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奴は……ランバード・ユミールはもう一度必ず来る。
俺はその時を待ち続けた。昼が、夜が、待ち続ける日々は瞬く間に過ぎ去っていった。その数を数えるのは1000を越えたあたりでやめた。
閉ざされて一年の4分の3が氷に覆われる凍てついたの森の中では季節を感じるのは難しい。
俺の命を狙って何人もの軍人や退治屋たちがやってきた。俺はそのことごとくをこの牙で引き裂いた。何人も殺した。手強い相手もいたが、俺は決して負けなかった。
俺は負けるわけに行かなかった。ユミールに受けた仕打ちに対する復讐を果たすまでは、決して死ぬわけにはいかないのだ。
ユミールのために犠牲になったのは俺だけではない。俺がその人生を犠牲にしても守りたかったものまで、全てが奪われた。
奪われたものは返って来ない。取り戻すことなど出来ようはずもない。俺にできるのは相手から同じだけ奪い返すことだけだ。奴から同じだけ奪い取ってやるだけだ。
その一念だけを胸に、長い時間を時間を生き続けた。
そして、待ちに待ったその日が――来た。
久方ぶりに俺を退治しにやってきた2人組。
そいつは今まで戦った誰よりも強かった。俺がかつて使っていたのと同じアダマス製のバスタードソードを振るう男。
俺もこれまでになく沢山の手傷を追わされた。だが、どれだけ傷つこうとそんなのはどうだっていい。重要なのは小銃を構えた男。忘れもしないその顔は、あのランバード・ユミールだった。
傷が一つ、また一つと増える中、俺の心の中には歓喜しかなかった。何度ももう二度と来ないのではないかと思った時もあった。だが、待った甲斐があった。
今ここで死んだっていい。
あいつを殺すことができれば。
俺はユミールに向かって血の塊を吐き出した。ユミールに当たったのか分からないが小銃を取り落とし、落ちた拍子にパンッ!と銃弾が放たれた音がして、バスタードソードの男の腕から血が飛び散った。
このまま戦いを続けても、目的を達することは出来ないだろう。なに、大丈夫だ。向こうも手傷を追っている。奴らも目的を達することは出来まい。
それから数日。
俺の傷がすっかりと癒えた頃、俺とユミールとは3度目の邂逅を果たした。
岩陰から覗くその一見人畜無害そうな優男な顔を。俺に向けられた二つの銃口がついた短銃を。俺は忘れた日は一日たりとない。
俺の前でバスタードソードを構えている男など、どうでもいい。俺に短銃を向けたユミールがさっと大岩の影に姿を隠したのを俺は見逃さなかった。
俺はユミールに向けて一直線に突き進んだ。
生涯、これほど速く駆けたことは、人の身であった時にさえなかっただろう。
「逃げろ! ユミール!」
バスタードソードの男が叫んだのが聞こえた。
もう遅い!
俺がユミールが身を潜めた大岩を体当たりして破壊する。ユミールの姿が露になった。恐怖にひきつる顔。それも、あの時と同じだ。だが今度は逃がさない。
ユミールが大きく後ろに飛びのいた。
俺は大きく口を開いて、そして口を閉じた。口の中に、鉄錆にも似た味が拡がっていった。俺の口は、今度こそユミールの下半身を咥えたのだ。
もう逃がさない。俺はさらに咥えた牙に力を込める。俺の目の前のユミールの顔が恐怖と苦痛でゆがむ。左腕で何度も俺の顔を叩いた。
左腕?
お前の左腕は俺が食いちぎったはずだが、いつの間に生えてきた?
……まぁ……そんなことは、どうだって、いい。
俺は下顎と上顎に力を込めた。
プチッ! と小さな音がした。それは人の命が消えた音だった。口の中には人間を食いちぎった感触が残っている。
俺は本懐を遂げた。
長い時間だった。
あまりにも長い時間がかかってしまったが、この悪魔の化身の如き男は、胴体を真っ二つにされ、上半身が俺の口から離れてずり落ちた。
ゆっくりと落ちていくその姿を見ながら、俺は、歓喜の声を上げることのできないこの身を、改めて恨めしく思った。
……ざまあみろ! ランバード・ユミ――。
次の瞬間、俺の首の右側面に鋭い痛みが走った。鋭利な刃物が突き刺さる痛み。俺の口の中に、刃によって切り開かれた喉を通って大量の血があふれ出た。
俺は、ぎろりと目だけを後ろに向ける。
先ほどの男が、バスタードソードを鱗の隙間から滑り込ませていた。
その眼に宿るのは、怒り? 憎しみ?
だが、それもどうだっていい。
俺は目的を達した。
そして――。
……そうか、次はお前か。
男は俺の体に刺さったままのバスタードソードから手を放し、千切れた上半身だけになって事切れているユミールの傍によって短銃を拾い上げた。
そして、とめどなく血が流れ出る俺の口の中に銃口を突っ込んだ。
2発の銃声。
それは俺の命を奪う銃撃。自分の死を悟った俺は、憐みの目を男に向けて、小さく笑った。蛇が笑った顔を見たことがなかったので、今自分がどんな顔をしているのか想像もつかなかった。
しかし、自分の生きる目的は、復讐は、果たした。
俺は満足だった。
満足、だった。
俺の後を引き継ぐ哀れな退治屋。
次に殺されるまで、まぁ、頑張るといい……。
退治屋……ああ、そう言えば、今はモンスタースレイヤーと呼ぶんだったな。
俺の最後の思考は、そんなどうでもいいことだった。
俺はその時を待ち続けた。昼が、夜が、待ち続ける日々は瞬く間に過ぎ去っていった。その数を数えるのは1000を越えたあたりでやめた。
閉ざされて一年の4分の3が氷に覆われる凍てついたの森の中では季節を感じるのは難しい。
俺の命を狙って何人もの軍人や退治屋たちがやってきた。俺はそのことごとくをこの牙で引き裂いた。何人も殺した。手強い相手もいたが、俺は決して負けなかった。
俺は負けるわけに行かなかった。ユミールに受けた仕打ちに対する復讐を果たすまでは、決して死ぬわけにはいかないのだ。
ユミールのために犠牲になったのは俺だけではない。俺がその人生を犠牲にしても守りたかったものまで、全てが奪われた。
奪われたものは返って来ない。取り戻すことなど出来ようはずもない。俺にできるのは相手から同じだけ奪い返すことだけだ。奴から同じだけ奪い取ってやるだけだ。
その一念だけを胸に、長い時間を時間を生き続けた。
そして、待ちに待ったその日が――来た。
久方ぶりに俺を退治しにやってきた2人組。
そいつは今まで戦った誰よりも強かった。俺がかつて使っていたのと同じアダマス製のバスタードソードを振るう男。
俺もこれまでになく沢山の手傷を追わされた。だが、どれだけ傷つこうとそんなのはどうだっていい。重要なのは小銃を構えた男。忘れもしないその顔は、あのランバード・ユミールだった。
傷が一つ、また一つと増える中、俺の心の中には歓喜しかなかった。何度ももう二度と来ないのではないかと思った時もあった。だが、待った甲斐があった。
今ここで死んだっていい。
あいつを殺すことができれば。
俺はユミールに向かって血の塊を吐き出した。ユミールに当たったのか分からないが小銃を取り落とし、落ちた拍子にパンッ!と銃弾が放たれた音がして、バスタードソードの男の腕から血が飛び散った。
このまま戦いを続けても、目的を達することは出来ないだろう。なに、大丈夫だ。向こうも手傷を追っている。奴らも目的を達することは出来まい。
それから数日。
俺の傷がすっかりと癒えた頃、俺とユミールとは3度目の邂逅を果たした。
岩陰から覗くその一見人畜無害そうな優男な顔を。俺に向けられた二つの銃口がついた短銃を。俺は忘れた日は一日たりとない。
俺の前でバスタードソードを構えている男など、どうでもいい。俺に短銃を向けたユミールがさっと大岩の影に姿を隠したのを俺は見逃さなかった。
俺はユミールに向けて一直線に突き進んだ。
生涯、これほど速く駆けたことは、人の身であった時にさえなかっただろう。
「逃げろ! ユミール!」
バスタードソードの男が叫んだのが聞こえた。
もう遅い!
俺がユミールが身を潜めた大岩を体当たりして破壊する。ユミールの姿が露になった。恐怖にひきつる顔。それも、あの時と同じだ。だが今度は逃がさない。
ユミールが大きく後ろに飛びのいた。
俺は大きく口を開いて、そして口を閉じた。口の中に、鉄錆にも似た味が拡がっていった。俺の口は、今度こそユミールの下半身を咥えたのだ。
もう逃がさない。俺はさらに咥えた牙に力を込める。俺の目の前のユミールの顔が恐怖と苦痛でゆがむ。左腕で何度も俺の顔を叩いた。
左腕?
お前の左腕は俺が食いちぎったはずだが、いつの間に生えてきた?
……まぁ……そんなことは、どうだって、いい。
俺は下顎と上顎に力を込めた。
プチッ! と小さな音がした。それは人の命が消えた音だった。口の中には人間を食いちぎった感触が残っている。
俺は本懐を遂げた。
長い時間だった。
あまりにも長い時間がかかってしまったが、この悪魔の化身の如き男は、胴体を真っ二つにされ、上半身が俺の口から離れてずり落ちた。
ゆっくりと落ちていくその姿を見ながら、俺は、歓喜の声を上げることのできないこの身を、改めて恨めしく思った。
……ざまあみろ! ランバード・ユミ――。
次の瞬間、俺の首の右側面に鋭い痛みが走った。鋭利な刃物が突き刺さる痛み。俺の口の中に、刃によって切り開かれた喉を通って大量の血があふれ出た。
俺は、ぎろりと目だけを後ろに向ける。
先ほどの男が、バスタードソードを鱗の隙間から滑り込ませていた。
その眼に宿るのは、怒り? 憎しみ?
だが、それもどうだっていい。
俺は目的を達した。
そして――。
……そうか、次はお前か。
男は俺の体に刺さったままのバスタードソードから手を放し、千切れた上半身だけになって事切れているユミールの傍によって短銃を拾い上げた。
そして、とめどなく血が流れ出る俺の口の中に銃口を突っ込んだ。
2発の銃声。
それは俺の命を奪う銃撃。自分の死を悟った俺は、憐みの目を男に向けて、小さく笑った。蛇が笑った顔を見たことがなかったので、今自分がどんな顔をしているのか想像もつかなかった。
しかし、自分の生きる目的は、復讐は、果たした。
俺は満足だった。
満足、だった。
俺の後を引き継ぐ哀れな退治屋。
次に殺されるまで、まぁ、頑張るといい……。
退治屋……ああ、そう言えば、今はモンスタースレイヤーと呼ぶんだったな。
俺の最後の思考は、そんなどうでもいいことだった。
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