上 下
2 / 17

二話.写り込んだのは

しおりを挟む
 私のご近所のお寺の和尚様は、徳を積んだ高名な僧であると知られており、檀家の方たちからも信頼を寄せられています。私も、盆とお彼岸にお寺の位牌堂に行くときくらいしか顔を合わせませんが、温かいお人柄で、いつも口元に柔和な笑みをたたえて話してくださいます。 

 初めてお会いしたのが私が10歳くらいですので、もう30年くらいの付き合いになります。そのころ、まだ僧侶としては若輩と言っておられた和尚様も、そろそろ「後を譲って……」などという言葉を口にされるような年齢になってしまいました。 

 私が、その和尚様のもとを訪ねたのは、残暑厳しい夏の終わりのこと。彼岸とも、盆とも関係のない、妙に蒸し暑い日のことでした。今日は、あることで和尚様にご相談とご意見を伺いたいと向かったのです。肩から下げたバッグの中には、1枚の写真が入っていました。 

 私がお寺に行くと、ちょうど境内を履き掃除していた和尚様がおられました。相談事があることを伝えると、和尚様に中の座敷に通されました。座布団が出され、座るように促されましたので、テーブルをはさんで向かい合うように正座し、私はバッグの中からその写真を取り出しました。 

「実は、この写真のことで助言をいただきたいと思ってきたのです」 

 それは、先日――2か月ほど前に、高校時代からの友人たち5人で日帰りの小旅行に行った時の写真でした。旅行先の温泉地で、少し洒落た外観のお土産物屋さんを見つけ、その建物をバックに特に仲の良かった親友と並んで撮影したものです。 

 写真は、そのお土産物屋で使い捨てカメラを購入して、撮影したものでした。 

 問題は、私の左横に立つ友人の姿です。 

「これは……」 

 写真を見た和尚さんも、絶句しました。その友人の顔は白に近い土気色で、頬骨は浮き出し、頭髪はすべて抜け落ちていました。それよりも、不気味だったのは眼窩がんかの部分で、ぽっかりと空いた空洞の向こう側に、蝋燭ろうそくの火が揺らめくような光が写っているように見えました。 

 それは、まるでミイラ……いえ、ゾンビのように見えました。 

 実は、この友人は、旅行から帰ってきた数日後に体調を崩して、倒れてしまいました。そして、2週間の入院ののち、帰らぬ人となってしまったのです。 

 そのため、カメラの存在をすっかりと忘れていたのですが、先日失念していたことに気付き、カメラ屋さんに現像をお願いし、昨日、受け取ってきたものです。 

 その時、カメラ屋さんが、とても困ったように、「勝手に捨てるわけにもいかないから」とこの写真の存在を教えてくれました。前後の写真にはおかしなところは何もなかったけれど、この写真だけが、こんなふうに気味の悪い写り方をしていたのだと伝えられました。 

「……この写真は、友人の死期を教えてくれたのでしょうか?」 

 私の話を最後まで聞いてくださった和尚様は、腕組みをして天井を見上げました。それから、すぐに顔を下すと、柔和な笑みを浮かべて、 

「この写真は、ちゃんと供養しておきましょう」 

 とおっしゃると、テーブルの上に写真を裏返して置きました。それから、「この写真は誰かに見せましたか?」と問われましたので、私は首を左右に振りました。事実、この写真は一緒に旅行に行った他の友人たちにも夫にも見せていませんでした。 

「実は……この写真には死神が写り込んでいるのです」 

「!!」 

 和尚様の言葉に、私はびっくりもしましたが、納得もしていました。やはり、この友人のところには、この時すでにお迎えが来ていたということなのだと。

 しかし、和尚様は小さく首を振ってそれを否定しました。 

「おそらく、こんなことを言って注意を促しても無駄だと思いますが……。この死神はあなたのご友人ではなく、その正面を向いているでしょう? 死神が見ているのは、この視線の先にいる人なのです」

 私は、その言葉の意味を理解するのに少し時間がかかりました。和尚様は、急かすことなく、待ってくださいました。

「つまり……この写真を撮影した人物?」

 私は声に震えが混じっていることを感じながら、問い返しました。和尚様は重々しく頷きます。
 
「そう……でしたか」

 私の声の震えは恐怖から来るものではありませんでした。ほっと安堵してしまったのです。そしてそのことに気付き、自分の冷たさに恐れを感じたからでした。

 いえ、私は本当に冷たい人間でしょうか? 

 この写真を撮影したのは――。
 
 この時シャッターを切ってくださいとお願いしたのは、たまたま通りがかった見ず知らずの年配の旅行者だったのです。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

怖い話短編集

お粥定食
ホラー
怖い話をまとめたお話集です。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

一人用声劇台本

ふゎ
恋愛
一人用声劇台本です。 男性向け女性用シチュエーションです。 私自身声の仕事をしており、 自分の好きな台本を書いてみようという気持ちで書いたものなので自己満のものになります。 ご使用したい方がいましたらお気軽にどうぞ

ちょこっと怖い話・短編集(毎話1000文字前後)──オリジナル

山本みんみ
ホラー
少しゾワっとする話、1話1000文字前後の短編集です。

餅太郎の恐怖箱

坂本餅太郎
ホラー
坂本餅太郎が贈る、掌編ホラーの珠玉の詰め合わせ――。 不意に開かれた扉の向こうには、日常が反転する恐怖の世界が待っています。 見知らぬ町に迷い込んだ男が遭遇する不可解な住人たち。 古びた鏡に映る自分ではない“何か”。 誰もいないはずの家から聞こえる足音の正体……。 「餅太郎の恐怖箱」には、短いながらも心に深く爪痕を残す物語が詰め込まれています。 あなたの隣にも潜むかもしれない“日常の中の異界”を、ぜひその目で確かめてください。 一度開いたら、二度と元には戻れない――これは、あなたに向けた恐怖の招待状です。 --- 読み切りホラー掌編集です。 毎晩21:00更新!(予定)

ホラー短編集

ショー・ケン
ホラー
ショートショート、掌編等はたくさん書いていますが短編集という形でまとめていなかったのでお試しにまとめてみようと思います。

1分で読める怖い話

pino
ホラー
1分で読める怖い話。

【短編】怖い話のけいじばん【体験談】

松本うみ(意味怖ちゃん)
ホラー
1分で読める、様々な怖い体験談が書き込まれていく掲示板です。全て1話で完結するように書き込むので、どこから読み始めても大丈夫。 スキマ時間にも読める、シンプルなプチホラーとしてどうぞ。

処理中です...