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高校二年生 春
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「なにしよー」
歩き始めたけれど、特にあてがあるわけではなかった。とりあえず、午前中に歩いていた道をまた歩く。暑くも寒くもない気温は、散歩するのにちょうど良かった。年中これくらいの気温なら過ごしやすいのに。
数分歩いたところで、「あの」と背後から声がし、話しかけられた。そこには中年の男女が立っていた。夫婦だろうか?
そこで僕は思い出した。メールのことを。やっぱり、メールの内容通りのことが起きるみたいだ。
「どうしました?」
先輩が訊ねてくれた。
「こういう指輪見てませんか?」
そう言って、女性が左手の薬指を見せてくれた。そこには指輪がはめられていた。結婚指輪だろう。
「見た?」
僕は首を横に振る。
「私も見てないです」
「そう……」
残念そうにする姿を見ると、男性がどこかで落としたのかな、と思った。男性の左手にすっと目線だけ移すと、左手には何もなかった。
「どこかで落とされたんですか?」
僕も気になったことを先輩は男性に訊いてくれた。
「はい。指に跡が残っているんで、おそらく昼以降に落としたと思うんです」
そう言って、今度は男性が左手を見せてくれた。やっぱり、そこには何もなく、跡だけが寂しく残っているだけだった。
「私たち、暇なんで探すの手伝いますよ? ねえ?」
先輩は僕にも同意を求めてきた。
こんな状況で断れるはずがない。最初から断る気もなかったので、別にいいんだけど。先輩ならそう言うと思っていた。
僕は小さく、でも、相手にも伝わるくらいに頭を縦に振った。
「そんな、お二人のお邪魔をしては悪いです」
「暇だもんね。私たち」
「うん。本当にただ散歩していただけなんで、全く気にしないでください」
女性の申し訳なさそうにしていた表情が緩み、初めて笑みを見せた。先輩のような優しい表情だった。
「本当に、いいんですか?」
「はい!」
「では、申し訳ないですが、よろしくお願いします。ありがとうございます」
公園を僕と先輩が時計回り、ご夫婦が反時計回りで探すことになった。電話番号を教えてもらったので、見つかり次第、連絡することになった。
「なんか羨ましいなー」
先輩は下を見ながら言った。
「なにが?」
「指輪だよ、指輪。憧れちゃうなぁ。あ、今度ペアリングでも買い──ううん。なんでもない」
先輩は何かを言いかけたけど、やめた。先輩の言おうとしたことはなんなのか、それを訊ねることはできなかった。時折見せる悲しげな表情を前に、何かを抱えている気がして、そこに土足で僕が踏み込んでもいいものなのか、わからなかった。
僕はボソッと先輩に聞こえるかわからないくらいの声量で、「僕のことも頼ってくださいね」と言った。
返事はなかったので、先輩の耳まで届いていなかったのかもしれない。言った後に敬語を使ってしまったことに気づいた。きっと先輩の性格なら罰ゲームがかかっているのに、指摘してこないはずがない。本当に聞こえていなかったのだろう。
聞こえていないならそれでいい。自分で言っておきながら、まあまあ恥ずかしいい台詞を呟いた自覚はあった。
聞こえていなかったことに少しの安堵を覚えながら、先輩を横目で見る。ないー、と喚きながら探す先輩は子どものようだった。そこに悲しげな表情はなかった。
探し始めて二十分ほどが経過したとき。
ヴッ、という合図を皮切りに先輩のスマホがけたたましく鳴った。
「うわっ、あ、電話だ」
先輩は驚きつつも、手慣れた手つきで電話に出た。
「もしもし──はい。はい。本当ですか! すぐ行きます!」
先輩は電話を切り、嬉しそうにこっちを見た。
それだけで大体会話の内容が想像できた。
「見つかったんだって!」
さっきのご夫婦と出会った場所まで戻ってきた。
僕らが戻った頃にはすでに二人の姿がそこにはあった。仲睦まじそうに話しているようだった。
「見つかったんですね」
先輩が笑顔で言う。
「はい。お手間を取らせてしまい、申し訳ありませんでした」
「いえいえ。見つかったんなら、良かったです」
先輩は苦労なんて微塵も感じさせない顔だった。
その後少し談笑した後、最後にもう一度感謝の気持ちを伝えられ、僕らは別れた。
歩き始めたけれど、特にあてがあるわけではなかった。とりあえず、午前中に歩いていた道をまた歩く。暑くも寒くもない気温は、散歩するのにちょうど良かった。年中これくらいの気温なら過ごしやすいのに。
数分歩いたところで、「あの」と背後から声がし、話しかけられた。そこには中年の男女が立っていた。夫婦だろうか?
そこで僕は思い出した。メールのことを。やっぱり、メールの内容通りのことが起きるみたいだ。
「どうしました?」
先輩が訊ねてくれた。
「こういう指輪見てませんか?」
そう言って、女性が左手の薬指を見せてくれた。そこには指輪がはめられていた。結婚指輪だろう。
「見た?」
僕は首を横に振る。
「私も見てないです」
「そう……」
残念そうにする姿を見ると、男性がどこかで落としたのかな、と思った。男性の左手にすっと目線だけ移すと、左手には何もなかった。
「どこかで落とされたんですか?」
僕も気になったことを先輩は男性に訊いてくれた。
「はい。指に跡が残っているんで、おそらく昼以降に落としたと思うんです」
そう言って、今度は男性が左手を見せてくれた。やっぱり、そこには何もなく、跡だけが寂しく残っているだけだった。
「私たち、暇なんで探すの手伝いますよ? ねえ?」
先輩は僕にも同意を求めてきた。
こんな状況で断れるはずがない。最初から断る気もなかったので、別にいいんだけど。先輩ならそう言うと思っていた。
僕は小さく、でも、相手にも伝わるくらいに頭を縦に振った。
「そんな、お二人のお邪魔をしては悪いです」
「暇だもんね。私たち」
「うん。本当にただ散歩していただけなんで、全く気にしないでください」
女性の申し訳なさそうにしていた表情が緩み、初めて笑みを見せた。先輩のような優しい表情だった。
「本当に、いいんですか?」
「はい!」
「では、申し訳ないですが、よろしくお願いします。ありがとうございます」
公園を僕と先輩が時計回り、ご夫婦が反時計回りで探すことになった。電話番号を教えてもらったので、見つかり次第、連絡することになった。
「なんか羨ましいなー」
先輩は下を見ながら言った。
「なにが?」
「指輪だよ、指輪。憧れちゃうなぁ。あ、今度ペアリングでも買い──ううん。なんでもない」
先輩は何かを言いかけたけど、やめた。先輩の言おうとしたことはなんなのか、それを訊ねることはできなかった。時折見せる悲しげな表情を前に、何かを抱えている気がして、そこに土足で僕が踏み込んでもいいものなのか、わからなかった。
僕はボソッと先輩に聞こえるかわからないくらいの声量で、「僕のことも頼ってくださいね」と言った。
返事はなかったので、先輩の耳まで届いていなかったのかもしれない。言った後に敬語を使ってしまったことに気づいた。きっと先輩の性格なら罰ゲームがかかっているのに、指摘してこないはずがない。本当に聞こえていなかったのだろう。
聞こえていないならそれでいい。自分で言っておきながら、まあまあ恥ずかしいい台詞を呟いた自覚はあった。
聞こえていなかったことに少しの安堵を覚えながら、先輩を横目で見る。ないー、と喚きながら探す先輩は子どものようだった。そこに悲しげな表情はなかった。
探し始めて二十分ほどが経過したとき。
ヴッ、という合図を皮切りに先輩のスマホがけたたましく鳴った。
「うわっ、あ、電話だ」
先輩は驚きつつも、手慣れた手つきで電話に出た。
「もしもし──はい。はい。本当ですか! すぐ行きます!」
先輩は電話を切り、嬉しそうにこっちを見た。
それだけで大体会話の内容が想像できた。
「見つかったんだって!」
さっきのご夫婦と出会った場所まで戻ってきた。
僕らが戻った頃にはすでに二人の姿がそこにはあった。仲睦まじそうに話しているようだった。
「見つかったんですね」
先輩が笑顔で言う。
「はい。お手間を取らせてしまい、申し訳ありませんでした」
「いえいえ。見つかったんなら、良かったです」
先輩は苦労なんて微塵も感じさせない顔だった。
その後少し談笑した後、最後にもう一度感謝の気持ちを伝えられ、僕らは別れた。
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