北の森の大蛇

弐式

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 俺を呼ぶユミールの声は震えている。ちょうど、その人影の正面にユミールは立って、口元に手をあてて呆然としていた。

 それは木の枝の上に立っていたのではなかった。胸の中心を木の枝が貫いて、絶命していた。それほど死体は傷んでいなかったので、とりあえず男のようだと思った。しかし、鳥にでもついばまれたのか、両目の部分はぽっかりと空洞となっていて、年齢は推測できなかった。

「何者なんでしょう……この人は」 

「普通に考えたら俺たちと同じようなモンスタースレイヤーや軍人……といったあたりが妥当だろう」

「しかし、死体はそんなに古くないですよ。そんなに最近この森に入った人間はいないはずです」

「他の可能性もあるさ。例えば犯罪者」

「犯罪者?」

「そう。この森はあのヨルムのせいで人がなかなか入ってこないからな。役人に追われたり住民に追放された犯罪者が逃げ込むことは十分あり得る。まぁ、この森の中で自給自足は難しいかもしれないが……どっちにしても、確かめようもないし、身元を確かめることに何の意味もない」

「やっぱり、ヨルムに殺されたんでしょうか?」

「多分な」

 俺は手を上げて、死体の右足首を指さした。死体の右足には足首から下が無くなっていた。

「ヨルムが足首を咥えて放り投げたんだと思う。足首はその時千切れたんだろうな」

「酷い……」

「飛んできた死体が、この木の枝に刺さったのは偶然か、狙ってのことかは分からないが……」

 俺は死体の向きから、飛んできた方向を推測する。

「向こうから飛んできたんだな……」

 顎に手をやって俺は考える。

「向こうの方といえば、この間、私たちがヨルムに遭遇したあたりですね」

 ユミールが指さした方向では、陽光が輝いている。

「ひょっとして、アイツ、行動範囲はそれほど広くないんでしょうか」

「それは……どうかな」

 俺が素直に賛同できなかったのは、ヨルムのことを自分たちはほとんど何も知らないからだ。しかし、ここに来るまでに目撃したいくつかの死体のあった場所を思い出しながら考えると、あながち否定できないような気もする。

「先日、ヨルムと遭遇した場所に行ってみるか」

 俺の提案に、ユミールは肯定も否定もなく、木をよじ登り始めていた。

「またか……」

 俺は呆れた。

 この森に入って何度目だろうか。

「どんな人間でも、死体を放置していくのは人道の背きます」

 ユミールのきっぱりとした言葉に、「もう死んだ人間よりも、自分の身の心配をするべきだ」と俺も忠告してやる。それも、この森に入ってから何度目かになるやり取りだった。

 戦場でヒューマニズムを口にする人間は真っ先に死ぬ。脅しでも何でもない。冷徹なまでの事実だ。

「やはり、あんたは軍人向きではないな。官吏として身を立てることは考えなかったのか?」

「祖父をはじめ、両親からも、親戚からも周りの人間からは、いつも軍人となれ。英雄になれ、と教え込まれてきましたから。官吏では身を立てることはできても、ユミール家の過去の栄光を取り戻すにはとても足りないから、と。他にもユミールの血を引く者はいるのですが、私は伯祖父にとてもよく似ているそうで、特に強く言われてきましたから。それ以外の道を進むことができなかったのです」

 祖父というのは50年前にユミール家を没落させたという男の弟ということになるのか。栄光の時代を知っている彼は、きっと彼なりに没落したユミール家を再興するために尽力してきたのだろう。そして名門の再興という使命が呪いのように一族を縛り付けているのだろう。ユミールもその呪いに縛られている一人ということか。

 ユミールが死体に突き刺さった木を切って、俺が下で受け止める。

「……ったく」

 受け止めた死体をいったん下ろして、俺はバスタードソードを引き抜いて、地面に向けて振るう。ボンっという爆音とともに、大人一人横たえられる程度の穴が開いていた。

「いつ見ても、凄いですね。……さすがアダマス製のバスタードソードですね」

 木を降りてきたユミールの言葉に俺は顔をしかめる。

「失礼なことを言うなよ。これは、剣を振るった圧力で開けたものだ。武器を穴掘りの道具になど、したことはないぞ」

「そういえば……もう一つ、死体がありましたね。どこで見たのだったかなぁ」

 首を捻るユミールに、

「あの時だ。初めて奴と遭遇した時……」

 俺はすぐに思い出した。

 あの、どす黒い大蛇にも似た巨大な魔獣が現れた時のことを俺は思い出した。あれは、一つの死体を見つけた時だった。うずくまるような体勢で干からびていた死体。一度思い出すと、その光景は鮮明に脳裏に蘇った。

 その死体には一本の錆びたバスタードソードが突き刺さっていた。それが致命傷だったのか、死後に刺されたものなのか、確かめようはなかった。

 しかし、これだけは、はっきりしていた。

 それは、俺が手にしているのと同じ最硬の金属、アダマスで出来た剣だった。
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