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【1章】晶乃と彩智

21.のんびり上達していけばいい

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「俺と四季は、まぁ、世間一般で言うところの幼馴染なんだ」

 恥ずかしい誤解をしたことを、徳人の簡潔な説明で理解した晶乃は、四季にNikon D70を渡しながら「すみません。てっきり私は、元カレ元カノの関係なのかと」と言った。

「ないない。一緒にお風呂に入ったのなんて、私が三歳くらいの時の話よ。徳人さんは十歳くらいだったかな」

 晶乃に軽い口調で言葉を返した四季が、D70を受け取りながら苦笑を浮かべる。

「その頃に、親父と母親が立て続けに倒れてな。ここの店主――四季の親父さんが、俺の親父の高校大学の後輩という縁で、日頃から、互いに行き来があったんもんで、2週間ほど預かってもらったことがあったんだ」

「へぇ」

 と呟きながら、晶乃は自分が借りていたD70を棚の元あった所に戻している四季の背中にかかる長い黒髪がふわりと揺れるのを何となく眺めていた。

「もっとも、今になったら大学の先輩後輩っていう上下関係を、うちの親父がいつまでも振りかざして、利用していたような気もしないでもないけれどな。三歳四歳くらいの子供なんてまだ手がかかるだろうに、そこに高学年とはいえ小学生を押し付けたんだから、きっと俺は四季のお袋さんには嫌われていただろう」

「そんなことは……」

 振り返らずに否定しようとして言葉を濁したところを見ると、四季にも思い当たるところがあるらしい。

「ところで……」

 棚にD70を返して鍵をかけてコチラに戻ってきた四季の手の中には赤いラベルのコンパクトフラッシュが入っている。

「今日撮った画像はどうしようか? 家にパソコンはある? 家で見られるのならDVD-Rに焼いてあげようか」

 晶乃としても、そうしてもらえたら有り難かったが、あまり時間もないので、その旨を伝え「画像は次の時に」と答えた。

「何だったら俺が送ろうか。家はこの間送って知っているし」

「そんな、悪いですよ……良いんですか」

「女の子一人で帰らせるのも悪いしな」

 そんなことを言っていると、目の前にタブレットが置かれた。四季が持ってきたものだった。

「すぐに済ませるから、今日撮った画像を見ていてよ」

 晶乃と徳人の前に紅茶の入ったカップが置かれている。

「ありがとうございます」

 受け取った晶乃はカップに口を付ける。

「公園で撮った写真です」

 画像を流しながら、今日何処に行ったのか、何を撮ったのか、徳人に話す。一緒にタブレットを覗き込んでいるので、自然に肩が触れるくらい近くで見る感じになる。

「……今日は楽しかった?」

 と徳人が尋ねてきたので、「はい、とても」と笑顔を返す。それに対して「それは良かった」と徳人は言う。写真そのものへの講評はなかった。 
 
「あの……」

「ん?」

「また、写真を撮りに行きたいんです。もっといい写真を撮ろうと思ったら、どんなところを工夫すればいいんでしょう?」

「……そうだな」

 徳人は一瞬考えるような仕草をし、

「君が撮った彩智の写真は全部、彩智の目線の高さで正面からアップかバストアップで撮っているだろう。それもちょうど真ん中の位置に来るように。変化がなさ過ぎてすぐに飽きてくるな」

 イキナリのダメ出しに、ちょっと肩を落とす。

「アングル、構図、カメラのポジション、距離、光線の向き、被写体と周囲の物との位置関係、その他諸々。それらに変化を加えることで、一つのモノを写しても、千差万別の写真が出来るわけだから一言で工夫というのも難しいな。だから、上達のコツなんて、たくさんシャッターを切って、色々視点を変えてみながらたくさん撮りなさい、としか言いようがない。デジタルカメラなら一度に何百枚も撮れるし、写した画像をその場で見れるんだから、思い切って色々やってみればいい」

「う~ん。なるほど」

「自分で考えて、も大切だけれど、色んな写真を見て考えるのも大事ですよ。写真が出来てから100年以上。写真理論は確立されていますからね。人が撮った写真を研究するのも大事な勉強ですよ。どんな構図、どんな光の当たり方をしているか。何処にピントを持って行っているか。アマチュアが好きなように我流を貫くことは悪くないけれど、定石を覚えることは確実に成長につながりますよ」

 いつの間にか後ろに回った四季がタブレットを覗き込みながら口を挟んできた。

「たくさん撮って、たくさん見なさいってことですね」

 晶乃のまとめを、徳人が軽い声を立てて笑い、四季が一言追加する。

「それから、たくさん考えなさい、ってことね」

 晶乃の右肩越しに四季が手を伸ばす。ことりと晶乃の正面に置かれたのは12㎝のDVD-Rが入ったプラスチックのケース。その中に、収められたDVD-Rの白いラベルには今日の日付である『2018年4月22日』とマジックで書かれている。

「今週末は土日祝日と3連休か。しばらく休みと学校とが小刻みに続くね」

「そうなんですよ。ゴールデンウィークが明けたら、5月半ばに遠足があって、5月の終わりには中間考査です」

「最初の中間考査は私はボロボロだったなぁ。あ、言い忘れてたけれど、雀ヶ丘高校の卒業生なんだよ、私」

「そうだったんですか。私の先輩なんですね」

 もちろん、小さな町である。知りあった相手が先輩だったなんてことがあったって不思議はない。不思議はないが、何となく縁のようなものを感じてしまう。

「もしかして、徳人さんも?」

「いや、俺は西高だった」

 雀ヶ丘西高は中高一貫校である。昔から、藩校を前身に持つ雀ヶ丘高校とエリート育成機関として発足した雀ヶ丘西高校はライバル関係扱いされていた。しかし、ここ数年では国立大への進学者数は西高に水をあけられており、晶乃も「2年になったら学校中から発破をかけられるから気を付けなよ」と先輩からも軽く脅されていた。

「――四季さんの頃はどうでした?」

「凄かったよぉ。受験シーズンとかになったら、全国模試で西高には負けるな、旧帝大に何人送り込めが合言葉だったからね。もっとも、受験戦争なんて言葉が使われていた頃は、そんなものじゃなかったらしいから、私たちの頃は、それでも大分穏当になってたんじゃないの?」

「ウチも受験のプレッシャーは厳しかったなぁ。雀ヶ丘に負けるなって言われた記憶はないけれど」

「その言い様は、何だかムカつく」

「それを言ったら、君は写真の専門学校に進学したんだから、受験なんてほとんど関係ないはずだろう?」

 そんなやり取りに、晶乃は小さく苦笑する。

「まぁ、まだ高校に入学したばかりだし、しばらく受験勉強のことは忘れることにします」

「受験勉強のことはとにかく、目先の中間考査のことは忘れるなよ」

 と言った徳人は、再び、手元のタブレットに目を落とす。

「でも……彩智がこんなふうに笑っているのは、初めて見るかもしれないな。良い……友達が出来たんだな」

 晶乃は、顔を上げた徳人が真っすぐに自分の方を見てきたので、一瞬ドギマギする。

「彩智の、友達になってくれてありがとう。ヒネた所はあるけれど根はいい子だから、いい友達でいてやってくれ」

 その言葉に、「それは私の方です」と返した。

「彩智に会えて良かったと思っていますよ」
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