切り取られた世界の中で、広がる世界 ~初心者カメラ女子高生のエンジョイフォト~

弐式

文字の大きさ
上 下
19 / 44
【1章】晶乃と彩智

19.進化とともに成長した世代【1】

しおりを挟む
『藤沢写真機店』の閉店時間は7時に設定されている。桑島徳人が店内に入ったのは6時30分頃のことだった。カウンターの中ですでに閉店の準備をしている四季は、徳人を一瞥すると、「いらっしゃい」と愛想のない声で言うと、背を向けた。

 徳人は気にせずに店の中に入る。いつものことだ。四季は愛想笑いが苦手だ。今の仕事を楽しんでいるのは事実だろうが、苦痛を伴う部分が多々あるのも確かだろう。邪魔だと思っていたらはっきりとそう言う。少なくとも徳人に対しては。

「いつもの紅茶でいいですか?」

 振り向きもせずに四季が問う。これもいつもの事だ。返事を聞かずに電気ポットの湯を再沸騰させ、コーヒーカップを用意している。

「今日は角砂糖一つ多めで」

「角砂糖を4つも入れるんですか」

 呆れた口調が返ってくるが、リクエストにはちゃんと応えてくれる。微かにポトン、ポトンと角砂糖がカップの中に入る音が聞こえた。

 店内の一角には定期的に写真が展示されている。地元の写真サークルや学校の写真部の子たちが撮ったものだ。中には腕自慢の個人が個展を開くスペースに使っていることもある。たまに、四季が撮った写真が置かれていることもある。それを観覧するために、小さなテーブルが二つと、椅子が6個置かれている。

 また、四季がいるカウンターの前にも3つ、椅子が置かれている。徳人は、その内の椅子の一つに腰掛けた。

「お待たせしました」

 と徳人の前に澄んだ濃いオレンジ色の紅茶が注がれたカップと、個包装された小さなお饅頭が10個ほど入った白い菓子入れが置かれた。

「仕事、一段落ついたんですね」

「ああ。さっき編集にメールで原稿を送ったところ」

「お疲れさまでした」

 文章を書く仕事――数年前に脱サラして専業で小説家をしている徳人は一つ仕事が終わると、紅茶に入れる角砂糖が一つ増える。普段も甘党で砂糖の多さに四季からは呆れられているが、それでも言われた通りに増やしてくれる。

「しかし、ここに来て紅茶を飲まないと、一日が終わった気がしないなぁ。ウチからの移動の分、いろいろと時間を無駄にしている気もしないでもないけれど」

 紅茶とかコーヒーとか茶菓子とかは常連だけが知っている裏メニューのような存在である。月の半分以上は、この時間にぶらりとやってきて紅茶を飲んで帰るのが日課になっている徳人である。

「ウチの店はカメラ屋であってカフェでも喫茶店でもないんですけれどね」

「最近は、カメラカフェってのもあるって聞くけれど」

「私は利用したことがないのでよく分かりませんが・・・・・・」

「俺もだ」

 猫カフェなら何となくイメージできるのだが、カメラを愛でながらコーヒーを楽しむというのは徳人にはあまり想像ができなかった。もちろん、コレクターがコレクションを眺めながら晩酌をすることは理解できるのだが、そういうのとは何か違う気がする。

「たぶん、一種の情報交換の場だと思いますよ。カメラは歴史も長いし、メーカーごとに特色もあります。一人の人間が全てのカメラを触ってその特性と弱点を把握するなんてとうてい無理です。それに、被写体ごとに違った魅力があります。何だって撮れるのに、電車とか飛行機とか山とか猫とか料理とか、その被写体にとりつかれてしまう人が続出するのは不思議なものです。他にも写真を撮影するスポット選びも楽しみの一つですね。そういう情報交換の場なんだと思いますよ」

「なるほど……」

「もっとも、この辺にそういう店がないので、興味はあれど、ですね」

「興味はあるんだ」

「念の為に言っておきますけれど、この店を、カメラカフェにするなんて考えは全くありませんよ」

「それは残念。まぁ、インスタントなのに一杯250円なんてぼったくり価格の紅茶で我慢するか」

 少し冷めかけていた紅茶を一気に飲み干す。

「まぁ、お金を取っているのは徳人さんだけなんですけれど」

「……おぃ」

「ちなみに、お茶代はまるまる私のお小遣いになっています」

「……」

「ところで、もう一杯どうですか?」

「……さすがに砂糖を取りすぎだからな。遠慮しとくよ。ところで、今日、彩智が来ただろう」

「ええ。背の高い女の子と一緒に来ていましたよ」

「それは、たぶん、俺も知っている子だな」

 先日、学校に呼び出されたときに見かけた少女を思い出す。徳人の身長は170cmを少し越えている程度と、男としては大きい方ではないが、女性と比べたら大抵は高い。その徳人とほとんど差がなかったから、彼女は女性の中ではそれなりに背が高い方だ。

「確か……水谷晶乃さんと言っていたかな」

「背筋がぴんとした凛々しい感じのお嬢さんでしたよ。今日は、ウチのNikon D70を持って行きました」

 棚の方に目をやると、レトロなデジカメのコーナーに、デジタル一眼レフ一台分がすっぽりと抜けた空間ができている。

「横に置いてあるのはCanonのEOS 10Dか。懐かしいな。どちらも、デジタル一眼レフの普及に大きく貢献した機種だ」

「2003年とか4年とかの機種ですから、もう14、5年前の機種ですね」

 デジタルカメラの出荷台数がフィルムカメラを上回ったのは2003年のことだった。写真の歴史の主役にデジタルが踊り出してきた時期と言える。

「この頃は、画素数が100万単位で増える度に歓喜していたものだったなぁ」

 その頃、徳人は大学生だったか、新卒で入社した会社で働いていた頃だ。この頃は、日進月歩の勢いでデジタルの画質が向上していた頃だったので、ちょっと待てばすぐに良いカメラが出てくるだろうと先延ばしにしている間に手を出すタイミングを逃し、ようやく初めてデジカメを手に入れたときはコンパクトデジカメが400万画素を越えるのが当たり前になっていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

アイドルの染み

カルラ アンジェリ
大衆娯楽
アイドルの少女が寝起きドッキリでおねしょしてしまい、それが全国に中継されるというハプニングに見舞われる話

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

おねしょ合宿の秘密

カルラ アンジェリ
大衆娯楽
おねしょが治らない10人の中高生の少女10人の治療合宿を通じての友情を描く

未冠の大器のやり直し

Jaja
青春
 中学2年の時に受けた死球のせいで、左手の繊細な感覚がなくなってしまった、主人公。  三振を奪った時のゾクゾクする様な征服感が好きで野球をやっていただけに、未練を残しつつも野球を辞めてダラダラと過ごし30代も後半になった頃に交通事故で死んでしまう。  そして死後の世界で出会ったのは…  これは将来を期待されながらも、怪我で選手生命を絶たれてしまった男のやり直し野球道。  ※この作品はカクヨム様にも更新しています。

幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。

四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……? どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、 「私と同棲してください!」 「要求が増えてますよ!」 意味のわからない同棲宣言をされてしまう。 とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。 中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。 無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。

キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。

たかなしポン太
青春
   僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。  助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。  でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。 「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」 「ちょっと、確認しなくていいですから!」 「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」 「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」    天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。  異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー! ※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。 ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

処理中です...