3 / 3
後.
しおりを挟む
王は、冥王のもとに行くのを恐れ、冥界の王のために立派な神殿を造り、巨大な石像を建てた。王は民から搾り取った金で、半年に一度、盛大に冥王を称える祭りを開いた。
腹を空かせた民衆は、自分たちの口には決して入らない大量の供え物を目の前に無理矢理参加させられ、冥王への捧げ物として毎回何十人もの奴隷が首を切られた。
冥王は公正である。
しかし、いかに公正な存在でも自分のためにここまでされて、悪い気はしない。この者には、もっと相応しい罰があるのではないかと考え始めた。
死者を、冥界のどこに送るかを決めることが出来るのは冥王だけである。一旦送られた魂を、別の場所へ送ることが出来るのも冥王だけである。冥王は、この人間の王を、冥界の中でも罪の軽いものが送られる、鬼も魔物もいないもっと浅い明るい場所へと送ってやろうと考えた。
* * *
冥界の奥深くで、鬼たちの槍でさんざんに突かれ、己と他の死者たちの血の色に変わった毒沼の中でのたうち回っていた人間の王だったが、鬼たちが槍を引くと傷はみるみるうちに回復していった。痛みも引いていく。しかし、これは救いではない。立ち上がれる程度に回復すれば、再び鬼どもが構える槍に貫かれる。こうやって、罪が償われ、魂が消滅するまで、延々と苦痛を与えられるのだ。
王はその苦痛を怖れていた。しかし、他の罪深い死人たちのように、生前の己の罪を振り返り後悔したりすることはなかった。死人となった王は、腹の中では自分は今でも王だと思っていた。
しかし体が回復しても、今度は槍は飛んでこなかった。趣向を変えて腹を鋸で裂こうか、背中に針を打ち込んでいこうかとでも考えているのだろうか。王は、自分が生きていたときに、気の向くままにそうやって罪人――その中には罪とも呼べない罪を着せられた者も多かった――を痛めつけて、なぶって、殺すのが好きだったのを思い返した。鬼どもをぐるりと見渡して立ち上がって叫んだ。
「愉しいか? 冥王よ!! あれだけのことをしてやったのに!!」
ここに来てから、何度も何度も叫んだ台詞であった。
いつだって、その後に残るのは静寂だけ――。
ところが今回は王の怒声に呼応するかのようにして、空から光の帯が伸びてきた。それはやがて金色に輝く階段へと形を変えていった。
王は一瞬ためらったが、すぐに意を決して、その階段に足を乗せた。そのまま一段、また一段と上がっていく。おそらく、この過酷な冥界の奥底から抜け出ることが出来るのだろうと、漠然と考えていた。どこに行ったとしても、今よりも酷い目に遭うことはないだろう。
鬼どもの邪魔はなかった。王はずいぶん高く上がってから立ち止まり、下をのぞきこんだ。鬼どもと毒沼の死者たちが見上げているのがわかった。
この光の階段を上がることができるのは自分だけなのだと確信し、「俺は王だ!」と王は叫んだ。
「冥王よ! 感謝するぞ!」
そして再び光の階段を上っていく。
* * *
冥王は別の鏡を覗き込んだ。
そこも深く暗い場所だったが、鬼の姿はない。人間の王がいたところよりは遥かに軽い罪の者が運ばれてくる場所だった。そこには王の兵士だった男がいた。彼は王に虐殺を命じられ、その罪の重さに耐えきれずに命を絶ったのだった。
さらに、もっと明るい場所を写す鏡を、冥王は覗き込んだ。そこにいるのは中年の男と若い娘であった。王に気に入られた町娘とその父親である。王の配下の者によって娘が連れ去られようとした時に抵抗したために、斬り殺されてしまったのだった。
父親の死と引き換えに王宮へ召し抱えられた娘も悲惨な最期を迎えた。二日とかからずに王に飽きられた後は王宮の使用人となっていた。それからほどなくして、暴政に耐えきれなくなった何者かが王の料理に毒を仕込むという事件が起こった。その時に食事を配膳したことが原因で、犯人と疑われて牢に入れられ、食べ物を与えられずに餓死させられたのだ。
冥王はそんな哀れな父娘を同じ所へと送っていた。
別の場所には数十人が固まっていた。彼らは、王によって冥界の神に捧げられた奴隷だった。彼らは王によって賜られた死を名誉なものだなどとは決して思っていなかった。あるのはただただ恨みの気持ちのみである。
冥王はそれぞれの鏡に手を触れる。
すると、鏡の映し出す場所には、人間の王が乗ったのと同じ光の階段が現れた。冥界のあらゆる場所に、数え切れないほどの光の階段が降りていった。
そこには、かつて王によって虐げられ、不遇の死を遂げた人たちがいた。罪の軽い者もいたし、重い者もいた。光の階段の前に立った死者は、不思議と躊躇うことなく階段に足を乗せた。
冥界に生者だったときの地位や貧富による上下はない。王はもはや王ではなく、王に殺された者も、王に理不尽な命令を受けた者も、もはや関係はない。
数え切れないほどの光の階段が下ろされ、数え切れない人たちが同じところに向かっていった――。
かつて王だった人間が向かっているのと同じ場所へ――。
腹を空かせた民衆は、自分たちの口には決して入らない大量の供え物を目の前に無理矢理参加させられ、冥王への捧げ物として毎回何十人もの奴隷が首を切られた。
冥王は公正である。
しかし、いかに公正な存在でも自分のためにここまでされて、悪い気はしない。この者には、もっと相応しい罰があるのではないかと考え始めた。
死者を、冥界のどこに送るかを決めることが出来るのは冥王だけである。一旦送られた魂を、別の場所へ送ることが出来るのも冥王だけである。冥王は、この人間の王を、冥界の中でも罪の軽いものが送られる、鬼も魔物もいないもっと浅い明るい場所へと送ってやろうと考えた。
* * *
冥界の奥深くで、鬼たちの槍でさんざんに突かれ、己と他の死者たちの血の色に変わった毒沼の中でのたうち回っていた人間の王だったが、鬼たちが槍を引くと傷はみるみるうちに回復していった。痛みも引いていく。しかし、これは救いではない。立ち上がれる程度に回復すれば、再び鬼どもが構える槍に貫かれる。こうやって、罪が償われ、魂が消滅するまで、延々と苦痛を与えられるのだ。
王はその苦痛を怖れていた。しかし、他の罪深い死人たちのように、生前の己の罪を振り返り後悔したりすることはなかった。死人となった王は、腹の中では自分は今でも王だと思っていた。
しかし体が回復しても、今度は槍は飛んでこなかった。趣向を変えて腹を鋸で裂こうか、背中に針を打ち込んでいこうかとでも考えているのだろうか。王は、自分が生きていたときに、気の向くままにそうやって罪人――その中には罪とも呼べない罪を着せられた者も多かった――を痛めつけて、なぶって、殺すのが好きだったのを思い返した。鬼どもをぐるりと見渡して立ち上がって叫んだ。
「愉しいか? 冥王よ!! あれだけのことをしてやったのに!!」
ここに来てから、何度も何度も叫んだ台詞であった。
いつだって、その後に残るのは静寂だけ――。
ところが今回は王の怒声に呼応するかのようにして、空から光の帯が伸びてきた。それはやがて金色に輝く階段へと形を変えていった。
王は一瞬ためらったが、すぐに意を決して、その階段に足を乗せた。そのまま一段、また一段と上がっていく。おそらく、この過酷な冥界の奥底から抜け出ることが出来るのだろうと、漠然と考えていた。どこに行ったとしても、今よりも酷い目に遭うことはないだろう。
鬼どもの邪魔はなかった。王はずいぶん高く上がってから立ち止まり、下をのぞきこんだ。鬼どもと毒沼の死者たちが見上げているのがわかった。
この光の階段を上がることができるのは自分だけなのだと確信し、「俺は王だ!」と王は叫んだ。
「冥王よ! 感謝するぞ!」
そして再び光の階段を上っていく。
* * *
冥王は別の鏡を覗き込んだ。
そこも深く暗い場所だったが、鬼の姿はない。人間の王がいたところよりは遥かに軽い罪の者が運ばれてくる場所だった。そこには王の兵士だった男がいた。彼は王に虐殺を命じられ、その罪の重さに耐えきれずに命を絶ったのだった。
さらに、もっと明るい場所を写す鏡を、冥王は覗き込んだ。そこにいるのは中年の男と若い娘であった。王に気に入られた町娘とその父親である。王の配下の者によって娘が連れ去られようとした時に抵抗したために、斬り殺されてしまったのだった。
父親の死と引き換えに王宮へ召し抱えられた娘も悲惨な最期を迎えた。二日とかからずに王に飽きられた後は王宮の使用人となっていた。それからほどなくして、暴政に耐えきれなくなった何者かが王の料理に毒を仕込むという事件が起こった。その時に食事を配膳したことが原因で、犯人と疑われて牢に入れられ、食べ物を与えられずに餓死させられたのだ。
冥王はそんな哀れな父娘を同じ所へと送っていた。
別の場所には数十人が固まっていた。彼らは、王によって冥界の神に捧げられた奴隷だった。彼らは王によって賜られた死を名誉なものだなどとは決して思っていなかった。あるのはただただ恨みの気持ちのみである。
冥王はそれぞれの鏡に手を触れる。
すると、鏡の映し出す場所には、人間の王が乗ったのと同じ光の階段が現れた。冥界のあらゆる場所に、数え切れないほどの光の階段が降りていった。
そこには、かつて王によって虐げられ、不遇の死を遂げた人たちがいた。罪の軽い者もいたし、重い者もいた。光の階段の前に立った死者は、不思議と躊躇うことなく階段に足を乗せた。
冥界に生者だったときの地位や貧富による上下はない。王はもはや王ではなく、王に殺された者も、王に理不尽な命令を受けた者も、もはや関係はない。
数え切れないほどの光の階段が下ろされ、数え切れない人たちが同じところに向かっていった――。
かつて王だった人間が向かっているのと同じ場所へ――。
0
お気に入りに追加
2
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
【R18】異世界なら彼女の母親とラブラブでもいいよね!
SoftCareer
ファンタジー
幼なじみの彼女の母親と二人っきりで、期せずして異世界に飛ばされてしまった主人公が、
帰還の方法を模索しながら、その母親や異世界の人達との絆を深めていくというストーリーです。
性的描写のガイドラインに抵触してカクヨムから、R-18のミッドナイトノベルズに引っ越して、
お陰様で好評をいただきましたので、こちらにもお世話になれればとやって参りました。
(こちらとミッドナイトノベルズでの同時掲載です)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる