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しおりを挟む「あなたがいなくなる前に約束します。あなたの重い病の妹のこと」
何故それを……?
俺はユミールに妹のことを話さなかったはずだ。
答えなど確かめるまでもない。生贄の素性を調べるのは当然だろう。自分の目的に足るだけの力を有しているか、だけでなくたった一人の身内のことも。
「それが、あなたが軍を辞めて実入りのいい退治屋の仕事を続けている理由。安心してください。彼女のことは、私が責任を持って……」
その後の言葉は銃声でかき消された。ユミールが立て続けに発射した2発の弾丸が俺の額に正面からめり込んだ。
ちくりと針で刺すような、蜂に刺されたような、熱いような、鋭いような、痛みがあった。
だが――それだけだった。
「馬鹿な!」
さっきまで余裕の態度を崩さなかったユミールの表情に驚愕の色が浮かび上がる。
俺の姿はまだ人間のものを保っていた。だからユミールは気付いていなかった。すでに俺という存在の内側は魔獣のそれへと変貌し始めていることに。
俺は自分の体が異様に頑丈に、異様に軽く変化していくのを感じていた。
「妹のことまで知っていながらお前は……俺を!」
俺はユミールに飛びかかる。一緒に倒れ込んだユミールは俺を引きはがそうともがいた。しかし、今の俺にはユミールの腕力など蠅ほどにも感じなかった。
俺は奴の首元に嚙みつこうとした。しかし、ユミールは体をねじらせてかわそうとしたので、俺の口に入ってきたのは奴の左の肩だった。
ユミールが悲鳴を上げる。
しかし、こいつが俺にしたことに比べれば、これくらいの苦痛が何だというのか。俺は奴の左肩を咥えたまま、体を大きく揺さぶった。
ユミールの体が蹴られたボールのように30歩ほど大きく跳んで、ごろごろと転がった。
俺の口の中に鉄の味にも似たものが一気に広がった。口の中には棒状の塊が残っていてひどく不快だった。俺はぺっと吐き出した。
転がったのは真っ赤に染まったユミールの左腕だった。
それがまるで折れた楊枝のように見える。そうではない。遠くにあるから細く小さく見えるのだ。
いつの間にか俺の背丈は巨木のようになって、地上を見下ろしていた。俺は、自分の両手を探したが、どう探しても見つからなかった。自分が人間ではないものに変わってしまったことをその時ようやく気付いた。
パンッ! パンッ! という発砲音がした。
そちらに目を向けると、よろよろと立ち上がったユミールが残った右手で短銃をこちらに向けていた。
だが、今の俺の体からは全身に頑丈な鱗が生えてきていて、いくら鱗が薄い――ついさっき俺がバスタードソードを突き立てた腹側とはいえ、ユミールの短銃の小さな弾丸程度では傷一つつきはしない。
俺の体は、すっかりとヨルムの姿へと変わり終えていた。
……そうだ、ユミール。お前を殺してやる。
そう言ったつもりの俺の口から出て行ったのはいびきにも似たただの音だった。俺は言葉を発することが出来なくなってしまったが、今の俺は誰よりも硬く、強い。全身から力がみなぎってくる。ユミールなど、簡単に真っ二つにしてやれるだろう。
いや、簡単に殺してしまっては俺の怒りの持って行き場がない。
「クロス・リード……」
ユミールの震える声が俺の耳にも届く。言葉が喋れなくなってしまった代わりに、耳は本当に良くなってしまった。
……今さら、俺の名を呼んでどうするつもりか? 助けでも乞うているのだろうか。もはや、その名に、何の意味もないというのに。
生きたまま五体をバラバラにして、肉片一つ残さず腹の中に納めてやるつもりだった。 まずは右腕から、ゆっくりと食いちぎってやる。
俺はユミールに近づこうと体を進めた。
その時、足元――もう足は無くなっていたが――に何かが挟まって動けなくなった。俺は下を見る。
そこにはバスタードソードが刺さった死体が挟まっている。
バスタードソードは俺が使っていたもの。
死体はさっきまでヨルムだった、ユミールの親友だったという名前も知らない誰か。
……くそっ!
俺はじたばたするが、地面に刺さったバスタードソードが楔になって前に進めなかった。その間にユミールは、千切れた左腕の付け根から血をしたらせ、言葉にならない声をあげながら、よろよろとした足取りで森の中へと消えていく。今は人間の言葉を発することができなくなった口の中で呪詛を繰り返し唱えながら、見届けるよりなかった。
ユミールが消えて行った木々の間を見ながら口惜しく地団太を踏みたくなった。この体では出来ないのだが。
俺は、ついさっきまでヨルムの依代だったユミールの親友という軍人の干からびた死体を見ながら考えた。その死体にはさっきまで俺が握り締めていたアダマス製のバスタードソードが刺さったままになっていた。
このバスタードソードはもはや俺には無用の長物だが、こいつに刺さったままにしておくのは癪だった。
取り返そうと思って顔を寄せて、ふと思いつく。ランバード・ユミールは必ず戻ってくる。この死体を取り戻すために。いつか必ず。その時に分かりやすいように、目印くらいはあったほうがいい。
いつか必ず復讐のチャンスは来る。
俺から生きがいも、人間の姿も、全てを奪ったあの男の命を奪うまでは、俺は死ねない。
どれだけかかろうと、俺は生きてやる。
いつか邂逅を果たすその時……。
その時こそ必ず、俺は奴をこの牙の餌食にしてくれる……。
何故それを……?
俺はユミールに妹のことを話さなかったはずだ。
答えなど確かめるまでもない。生贄の素性を調べるのは当然だろう。自分の目的に足るだけの力を有しているか、だけでなくたった一人の身内のことも。
「それが、あなたが軍を辞めて実入りのいい退治屋の仕事を続けている理由。安心してください。彼女のことは、私が責任を持って……」
その後の言葉は銃声でかき消された。ユミールが立て続けに発射した2発の弾丸が俺の額に正面からめり込んだ。
ちくりと針で刺すような、蜂に刺されたような、熱いような、鋭いような、痛みがあった。
だが――それだけだった。
「馬鹿な!」
さっきまで余裕の態度を崩さなかったユミールの表情に驚愕の色が浮かび上がる。
俺の姿はまだ人間のものを保っていた。だからユミールは気付いていなかった。すでに俺という存在の内側は魔獣のそれへと変貌し始めていることに。
俺は自分の体が異様に頑丈に、異様に軽く変化していくのを感じていた。
「妹のことまで知っていながらお前は……俺を!」
俺はユミールに飛びかかる。一緒に倒れ込んだユミールは俺を引きはがそうともがいた。しかし、今の俺にはユミールの腕力など蠅ほどにも感じなかった。
俺は奴の首元に嚙みつこうとした。しかし、ユミールは体をねじらせてかわそうとしたので、俺の口に入ってきたのは奴の左の肩だった。
ユミールが悲鳴を上げる。
しかし、こいつが俺にしたことに比べれば、これくらいの苦痛が何だというのか。俺は奴の左肩を咥えたまま、体を大きく揺さぶった。
ユミールの体が蹴られたボールのように30歩ほど大きく跳んで、ごろごろと転がった。
俺の口の中に鉄の味にも似たものが一気に広がった。口の中には棒状の塊が残っていてひどく不快だった。俺はぺっと吐き出した。
転がったのは真っ赤に染まったユミールの左腕だった。
それがまるで折れた楊枝のように見える。そうではない。遠くにあるから細く小さく見えるのだ。
いつの間にか俺の背丈は巨木のようになって、地上を見下ろしていた。俺は、自分の両手を探したが、どう探しても見つからなかった。自分が人間ではないものに変わってしまったことをその時ようやく気付いた。
パンッ! パンッ! という発砲音がした。
そちらに目を向けると、よろよろと立ち上がったユミールが残った右手で短銃をこちらに向けていた。
だが、今の俺の体からは全身に頑丈な鱗が生えてきていて、いくら鱗が薄い――ついさっき俺がバスタードソードを突き立てた腹側とはいえ、ユミールの短銃の小さな弾丸程度では傷一つつきはしない。
俺の体は、すっかりとヨルムの姿へと変わり終えていた。
……そうだ、ユミール。お前を殺してやる。
そう言ったつもりの俺の口から出て行ったのはいびきにも似たただの音だった。俺は言葉を発することが出来なくなってしまったが、今の俺は誰よりも硬く、強い。全身から力がみなぎってくる。ユミールなど、簡単に真っ二つにしてやれるだろう。
いや、簡単に殺してしまっては俺の怒りの持って行き場がない。
「クロス・リード……」
ユミールの震える声が俺の耳にも届く。言葉が喋れなくなってしまった代わりに、耳は本当に良くなってしまった。
……今さら、俺の名を呼んでどうするつもりか? 助けでも乞うているのだろうか。もはや、その名に、何の意味もないというのに。
生きたまま五体をバラバラにして、肉片一つ残さず腹の中に納めてやるつもりだった。 まずは右腕から、ゆっくりと食いちぎってやる。
俺はユミールに近づこうと体を進めた。
その時、足元――もう足は無くなっていたが――に何かが挟まって動けなくなった。俺は下を見る。
そこにはバスタードソードが刺さった死体が挟まっている。
バスタードソードは俺が使っていたもの。
死体はさっきまでヨルムだった、ユミールの親友だったという名前も知らない誰か。
……くそっ!
俺はじたばたするが、地面に刺さったバスタードソードが楔になって前に進めなかった。その間にユミールは、千切れた左腕の付け根から血をしたらせ、言葉にならない声をあげながら、よろよろとした足取りで森の中へと消えていく。今は人間の言葉を発することができなくなった口の中で呪詛を繰り返し唱えながら、見届けるよりなかった。
ユミールが消えて行った木々の間を見ながら口惜しく地団太を踏みたくなった。この体では出来ないのだが。
俺は、ついさっきまでヨルムの依代だったユミールの親友という軍人の干からびた死体を見ながら考えた。その死体にはさっきまで俺が握り締めていたアダマス製のバスタードソードが刺さったままになっていた。
このバスタードソードはもはや俺には無用の長物だが、こいつに刺さったままにしておくのは癪だった。
取り返そうと思って顔を寄せて、ふと思いつく。ランバード・ユミールは必ず戻ってくる。この死体を取り戻すために。いつか必ず。その時に分かりやすいように、目印くらいはあったほうがいい。
いつか必ず復讐のチャンスは来る。
俺から生きがいも、人間の姿も、全てを奪ったあの男の命を奪うまでは、俺は死ねない。
どれだけかかろうと、俺は生きてやる。
いつか邂逅を果たすその時……。
その時こそ必ず、俺は奴をこの牙の餌食にしてくれる……。
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