけ――。
ところが今回は王の怒声に呼応するかのようにして、空から光の帯が伸びてきた。それはやがて金色に輝く階段へと形を変えていった。
王は一瞬ためらったが、すぐに意を決して、その階段に足を乗せた。そのまま一段、また一段と上がっていく。おそらく、この過酷な冥界の奥底から抜け出ることが出来るのだろうと、漠然と考えていた。どこに行ったとしても、今よりも酷い目に遭うことはないだろう。
鬼どもの邪魔はなかった。王はずいぶん高く上がってから立ち止まり、下をのぞきこんだ。鬼どもと毒沼の死者たちが見上げているのがわかった。
この光の階段を上がることができるのは自分だけなのだと確信し、「俺は王だ!」と王は叫んだ。
「冥王よ! 感謝するぞ!」
そして再び光の階段を上っていく。
* * *
冥王は別の鏡を覗き込んだ。
そこも深く暗い場所だったが、鬼の姿はない。人間の王がいたところよりは遥かに軽い罪の者が運ばれてくる場所だった。そこには王の兵士だった男がいた。彼は王に虐殺を命じられ、その罪の重さに耐えきれずに命を絶ったのだった。
さらに、もっと明るい場所を写す鏡を、冥王は覗き込んだ。そこにいるのは中年の男と若い娘であった。王に気に入られた町娘とその父親である。王の配下の者によって娘が連れ去られようとした時に抵抗したために、斬り殺されてしまったのだった。
父親の死と引き換えに王宮へ召し抱えられた娘も悲惨な最期を迎えた。二日とかからずに王に飽きられた後は王宮の使用人となっていた。それからほどなくして、暴政に耐えきれなくなった何者かが王の料理に毒を仕込むという事件が起こった。その時に食事を配膳したことが原因で、犯人と疑われて牢に入れられ、食べ物を与えられずに餓死させられたのだ。
冥王はそんな哀れな父娘を同じ所へと送っていた。
別の場所には数十人が固まっていた。彼らは、王によって冥界の神に捧げられた奴隷だった。彼らは王によって賜られた死を名誉なものだなどとは決して思っていなかった。あるのはただただ恨みの気持ちのみである。
冥王はそれぞれの鏡に手を触れる。
すると、鏡の映し出す場所には、人間の王が乗ったのと同じ光の階段が現れた。冥界のあらゆる場所に、数え切れないほどの光の階段が降りていった。
そこには、かつて王によって虐げられ、不遇の死を遂げた人たちがいた。罪の軽い者もいたし、重い者もいた。光の階段の前に立った死者は、不思議と躊躇うことなく階段に足を乗せた。
冥界に生者だったときの地位や貧富による上下はない。王はもはや王ではなく、王に殺された者も、王に理不尽な命令を受けた者も、もはや関係はない。
数え切れないほどの光の階段が下ろされ、数え切れない人たちが同じところに向かっていった――。
かつて王だった人間が向かっているのと同じ場所へ――。
腹を空かせた民衆は、自分たちの口には決して入らない大量の供え物を目の前に無理矢理参加させられ、冥王への捧げ物として毎回何十人もの奴隷が首を切られた。
冥王は公正である。
しかし、いかに公正な存在でも自分のためにここまでされて、悪い気はしない。この者には、もっと相応しい罰があるのではないかと考え始めた。
死者を、冥界のどこに送るかを決めることが出来るのは冥王だけである。一旦送られた魂を、別の場所へ送ることが出来るのも冥王だけである。冥王は、この人間の王を、冥界の中でも罪の軽いものが送られる、鬼も魔物もいないもっと浅い明るい場所へと送ってやろうと考えた。
* * *
冥界の奥深くで、鬼たちの槍でさんざんに突かれ、己と他の死者たちの血の色に変わった毒沼の中でのたうち回っていた人間の王だったが、鬼たちが槍を引くと傷はみるみるうちに回復していった。痛みも引いていく。しかし、これは救いではない。立ち上がれる程度に回復すれば、再び鬼どもが構える槍に貫かれる。こうやって、罪が償われ、魂が消滅するまで、延々と苦痛を与えられるのだ。
王はその苦痛を怖れていた。しかし、他の罪深い死人たちのように、生前の己の罪を振り返り後悔したりすることはなかった。死人となった王は、腹の中では自分は今でも王だと思っていた。
しかし体が回復しても、今度は槍は飛んでこなかった。趣向を変えて腹を鋸で裂こうか、背中に針を打ち込んでいこうかとでも考えているのだろうか。王は、自分が生きていたときに、気の向くままにそうやって罪人――その中には罪とも呼べない罪を着せられた者も多かった――を痛めつけて、なぶって、殺すのが好きだったのを思い返した。鬼どもをぐるりと見渡して立ち上がって叫んだ。
「愉しいか? 冥王よ!! あれだけのことをしてやったのに!!」
ここに来てから、何度も何度も叫んだ台詞であった。
いつだって、その後に残るのは静寂だけ――。
ところが今回は王の怒声に呼応するかのようにして、空から光の帯が伸びてきた。それはやがて金色に輝く階段へと形を変えていった。
王は一瞬ためらったが、すぐに意を決して、その階段に足を乗せた。そのまま一段、また一段と上がっていく。おそらく、この過酷な冥界の奥底から抜け出ることが出来るのだろうと、漠然と考えていた。どこに行ったとしても、今よりも酷い目に遭うことはないだろう。
鬼どもの邪魔はなかった。王はずいぶん高く上がってから立ち止まり、下をのぞきこんだ。鬼どもと毒沼の死者たちが見上げているのがわかった。
この光の階段を上がることができるのは自分だけなのだと確信し、「俺は王だ!」と王は叫んだ。
「冥王よ! 感謝するぞ!」
そして再び光の階段を上っていく。
* * *
冥王は別の鏡を覗き込んだ。
そこも深く暗い場所だったが、鬼の姿はない。人間の王がいたところよりは遥かに軽い罪の者が運ばれてくる場所だった。そこには王の兵士だった男がいた。彼は王に虐殺を命じられ、その罪の重さに耐えきれずに命を絶ったのだった。
さらに、もっと明るい場所を写す鏡を、冥王は覗き込んだ。そこにいるのは中年の男と若い娘であった。王に気に入られた町娘とその父親である。王の配下の者によって娘が連れ去られようとした時に抵抗したために、斬り殺されてしまったのだった。
父親の死と引き換えに王宮へ召し抱えられた娘も悲惨な最期を迎えた。二日とかからずに王に飽きられた後は王宮の使用人となっていた。それからほどなくして、暴政に耐えきれなくなった何者かが王の料理に毒を仕込むという事件が起こった。その時に食事を配膳したことが原因で、犯人と疑われて牢に入れられ、食べ物を与えられずに餓死させられたのだ。
冥王はそんな哀れな父娘を同じ所へと送っていた。
別の場所には数十人が固まっていた。彼らは、王によって冥界の神に捧げられた奴隷だった。彼らは王によって賜られた死を名誉なものだなどとは決して思っていなかった。あるのはただただ恨みの気持ちのみである。
冥王はそれぞれの鏡に手を触れる。
すると、鏡の映し出す場所には、人間の王が乗ったのと同じ光の階段が現れた。冥界のあらゆる場所に、数え切れないほどの光の階段が降りていった。
そこには、かつて王によって虐げられ、不遇の死を遂げた人たちがいた。罪の軽い者もいたし、重い者もいた。光の階段の前に立った死者は、不思議と躊躇うことなく階段に足を乗せた。
冥界に生者だったときの地位や貧富による上下はない。王はもはや王ではなく、王に殺された者も、王に理不尽な命令を受けた者も、もはや関係はない。
数え切れないほどの光の階段が下ろされ、数え切れない人たちが同じところに向かっていった――。
かつて王だった人間が向かっているのと同じ場所へ――。
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