光の射す方へ

弐式

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14.籠の中の鳥

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 始まりは一人の女の子が生まれたこと……。

 言葉は少なに書かれていたが、その文面からは生れてきたことに対する幸福感が伝わってくる。

 周囲からの手厚い祝福の数々。

 言葉にできなくとも彼女は、生まれてきたことが嬉しく、同時に周りからも歓迎されて生を受けたことを感じていた。

 しかし、アカリは読んでいて、すぐに違和感を覚え始めた。

 少女が意味も分からずに聞いた彼女の母親の言葉。

 ……あなたは私の夢なのだから。

 その言葉が、どれほど恐ろしい言葉なのか、アカリも当の本人も気付かないまま、その女の子の人生という物語は幕を開ける。

 女の子は、幼いころから音楽に囲まれて生活し、3歳の頃からピアノの英才教育を受け始めた。彼女にとっては、音楽が生まれた時から生活の全てだった。

 そして、「あなたは私の夢なのだから」という言葉は、女の子の母親の口癖になっていた。

 彼女自身が望んだのではないにせよ、幼いころは期待されていることを無邪気に喜んでいた。音楽に囲まれていることを不満になど思っていなかった。

 しかし、アカリはすぐに事実に気付いた。

 少女の両親――特に母親は、少女のことなど見ていない。少女は、母親の叶えられなかった夢を叶えるためだけに産まれてきたスペアに過ぎない……。

 その事実に気付かないまま、少女は成長していった。

 6歳に成長した少女は、美しいドレスで着飾り、盾を掲げて満面の笑みを浮かべている。日記には、子供のピアノコンクールで優勝したことが書かれていた。父や母に褒められてどれだけ嬉しかったか。どれだけ誇らしかったか……。

 しかし、この後の絵日記から、少女の音楽への喜びは急速に失われていった。

 母親の、少女への過大な期待と要求はエスカレートしていき、やがて彼女はそれに応えられなくなっていった。母親は、少女が世界的なピアニストになれると信じていたし、その夢を叶えることが母親にとっての全てだった。自分の夢が少女の夢であり幸福だと信じて疑っていないようだった。

 少女は健気にもその期待に応えようと努力を重ねた。自分のやりたいこともあったが、自分の興味を押し殺して、ピアノの前に座る日々。苦痛でしかない日々。失敗の回数も増えて行った。母親は、常に少女を叱責し続けるようになっていき、時に暴行を加え、時に辛辣に少女の人格を否定するような罵倒の言葉を続けた。

 10歳の時に、少女は学校で突き指をした。急いで冷やして事なきを得たものの、湿布と包帯を巻いて帰った少女を待っていたのは、母親のまるで汚物を見るような視線だった。少女の母親から彼女の身を案じる言葉は発せられず、なぜこんな愚かなことをしたのかと、執拗に責め立てられた。少女はただ謝るしかなかった。泣きながら謝った。結局その日は、練習をしない代わりに食事もなかった。

 少女は14歳になった。ピアノは続けていたが、少女は、もはや疲れ果てていた。進学のための勉強を理由に家に帰るのを遅らせるようになった。かといって、何か目的があったわけでもなく、ただ図書館で時間をつぶすだけ。そんな少女に、1つ年上の女の子が声をかけてきた。

 少女の母親の兄の娘。

 少女からみたら従姉にあたる。同じ学校で陸上部に所属していた。従姉の父――伯父は、少女の母親に対して何度も苦言を呈していた。少女の母親は全く聞く耳を持たなかったが少女にとっては数少ない味方だった。

「そんなにやることがないのなら、一緒に走ってみない?」

 陸上に必要なものは伯父が用意してくれた。

 うかつに日に焼けると母親にばれるからと日焼け止めをくれたのは従姉だった。

 母親には黙って陸上部に入った少女は、長距離を始めた。

 母親の目を怖れて大会に出たりすることはできないけれど、走るのが楽しくて楽しくて仕方なかった。同時に一緒に高めあえる、これまでと違う種類の友人もできた。

 きつい練習も楽しかった。タイムが縮んでいくのも楽しかった。

 同時に今度は陸上のことも嫌いになってしまう日が来るのではないか。しかし、従姉や仲間たちと一緒なら乗り越えられるのではないか……。

 自分にとってピアノは何なのかを客観的に考え始めた頃。

 大会にも出てみたい、そんな欲を感じ始めた頃。

 毎日、学校のジャージを汚して帰ってくる少女に母親が不審を抱き、秘密はあっさりとばれてしまったのだった。
 
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