ボックスアウト~リングサイドより愛をこめて~

弐式

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2章

知りたいことが知りたくはなかったことと同じだったとき【2】

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 看板の所に設置された街灯に照らし出されたその顔は、衣装同様に子供っぽい顔立ちだった。その女の子は、確かにサトルの知り合いで、よく知った顔だった。

「つかさちゃん!」

 と思わず声を上げてから、いつもは「高野さん」と呼んでいたと気付いて言い直した。一瞬、川内の「スタッフと会員の関係であることは十分自覚して――」などと言う言葉を思い出してしまった。

「つかさでいいですよ」

 つかさは両手を顔の前で左右に振って、「むしろ、名字で呼ばれるの、あんまり好きじゃないんです」と笑う。サトルの方が背が高くて見下ろす格好になっているせいか、その笑みが、無理やり顔に貼りつけたもののように思えた。

「それじゃ……つかさちゃん。最近は一体どうして来てなかったんだ……学校の都合? 体でも壊してた? 何か嫌なことでもあったのか?」

 問い質そうというつもりはなかったのに、気が付くと強い詰問口調になっていた。つかさの顔にあからさまに怯えが浮かび、サトルは「ごめん。別に尋問する気はないんだ」と謝りつつ、言い訳をする。

「怒っているわけじゃないけれど……心配していたから」

 もちろん、ジムには色んな人が来るから、週に1度どころか、顔を見せるのはせいぜい月に2度なんて会員もザラにいる。そういう人が別に頑張っていないわけではない。別の事情があってこられないだけだ。だから、単に顔を見せないというだけで心配するわけではない。

 けれど、つかさは特別だから。姿を見なかったら心配になるし、頑張りすぎているのを見たら不安になってしまう。それは別に、つかさが有望な選手だからではない。子供扱いしているからでもない。

 ああ、自分にとってつかさはそういう存在なんだ――と、久しぶりに顔を合わせ、ようやくその感情に自覚を持てた。

 今はまだ表に出すことが出来ない複雑な――キリカあたりなら単純極まりないとわらうかもしれない――感情を表現したくて、けれど結局“心配”なんて陳腐な言葉でしか表現できなかった。

「すいません。ご心配をお掛けして」

 つかさはぺこりと頭を下げた。どうやら、サトルの言葉を額面どおりにしか受け取らなかったようだった。

「それにしても……どうしたんだ? こんな時間に。こんな所で。せっかく来たのなら、ジムに顔を出せばいいのに……」

 また尋問するような物言いになりかけて口をつぐんだ。

「まあ……ジムの中に入れよ。春とはいえ、夜になって冷えてきたし」

「いえ……今日はジムには……実は、サトルさんにお願いがありまして……」

 うつむいて声を潜めて「お願い」なんて言い方をされたから、思わずどきりとした。

「サトルさん……パソコン持ってます? インターネットに繋いでます……よね」

「持ってる……けど」

 やや……かなり、拍子抜けする「お願い」に戸惑いながら返す。

「……少し使わせてもらえませんか?」

 ぱん、とつかさは顔の前で両手を合わせて拝むような仕草をした。小さくウインクするつかさを見ながら、やっぱり可愛いな……とサトルは思いながら「まぁ、お安い御用……」と言い掛け、そこでふと大きな問題があることに気がついた。

「……ってことは、これから俺の部屋に来るのか?」

「駄目ですか?」

 その声音には何の警戒心も含まれていないように思えた。……こいつは、この時間に男の部屋に入るって意味を分かってんのかな……口には出さないがまじまじとつかさの顔を見つめる。サトルの表情を見たつかさは、小さく首をかしげる。

 無警戒というか、無邪気というか、世間知らずというか、怖いもの知らずというか……あるいは信用されているのか? それとも舐められているのか……?

 サトルが黙りこくってしまったことで、両手を合わせた格好のままで固まってしまっていたつかさが「あのぉ」と声をかける。

「……難しいですか?」

「あ……いや」

 それは多分に問題のある行為のように思えたが、何もしなければ問題ない、という結論が出るまでやや時間がかかった。

「……じゃ、ついておいで」

 なんとなく疚しさを感じつつ、サトルは案内する。

「ごめんなさい。面倒なことをお願いしてしまって……」

「いいけれど……」

 以前、つかさを送っていってからすでに10日近くが経っている。サトルは自分の住むアパートへと歩きながらふと、その時のことを思い出す。あの時の二の舞にならないようボクシングに関する話題は避けつつ、サトルは尋ねた。

「君はパソコンは持っていないの?」

「残念ながらウチにはないんですよ……」

 つかさは小さく肩をすくめる。
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