ボックスアウト~リングサイドより愛をこめて~

弐式

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4章

思いっきりぶつかって、思いっきり受け止められて【9】

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 全員がリングを降りた後も、結局、サトルはそのまま地下練習場に残ることになった。本音を言うと、少なからず事情を知っているとはいえ、ここから先は他所の家族の話になってしまうので、さっさと立ち去りたりたかったのだが、リングを降りるなり、幸治が川内の襟首を掴んできたからそのタイミングを逃してしまったのだった。

 両手に2人分のグローブとヘッドギアを抱えたままで、サトルは幸治と川内の間に割って入る。その拍子に何個かぽろぽろと落ちた。

「落ち着いてください」

 サトルが叫ぶ。

 そのサトルのことなど、幸児の目には写っていないようだった。サトルの背中にかばわれる格好になった川内に、怒りの声がぶつけられた。

「何だあれは! 女の子相手にKOしやがって!」

「……分かってる。でも、ボクシングはそういうスポーツだ」

 川内の返答に、幸治はさらに激昂し、拳を握り振り上げた。それを見たサトルが幸治の腕をつかんで止めた。幸治は自噛まれた腕をぐいと引き戻し、その間にサトルの腕の中に残っていたグローブもヘッドギアも全部落ちてしまった。せっかく拾い集めたのにまた拾い集めなければいけないと、つまらないことで妙な怒りが巻き起こる。

「落ち着いてください。こんなところで暴力沙汰は困ります」

「うるさい! 他人は黙っていろ! こいつは……」

「拳を下してください!」

 サトルが幸児の言葉に被せて声を上げる。このままでは自分の方が幸治をぶん殴ってしまいそうだ。

「こいつは、いつだってそうだ! 16年前だって無責任に。そのせいで、俺たち家族がどんな思いをしたか!」

「それは誤解です!」

 サトルは言ってしまってから悔やんだ。自分が事情を知っていることは、つかさが知る由もない。結局、他所の家の事情に首を突っ込むことになってしまった。

「何が誤解だ! 赤の他人に何が分かる!」

「やめて!」

 と叫んだのは由美子だった。このままではらちが明かないと思ったのだろう。ひょっとしたら、サトルの放った「誤解」という言葉で、彼女も腹を括ったのかもしれない。今こそ、真実を語る時だ、と。

「つかさ、あなたのお父さんは、将輝くん――川内さんではではないわ」

 何年も秘密にしていた事実が明かされた瞬間にしては、それは拍子抜けするほどあっけないものだった。

 そしてその反応も、「なっ!」と声を上げて絶句した幸治以外は、全員全くの無反応という、味気のないものだった。

 まぁ、事前に話を聞いていたサトルと、身に覚えのない川内には、取れるリアクションがないと言えばないのであるが、一番の当事者であるはずのつかさにしても、ほとんど表情が変わらず、内心にさえ動揺があるようには、サトルには見えなかった。

 少し、視線を下げたのが反応といえば反応だったが、すぐにつかさは視線を上げた。

「ずっと、何年も前から、何となく違うんじゃないかなって違和感は持っていたよ。写真の本人と会って、その違和感はより一層強くなった。確信したのは、さっきのスパーの中でだけれども。「ああ、この人は違うな」って、直感した」

 つかさは最後に、冗談とも本音ともつかない口調で、こんな言葉をつづけた。

「本当はママの教えてくれたことだから最後まで信じたかったんだけれど、本人に会ったら川内さんがママなんかを相手にするとは、どうしても思えなくなって……」

「親に向かって、なんか、とは何よ」

 由美子が頬を膨らますのを横目に見ながら、ようやくいさかいから解放されたサトルは、床に散らばったグローブやヘッドギアを取り上げる。

「昔、あなたにお父さんのことを聞かれたとき、私は困って将輝くんと写っている写真をあなたに見せた。本当にそうだったらいいな、と思って。まさか、本人に会ってしまうとは……それもこんな形で会ってしまうとは、思ってもみなかった」

「どういうことなんだよ。つかさの父親はこいつだって……。町の連中は皆がそう言ってたじゃないか。姉さんだって、母さんだって、誰も否定しなかったじゃないか!」

 と由美子に迫る幸治を無視して、由美子はつかさに尋ねた。

「長い間、嘘をついていて、ごめんなさい。あなたの……本当のお父さんの話を聞きたい?」

 つかさは一瞬、困惑なのかよくわからない表情を浮かべたが、すぐににこりと白い歯を見せて、首を左右に小さく振った。

「ううん。いいよ」

 それから小さく肩をすくめた。

「少なくとも、私の本当のお父さんは、ぶつかっても受け止めてくれる人ではなさそうだもの」

「そう……」

 由美子の口から洩れた吐息のような言葉は、ほっとしているようにも、がっかりしているようにも、サトルにはどちらとも取れなかった。
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