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十二話.あったかもしれない未来
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ある小さな街の商店街の隅に、占いの店がある。
店主は27歳の女性である。名前は多喜という。古臭い名前と感じることもあるが、親がどういう風に育ってほしいかが一目瞭然の名前ので、そこは気に入っている。
最難関ではないが名前を言えば世間の人が知っている程度には有名な大学を卒業し、東京の貿易会社に3年勤務してから故郷のこの街で子供の頃からの夢だった外国の雑貨を売る店を開いた。
「……もっとも、夢でご飯を食べてはいけなくて」
そんな身の上話をしながら多喜は小さく苦笑いを浮かべた。
「幸い、私にはいくつかの占いの知識がありました。タロット、トランプ、手相、姓名診断、あとは水晶とか……」
多喜の前には、多喜とそれほど変わらないくらいの年齢の青年が客として座っている。濃紺のスーツに灰色のネクタイをビシッとしめた青年は、多喜が話すのを黙って聞いていた。
店に入ってきた時から硬い表情で、警戒心をあらわにした眼つきをしていた。そこで多喜は少しでも気持ちを緩めてもらおうと、まずは自分の話から始めたのだった。
「お客さんを相手に、占いを披露するようになったらいつの間にかそっちが本業のようになってしまいまして……」
そう話した多喜は頬をかいた。青年の頬が少し緩んだような気がしたので、少しは緊張もほぐれたかと、話を先に進めた。
「自分のことばかり話してしまい申し訳ありません。それで、今日は何を占いましょう?」
青年は小さく頭を下げた。
彼女の客は女性が9割ほどであり、このくらいの男性が来るのは珍しかった。しかし、このくらいの年齢の男性が、むしろ一番占いを必要としているのかもしれない、と感じる時もある。
体の衰えを少しずつ感じ始める時期。周囲が身を固めたり出世したりしていく中で自らが置かれる立場への不安。現実感を伴い迫ってくる未来への不安。ここまでの人生を振り返り選択は正しかったのかと悩むことも増えるだろう。
いや心の中に抱えた不安を抱えていない人間などいるのだろうか。それをぶちまけたいと思う気持ちに老若男女の区別があるだろうか。
「ここの占いは、よく当たると評判なのだそうですね。気休めだとは思っていますが、僕が結婚できるのか、占ってほしいのです」
青年は口を開いた。
「僕は、それなりの大学をでて、それなりに安定した企業に就職し、それなりの立場とお給料を頂いています。僕のような人生を安定していると羨む人もいます。しかし、僕には秀でた能力があるわけではなく、それほど上背もなく、容姿もぱっとしません。自分に自身がもてなくて、女性とのお付き合いもありません。こんな自分に、将来の伴侶ができるのか不安で仕方ないのです」
「なるほど」
彼の言葉を聞きながら、面倒な客がきたみたいだ、と多喜は思った。
青年の言っていることは本心だろう。しかし、客観的に見て彼の背丈は平均より高く見えたし、容姿だって顎元がシャープで十分整った部類に入る。自己評価の低い人間の悩みというのは、言葉で解決できないことが多いだけに厄介なものだ。
おまけに、彼は助言を求めている訳ではない。慰めや励ましの言葉がほしいわけでも、ひたすら愚痴を聞き続けてほしいわけでもない。 具体的な答えを求めている。
多喜は一瞬考えて、
「では、私が最も得意とする水晶占いで、あなたの未来を占いましょう」
先ほど多喜は青年に少しだけ嘘を言った。嘘というよりも本当のことを言わずに隠していた。彼女に占いの知識があったのは確かだったし、多喜には相手に対して悩みや迷いに対して気の利いた返答を返せる小器用な話術も、タロットカードの絵を頼りに話を組み立てるストーリーテラーとしての才もあった。
しかし、彼女が数年前に海外の骨董店で手に入れた透き通った水晶玉こそ、一番の武器なのである。
その水晶の中には、目の前の相手の未来と過去が映し出される。原理は分からないがこれによって彼女は相手の未来も過去も見通すことができた。もっとも、過去は確実に捉えることができるが、未来は常に流動的なためか、未来になればなるほどぼやけてよく見えなくなった。
「始めます。両手を組んで心を落ち着かせ、頭を空っぽにしてください」
別にそんな必要はなかったが、それっぽい雰囲気を作るために多喜は言った。
水晶に青年の未来が映る。
その中には、青年が女性と一緒にいる光景が浮かんでいた。しかし、まだ未来が確定していなのか、相手の女性の顔はぼやけていて、その表情も見えなかった。
少しずつ、彼の未来を読み解いていく。それには15分ほどかかっただろうか。雑談を交えながら青年の未来を見ていた多喜は顔を上げた。
「結論から言いますと、あなたが未来の選択を間違えなければ、2年後にはとても魅力的な女性と結婚しています」
「そうですか……」
青年はほっとした表情を浮かべた。
「ただ……あくまでも、それはあなたが未来の選択を誤らなければ、です」
「そ……そうなんですか」
青年の目が、途端に胡散臭いものを見るような目になった。どうとでも受け取れるような曖昧なことを言って煙に巻こうとしちる。そんな風に思われたのかもしれない。
しかし、多喜はどんなに未来を見ることができても、それを断言することはできない。未来とは、人の行動の積み重ねでできているものなのだから。
「せめて、私がどうすればよいのか、ヒントをもらえませんか?」
青年の問いに、多喜は小さく頷いた。
「相手は比較的最近知り合った女性か、これから出会う女性です。きっかけとなる出来事は、今日から120日の内に起こります。自分から動くてはいけません。きっかけは向こうからやってきます」
「なるほど!」
青年は、ぱぁっと表情を明るくした。
「どうもありがとう! きっと、いいご報告をさせていただきます」
立ち上がった青年は大きく頭を下げた。
そして水晶を置いた机に占い料金の5千円札を一枚置いて出て行った。多喜は部屋の隅に飾られている年代物っぽく作られた壁掛け時計に目をやった。
「30分から5分ほど過ぎてしまったけれど、そこはサービスということで……」
多喜は呟いた。
* * *
それから半年ほどが過ぎた。多喜は予約名簿の中に、あの青年の名を見つけて少し驚いた。多分、二度と顔を合わせることはないだろうと思っていたからだ。
「お久しぶりですね。今日は、どうされましたか?」
久しぶりに会った青年は、少し沈んだような表情をしていた。
「先日、占ってもらってから約半年経ちましたが、それらしい出来事はありませんでした。念のために、120日を過ぎ出からも様子を見ているのですが一向に……。僕は、本当に困って相談に来たのに、適当なことを言って占い料金だけ取るなんて、酷いじゃないですか、とせめて言わないと気が済まなくて来たのです」
「そうでしたか……」
だから「未来の選択を誤らなければ」と釘を刺したではないですか――口先まで出かかった非難の言葉を多喜はぐっと飲みこんで、言葉を返した。
「酷い、とまで言われては、私にもプライドがあります。思い出してみてください。本当に、何の出会いやきっかけはありませんでしたか? 例えば、誰かを助けたことはありませんでしたか?」
「……そういえば」
青年は天井を見上げて少し考えてから、おもむろに話し始めた。
「通勤中にサイクリング中の女性が車に轢かれるのに遭遇しました。彼女は軽傷だったのですが、車は逃げてしまい、僕が警察と救急車を呼んで、警察官にも事故の具合を説明したのです」
「なるほど、それでその女性とは?」
「後で警察から被害女性がお礼を言いたいので連絡先を教えてほしいと言っていると連絡がありました」
「それで?」
「丁重にお断りしました。事故に遭遇した僕は気が動転してしまって、会社に連絡を入れるのを忘れてしまって……。遅刻して上司に大目玉を食らってしまい、あの事故とはそれ以上関わりたくなかったのです」
「そうでしたか……」
「しかし、先日の占いでは「自分から動いてはいけない。きっかけは向こうからくる」と言っていました。これは、運命の出会いではなかったと思いますよ」
「……」
多喜は小さくう~んと首を捻った。
「他にはどうですか? 会社では何か出会いはなかったのですか?」
「そうですね……。他所の支店から本社に3か月間の研修で来ている新入社員の女の子がいて、僕が教育係だったのですが、その子から最終日に食事に誘われました」
「会社の先輩と後輩ですか。悪くないじゃないですか。当然ご一緒されたんですよね?」
「いえいえ。うちの会社はこう見えて結構厳しいのです。他所の支店の子から本社の社員が饗応を受けるなんて、絶対に許されません」
「研修の最終日だったのでしょう? 饗応は言い過ぎだと思いますよ。普通に一緒に食事に行きたかっただけだと思いますけれど」
多喜は青年に気づかれないように小さく息を吐きだし、別の可能性を口にした。
「他には……何かのイベントなどに参加しませんでしたか?」
「そう言えば、高校の同窓会があったのです」
「同窓会ですか。いいですね。旧交を温めることができましたか?」
「そうですね。昔の同級生だけではなく、あまり面識のなかった元他クラスの同級生とも話ができましたし」
「その中には女性もいたのでは?」
「確かに……。しかし、先日の占いで「比較的最近知り合った女性か、これから出会う女性」が運命の人だと。高校時代の同級生は対象にならないと思い、親しく連絡先を交わしたりしませんでした。こう見えて、それなりに忙しいので――」
言い終わる前に青年はしかめっ面になった。多喜と青年の間に、しばらく居心地の悪い沈黙が流れた。
「ひょっとして僕は、それと気づかずに出会いを逃してしまっていたのでしょうか」
「おそらく……」
多喜は重々しく頷いた。
「……もう一度占って見てもらえませんか? 逃してしまった出会いの中に、まだ有効なものはないでしょうか?」
「……試してみましょう」
すがるような眼をする青年に少し同情した多喜は水晶の前に手をかざした。暫く経って出てきた光景に多喜は息を飲んだ。
「どうしました?」
その態度に青年は驚いて腰を浮かせたが、多喜は両手を伸ばして青年に座るように促した。
「失礼しました……」
多喜は小さく咳払いしてから、
「残念ながら、あなたの出会いは当面ありそうにありません。お気の毒ですが……」
「そうですか……」
青年はがっくりと肩を落としながらも、いつかのように財布から5000円札を出して机の上に置くと、断ろうとした多喜の声も聞かず、うなだれたまま去っていった。
店の扉が閉まる音が聞こえると、多喜はほっと息をついて、水晶に目を向ける。水晶の中には、まだ先ほどの青年の姿が映ってた。
青年と、その横で暗く沈んだ表情を浮かべている多喜の姿が――。
店主は27歳の女性である。名前は多喜という。古臭い名前と感じることもあるが、親がどういう風に育ってほしいかが一目瞭然の名前ので、そこは気に入っている。
最難関ではないが名前を言えば世間の人が知っている程度には有名な大学を卒業し、東京の貿易会社に3年勤務してから故郷のこの街で子供の頃からの夢だった外国の雑貨を売る店を開いた。
「……もっとも、夢でご飯を食べてはいけなくて」
そんな身の上話をしながら多喜は小さく苦笑いを浮かべた。
「幸い、私にはいくつかの占いの知識がありました。タロット、トランプ、手相、姓名診断、あとは水晶とか……」
多喜の前には、多喜とそれほど変わらないくらいの年齢の青年が客として座っている。濃紺のスーツに灰色のネクタイをビシッとしめた青年は、多喜が話すのを黙って聞いていた。
店に入ってきた時から硬い表情で、警戒心をあらわにした眼つきをしていた。そこで多喜は少しでも気持ちを緩めてもらおうと、まずは自分の話から始めたのだった。
「お客さんを相手に、占いを披露するようになったらいつの間にかそっちが本業のようになってしまいまして……」
そう話した多喜は頬をかいた。青年の頬が少し緩んだような気がしたので、少しは緊張もほぐれたかと、話を先に進めた。
「自分のことばかり話してしまい申し訳ありません。それで、今日は何を占いましょう?」
青年は小さく頭を下げた。
彼女の客は女性が9割ほどであり、このくらいの男性が来るのは珍しかった。しかし、このくらいの年齢の男性が、むしろ一番占いを必要としているのかもしれない、と感じる時もある。
体の衰えを少しずつ感じ始める時期。周囲が身を固めたり出世したりしていく中で自らが置かれる立場への不安。現実感を伴い迫ってくる未来への不安。ここまでの人生を振り返り選択は正しかったのかと悩むことも増えるだろう。
いや心の中に抱えた不安を抱えていない人間などいるのだろうか。それをぶちまけたいと思う気持ちに老若男女の区別があるだろうか。
「ここの占いは、よく当たると評判なのだそうですね。気休めだとは思っていますが、僕が結婚できるのか、占ってほしいのです」
青年は口を開いた。
「僕は、それなりの大学をでて、それなりに安定した企業に就職し、それなりの立場とお給料を頂いています。僕のような人生を安定していると羨む人もいます。しかし、僕には秀でた能力があるわけではなく、それほど上背もなく、容姿もぱっとしません。自分に自身がもてなくて、女性とのお付き合いもありません。こんな自分に、将来の伴侶ができるのか不安で仕方ないのです」
「なるほど」
彼の言葉を聞きながら、面倒な客がきたみたいだ、と多喜は思った。
青年の言っていることは本心だろう。しかし、客観的に見て彼の背丈は平均より高く見えたし、容姿だって顎元がシャープで十分整った部類に入る。自己評価の低い人間の悩みというのは、言葉で解決できないことが多いだけに厄介なものだ。
おまけに、彼は助言を求めている訳ではない。慰めや励ましの言葉がほしいわけでも、ひたすら愚痴を聞き続けてほしいわけでもない。 具体的な答えを求めている。
多喜は一瞬考えて、
「では、私が最も得意とする水晶占いで、あなたの未来を占いましょう」
先ほど多喜は青年に少しだけ嘘を言った。嘘というよりも本当のことを言わずに隠していた。彼女に占いの知識があったのは確かだったし、多喜には相手に対して悩みや迷いに対して気の利いた返答を返せる小器用な話術も、タロットカードの絵を頼りに話を組み立てるストーリーテラーとしての才もあった。
しかし、彼女が数年前に海外の骨董店で手に入れた透き通った水晶玉こそ、一番の武器なのである。
その水晶の中には、目の前の相手の未来と過去が映し出される。原理は分からないがこれによって彼女は相手の未来も過去も見通すことができた。もっとも、過去は確実に捉えることができるが、未来は常に流動的なためか、未来になればなるほどぼやけてよく見えなくなった。
「始めます。両手を組んで心を落ち着かせ、頭を空っぽにしてください」
別にそんな必要はなかったが、それっぽい雰囲気を作るために多喜は言った。
水晶に青年の未来が映る。
その中には、青年が女性と一緒にいる光景が浮かんでいた。しかし、まだ未来が確定していなのか、相手の女性の顔はぼやけていて、その表情も見えなかった。
少しずつ、彼の未来を読み解いていく。それには15分ほどかかっただろうか。雑談を交えながら青年の未来を見ていた多喜は顔を上げた。
「結論から言いますと、あなたが未来の選択を間違えなければ、2年後にはとても魅力的な女性と結婚しています」
「そうですか……」
青年はほっとした表情を浮かべた。
「ただ……あくまでも、それはあなたが未来の選択を誤らなければ、です」
「そ……そうなんですか」
青年の目が、途端に胡散臭いものを見るような目になった。どうとでも受け取れるような曖昧なことを言って煙に巻こうとしちる。そんな風に思われたのかもしれない。
しかし、多喜はどんなに未来を見ることができても、それを断言することはできない。未来とは、人の行動の積み重ねでできているものなのだから。
「せめて、私がどうすればよいのか、ヒントをもらえませんか?」
青年の問いに、多喜は小さく頷いた。
「相手は比較的最近知り合った女性か、これから出会う女性です。きっかけとなる出来事は、今日から120日の内に起こります。自分から動くてはいけません。きっかけは向こうからやってきます」
「なるほど!」
青年は、ぱぁっと表情を明るくした。
「どうもありがとう! きっと、いいご報告をさせていただきます」
立ち上がった青年は大きく頭を下げた。
そして水晶を置いた机に占い料金の5千円札を一枚置いて出て行った。多喜は部屋の隅に飾られている年代物っぽく作られた壁掛け時計に目をやった。
「30分から5分ほど過ぎてしまったけれど、そこはサービスということで……」
多喜は呟いた。
* * *
それから半年ほどが過ぎた。多喜は予約名簿の中に、あの青年の名を見つけて少し驚いた。多分、二度と顔を合わせることはないだろうと思っていたからだ。
「お久しぶりですね。今日は、どうされましたか?」
久しぶりに会った青年は、少し沈んだような表情をしていた。
「先日、占ってもらってから約半年経ちましたが、それらしい出来事はありませんでした。念のために、120日を過ぎ出からも様子を見ているのですが一向に……。僕は、本当に困って相談に来たのに、適当なことを言って占い料金だけ取るなんて、酷いじゃないですか、とせめて言わないと気が済まなくて来たのです」
「そうでしたか……」
だから「未来の選択を誤らなければ」と釘を刺したではないですか――口先まで出かかった非難の言葉を多喜はぐっと飲みこんで、言葉を返した。
「酷い、とまで言われては、私にもプライドがあります。思い出してみてください。本当に、何の出会いやきっかけはありませんでしたか? 例えば、誰かを助けたことはありませんでしたか?」
「……そういえば」
青年は天井を見上げて少し考えてから、おもむろに話し始めた。
「通勤中にサイクリング中の女性が車に轢かれるのに遭遇しました。彼女は軽傷だったのですが、車は逃げてしまい、僕が警察と救急車を呼んで、警察官にも事故の具合を説明したのです」
「なるほど、それでその女性とは?」
「後で警察から被害女性がお礼を言いたいので連絡先を教えてほしいと言っていると連絡がありました」
「それで?」
「丁重にお断りしました。事故に遭遇した僕は気が動転してしまって、会社に連絡を入れるのを忘れてしまって……。遅刻して上司に大目玉を食らってしまい、あの事故とはそれ以上関わりたくなかったのです」
「そうでしたか……」
「しかし、先日の占いでは「自分から動いてはいけない。きっかけは向こうからくる」と言っていました。これは、運命の出会いではなかったと思いますよ」
「……」
多喜は小さくう~んと首を捻った。
「他にはどうですか? 会社では何か出会いはなかったのですか?」
「そうですね……。他所の支店から本社に3か月間の研修で来ている新入社員の女の子がいて、僕が教育係だったのですが、その子から最終日に食事に誘われました」
「会社の先輩と後輩ですか。悪くないじゃないですか。当然ご一緒されたんですよね?」
「いえいえ。うちの会社はこう見えて結構厳しいのです。他所の支店の子から本社の社員が饗応を受けるなんて、絶対に許されません」
「研修の最終日だったのでしょう? 饗応は言い過ぎだと思いますよ。普通に一緒に食事に行きたかっただけだと思いますけれど」
多喜は青年に気づかれないように小さく息を吐きだし、別の可能性を口にした。
「他には……何かのイベントなどに参加しませんでしたか?」
「そう言えば、高校の同窓会があったのです」
「同窓会ですか。いいですね。旧交を温めることができましたか?」
「そうですね。昔の同級生だけではなく、あまり面識のなかった元他クラスの同級生とも話ができましたし」
「その中には女性もいたのでは?」
「確かに……。しかし、先日の占いで「比較的最近知り合った女性か、これから出会う女性」が運命の人だと。高校時代の同級生は対象にならないと思い、親しく連絡先を交わしたりしませんでした。こう見えて、それなりに忙しいので――」
言い終わる前に青年はしかめっ面になった。多喜と青年の間に、しばらく居心地の悪い沈黙が流れた。
「ひょっとして僕は、それと気づかずに出会いを逃してしまっていたのでしょうか」
「おそらく……」
多喜は重々しく頷いた。
「……もう一度占って見てもらえませんか? 逃してしまった出会いの中に、まだ有効なものはないでしょうか?」
「……試してみましょう」
すがるような眼をする青年に少し同情した多喜は水晶の前に手をかざした。暫く経って出てきた光景に多喜は息を飲んだ。
「どうしました?」
その態度に青年は驚いて腰を浮かせたが、多喜は両手を伸ばして青年に座るように促した。
「失礼しました……」
多喜は小さく咳払いしてから、
「残念ながら、あなたの出会いは当面ありそうにありません。お気の毒ですが……」
「そうですか……」
青年はがっくりと肩を落としながらも、いつかのように財布から5000円札を出して机の上に置くと、断ろうとした多喜の声も聞かず、うなだれたまま去っていった。
店の扉が閉まる音が聞こえると、多喜はほっと息をついて、水晶に目を向ける。水晶の中には、まだ先ほどの青年の姿が映ってた。
青年と、その横で暗く沈んだ表情を浮かべている多喜の姿が――。
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