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プロローグ

2.同じものを見て誰もが同じ感動を覚えるとは限らない

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 市民文化会館の一室で開催されている写真コンテストの入選作品の展示会場は静かに賑わっていた。来客はそんなにたくさんいるわけではないが、少なくもない。3月の半ばという時期もあってか、中高生と思しき制服姿の人たちも何組か見かけた。

 誰もが口を閉じて、飾られた写真を眺めて歩いている。人が多い割に誰もがこの静かな空間を守るために細心の注意を払っており、同行した友人と感想を言う時も、誰もが声を潜めてささやくようにして話している。空調のせいだけではなく、空気が冷えて重く感じ、息苦しかった。

 晶乃はこういった場所に来るのは初めてだったから、静かであることを意識すると、自分が呼吸する微かな息遣いや服の擦れる音さえ気になってしまう。その為、この展示場に入ってからしばらくは何を見ているのかさっぱり分からなかった。肺の中の空気が、この厳粛な空気に馴染んだころになって、飾られている様々な写真を楽しめるようになった。

 写真で描かれたテーマの多くは地元とあって晶乃にも見覚えのある場所や景色、建物が多かった。しかし、こうして見ていると、見覚えがあるはずなのに、受ける印象が違う。考え込まれた構図や、撮影する場所や方向や高さ、時間によって日の当たる角度や色合いも変わってくる。同じものを見ても、人は全く違って捉えているのだと、感じる。

「写真って同じじゃないんだ……」

 何となく、そんな言葉が口からこぼれた。当たり前といえば当たり前なのかもしれない。しかし、不思議な発見をしたような気分になった。

 そして、目的の写真の前に来た。『中学生の部 グランプリ』と書かれたプレートの下には、『夕の海岸線』と銘打たれていた。

 波打ち際を歩いている女性が、風に飛ばされそうな白い日除け帽子を押さえているワンカット。もちろん、新聞に掲載されていたちっぽけな不鮮明な写真ではない。A4くらいのサイズに収められた夏の夕暮れの一瞬は、鮮やかな色合いで、モデルの女性の美しさを最大に引き出していると感じた。「綺麗……」と思わず口元を抑えて晶乃は呟いていた。

 しばらく目が離せず、その場で立ち尽くしていたが、自分の隣に数人の集団が来たので、晶乃は慌ててその場を譲った。

 ちらりと横目で見ると見覚えのある制服――晶乃が4月から進学する雀ヶ丘高校の制服姿の女子生徒が4人いた。彼女たちが先程まで晶乃がいた場所に立ったのを見て、晶乃は背を向ける。今の余韻を残したまま、しばらく浸っていたかったが後の人の邪魔になると足早に次に進もうとした。しかし、そんな晶乃の耳にあからさまに小馬鹿にした不快な声が届いた。

「何だ。うちら写真部の方がずっとうまいじゃん」

 思わず足を止めた。

「モデルの人がちょっと綺麗ってだけだよね。構図も平凡だし、夕日のオレンジ色が入ってればいい写真になるって発想も安易だし」

「私この人知っているよ。駅前商店街の藤沢写真機店の跡取り娘。よく店番してる」

「このコンテストって商工会も協賛していたよね。ひょっとして……」

「八百長とは言わないけれど、審査している人の中に面識がある人がいてもおかしくはないよね」

「それって、アレじゃん。えーと、ソンタク?」

 あははは……という品のない笑い声が、会場に響いた。今までの心地よい静寂が、一瞬で砕かれて忌まわしいものに変わる。それを感じたのは晶乃だけではなかった。彼女らに他の客からの冷たい視線が注がれる。しかし、彼女らは気づいていないようだった

 振り返った晶乃の胸中に、殺意にも似た刺々しい感情が湧いた。パキッという鋭い音が響く。思わず拳を握りしめてしまった晶乃の拳の関節が鳴ってしまった音だった。それこそ、後輩だったら〆ているところだ。彼女らの襟首をつかんで放り出さなかっただけでも褒められていい。

 その音に驚いたらしく、彼女らの軽口が止まる。その中の一人と、晶乃の目が合った。その顔に怯えが浮かんだので、相当怖い顔をしていたのだろうと、後から晶乃は思う。さすがに、この無礼な写真部の女生徒たちも、会場に漂った不穏な空気に気付いたのだろう。バツが悪そうに互いに袖口を引っ張りあってから、そそくさと展示室を出ていった。

 ……入学したら、あんなのが先輩になるのかぁ。

 思わず口に出しかけた言葉を、晶乃は飲み込んだ。
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