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1章
出会いは喜ばしいことばかりではないこともある【3】
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サトルの身長は175cm。体重は62kgほど。成人男性の体格としてはごく平均的だが女性――ましてや高校1年生の女の子の体格と比べればかなり大きい。つかさの身長は自己申告で152cmということなので、サトルとは約20cm強の差があることになる。身長が20cm違えばリーチも20cm違うことになる。
ボクシングはあらゆる格闘技の中で、最も制約の多い格闘技の一つだ。攻撃に使えるのは両手の拳のみ。当てていいのは、両腕を除き、顔面を含めた上半身前面のみ。制約が多い分、純粋な技術の高さが競われる格闘技だが、その分体格が少し違えば、それは大きなハンディキャップになる。それゆえ、現代ボクシングは体重による階級を細かく設定し、なるべく不公平が無いように考慮されている。国際ボクシング連盟が定める階級は、男女ともに10階級である。
女子の選手がいないキグレボクシングジムには彼女と同じ程度の体格の対戦相手がいないので、なかなかスパーリングはさせられない、という事情があった。直接拳が触れないことが前提のマスボクシングだって、拳が当たってしまわないとも限らない。ボクシングにおいて重要な練習だが、実戦に近い形の練習には危険も増してくるし、だからこそ厳重な安全管理が求められる。
サトルだってそのことはよくわかっている。サトルとつかさの体重差は10㎏以上ある。うっかりと握りこんだ拳が当たってしまったら危険だ。つかさに拳を当てないように、当たらないように気を付けながら、練習になるように相手をしなければならない。その為には互角では足りない。双方が手を抜いた状態では練習にならない。つかさに全力を出させながら、練習になるようなマスボクシングをしようと思ったら相応の実力差がなければ危険だ。
自分に、できるか……?
そんなことを考えながら20分程度、軽く汗を流したサトルは、「じゃ、やろうか」とつかさに声をかけた。
実際に互いに向き合うと、サトルが見下ろす格好になる。腕の長さだって当然違う。つかさからは当てられない距離で、一方的に当てられる距離で撃つことのできるだけの差があった。だが、つかさは気にする様子もなく、嬉々とした表情で「よろしくお願いします」と頭を下げた。
「マス、だからな。注意して打てよ」
「了解」
サトルは川内の言葉に小さく頷きを返しながら、マウスピースを口に入れた。
* * *
キリカの目の前のリングの上では、ヘッドギアと柔らかいソフトグローブをつけたサトルとつかさが正対して立っていた。背の高いサトルはとにかく、小柄なつかさが普通の16オンスのグローブよりも一回り大きいソフトグローブをつけていると、何だかパンチを打ったら振り回されそうな感じだ。
ちらりと時計に目をやった。
「珍しいですね。この時間まで、誰も来ないなんて」
壁掛けの時計は3時30分になろうとしている。練習生がこないので暇だったので、時間を確かめてから、3分2ラウンドのマスの見物をするためにリングサイドに近づいた。
「まぁ、そんな日もあるさ」
リング横で腕組みして立った川内はそっけなく返す。キリカはその川内の横に立った。
「サトルでよかったんですか? 体格差、結構ありますよ」
「いいさ。ボクシングの練習生レベルではサトルは結構いいセンいっているぞ。少なくとも、中学女子の全国チャンピオンレベルが相手なら適当にあしらえる程度には」
まぁ、性格的に闘争心とかが希薄……というより、どこかに置き忘れたクチだから、試合向きじゃないけれどなぁ……と、川内は続ける。
「買いかぶりすぎ……」
とキリカが苦笑いしたのと、ラウンドが始まったのを告げる電子音が響いたのはほぼ同時だった。
両者が軽くグローブをあわせてから、すっと構える。白いグローブがサトルで、黒いグローブがつかさだ。
「2人の構え、よく似てますね」
2人とも右構え。左拳を前に、目線の高さに構え、右拳を軽く引いている。よく似てはいるが、サトルの方がやや大きく構えており、つかさのほうはよりガードを固めたような感じだった。
「2人とも、教科書どおりの構えだからな」
川内が答える。
「戦い方はどうでしょうね……」
キリカの呟きが合図になったように、つかさが動いた。
すっと踏み込みながら、まっすぐに飛んでいく、矢のように鋭い左のパンチを立て続けに2発。
しかし、一発目をすっと後ろに下がって避けたサトルは、2発目のパンチをパンと右手で叩き落とすと間髪入れずに同じ右の拳を水平に振り抜いた。その右を低い姿勢で潜り込んでかわしたつかさは、右のパンチを打ってがら空きになったサトルの右脇腹にボディ狙いの下から突き上げるパンチを打ち込んだ。
つかさの左のボディ狙いのパンチはサトルが引き戻した右肘を落としたガードが阻んだが、目にも留まらないほどの速さでサトルの顔面に向けて左拳を打った。左足を軸にクルリと背中が向くほどに左フックを振ったが、サトルはバックステップしてかわすと、つかさと距離を取る。
2人とも、始まったときと同じように構え直した。
今度は2人ともステップを踏み始める。
リングを滑るように弧を描きながら、互いにパンチを撃つ隙を伺う。どちらもフットワークには少なからず自信がありそうな感じだ。時計回りに動きながら互いに牽制のジャブを打ち合い、一瞬の隙をついてステップイン・ステップアウトを繰り返す。当てないこと・当たらないことが前提のマスとはいえ、当たらないことが不思議なくらいに互いの拳が交錯する。
ボクシングはあらゆる格闘技の中で、最も制約の多い格闘技の一つだ。攻撃に使えるのは両手の拳のみ。当てていいのは、両腕を除き、顔面を含めた上半身前面のみ。制約が多い分、純粋な技術の高さが競われる格闘技だが、その分体格が少し違えば、それは大きなハンディキャップになる。それゆえ、現代ボクシングは体重による階級を細かく設定し、なるべく不公平が無いように考慮されている。国際ボクシング連盟が定める階級は、男女ともに10階級である。
女子の選手がいないキグレボクシングジムには彼女と同じ程度の体格の対戦相手がいないので、なかなかスパーリングはさせられない、という事情があった。直接拳が触れないことが前提のマスボクシングだって、拳が当たってしまわないとも限らない。ボクシングにおいて重要な練習だが、実戦に近い形の練習には危険も増してくるし、だからこそ厳重な安全管理が求められる。
サトルだってそのことはよくわかっている。サトルとつかさの体重差は10㎏以上ある。うっかりと握りこんだ拳が当たってしまったら危険だ。つかさに拳を当てないように、当たらないように気を付けながら、練習になるように相手をしなければならない。その為には互角では足りない。双方が手を抜いた状態では練習にならない。つかさに全力を出させながら、練習になるようなマスボクシングをしようと思ったら相応の実力差がなければ危険だ。
自分に、できるか……?
そんなことを考えながら20分程度、軽く汗を流したサトルは、「じゃ、やろうか」とつかさに声をかけた。
実際に互いに向き合うと、サトルが見下ろす格好になる。腕の長さだって当然違う。つかさからは当てられない距離で、一方的に当てられる距離で撃つことのできるだけの差があった。だが、つかさは気にする様子もなく、嬉々とした表情で「よろしくお願いします」と頭を下げた。
「マス、だからな。注意して打てよ」
「了解」
サトルは川内の言葉に小さく頷きを返しながら、マウスピースを口に入れた。
* * *
キリカの目の前のリングの上では、ヘッドギアと柔らかいソフトグローブをつけたサトルとつかさが正対して立っていた。背の高いサトルはとにかく、小柄なつかさが普通の16オンスのグローブよりも一回り大きいソフトグローブをつけていると、何だかパンチを打ったら振り回されそうな感じだ。
ちらりと時計に目をやった。
「珍しいですね。この時間まで、誰も来ないなんて」
壁掛けの時計は3時30分になろうとしている。練習生がこないので暇だったので、時間を確かめてから、3分2ラウンドのマスの見物をするためにリングサイドに近づいた。
「まぁ、そんな日もあるさ」
リング横で腕組みして立った川内はそっけなく返す。キリカはその川内の横に立った。
「サトルでよかったんですか? 体格差、結構ありますよ」
「いいさ。ボクシングの練習生レベルではサトルは結構いいセンいっているぞ。少なくとも、中学女子の全国チャンピオンレベルが相手なら適当にあしらえる程度には」
まぁ、性格的に闘争心とかが希薄……というより、どこかに置き忘れたクチだから、試合向きじゃないけれどなぁ……と、川内は続ける。
「買いかぶりすぎ……」
とキリカが苦笑いしたのと、ラウンドが始まったのを告げる電子音が響いたのはほぼ同時だった。
両者が軽くグローブをあわせてから、すっと構える。白いグローブがサトルで、黒いグローブがつかさだ。
「2人の構え、よく似てますね」
2人とも右構え。左拳を前に、目線の高さに構え、右拳を軽く引いている。よく似てはいるが、サトルの方がやや大きく構えており、つかさのほうはよりガードを固めたような感じだった。
「2人とも、教科書どおりの構えだからな」
川内が答える。
「戦い方はどうでしょうね……」
キリカの呟きが合図になったように、つかさが動いた。
すっと踏み込みながら、まっすぐに飛んでいく、矢のように鋭い左のパンチを立て続けに2発。
しかし、一発目をすっと後ろに下がって避けたサトルは、2発目のパンチをパンと右手で叩き落とすと間髪入れずに同じ右の拳を水平に振り抜いた。その右を低い姿勢で潜り込んでかわしたつかさは、右のパンチを打ってがら空きになったサトルの右脇腹にボディ狙いの下から突き上げるパンチを打ち込んだ。
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今度は2人ともステップを踏み始める。
リングを滑るように弧を描きながら、互いにパンチを撃つ隙を伺う。どちらもフットワークには少なからず自信がありそうな感じだ。時計回りに動きながら互いに牽制のジャブを打ち合い、一瞬の隙をついてステップイン・ステップアウトを繰り返す。当てないこと・当たらないことが前提のマスとはいえ、当たらないことが不思議なくらいに互いの拳が交錯する。
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