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【1章】晶乃と彩智

44.守りたい場所(第1章『晶乃と彩智』終)

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 5月1日、放課後――。他の人間の姿が見えなくなった3年1組の教室に、1人、金髪の女子生徒――上村朝陽の姿があった。担任からの所用を言いつかったために少し遅くなってしまったが、鞄の中に教科書を詰め込み写真部の活動場所に向かおうとしているところだった。

 写真部には写真研究部とは違って専用の活動場所が用意されている。写真部の活動は様々だが、各種学校行事の写真撮影を受けることも多い。時に朝早くから駆り出されることもあるが、堂々と学生活動を写真に収めることのできる立場を、朝陽はそれなりに気に入っていた。

 そのため、特に校内での出来事を伝える新聞を発行したりしている広報委員会とのつながりが近く、口の悪い生徒は広報委員会の下請け、などという呼び方をしている者もいると聞く。

 そのことを気にしたことはない。しかし、朝陽の写真研究会への嫌悪はそのことに起因している。

 写真研究部は、5年前――朝陽が1年だった時に3年だった先輩が、1年の時に同級生と2人で独立して立ち上げた部だった。しばらく同好会だったが、彼らが3年の時に、当時の1年――今の3年生である平木真紀、岩井充希、伊庭修平が入ったことで部に昇格した。

 もともと、写真研究部の創設メンバーの2人は、写真部に所属していたが、写真部の活動を、「学校ために写真を撮りたいわけじゃない」と否定して、独自に部を立ち上げたのだという。そういう経緯を上級生から少なからず聞かされてきたこともあって、朝陽は写真研究部をどうにも好きになれなかった。

 写真部は、広報委員会とのつながりがあるため名前が出ることも多いおかげか知名度もあり、部員数は12名を数える。部員数でも、校内での立場でも、写真部の方が優勢である。しかし、ずっと写真研究部に対する苛立ちを感じ続けていた。それは、同じ写真を撮る部だろう、という括りで横に並べて扱われてしまうことへの苛立ちでもあった。

 そこにきて半月ほど前、生徒会は――生徒会長の園部志保は、写真部と写真研究部の合併を提案してきた。

「ふざけるな……。写真部は私のものだ。けがされてたまるか!」

 机の上に手を置いて、ぎりりと歯噛みした時、がらっと扉が開いた。

「あれ? 朝陽、まだいたんだ」

 入ってきたのはさっきまで考えていた写真研究部部長の平木真紀だった。真紀はこのクラスの生徒ではない。一体何の用だろうか。

「真紀こそ」

 朝陽は机の上に手を置いたまま、そちらに顔だけ向ける。

「部の方にはいかないの?」

「ちょっと先生から言い使っていたことがあってね。これから顔を出すよ」

 それから少し、視線を落として、

「充希に聞いたんだけれど、朝、ウチの部員に何か言ったんだって?」

「別に、桑島先生のお嬢さんは、写真研究部の部員ではないでしょ? 私はただ、写真とは何かをレクチャーしてあげただけよ」

 真紀は少し苦しそうに顔をしかめた。

「ねぇ……朝陽は今も、写真は楽しい?」

 かつて――中学生の時、真紀と朝陽、それに生徒会長の志保は、親友同士だった。安物のカメラを持って、遊びに出かけては互いに撮りあったものだった。それが、高校に進学し、いつの間にか犬猿の仲――互いが互いの喉元に刃を突きつけあうような関係に変わってしまっていた。

「時には楽しくないけれど撮らなければいけないことだってあるわ。真紀はどうなの? あと4人なんでしょ? 真紀は今、楽しい?」

「そう言えば、朝陽が志保に写真部と写真研究部の合併がなくなるように直談判してくれたんでしょ? 少しだけ、部の存続に期待が持てるようになったよ。ありがとう」

 もしかしたら、このことを言うために声をかけてきたのかもしれないと朝陽は思った。ここ1年くらいは、部長会議以外では言葉を交わすことは滅多になかったのだから。

 もっとも、それは礼を言われるようなことではない。決して写真研究部の廃止を回避して、彼らを守るためにやったことではないからだ。写真部の中に、写真研究部という異物が入ってくるのを止めるためにやったことだ。

 写真研究部が5月末日までに部員数を10人に出来たら合併の話を白紙に戻すと生徒会が方針を変えて、朝陽もほっとはしたものの、4月も終わったのに1人の入部もない現状ではかなり高いハードルと思える。

「生徒会が一方的に、合併したら名称は写真部だけど、写真研究部の部長を副部長にするように、って言ってきたのよ。そればかりか、写真部の顧問を、山崎先生から写真研究部の加藤先生に変更するように職員会議に提案するとも言ってきた」

 朝陽は、裏で一体どんな動きがあったのかを口にする。例え、人数では写真部の方が多くても、写真研究部の部長が副部長になれば、それなりの影響力はできるだろうし、感化される者も出てくるかもしれない。結果的に写真部派と旧写真研究部派が出来るようになったら再び分裂の憂き目を見かねない。

 それ以上に問題は顧問である。

 写真部顧問の山崎先生は地理を教えている30代の男性の先生である。大学時代に写真部だったという話で豊富なカメラや写真の知識を持っており、現在プロとして活動しているカメラマンや、写真コンクール常連のハイアマチュアのカメラマンとも多く交友しているという。今年の春に赴任してきたばかりの教師だが、そういった話を聞いて朝陽が頭を下げて顧問になってもらった経緯があった。熱心な人で写真部の活動にも理解があり、写真部の顧問としてはこれ以上ない人材である。

 対して、写真研究部顧問の加藤教諭は学校一の問題教師として知られている40過ぎの女性教師。些末なことで怒鳴り散らしたり、ミスした生徒に冷淡な言葉の暴力を浴びせかけたり、特定の生徒を贔屓にしたり、逆にいびり倒したりというようなことをやっていたというが、最近は教師に対する風当たりが強くなったためか担任を持たされておらず、問題行動はわずかばかりはなりを潜めたとも聞く。写真研究部には徹底的に無関心を貫き、活動に参加したこともない。多分、何処で活動しているかも知らないだろう。

 もしも加藤教諭が顧問になったら、部の活動は大きく制限されることになり、部員の士気も駄々下がりになるだろう。

「もしも加藤先生が顧問になったらと思うと、同情を禁じ得ないよ」

 真紀の口調は心の底から気の毒に感じている様だった。今現在、その被害を被っているのは写真研究部だから、実際にそうなったらどうなるか予想がつくのだろう。

「何のことはない。志保が叩きたかったのは写真部の方だってことだよ」

 朝陽は吐き捨てた。

「考えすぎだよ。何で、志保が写真部を目の敵にしなきゃならないのさ」

「今の広報委員会は、現生徒会にかなり批判的だからね。最近は言いがかりに近い論評も目立っているし。志保としては、広報委員会の“下請け”の写真部にも痛い目を見せておきたいってことでしょ」

「それが本当だとしたら……やだなぁ、部活動に政治が持ち込まれるのは」

「そういう台詞は、学校から一切の支援も受けずに活動してから言いなさい。部費を出してもらって、学校から活動場所を提供してもらって。それなのに学校の名前を背負うのは嫌だとか、学校のために活動するのは嫌だとか。不服だったら、学校の外で勝手にやればいい。別に仲良しこよしでカメラ持ち合って撮影会するのを、誰も止めやしないわ」

「きっと、私たちの先輩も、こんなふうに互いに譲れない価値観があって袂を別ったんでしょうね。ただ同じ写真を扱っているからという理由で無理やりくっつけようとする志保が、このことでは間違っている」

「志保の弁護をする気はないけれど、一人一人の主義主張、思想や宗教、生活習慣――あらゆる事柄を全て尊重していたら、社会が成り立たないわ。譲れる部分は譲らないと。部活動にかけられる予算だって無限じゃないのに、雨後の筍みたいにぼこぼこと部を乱立させたら、誰かがこうやって整理しなければならなくなるのは当然だわ」

 互いに肩をすくめたところで、校内放送のチャイムが鳴り響いた。

「3年3組の平木真紀さん。至急、生徒会室に来てください。繰り返します。3年3組の――」

「生徒会……」

 教室の前方の出入り口側の天井付近に取り付けられたスピーカーに目を向けた。

「今度は何かしら?」

「今、志保の悪口を言ったのが聞こえたんじゃない? 意外に地獄耳だから」

 朝陽の軽口を、「まさかぁ」と真紀は返し、「しょうがない行ってくるか」と呟く。ちょっと溜め息をついたようにも、朝陽には見えた。真紀もまた、部を守ろうと必死なのだろう。そこだけは、自分と同じなのだろうと朝陽は思った。

(第1章『晶乃と彩智』終)
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