11 / 19
5-2
しおりを挟む
俺を呼ぶユミールの声は震えている。ちょうど、その人影の正面にユミールは立って、口元に手をあてて呆然としていた。
それは木の枝の上に立っていたのではなかった。胸の中心を木の枝が貫いて、絶命していた。それほど死体は傷んでいなかったので、とりあえず男のようだと思った。しかし、鳥にでもついばまれたのか、両目の部分はぽっかりと空洞となっていて、年齢は推測できなかった。
「何者なんでしょう……この人は」
「普通に考えたら俺たちと同じようなモンスタースレイヤーや軍人……といったあたりが妥当だろう」
「しかし、死体はそんなに古くないですよ。そんなに最近この森に入った人間はいないはずです」
「他の可能性もあるさ。例えば犯罪者」
「犯罪者?」
「そう。この森はあのヨルムのせいで人がなかなか入ってこないからな。役人に追われたり住民に追放された犯罪者が逃げ込むことは十分あり得る。まぁ、この森の中で自給自足は難しいかもしれないが……どっちにしても、確かめようもないし、身元を確かめることに何の意味もない」
「やっぱり、ヨルムに殺されたんでしょうか?」
「多分な」
俺は手を上げて、死体の右足首を指さした。死体の右足には足首から下が無くなっていた。
「ヨルムが足首を咥えて放り投げたんだと思う。足首はその時千切れたんだろうな」
「酷い……」
「飛んできた死体が、この木の枝に刺さったのは偶然か、狙ってのことかは分からないが……」
俺は死体の向きから、飛んできた方向を推測する。
「向こうから飛んできたんだな……」
顎に手をやって俺は考える。
「向こうの方といえば、この間、私たちがヨルムに遭遇したあたりですね」
ユミールが指さした方向では、陽光が輝いている。
「ひょっとして、アイツ、行動範囲はそれほど広くないんでしょうか」
「それは……どうかな」
俺が素直に賛同できなかったのは、ヨルムのことを自分たちはほとんど何も知らないからだ。しかし、ここに来るまでに目撃したいくつかの死体のあった場所を思い出しながら考えると、あながち否定できないような気もする。
「先日、ヨルムと遭遇した場所に行ってみるか」
俺の提案に、ユミールは肯定も否定もなく、木をよじ登り始めていた。
「またか……」
俺は呆れた。
この森に入って何度目だろうか。
「どんな人間でも、死体を放置していくのは人道の背きます」
ユミールのきっぱりとした言葉に、「もう死んだ人間よりも、自分の身の心配をするべきだ」と俺も忠告してやる。それも、この森に入ってから何度目かになるやり取りだった。
戦場でヒューマニズムを口にする人間は真っ先に死ぬ。脅しでも何でもない。冷徹なまでの事実だ。
「やはり、あんたは軍人向きではないな。官吏として身を立てることは考えなかったのか?」
「祖父をはじめ、両親からも、親戚からも周りの人間からは、いつも軍人となれ。英雄になれ、と教え込まれてきましたから。官吏では身を立てることはできても、ユミール家の過去の栄光を取り戻すにはとても足りないから、と。他にもユミールの血を引く者はいるのですが、私は伯祖父にとてもよく似ているそうで、特に強く言われてきましたから。それ以外の道を進むことができなかったのです」
祖父というのは50年前にユミール家を没落させたという男の弟ということになるのか。栄光の時代を知っている彼は、きっと彼なりに没落したユミール家を再興するために尽力してきたのだろう。そして名門の再興という使命が呪いのように一族を縛り付けているのだろう。ユミールもその呪いに縛られている一人ということか。
ユミールが死体に突き刺さった木を切って、俺が下で受け止める。
「……ったく」
受け止めた死体をいったん下ろして、俺はバスタードソードを引き抜いて、地面に向けて振るう。ボンっという爆音とともに、大人一人横たえられる程度の穴が開いていた。
「いつ見ても、凄いですね。……さすがアダマス製のバスタードソードですね」
木を降りてきたユミールの言葉に俺は顔をしかめる。
「失礼なことを言うなよ。これは、剣を振るった圧力で開けたものだ。武器を穴掘りの道具になど、したことはないぞ」
「そういえば……もう一つ、死体がありましたね。どこで見たのだったかなぁ」
首を捻るユミールに、
「あの時だ。初めて奴と遭遇した時……」
俺はすぐに思い出した。
あの、どす黒い大蛇にも似た巨大な魔獣が現れた時のことを俺は思い出した。あれは、一つの死体を見つけた時だった。うずくまるような体勢で干からびていた死体。一度思い出すと、その光景は鮮明に脳裏に蘇った。
その死体には一本の錆びたバスタードソードが突き刺さっていた。それが致命傷だったのか、死後に刺されたものなのか、確かめようはなかった。
しかし、これだけは、はっきりしていた。
それは、俺が手にしているのと同じ最硬の金属、アダマスで出来た剣だった。
それは木の枝の上に立っていたのではなかった。胸の中心を木の枝が貫いて、絶命していた。それほど死体は傷んでいなかったので、とりあえず男のようだと思った。しかし、鳥にでもついばまれたのか、両目の部分はぽっかりと空洞となっていて、年齢は推測できなかった。
「何者なんでしょう……この人は」
「普通に考えたら俺たちと同じようなモンスタースレイヤーや軍人……といったあたりが妥当だろう」
「しかし、死体はそんなに古くないですよ。そんなに最近この森に入った人間はいないはずです」
「他の可能性もあるさ。例えば犯罪者」
「犯罪者?」
「そう。この森はあのヨルムのせいで人がなかなか入ってこないからな。役人に追われたり住民に追放された犯罪者が逃げ込むことは十分あり得る。まぁ、この森の中で自給自足は難しいかもしれないが……どっちにしても、確かめようもないし、身元を確かめることに何の意味もない」
「やっぱり、ヨルムに殺されたんでしょうか?」
「多分な」
俺は手を上げて、死体の右足首を指さした。死体の右足には足首から下が無くなっていた。
「ヨルムが足首を咥えて放り投げたんだと思う。足首はその時千切れたんだろうな」
「酷い……」
「飛んできた死体が、この木の枝に刺さったのは偶然か、狙ってのことかは分からないが……」
俺は死体の向きから、飛んできた方向を推測する。
「向こうから飛んできたんだな……」
顎に手をやって俺は考える。
「向こうの方といえば、この間、私たちがヨルムに遭遇したあたりですね」
ユミールが指さした方向では、陽光が輝いている。
「ひょっとして、アイツ、行動範囲はそれほど広くないんでしょうか」
「それは……どうかな」
俺が素直に賛同できなかったのは、ヨルムのことを自分たちはほとんど何も知らないからだ。しかし、ここに来るまでに目撃したいくつかの死体のあった場所を思い出しながら考えると、あながち否定できないような気もする。
「先日、ヨルムと遭遇した場所に行ってみるか」
俺の提案に、ユミールは肯定も否定もなく、木をよじ登り始めていた。
「またか……」
俺は呆れた。
この森に入って何度目だろうか。
「どんな人間でも、死体を放置していくのは人道の背きます」
ユミールのきっぱりとした言葉に、「もう死んだ人間よりも、自分の身の心配をするべきだ」と俺も忠告してやる。それも、この森に入ってから何度目かになるやり取りだった。
戦場でヒューマニズムを口にする人間は真っ先に死ぬ。脅しでも何でもない。冷徹なまでの事実だ。
「やはり、あんたは軍人向きではないな。官吏として身を立てることは考えなかったのか?」
「祖父をはじめ、両親からも、親戚からも周りの人間からは、いつも軍人となれ。英雄になれ、と教え込まれてきましたから。官吏では身を立てることはできても、ユミール家の過去の栄光を取り戻すにはとても足りないから、と。他にもユミールの血を引く者はいるのですが、私は伯祖父にとてもよく似ているそうで、特に強く言われてきましたから。それ以外の道を進むことができなかったのです」
祖父というのは50年前にユミール家を没落させたという男の弟ということになるのか。栄光の時代を知っている彼は、きっと彼なりに没落したユミール家を再興するために尽力してきたのだろう。そして名門の再興という使命が呪いのように一族を縛り付けているのだろう。ユミールもその呪いに縛られている一人ということか。
ユミールが死体に突き刺さった木を切って、俺が下で受け止める。
「……ったく」
受け止めた死体をいったん下ろして、俺はバスタードソードを引き抜いて、地面に向けて振るう。ボンっという爆音とともに、大人一人横たえられる程度の穴が開いていた。
「いつ見ても、凄いですね。……さすがアダマス製のバスタードソードですね」
木を降りてきたユミールの言葉に俺は顔をしかめる。
「失礼なことを言うなよ。これは、剣を振るった圧力で開けたものだ。武器を穴掘りの道具になど、したことはないぞ」
「そういえば……もう一つ、死体がありましたね。どこで見たのだったかなぁ」
首を捻るユミールに、
「あの時だ。初めて奴と遭遇した時……」
俺はすぐに思い出した。
あの、どす黒い大蛇にも似た巨大な魔獣が現れた時のことを俺は思い出した。あれは、一つの死体を見つけた時だった。うずくまるような体勢で干からびていた死体。一度思い出すと、その光景は鮮明に脳裏に蘇った。
その死体には一本の錆びたバスタードソードが突き刺さっていた。それが致命傷だったのか、死後に刺されたものなのか、確かめようはなかった。
しかし、これだけは、はっきりしていた。
それは、俺が手にしているのと同じ最硬の金属、アダマスで出来た剣だった。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)


異世界転生ファミリー
くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?!
辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。
アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。
アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。
長男のナイトはクールで賢い美少年。
ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。
何の不思議もない家族と思われたが……
彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?
歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。
それから数十年が経ち、気づけば38歳。
のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。
しかしーー
「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」
突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。
これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。
※書籍化のため更新をストップします。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜
二階堂吉乃
ファンタジー
瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。
白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。
後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。
人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話8話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる